第18話 四英雄"異端の魔女カルラ"─①
ラギナたちは先に行く信者たちの後を静かに歩いていくとやがて濃霧漂うの森の深い場所に怪しげな館が見えてきた。
ひっそりと建てられたその館は立派な外装をしているが暗い場所にあるせいか薄気味悪く、窓もないそこには光すら見えない。
たどり着いた信者たちが整列をなしてお辞儀をし、こちらに話しかけてきた者が玄関の扉を開くと中に入るよう手招きする仕草を見てラギナたちは意を決して入っていった。
「こんな場所にこんなものがあったなんてな……」
「ラ、ラギ……」
「ああ、分かっている」
エントランスを通り主人のいる部屋を歩いていく最中、蝋燭の火しか照らしていない通路の端には息を潜めるように信者たちがこちらに向かって膝を折って座っている。
不気味なほど静かなその道を進んでいくとやがて一つの扉に祈りを捧げているそこは明らかに異質であり、この先に館の主人がいることは隣にいるミリアも感じており、ラギナの毛を思わず掴んでいた。
ラギナは意を決してその扉に手を掛けて開けるとそこは大広間の部屋であった。
大人数が踊りを披露するぐらいには広い間のある部屋の天井にはシャンデリアの代わりに月のような透明感のある球体がぶら下がっており、反射した光が奥にある見晴らしのよい高台には式場で着るような質の良いドレスに身にまとった人間の姿が見えた。
「久しぶりねラギナ。会いたかったわぁ」
「に、人間……!?」
「惑わされるな。あれはカルラの仮の姿だ」
「あら、嫌な言い方をするのね。この姿、結構気に入っているのに。どう? 綺麗だと思わない?」
「……興味ない」
「ふ~ん。人間の姿なら少しはときめいてくれると思ったけど、ちょ~っとタイプが違うのかしら?」
カルラはドレスの胸元から見える豊満な谷間を強調させた後、そう言って高台から階段を降りてこちらに向かっていく。
仄暗い空間でよく見えなかったが肌は灰色で艶のある黒髪は腰に伸びるほど長い。身長は魔族姿のラギナより少し劣る程度であったがそれでも高身長の彼女はミリアにとっては圧巻の姿であった。
特に目立ったのが顔に舞踏会で使うような仮面によって鼻から額を覆っており、そこにはいくつもある僅かな隙間から見えたのは複眼だということを知ったミリアは恐怖で生唾をゴクリと飲み込んだ。
「俺たちと別れてから何してるかと思えば、まさかこんな場所にいるとはな」
「今更、同類の所に戻るわけないじゃない。貴方だって知ってるでしょう? それにしてもラギナ、見ないうちにもっと男らしくなったんじゃなぁい?」
「くだらん話はやめろ。お前がこの子について知りたいってお前の信者が言ってたぞ」
「あっ! そうそう、そうだった。懐かしい顔を見たんだもの。ふふっ、私ったらついはしゃいじゃって……。それでその子、ミリアって言うんだって?」
「う、うん……」
「貴方のその気配……とっても興味があるわ。私たちが崇めている玉虫色の神に近い何かを感じる……。だから少しだけ調べさせてほしいのよねぇ」
「この子の素性がわかるのか?」
「パっと見はそうねぇ……。青い肌に緑色の瞳、角も鬼どものモノではないっていう珍しい特徴はある。ただそれだけじゃあはっきりとはわからないわ。大事なのはその先ね」
「どうやって知るんだ?」
「もぅ、そう慌てないでラギナ。まずこの子から感じる厄の気は一体何のか。それを知るためにはちょっと協力してもらう必要があるんだけど、いい?」
「……ミリアは?」
「だ、大丈夫……」
「そう。いい子ね……。それじゃあこっちに来て手を出して?」
不安げなミリアだったがラギナの顔を見ると意を決してカルラに近づきいて恐る恐る手を出すと、カルラは伸ばした腕ごと掴むと強引に体を引き寄せてきた。
「きゃっ!?」
「なっ!?」
「ちょ~っと痛いかもだから我慢してね?」
「──ッ!」
カルラはそう言うと引き寄せたミリアの掴んでいる腕を力強く握るとその圧迫感で思わず手のひらを曝け出してしまう。
そのままカルラは空いている方の手でミリアの手のひらに鋭く長い爪を使って横一線に切った。
手のひらに刻まれた裂傷からドロリと青黒い血が吹き出始め、それに伴う痛みにミリアは思わず顔を顰めたがそれだけでは終わらなかった。
「あ~ん、これこれ……」
「ひっ……!」
溢れ出るミリアの血を見たカルラは興奮したような表情と共に口から長い舌を伸ばすとそれをじっくりとねぶるように這わせていった。
ミリアは掴まれた腕を反射的に引きはがそうとしたがカルラの力は凄まじく抗うことすら許してくれない。
生暖かい舌の感触と唾液と自身の血によってべったりとネバついた感触に混じった傷の痛みの不快感にミリアは思わず身を震わせる。
その姿は舐めるどころか血を啜るその様子は蛭のようでもあった。
「おいっ!! 何をっ!?」
「んんん~~~……」
「うぅ……」
カルラの凶行にラギナは思わず怒鳴り、手が出そうになったのをカルラはいくつかの複眼の視線だけをこちらに向けながら切った人差し指で動きを制する。
一体何をしているのかラギナには全くわからなかったが、今はカルラの行動を止める手段はない。
緊張だけが増していく中、ミリアの血を吸い終えたのかようやくミリアの手からカルラの口が離れていった。
「んん~~~。なるほどねぇ……。これはとても……美味っ」
ハンカチを取り出して口元を拭いているが十分に血を吸ったせいかその口にはまだ彼女の血が含んでおりそれを味わうかのように咀嚼している。
やがて喉を鳴らしてミリアの血を飲み終えた彼女の様子は恍惚とした表情になっていた。
「ふぅ~……、ご馳走様。ミリアだっけ? 貴方、とても面白い体をしているのね」
「おい、そこまでやる必要はあったのか……!?」
「ふふ、どうしたの? そんなに焦って。もしかして妬いちゃった?」
「お前っ……!」
「……冗談よ。こんなことで本気になっちゃって貴方らしくないわね」
「…………」
「まぁいいわ。ちゃんとやるべきことはやったから。──おい」
カルラの一言に何処にいたのか黒いローブを纏った信者の一人が透明な結晶石を持ってくると爪に残ったミリアの血を垂らしていく。
青黒い血は結晶石の中にうねるような動作をしながら浸透していくそれは生き物のようにも見えた。
「それだけで済むならやっぱり吸う必要はなかったじゃないか」
「まぁ正直言って血を吸ったのは趣味っていうのもあるのよねぇ。くれるならラギナのでもいいのよ?」
「……まるで吸血鬼だな。それで、その石で何がわかるのか?」
「あんな魔族と一緒にするなんて酷いわね。この結晶石はね、血の中に含まれた持ち主の本質を表すものなの。単純に魔力が多いなら青い結晶体になるけど、違う場合はまた違った形になるわ。少し時間が掛かるから……その間にほら、手を出しなさい」
「……っ!」
「そう警戒しなくてもいいわ。貴方の傷を治すだけなのよ。これでもね、ラギナと一緒にいたときは無茶した時の傷を私が治したのよ?」
「ほ、ほんと……?」
「本当だ。そのおかげでかなり助けられたのは間違いない」
「ほーら、だから安心してその手を見せて?」
カルラにそう言われたミリアは恐る恐る傷がついた手のひらを曝け出すとカルラの指から一本の白い糸が伸び、それが彼女の小さな手の中に垂れると傷口を塞ぐように縫っていく。
糸によって傷が塞がれたのを見て近くで膝をついている信者の懐から取り出された容器から傷薬の軟膏を指先につけるとそれを丁寧に塗っていくと痛みがあった傷がゆっくりと薄くなっていき人肌の温かい指の感触が手のひらに広がっていく。
ミリアの視線を少しだけ見上げるとちょうどカルラの顔と向き合う形になり、仮面の中から見える複眼は恐ろしさなどなくそこには母性すら感じさせていたのだった。