第22話 四英雄"異端の魔女カルラ"─⑤
全身が赤白い気によって絶え間なく溢れ出ており、牙をむき出しにした顔は形相だけで向けた相手を射殺してしまうほど圧巻であった。
物静かで不器用だが優しさのあった面影はすでに無く、離れているにも関わらずミリアは思わず身を震わせるほどだった。
「もっともっと!! その姿を私に見せてラギナ! ──【召喚】シャドウベヘモス!!」
シャドウグールたちを蹴散らして怒りを露にしながら歩み寄るラギナの前にもう一度黒い魔法陣が床に浮かび上がる。
それは先ほどよりもサイズが大きく、中央に描かれた星が黒く塗りつぶされるとそこから巨大な両腕が見えるとそれが這い出てきた。
これも全身が黒ずくめであり、輪郭で分かることは牛の体を巨大化させ、その強靭な体見合う額から生えた二本の立派な角が特徴的な四足歩行のモンスターが姿を現した。
その大きさはラギナよりも遥かに上回るそれはこの大広間を駆け回れば館ごと壊してしまうのではないかと思わせるほどだった。
「ここからが本番、さぁ殺し合いましょうラギナ! この子と苦しみの円舞曲を踊るのよ!! 私を楽しませることが貴方が今出来ることなんだから!! アハハハハッ!!」
「グオオオオッッ!!」
シャドウベヘモスが威嚇の咆哮を唸り上げたその威圧は凄まじく、ラギナも僅かに硬直させてしまう。
しかしそれはラギナの怒りの炎がほんの僅かに揺らいだ程度であり、その一瞬が逆にラギナの怒りを再燃させると逆手剣に力が籠った。
そんなラギナの感情を知らず一瞬の硬直を見たベヘモスはそのまま四つ足を動かして獲物に襲い掛かる。
大きく振り上げた剛腕。前に戦ったオーガ族のギザよりも強い衝撃が降りかかるのがわかる。
だがラギナは先ほどの俊敏な立ち回りをせず、迫りくるベヘモスの攻撃に対して敢えて体を動かさなかった。
「スゥー……フゥー……。フンッ!」
口から空気を大きく吸い込み、酸素が全身に駆け巡ると頭の中に怒りという靄が晴れていく。それによって冷静になったラギナはベヘモスの攻撃を紙一重で躱すとそのまま逆手剣の刃を手に当てた。
食い込んだ刃がバターのように通っていきそれが手から前腕、そして二の腕へあっさりと到達していく。
ベヘモスがそれに気が付いた時にはすでに遅い。勢いをつけた分もあり攻撃を強制的に止めても迫りくる刃はこちらの首を目掛けて進んでいた。
「グワオオオオオッッ!!」
腕が真っ二つにされながらなんとか体を捻ってラギナと交わるように通り過ぎていくと幸いなことに通ってきた刃は肩の手前で離すことが出来た。
だが攻撃した腕は二つに分かれているそれを空いた手で掴んではいるが少しでも手を離せば千切れてしまいそうな腕からは激痛が迸り、苦痛に悶えながらラギナを睨みつけた。
「ギリギリで躱したか。だが次は確実にその首を撥ねてやる……!」
ラギナの口調は冷静であったが再び怒りの靄が頭の中を包み込んでいき、それに伴って視界も赤くなっていく。
今の彼の目には巨大な魔力の塊がこちらに殺意を向けている幻影に映っており心も攻撃的な衝動ですぐに体を動かさないと頭がおかしくなりそうだった。
「やるわねぇラギナ。下等な魔族ならこのシャドウベヘモスで十分なのに。流石に今のその姿になった貴方には弱すぎたかしら? ──……おい」
「──はっ!」
彼らの戦いを見ていたカルラは低い声色で一言呟くと何処にいたのか信者たちがカルラの近くまで寄って膝をつく。
複眼による目視で数を数えると、それが"十分"だと判断したカルラは指先を彼らに向けるとその足元から黒い魔法陣が浮かび上がるとその中央から黒い手が生えてきた。
「──っ!!」
「うわあああああっ! なんだこれ!?」
「カ、カルラ様あぁぁぁぁ……!!」
黙ってその黒い手に飲み込まれていく信者の中にはそれを知らない新参者もいたのか反射的に悲痛な叫びをあげる者もおり、飲み込まれる手前、僅かに見えた恐怖による形相がミリアと目があってしまった。
「何、これ……!? 皆、死んじゃったの……!?」
「死んじゃったわね。そりゃあそうよ。だってシャドウベヘモスの為に生贄にしたんだから」
「なんでそんなこと……! 酷いよっ……!」
「母も姉たちも同じようなことをした私にとって今更よそんなこと。それに私を崇拝してる者たちなのよ? 私が死ねって言えば喜んで死んでくれる可愛い可愛い哀れな者たちなのよねぇ。ふふふ……」
「同じ、ような事って……。まさか……!?」
「あら? ラギナから聞いてないの? 私はね、自分の一族をみーんな殺したのよ? おかげで追われる身にはなったけどラギナのおかげで今は魔族のしがらみから解放されたわ。それについてはあの人に今も感謝してる」
──同族殺し。その行いは禁忌であることを何も知らないミリアですら直感的に察しており、それをやったというカルラは今も飄々としているの見て背筋が凍った。
「……あら? 震えてるけどどうしたの? 今の聞いて怖くなっちゃった? そんなに怖がらなくても大丈夫よ? 私、こう見えても愛情深いから。好きなモノには尽くすタイプなの。ミリアちゃんはラギナとセットのお気に入り。だからちゃんと一緒に愛でてあげるわ」
「──……っ」
「さぁて……。そろそろかしら?」
震えるミリアの首筋から流れ出る青黒い血を長い舌で舐め取りながら彼女の顎を掴んでラギナのいる方にへと一緒に顔を向ける。
そこには信者たちを生贄にしたことでシャドウベヘモスの体が変化しており、切り裂かれた腕の断面図からはいくつもの触手が生えていた。
「グォワッ!!」
切り裂かれた腕を振るい黒い触手がラギナに向かって伸びていく。
得体の知れない攻撃にラギナは一度、距離を取るために後方に跳躍するが撓るような触手の動きはまるでそれ自体が意思を持っているかのようであり、避けようとする彼に追撃していった。
「くっ……!」
襲い掛かる触手たちにラギナは一度、逆手剣で切り刻んでいくがすぐに再生され数が減ることはない。
逆にラギナの跳躍が凄まじすぎたのか背中側から突然何かにぶつかる衝撃が走った。
それは大広間の壁であり、外ではない閉鎖的な場所はいくらここが十分に広いとはいえ避けられるスペースは限られているのだ。
「しまっ……!」
壁にぶつかったことで一瞬、気を取られたと感じたその時にはすでに逆手剣を具現化した腕が黒い触手によって絡めとられる。
その触手は巻き付くだけではなくその先端がこちらの腕に吸い付いて食い込むせいで残った片腕を使っても疑似的に腕と一体化した触手を引き剥がすことは出来なかった。
どくんどくん、と触れた触手から脈打つ鼓動を感じるとそれは己の生命力と魔力を吸われていることを直感する。
一刻も早くこれを剝がさなければ命が危ないと察したが、突然ラギナの体は大きく動かされる。
「うぐッ!?」
それは絡めとった触手を使ってシャドウベヘモスがラギナをこちら側に引っ張っており、奴の剛力によっていとも簡単にラギナはシャドウベヘモスの前まで強引に連れていかれると、もう片方の拳で彼を思い切り殴りつけた。
「グオオオオッ!!」
「──ッ!!」
「あああっ! ラギッ!」
勢いをつけて殴ったこの攻撃は先ほどラギナがやった事と真逆の立場になり、それは異種返しのようにも見える。
吹っ飛ばされたラギナは床に叩きつけれたが再び引っ張られると、無防備になった拳が彼の体に襲い掛かり、今度は壁にめり込んだ。
「ああ……あのラギナがこんな目になってる……。今の気持ちはどう何? 苦しい? 辛い? お願いだからそれを私に知らせるように苦痛の歌を聴かせて頂戴!」
「も、もうやめてよ……。このままじゃラギが死んじゃうよ……!」
「大丈夫、殺さないようにちゃんと半殺しにしてあげるから。アレでも私と同じ四英雄なのよ? 簡単には死なせないわ。私はねあのラギナが屈服するところが見たいのよ。何故獣如きがドミラゴや私、他の魔族の長たちを纏めあげたのか。他の奴らにはなかったものを彼が持っていて、それに皆惚れたのよ。そんな彼を私はほしい……! あの彼を私だけのモノにしたい……! 私だけが彼を愛でたいのよ……!」
「──っ。ううぅ……」
ラギナを好いているカルラの気持ちを知ったミリアは僅かな可能性を賭けて説得を試みたが苦しむラギナの様子を見ている彼女の恍惚とした表情は変わることがない。
それを見た瞬間、ミリアの心の奥底から何かどす黒いモノが沸き起こってくる。
それはシャドウベヘモスによる攻撃の衝撃が繰り返す度にそれが大きくなっていったのだった。




