第20話 四英雄"異端の魔女カルラ"─③
カルラの館を後にしたラギナたちは森の中を歩いていく。
日はまだ真上にあり、今すぐにでも向かえば目的地である魔族と人間が共存する村には辿り着くであろうと貰った地図を見ながら目算するラギナの後ろにはミリアが静かに歩いていた。
自分の後ろをピタリと付いてくるそれは足並みすら合わせてくる様子にラギナはチラリと後ろを振り返ってみると、こちらに顔を向けた彼に対してミリアはにこりと笑みを浮かばせてきた。
「ど、どうしたの?」
「……いや、このまま例の場所に行くんだが……。体調は大丈夫か?」
「手のこと……? 大丈夫だよ。平気」
「そうか。とりあえず日が落ちきる前にはつくと思うが……。それにしても腹減ったな」
ラギナは歩きながら懐からキノコの入っている袋を取り出すとそれを後ろにいるミリアの方に差し出した。
「朝から何も食ってなかったからな。お前も食え」
「うん。食べる」
ラギナから貰ったキノコの袋の口を開いてミリアはその中身を少し見た後、その袋の口を閉じてしまいそのままラギナの方に顔を向けるとその袋を返していった。
「やっぱり、お腹減ってない」
「いいのか?」
「大丈夫だよ」
「…………」
ラギナは立ち止まり、そんな彼女の様子を見ながらキノコの袋を返してもらった次の瞬間、自身の巨体を勢いよく動かすと太い腕が幼いミリアの体を貫いた。
「ううっ……!? ラ、ラギ……なんで……?」
「くだらん芝居はやめろ。お前がミリアじゃないことはもう分かっている……!」
「ぐうぅ……」
「さっさと正体を現せッ!」
小さな体を貫手によって胸を貫かれたそれは身動きが取れず、空いた穴と口から黒い血を吐き出しながら苦しみの声をあげる。
やがてこの苦痛に耐えられなくなったのか、ミリアだった体がドロリと溶けていくとラギナの腕から地面に垂れていき、そのまま距離を取ると黒い影の塊が信者の姿となって露になった。
「カルラの信者か。その体に刻まれた呪印、あいつの仕業だな」
「クソ……! 完璧だったはずなのにもう気づいたのかよ……!」
「確かにお前はあの子の仕草、匂い、癖を完璧に模倣していた。だがほんの僅かな"違和感"があった。それは俺もはっきりとわからんが確実に偽物というのだけは分かった。それにお前、あのキノコを食わなかっただろ? あの中身は毒キノコばっかだ。あの子はそれでもお構いなしに食うぞ」
「チィッ!!」
こんなにも早く見破られたことに舌打ちを鳴らすと信者は黒く柔らかな軟体になって動かし、バネのような動作で森の中に溶け込むように逃げていくのを見たラギナもまた彼を追うように踏み込んで駆け出して行った。
「逃がさん!!」
「うっ……!」
重傷を負った胸を押さえつけながら信者は木々の隙間を縫うように逃げていくが背後から迫る殺気から一向に距離が取れている気配がしない。
やがて追ってきたラギナがこちらに回り込むとその姿は白い毛が逆立っており、根本から漂う気は白が混じった赤色が沸き出ている姿は前にカルラがラギナについて話していたことを思い出していた。
『ラギナはね、不思議な魔族なの。魔族の凶暴性を持ちながら人間の理性を持っている。交わることのない相反する存在が内に秘めたせいか制御っていうの? それが壊れている感じなのよねぇ。だから覚醒した力を限界まで引き出せる。あの"弱い獣の魔族"如きが私みたいな他の上位魔族と同格になるまで力を得られるのよ? その姿、あぁ……思い出しただけでも惚れ惚れするわぁ~……』
(カルラ様の言っていたのがこの姿なのか……!? し、しかし、これは獣どころじゃない、種族の領域を明らかに超えているじゃないか……!!)
体から赤い気が噴き出るそれは膨大な魔力は闘気となり、それは目視できるほどの量であった。
それはつまり内に抑え込むことすら出来ないほど溢れていることを意味している。
何よりもこの赤い気。肌で感じるには獣の魔族の力だと思うが水のような透明なものに色が付くほどというのは今まで経験したことのない存在であった。
「ま、待ってくれ!! 落ち着け!! 俺は何もしてない!!」
赤い気を纏い、食いしばる歯をむき出ししたラギナの瞳は殺意に満ち溢れている。
信者は咄嗟に地面に膝をついて己の命を懇願するような仕草を取ると目の前の異常な存在には逃げることを止めて説得を試みた。
それは生存本能が逃げるということを諦めたという事であり確率的に僅かであるが生き残る道がそれしかないという、それほどの存在がこちらを見下ろしていたのだ。
「俺はただ、アンタをこの森の外側に連れ出すだけだったんだ! 危害を加えるつもりはこれっぽっちもない……! だから、殺意を止めてくれ……!」
「関係ない。俺は絶対にお前のことを許さない」
「な、なんでだよっ!? アレか!? あの子供の事か!? 大丈夫だ! カルラ様はあの子供を気に入ってたから今頃手厚く持て成してると思う! だからそんなにキレるなよ。なっ?」
「やはりカルラか……。…………俺は……あの子を護ると、この魂に誓った。だがそれを、こんなにも簡単に、破ってしまった……。俺は俺自身を、それが許せなったが何よりもあの子に化けた事に対してが一番頭にきた……!」
「……は?」
「よくも──、よくも俺に、あの子を!! 傷つけさせたなッッ!!!」
「ヒ、ヒィィィッ!! た、助──……」
怯えた信者の顔に赤い気を纏った手刀が風のように通り過ぎると赤い軌跡を僅かに残して首から上を吹っ飛ばしていく。
首が離れたことにその断面図から吹き出るモノによってラギナの体は汚され、力尽きる様に倒れるその胴体を追い打ちをかけるようにラギナは足で強く踏みつぶすと黒い液体が周囲に飛び散っていった。
「カルラァァァ……ッ!!」
信者の死体を踏みにじってもこの怒りは収まることはなく、逆立った毛がさらに赤くなっていく。
まるでその姿はラギナが内に秘めていた衝動のようであり、それが抑えることが出来なくなってくるとカルラの館の方へと駆け出して行ったのだった。
──ラギナが偽物に気が付く少し前、館を出る前に糸によって拘束されたミリアはいつの間にかカルラと出会った大広間の場所で縛られておりその近くにはカルラが嬉しそうな表情でこちらを見ている。
粘着性のある糸は強度も凄まじくミリアの力では到底解けないことを理解した彼女を見たカルラが近づいてきた。
「お帰りなさい~。数分ぶりねぇ、ミリアちゃん」
「ンー! ンー!」
「おっと? 口も塞いじゃってたのね。苦しそうだから解いてあげる。ほら」
体を拘束する糸がカルラの指先一本で宙づりの形になって彼女の目の前まで高く持ち上げられると指から伸びる鋭い爪によって口元を塞いでいた糸を切られる。
ようやく自由になった口から一気に空気を吸い込んだせいか、何度か咳き込んだ後ミリアは宙づりのまま彼女の顔を見上げた。
「けほっ、けほっ……ど、どうしてこんなことするの……?」
「うう~ん、そうねぇ。簡単に言うと、気が変わった……かな?」
「えっ……?」
「貴方のこと、も~っと調べたくなっちゃったのよ。あの結晶石に浸透した血。あれはね、魔力以外にも何かあるんじゃないかって感じるのよねぇ? それに貴方を攫えばラギナもここに来るでしょう? そうすれば貴方たちが行く場所になんて行かずともここでずっと一緒にいられるわ!」
「そんな……! そんなこと、ラギが嬉しく思わないよ……!」
「ラギナがどう思うとか関係ないわ。私がほしいと思ったら手に入れるの。ラギナはね、人間と魔族で生まれた特殊な魔族なの。これってありそうでなかったことなのよ? 私もねぇ、色々やってみたけど全くできなくて……そんな中で相対した二つの存在によって生まれた業が深いあの人……とっても興味があったわ! それも出会った時からね。見たことある? ラギナが本気を出して怒り狂ったところを」
「…………」
「あら? 見たことないの? 勿体ないわねぇ。あれはね、荒れ狂う力の象徴の中に美しさを兼ね備えた姿、まさに芸術的な神秘ね。ああいう姿になるのは本当に稀だったけど今ならすぐに出来そう。貴方のおかげでね」
「わ、私……?」
「そうよ。ラギナは貴方にとって大切な存在になっている。それをちょっとだけでも傷つけたら? ふふ、彼が怒り狂うのが簡単に想像できるわね。ああ……本当に愛しい人……。だからこそあの人を愛せるのよね」
「き、傷つけることが愛なんて、わかんないよ……!」
「愛にはいろんな形があるの。子供の貴方には分からなくていいわよ? これは私と彼との間にしかないモノなの。お前如きにこの愛を理解されて堪るか……!」
「……っ!」
カルラの口調と声色が変わり、複眼がマスク越しに睨みつけるその様子にミリアは思わず声を失う。
自分の命が握られているということを認識させるかのような彼女の態度はまさに血を凍らせるほどであった。
「あら、ふふふ。御免なさいね。ちょっと乱れちゃったわ。そういえば貴方、血を知る限りとっても再生と治癒の能力が高いんだってね? ねぇどれくらいなの? 手のひらにつけた傷って実は薬いらなかった? もしかして腕や脚が切り飛ばされても生えるほど回復しちゃうの? ねぇ? 答えてくれる?」
「うっ……」
「ふふふ……その怯えた目、とてもいいわぁ。震える瞳が緑色なの本当に綺麗……。ねぇミリアちゃん。その目、貰っていい?」
「えっ……?」
カルラはそう言うと拘束されているミリアを抱き寄せた後、両手で彼女の顔を掴みながら親指を片目の下瞼を少しだけ引っ張る。
半強制的に開かれた目はカルラの顔を凝視することになり、その表情、複眼からはサディスティックな感情が溢れていた。
「中々無いのよね、こういうのって。私はねとっても欲深いの。こういう目も私の目の一部にしたいぐらい。丁度いいじゃない。貴方の目を抉り取ってどれくらいで再生するのかっていうのも試せるしね」
「うぅ……」
「ふふふ……」
ミリアの目元にある親指が眼球の方へとゆっくりと近づいていく。すぐに抉ることはせず、あえて焦らすようにじっくりとミリアの様子を楽しみながら鋭い爪が眼球に触れる直前まで迫った瞬間、カルラの指がそこでピタリと止まった。
「……っ?」
「──……来たわね」
カルラは一言そう呟くと指が離れていき彼女の顔は扉の方に視線が向けてられていく。
ミリアもそれに追うように顔を向けようとしたがカルラの両手によってがっちりと固定されてしまい動かすことができない。
だがミリアは感じ取っていた。館全体が震える衝動。それがこちらに近づいてくる気配。そして何よりこれはラギナのものであった。




