第14話 四英雄"森羅の祭司ドミラゴ"
ミリアを妖精園に保護してもらうつもりが予想とは違う結果になったことにラギナは途方に暮れていた。
オッドの町の件といい自分を信用してくれた彼女に対して何をどうすればいいのか。百年戦争に参加していた時以外は一人だったラギナにとって最早手におえる状態ではなかった。
「……すまんなラギナ。その、力になれなくて……」
「いや、いいんだ。そっちにも事情があったんだろう?」
「最近は外の様子にかなりピリピリしててな……。皆怖いんだ。ここが無くなるのが」
「仕方ないさ」
顔にそれが出ていたのか前に歩くローキアルが見かねて心配の声をかけられてしまう。
隣同士で歩いている二人の間に"絶妙な"間にある空気はかなり重く、それが足の動きにも顕著に出ていた。
「ほ、ほら! あそこがドミラゴ様の家だよ! ちょっと遠いがここじゃ一番の場所さ」
悪い雰囲気を払拭するかのようにローキアルが少し高めの声で発しながら指を示す先は中央にある大樹から端の方にある丘があり、その一部だけ木々に囲まれた箇所に入っていくと一軒の家が見えてくる。
家族が住めるような二階建ての家は広めの庭もついており、柵の近くには綺麗な花が植えられている。
他の住宅が巨大な樹木の中に作られている中で丘の上という広めのスペースで作られた家は太陽の光も十分に浴びられ、通っていく風もほどよく心地よいこの場所は一等地というのに相応しかった。
「俺はここまでだな。まぁドミラゴ様の性格的に泊まらせてくれないというのは無いと思うが……」
「もしそうなったらお前んとこで頼むぞ」
「ははっ! 俺のとこはこんなに広くないぞ! それじゃ!」
「ああ、ありがとう」
案内してくれたローキアルはそのまま体を反対に向けると元の場所へと帰っていくのを見届けた後、二人はドミラゴの家に向かうと玄関をノックする。
だが中から返事はなく何度もノックしても変わらないことに疑問を持っていると庭の方から気配を感じ、ラギナは思わず顔を覗かせた。
「ドミラゴ? いないのか?」
「ラ、ラギ……。あれ……」
「ん……?」
ミリアがそれに気が付きラギナも目をやると庭の中にある木製の椅子がやけに大きいことに気が付き二人はそこに向かってみる。
古ぼけた大木の乾いた濃い茶色をしているその椅子に触れる手前まで近づくとパキパキと音を鳴らして割れていき、その中から脱皮をするように出てきたのは上半身が裸の状態の魔族が姿を現した。
「ふぅ~~……ぬっ……? おっと客人か? すまんすまん、日光浴をしていたらつい体が固まってしまったわ」
「ドミラゴ、久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ううん? おおっ! ラギナではないか! 久しぶりだな!!」
その正体はドミラゴと呼ばれ深い緑色の肌が特徴的であり枯れ木のように乾いた深い皺を辿って顔を見てみると下あごから牙が左右に一本ずつ口から出て生えているハイオーク族だった。
お互いに手を広げながら抱き合う挨拶はミリアの視点から見てラギナの身長の半分ほどしかないその体格差は老人の姿でありながら子供のようにも見えてしまった。
「まさかお前が訪ねてくるとはな。珍しいこともあるもんだ。あの手記は役立っているか?」
「ああ、もちろんさ。今も大事に持っている」
ラギナは懐から手記を取り出して見せるとドミラゴは近くに置いてあったローブを着た後、それを手に取ってページを笑いながら捲っていった。
「はっはっは。これはこれは、だいぶ使い込んでいるな。ほら端の方とかボロボロじゃないか」
「これにはかなり助けられた。本当に感謝してるよ」
「いやいや、ちゃんと魔族の文字を学んだというお前さんの努力に本が答えたんだ。ところでその子は……」
「ミリアだ」
「ミリアちゃんと言うのか。ほう……」
ローブから顔を晒したミリアをドミラゴはまじまじと見つめてくる様子に少し怖かったがやがて優しい老人の表情になるとラギナに問いた。
「お前の子か?」
「いや、そういうのじゃない。色々訳があって……とりあえず今日はここに泊まらせてほしいんだが構わないか?」
「ああ、それは全然……。だったら少しだけ手伝ってもらうが」
「……?」
「ほら、ついてこい」
ドミラゴに連れられて二人はその後を追っていくと庭の奥には野菜を育てているスペースがあり、そこには色とりどりの野菜たちが実をつけている青臭い匂いが空いたお腹を刺激した。
「わぁ~……。これ全部食べられるの?」
「そうだぞ~ミリアちゃん。これはワシが育てた自慢の野菜たちだ。美味そうに見えるか?」
「うん……!」
「だったら今日の夕飯はこれを使ったご飯にしよう。ミリアちゃんはワシと採ってみようか。ラギナは一人で出来るな?」
「あ、あぁ……」
「それじゃあそっちにある土に埋まっているモンを採ってくれ。だけど若いのは採っちゃだめだぞ? それじゃあ早速やろうか」
ミリアはドミラゴと一緒に少し離れた場所にある実のついた野菜たちを採取しに行き、ラギナは一人で土を掘って根野菜を採っていく。
手を使っては大きすぎるために指を使って傷つけないように野菜を掘り起こしていく。
土の中で指から感じたのはひんやりと冷たいものであり、それは今のラギナの心を表しているかのようだった。
未だに悩み続け作業も捗らないことに深いため息をついているといつの間にかドミラゴが隣に座って自分と一緒に野菜を掘っていた。
「ふぅ……どうだ? 最近の調子は。」
「お前がくれた手記にある薬草をちゃんと飲んでたから人間の場所にいた時は平気だった。まぁ、オッドに行った途端少し荒ぶったが……」
「ふふっ。それはよかった。とはいってもあの薬草自体はそこまでの効果はない。尻尾のないお前がしっかり自制したのもあると思うぞ?」
「……ミリアはどうした?」
「あの子か? 結構要領よくてな。ちょろっと教えたらすぐに慣れて、今じゃあっちで夢中になってるぞ」
「……そうか」
「……何かあったのか? ミリアちゃんと」
「じ、実はな──」
ラギナはこれまでのことを包み隠さず話していき、それをドミラゴはただ静かに耳を傾けていた。
彼女に対して不義理な事をしてしまった上にここに保護してもらうことも出来なくなったことまで話しているといつの間にかラギナの手は止まり、そして震えていた。
「なぁドミラゴ、俺はどうしたらいい? 俺はあの子に何をしてあげればいいんだ? もうずっと頭がぐちゃぐちゃで……もう何もわからん……」
「う~~~む。なるほど。そうだなぁ……。とりあえずは──」
ラギナの手が止まっている間も黙々と作業をしていたドミラゴの手がようやく止まり、一息ついた後にラギナの目を見る。
震えるラギナの瞳を捉えるようなドミラゴの目は不思議と震えが収まり続く言葉に耳を傾けた。
「まずはあの子の信用を取り戻さなきゃならんな。その為にはまずお前は自分自身と向き合う必要がある」
「……どういうことだ?」
「お前の過去を少しずつでいいからあの子に話してみるんだ」
「俺の過去をか?」
「ああ。お前の過去はあまりいいものではないが……だがそれはあの子にも通ずる所がある、とワシは思う。お互いが心の扉を閉じた状態なら何にも始まらん。まずはあの子の閉じてしまった心を開くためにお前がキッカケを作るんだ」
「むむぅ……なるほど……」
「お前は不器用だからそこで損するこもある。だがとても優しい魔族でもある。お前ならあの子の冷たくなった心を溶かせられるとワシは信じてるぞ」
「ド、ドミラゴお爺ちゃん、いっぱい採ってきたよ」
こちらの話が終わったタイミングでミリアが籠一杯に野菜を詰めたのを見せに来た姿にドミラゴは笑顔を見せながら立ち上がると彼女の頭を撫でた。
「おお! こんなに一杯だったか! だったらその分、豪華になるぞ~」
「そ、それってとってもいい?」
「ああ、とってもだ! それじゃあ二人が収穫してくれたこれらを使ってワシは夕飯を作ろうかの。この家の裏にある木々を抜けた先に水を浴びれる場所がある。今のお前たちかなり臭うからなぁ~。ワシの家に入る前にそこで体の汚れを清めてきなさい」
「い、一緒にかっ?」
「当たり前だろう? 他に誰がいるんだ? それともお前はこういうのに欲情でもするのか?」
「いやそういうのは……」
「はっはっは! 冗談だよ。お前がそういうことをしないというのは昔から知っておる。気になるなら水着もあるから使っていいぞ。あそこは妖精たちも利用するからな。置き忘れていったものがたくさんある」
「そ、それじゃあそれを……」
「わかった。そこで待っておれ」
ドミラゴはそう言うと家の中からミリアの為に水着の入った籠を野菜の入った籠と交換すると二人は家の裏手の方に回って木々を抜けていく。
二人だけの気まずい雰囲気の中、ドミラゴは笑顔で彼らを見送った後に家に戻っていったのだった。