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第17話 星空の下で

 ロミナ大陸の魔族側はそれぞれの種族がテリトリーを持っておりそこに踏み入れた侵入者に対して容赦がない。

 妖精園【クラムベリー】を出たラギナたちはドミラゴから貰った地図を確認しながらそれらを迂回をする旅になり草原と湿地帯を駆け抜けていく。やがて大陸の中央には人間側との境界線の象徴である山脈が伸びておりその麓まで広がっている森にラギナたちは辿り着いていた。

 走り出して三日。目的の場所は近いがすでに空は夜の闇が広がっており月と星の淡い光を浴びつつラギナとミリアは焚火の前に座っていた。


「今日はだいぶ進んだな。地図によると……あともう少しってとこか」

「ラギ、大丈夫? ずっと走ってるけど……」

「お前ぐらいなら乗せて走るなんて問題ないさ」


 胡坐をかくラギナの中にちょこんとミリアは座っておりラギナは彼女の後頭部を見つつ地図を折りたたんで懐へとしまっていく。

 そんな彼女は彼に背を預けながら手には袋を持っている。すでにドミラゴから貰った食糧は食べ終えており袋の中にはラギナが"適当"に採ってきたキノコがたくさんあってそれを小腹を満たすようにミリアは摘まんで食べていた。


(さて……この先はどうしたものか……。あの背中の傷……この子は人間と何かあった形跡を見るに本当にそこに行くべきなのか……)

「ねぇ、ラギ」

「ん? どうした?」

「ラギってお爺ちゃん以外にも、一緒だった人いたの?」

「ああ。ヴァルゴとカルラ、この二人だな。ヴァルゴは前に話したな」

「うん。ラギの友達」

「そう。今頃アイツ、何してるんだろうな……」

「その、カルラっていう人は?」

「……カルラは虫の魔族でアラクネ族だ。そいつがどうかしたのか?」

「んっ……聞きたいなって。ラギのお話」

「そ、そうか……。あまりいい話じゃないんだが……」


 彼女の要求に少し困ったような顔をして顎を手で撫でる。

 一体どこから話してよいのやら。カルラの話はショッキングな内容ばかりであり今のこの子にとって言葉を選ばなければならず、考えがまとまるとゆっくりと口を開いていった。


「虫の魔族は少し変わっていてな。独自の信仰のせいなのか他よりもかなり凶暴なんだ。勢力自体はそこまでじゃないがその理由は同類以外なら同族ですら食い殺しに行くぐらいでほとんどの魔族と敵対している。そんな中でカルラは同族にすら追われていた身なんだ」

「ど、どうして……?」

「それは……まぁ色々あったんだ。彼女にもな。そこで彼女を助けたことで俺たちに協力してくれるようになったんだ。まぁ俺は気を許したことはなかったんだが……」

「でも、すごい人なんでしょ?」

「それは間違いない。カルラは稀代の術師だったんだ。特に呪術と占星術にはかなり精通していて何度も助けられた。特に呪術はドミラゴが嫌っていてな。()()()()()な事が起こったらカルラが引き受けていた。まぁあいつはそれを嬉しそうにやってたが……。ともかく彼女がいなければ虫の魔族と協力関係にはなれなかったほどの人だ」

「そうなんだ……やっぱりラギたちってすごいね」

「…………。……なぁミリア。話変わるんだが今向かっている場所、そこには人間もいるんだ」

「……え?」

「ドミラゴ曰く、そこは魔族と共生している村らしいんだが実際はどういうのかは見なければわからん。でもお前がもし嫌だったら別のところにも──」

「私ね、ラギ。ずっと殴られてたんだ」


 突然の告白によってラギナの言葉が遮られる。

 通っていく風が焚火の明かりを揺らめかせ、それは前に座っている彼女の心を表しているようだった。


「気が付いたらね。暗くて狭い場所にいてね。たまにね、人間が入ってきてね、殴ってきたんだ。私のこといろいろ聞かれてね、でも全然わかんないから言えなくて、言えなかったら殴られて……。体熱くて痛くて、でも床は冷たくて、もうわかんなくて……。ずっと痛いと思ってたら、いつの間にか違う場所にいて、そしたらそこが壊れて寒い外に出れて、走ったら落ちちゃったんだ」

「ミリア……」

「私、全然私のことわかんない。でももし、知ってたら殴られずに済んだのかなぁ……?」

「──ッ」


 自分の体の中で小さな少女が背中越しに声と共に震える。彼女の独白はとても拙いものであったが人間を警戒した理由などを十分に想像できるものでありそれは黒く嫌な気持ちにさせるには十分であった。

 己の境遇など自身の弱さを見せることは強さが全てである魔族の世界では命取りになるほどであり、それを話すことなど自殺行為にも等しいものであった。

 だがミリアはラギナの体の中で話した。震える体と声と、そして本能を必死に抑えながら自分のことを話したのだ。


「だったらミリア、やっぱり……」

「でも私、ラギと一緒なら何処でもいいよ。一緒がいい。だから私は大丈夫だよ?」

「──…………」


 彼女のその言葉にラギナは恥じた。苦しい過去なんて逃げればいい。だがそれは弱いのままであることに今の言葉を聞いて理解した。

 こんな幼い子が逃げずに前を向こうとしている事にそれを尊重しない者は果たしているだろうか?

 今の自分に出来ることは英雄という言葉の影に隠された血生臭いこの力を使って護ることだけである。

 前に座っているミリアの背中をラギナは後ろから両腕を回すと、震える体を慰めるように優しく抱いてあげた。


「大丈夫だ、きっと。行こう、ドミラゴが言ってた場所に。もしその時に何が起こっても絶対に俺が護る。約束する」

「……うんっ!」

「まだ震えているけど、寒いのか?」

「ううん、大丈夫。とっても暖かいから。……ラギも寒いの?」

「……ああ、寒かった。でも、俺も今は暖かい」

「そっか。じゃあこのまま……」

「ああ、おやすみ」


 星空が舞い散る空の下、焚火と夜風が通る音が子守歌のように耳が心地よい。

 お互いの体温を感じながら月が雲に隠れていくにつれて二人はゆっくりと眠りについたのだった。



 ──森の中で一夜を過ごしたラギナはふと周囲の違和感に気が付き、意識が目覚めていくと同時に耳と鼻を動かして探っていく。

 だがそれだけではわからず、重い瞼を開けるとそこには焚火が焦げた跡を残しているだけだったが違和感の正体にすぐに気が付いた。


(……なんだ? 俺たち以外の気配がない。どういうことだ……?)


 ラギナは警戒しつつミリアを優しく手で叩いて起こすと、彼女はそれにまだ気づいていないようであり大きな欠伸をしながら固まった体を伸ばしていく。

 ふと上を見上げると朝を告げる陽ざしが見えず、霧が覆っていることにミリアもそれに気が付いた。


「ラギ……なんかここ、凄く変だよ……」

「大丈夫だ。何が来ても俺がお前を護る」


 怯えるミリアを宥めながら彼女を護るように庇いながら立ち上がる。

 やがて霧は濃くなっていきにつれて気配が多くなり、そのうちの一つが向こう側からゆらりと影が見えると姿をこちらに現した。


「その気高き白毛……。貴方がラギナ様ですね。お初にお目にかかります」

「俺の名を知っているのか。誰だお前は? そのなりは人間か?」


 黒いローブに身を包み、その素顔さえ深めに被ったフードでよく見えない。

 だがその体系と素肌が見える手足を見て人間のようであり、フードには意味深な紋章が装飾されていた。


「人間が何故こんな所にいる。ここは魔族が住む領域だぞ」

「そう警戒しないでください。私たちは貴方に危害を加えるつもりはありません」

「嘘をつけ。この霧には魔力の匂いがする。これは明らかに魔術によるものだ。誤魔化しは効かんぞ」

「流石、ウルキア族の鼻の良さに感服いたします。ですがこの霧は私たちを守る為の物……。私たちはここに存在する神を信仰している者たちなのです。あの方の名を聞けば分かってくれるかと……」

「何……? 誰だ? そいつは」

「カルラ様です」

「カルラ、だと……?」


 彼らの主の名を聞いた瞬間、警戒していたラギナの体から殺気が漏れ出し、それは周囲の信者たちや近くのミリアですら身震いさせるものだった。


「ひぃ……! わ、私たちはあの方に共感してここに集った者たちなのです……。どうかお願いです。そ、殺気それをどうかお収めください……!」

「ふざけるなよ。俺が今更アイツに用なんてない……!」

「で、ですがカルラ様はあると言うのです……。それは貴方が連れているその子についてでして……」

「なんだと……?」

「その子の正体、気になるんでしょう? 実はそれにカルラ様も興味があるようでして……」

「何故それをアイツが知っている?」

「虫の知らせ……というものなのでしょうか。私たちにはわからないあの方にしか聞こえないものがあるようでして……」

「虫の魔族特有の力か……。よりにもよってアイツに知られるとは……」

「カルラ様の叡智は素晴らしいものです。きっとラギナ様のお役に立てるものかと……」


 ラギナの殺気に怯えながらも指を示してミリアに向けたその行動だったがラギナの眉は潜んでおり未だに警戒は解いてはいない。

 このまま彼らを無視して目的の村まで行くことも考えていた時、ふとズボンの裾を引っ張るミリアに気が付いた。


「……ミリア?」

「ラギ、その、私……。…………」

「…………。……知りたいのか? 自分のことを……」

「…………。うん……!」


 ラギナの下から見え上げる彼女の顔、そこにはいつも不安げな表情はなく決意に満ちたものに変わっていることを知る。

 空っぽの自分に向き合う。そんな彼女の決断を無碍には出来ない。

 嫌な予感がしつつも彼女から信者たちに向き直すとラギナは殺気を収めて静かな口調で言った。


「この子の事についてだけだ。用が済んだらすぐに帰らせてもらうぞ」

「おぉ、寛大なその心に感謝します。それでは案内します。どうぞ私たちについてきてください」

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