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第23話 四英雄"異端の魔女カルラ"─⑥

 人間でも魔族でもモンスターでも生物である以上、他種族との差があればそれは簡単に埋まることはない。

 いくら赤い気を纏って体を強化しているラギナを絡めとった触手で動きを封じ、獲物を逃がさないように強引に引っ張るシャドウベヘモスには膂力の差があった。

 これに対してラギナも無抵抗というワケではなかった。だが引っ張り合いの力比べではカルラの信者を贄にしたことで負けており少しでも抵抗するのであればシャドウベヘモスはあえて繋がっている触手を振り上げることで、その勢いが波となってラギナの体を持ち上げて制限をかけていく。

 壁の次は床に叩きつけられたラギナを再び強引に引っ張っては殴りつける。その繰り返しだった。


「グオオオッ!」

「──ウッ! グゥ……!」

「あぁ……ラ、ラギ……!」

「ほらほら、貴方の力はそんなモンじゃないでしょ? もっと魔族の力を解放しなさい? じゃないと本当に死ぬわよ?」


 シャドウベヘモスの拳を食らい壁や床、天井に幾度も叩きつけられたことでついにラギナは倒れこんでしまう。

 それを見たカルラは少しつまらなさそうな顔をするとシャドウベヘモスに視線を送る。

 ──止めを刺せ。まるで興味を失ったおもちゃを簡単に捨てるような、そんな無機質な意図を察したシャドウベヘモスは顔を少し下げると額に生えた角の先端が倒れているラギナに向けられる。

 危機を察したミリアは倒れている彼に起きるように叫ぶがラギナの体はピクリとも動かず、体を纏っていた赤い気も少しずつ収まってきているようにも見えた。

 シャドウベヘモスが再び触手の生えた腕で思い切り引っ張ると無抵抗のラギナはそれに従うように動かされる。

 角の狙いはラギナの胴体を示しており、死にかけのラギナがこちらに来るタイミングに合わせて突き出すような姿勢を取った、瞬間であった。


「──ッ!!!」


 空中で糸の切れた人形のように引っ張られるラギナの目が突然、光を取り戻す。

 まるでこの時を待っていたかのようなそれにシャドウベヘモスは気が付いたがすでに攻撃の姿勢に入っていた為にその動作を変えることはもう出来ない。

 死にかけの獣の魔族が今頃何が出来るというのか? そんな言葉を体現するかのように角を突き出すとラギナは空中を脚で蹴ることで軌道を変えると間一髪のところでこの攻撃を回避した。

 しかも彼の動きは相手の攻撃を躱す目的ではない。逆に相手に向かって空中を蹴ったことで一気に距離が縮み、シャドウベヘモスの間近まで迫るとその首筋を牙を立てて思い切り噛んだ


「グワオオオッ!?」


 窮鼠だったはずの存在が急に牙を向けたことにシャドウベヘモスは戸惑いが隠せてないのがラギナを振りほどこうとして暴れている動きでよく分かる。

 触手になってしまった腕で引っ張ってもすでに伸びきっている為に意味を成さない。もう片方の腕でなんとかラギナの背中に爪を立てながら掴んだがその時を同じくしてラギナの赤い気も体から勢いよく再び発した。


「ウオオオオッ!!!」


 食らいついているシャドウベヘモスの首筋を何度か嚙みなおしてさらに奥へと食い込ませる。

 耳の近くで劈くような悲鳴を聞くたびにこの攻撃が通っていることを理解すると、顎に思い切り力を込めて首筋を嚙みちぎって離れた。

 ラギナがシャドウベヘモスの体から跳躍して距離を取ると、お互いの間に黒い液体が大量に垂れており、その分だけ相手に重傷を負わせたことを意味する。

 首筋を抑え、激痛に悶えながらもラギナを睨みつけたシャドウベヘモスは瞬間、ゾワリと背筋が凍る。


「──……ッ」


 それは今の攻撃をした対面にいるラギナの事ではない。もっと別方向からの恐怖。そう、カルラからの視線だった。

 先ほどラギナに向けられていた無機質な視線が今度はこちら側に向けられているということを心の底から感じた瞬間、傷による痛み以外の痙攣が起きていたのだ。

 もう失敗は許されない。再びシャドウベヘモスは気を持ち直してラギナに意識を向けると抉り取られた首筋から手を放すと、四肢を使って突撃した。

 死ぬ間際、無我夢中の動きであることをラギナは冷静にそれを知ると、改めて体勢を整える。

 突撃による迫りくる角。それがラギナの体を貫いてしゃくりあげようとするそれをラギナは迫る顔に合わせて思い切り足を蹴り上げた。


「フンッ!」

「グッ!!!」


 顎を蹴られ、その勢いはシャドウベヘモスの体を持ち上げるほどの威力によって自然と目の先がラギナから館の天井へと変わる。だがそれでもシャドウベヘモスは角の攻撃がダメならこの全身を使って奴を押しつぶせばいい。

 その考えが過った時にはすでに天井の景色が変わっていたことに気が付くのに時間は掛からなかった。


「──……ッ!?」


 そこにはすでにラギナが跳躍しておりそのままシャドウベヘモスの顔を両足で挟むように降り立つ。

 先ほどの蹴りで立つことを強制されたシャドウベヘモスは反射的に自身が倒れないようにバランスを取ってしまう。

 天井に向けられた顔の上に立ったラギナをどかそうと手で彼を掴もうとしたが、その前にラギナはこちらの両顎に掴んだ。


「ウオオオオオオッッ!!」


 ラギナの咆哮と共に全身から吹き出る赤い気がさらに濃くなり最早特徴的だった白い毛もほとんど見えない。

 この赤い気に比例するかのようにラギナの力は増していき、掴んだ両顎をそのまま引き裂くように込めていくと、シャドウベヘモスの体が粘土を千切るように縦に裂かれていった。

 腕だけではなく体ごと真っ二つにされたシャドウベヘモスは辛うじて息がありふらふらとラギナに攻撃の意思がまだあるような仕草を見せた後、力尽きるように倒れて黒い液体となって消えていく。

 強敵を倒したラギナはすぐにその視線を離れているカルラに向けると彼女は拍手をこの大広間に鳴らしていた。


「素晴らしいわ! この姿よ! 見たかったのは! この暴力性、まさしく魔族の本質といってもいいわ!!」

「カルラァ……! 殺す!!」

「来てラギナ! 私はここよ!!」

「グオワァッ!!」


 赤い気による負の感情がラギナを蝕んでいき、すでにその光景も同じように赤く染まってカルラの存在は彼女の持つ魔力に比例した赤黒い色の塊にしか見えなくなっている。

 触手が消えたことで腕に具現化した逆手剣に力が籠るとラギナはカルラに向かって大きく跳躍した。


「ラギッ!」

「──ッ!!!」


 そんな彼が苦しんでいるのを見たミリアは咄嗟に名前を呼ぶとラギナの逆手剣の刃はカルラの顔、その直前で止まる。

 これはミリアの声によってラギナが止めたわけではない。何故ならカルラの顔手前で静止した逆手剣の刃は震えており、隣にいたミリアでもそこに力が込められているのがわかる。

 そして何よりもカルラの表情はずっと余裕の状態であり、姿勢も崩さなかったのだ。


「なっ、え……?」

「ふふ、惜しかったわねぇラギナ。この刃があともうちょっとで私の顔に気持ちよく立てれたのにねぇ」

「グッ……!」

「な、なんで……?」

「私はねミリアちゃん、アラクネ族なのよ? 貴方たちに感知できないほどの糸を張り巡らすなんて動作でもないことなのよ。ましてやここは私の館。蜘蛛の巣に迷い込んだ哀れな獲物だってまだ気が付かないの?」

「ウウッ、グウウ……!!」

「ラ~ギナ。なんでこの刃が届かなかった分かる? 私がちゃんと言葉にしてあげるからよく聞くのよ? 貴方、未だに人間の心を捨ててないわね。非情になりきれない愚かな血のせいでその力をまだ完全に発揮できてない。ほんの僅かのそれのせいでねこうなってるの。もしそれが出来てたら私に傷を負わせたってこと。今頃貴方の()()結果になったのにホント勿体ないわぁ~」

「殺す……! 殺す……!」

「ハハハッ、うるさっ」


 ラギナが動かない腕を強引に動かそうとした時、カルラの指先を動かすと彼の背中にいくつもの黒い棒が天井から降り注がれるととそれと共に床に叩きつけられる。

 連戦によってすでに満身創痍のラギナにとってこの攻撃は致命的であり、起き上がる気力が削がれたことでカルラの足元しか見えなかった。


「ラギ! ラギ起きて! 死んじゃ嫌っ!」

「大丈夫よ。ちゃんと半殺しにてるだけだから。私はね、別に彼を殺すつもりはないのよ?」

「でもこのままじゃ死んじゃうよ……!」

「そうねぇ、私の力ならすぐに治せるけど。でもこの人が私のモノにならなきゃそうなっちゃうわねぇ」

「な、なんでこんなことするの……! こんなの、ひどいよ……! おかしいよ……!」

「なんでかって? それはねミリアちゃん。この彼がどれだけ人たらし……いや、魔族たらしだったかっていう話なのよ。獣の魔族如きが百年戦争を終わらせるキッカケになったか分かる? それは紛れもない、ラギナの持っている精神なのよ。誰もがそれに惹かれて憧れたわ。無論私も、そしてドミラゴも。無垢で幼い知能しかないバラバラだった魔族を混血だった彼が纏め上げたの。そして魔族の本質、力こそ全てを示すかのように赫の力も持っている。魔族の力と人間の心を持ち合わせるこんな崇高な精神を持っている彼を誰もが屈服させたかったわ。それは私もその一人よ」

「……っ!」

「だから聞いてラギナ。何処にいくつもりかわからないけど私のところへ来なさい? そうすればミリアちゃんと一緒に、私の全てを使って愛してあげるわ! それにほら、そのくだらない人間の心もちゃんと消せるようにしてあげる。そうすれば無意識的に抑えていた貴方の力を全て使えるわ。だから返事をして? ラ~ギナっ」

「…………。……俺は」


 カルラの言葉に倒れているラギナの体がピクリと反応する。

 横に向いていた顔をゆっくりとあげる彼を見たカルラの表情は歪み、それはどう見ても捕食者のようであった。

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