第12話 旧友を訪ねて
ギザとの一件もありこれ以上オッドの町にいることに危険を感じたラギナは鉱山跡からミリアを背負ってそのまま西側にある妖精園【クラムベリー】に向かっていた。
寂れた道から森に入りそのまま木々を飛び越えて深い場所まで駆けていく。
走り続けている間に振り落とされないよう片方の手はミリアを支えるようにおんぶしているが、自分の毛を掴む彼女は何処か複雑な気持ちなのが体を通して伝わっていた。
(疲労もあるがあの一件で参っているな……。元を辿れば俺のせいなんだが……)
「…………」
森の中を駆ける中で二人の会話はなく、どことなく気まずい雰囲気が包み込んでいる。
普段は他の魔族と共に行動しないラギナにとってこういう時に相手に対してどう接していいか分からず、答えが見つからないままだった。
気の利く言葉を掛ければよいだけなのだがそれでも口下手の彼にとって最善の言葉を頭の中で探しては消してまた探す……という堂々巡りに陥ってしまっていた。
(ダメだ……全然わからん……。こういう時になんて言えばいいか、むむむ……)
「…………」
(このままクラムベリーに着いてこの子を保護してもらう前のこの短い時間程度で何かあればいいんだが……。おっと……)
彼女について考えを巡らせているといつの間にか森の様子が変わったことにラギナは気が付く。
足場として飛び踏んでいた周囲の木々は奥に行くほど大きくなり、ついにはラギナの体よりも巨大な樹木が辺りに聳えていた。
ここまで来ると目的の場所までは近いことが分かる。時刻はすでに正午で何も問題なければ夕暮れ前には辿り着けるペースであった。
「……!」
「ん、どうしたの?」
「何かがこっちに来ている」
「え……?」
ラギナは足を止めて向かう先の奥からくる気配に身構える。
それは明らかに敵意を感じたラギナは鼻を動かして匂いで敵の正体を探った。
(これは……)
「おいお前! そこで動くな! 変なことすれば攻撃するぞ!」
小さな影たちが太い枝から現れるとすぐにラギナの周りを囲んでいき、子供のような甲高い声でラギナたちに向かって警告する。
三頭身ほどの大きさしかないそれらは不思議な見た目をしており、その手には弓や剣などで武装している。
その中でも身なりがよいリーダー格のそれは剣の先をラギナに向けながら警戒していた。
「この子たちは……?」
「コロ族だ。"森の耳"とも言われている」
「おい勝手にしゃべるな! そもそもなんでウルキア族がここにいるんだ!? ……はっ!? ま、まさか俺たちを食いに来たのか!?」
「待て待て、早まるな。俺たちは怪しいもんじゃない。訳があってクラムベリーに来たんだ。そこにいる俺の友人に会いたいんだ」
「なんだと? 友人? そもそもお前は誰なんだ?」
「俺の名はラギナ。背中の子はミリアだ。そして友の名はドミラゴ。この手記がその友である証拠だ」
「ドミラゴ様の……?」
ラギナは懐からその手記を手に取ってコロ族によく見せる。
囲っているコロ族の兵士たちはそれを目を凝らして見つめた後、皆で集まるとひそひそと話をし始めるのはなんとも愛くるしい光景を二人は眺めていた。
「本だ。……う~っ、書いてあるの全然わかんないや」
「でも匂いがするよ。ほんの少しだけど森の匂いだよこれ」
「それじゃあ本当に……」
「だ、騙されるなよ! こいつは俺たちを騙してるからな! これも何処かで盗んできたかもしれない! ここでコイツを通せば故郷が危ないぞ!」
「そ、そうだそうだ!」
「構えろー!」
「ラ、ラギ……どうしよう……」
「う~~む……。まさか俺と友の名を言っても信じてくれないとは……これは予想外だ」
「戦うの……?」
「いやいや……それはさすがに……」
リーダー格のコロ族は大きな声で迷っている仲間たちに叫ぶとそれに反応して再び武器を取り出して警戒していく。
ラギナと囲んでいるコロ族の体格の差は凄まじく、彼の巨体と比べると膝ほどしか無い為にただ彼らの周りを走り回るだけで蹴散らしそうなほどであったが流石にそれは良心が痛む。
しかし相手が敵意を見せている以上こちら側も無抵抗というわけにはいかず、どうすべきか悩み、相手が攻撃するギリギリまで身構えている中で遠くからこちらに走ってくる足音が聞こえた。
「おいっ! そこで止まれお前たち!!」
「──!!」
一触即発の空気だったコロ族たちをその一声で制止させ、さらに震え上がらせたそれは自分たちよりも高い木の上でこちらを見下ろしているのを聞いた二人はそこに視線を見上げる。
その姿は全身が茶色い毛に覆われ下半身が馬の体で上半身は人間よりの獣人、人馬の魔族ケイローン族の者であった。
その手には弓を持っていたがそれを構えることなく高い位置から降り、そのままラギナたちの前で着地した。
「わわっ」
「…………」
「…………」
馬の下半身ということもあり間近で対峙すると体長二メートル近いラギナの体格より勝るほどである。
両者の視線が交差する中で背中にいるミリアと周囲のコロ族はゴクリと唾を飲み込むほどこの一帯が緊張していたがそれはすぐに終わった。
「その白い毛はやっぱりラギナだったか! 久しぶりじゃないか!」
「ああ、お前もなロー。変わってなくて何よりだ……!」
「へっ……?」
ローと呼んだそれとラギナは体を抱き合って挨拶を交わすのをミリアたちは唖然とした顔をする。
先ほどまで緊張感のあった雰囲気はすでに消えており、状況を呑み込めていないコロ族のリーダーがオロオロとした様子でローと呼んだ魔族に近づいた。
「あ、あの~ローキアル様……これは一体?」
「彼は昔からの知り合いだ。危険な人物ではない」
「ミリア、紹介しよう。こいつはケイローン族のローキアルで百年戦争の時に世話になった奴だ」
「こ、こんにちわ……」
「百年戦争!? ……ってぇことは、貴方様が本当にラギナ様!?」
「そうだ」
「こ、これはこれは……なんという間違いを……。そんな"みすぼらしい"姿でいらっしゃったのでつい……」
「…………」
「だから問題ないって言っただろうに。勝手に部下を連れて出撃するとはこの馬鹿もんが!」
「ぁ痛っ!」
「すまんなラギナ。こいつは最近兵長になったばっかでな。変に張り切っているところがあるんだ」
ローキアルにげんこつを貰い、頭を押さえて痛みに耐えるコロ族を見ながらラギナは自分の体に目を向けてまじまじと見た後、彼に向って口を開いた。
「なぁロー。俺、そんなに汚いのか?」
「ああ、正直かなりな。あの純白だった白い毛が台無しになってるぐらいには濁った色になってるぞ」
「そ、そうか……」
「まぁなんだ。ここに来たってことはクラムベリーに用があったんだろう? せっかく久々に会えたんだ。話ながら行こうじゃないか」
ローキアルとラギナは隣同士で歩き、その背後にコロ族がついていく形になって森の中を歩いていく。
ラギナはこの会話の中で自身が人間の領域で暮らしていたこと以外を彼に説明するとミリアをチラリと見ながらその顔は興味がありそうな様子だった。
「なるほど……。その子の為にドミラゴ様に会いに来たのか」
「そうだ。あの人なら何か知っている気がしてな。お前は知っているか?」
「確かに肌の色は魚の魔族っぽいがそうでもさそうだし……。それ以外だとその見た目の魔族は俺も見たことも聞いたこともない。力になれなくてすまんな」
「いや、ありがとう。ところでロー、このコロ族たちかなり武装しているようだが……」
ラギナは後ろからついてくるコロ族を見てローキアルに尋ねる。
本来ならばコロ族は魔力が籠もった木の枝や葉っぱなど原始的な恰好をしているが、彼らは鉄の装備をしており身なりもよかったことに思わず聞いた。
「……ここ最近かなり物騒でな。クラムベリーに避難してくる森の民が後を絶たない」
「何かあったのか?」
「また魔族同士の抗争だよ。鬼の魔族とか虫の魔族とか血の気が多いのが暴れている。しかもそいつらが殺しあうならまだしも他の連中も巻き込むように無差別に攻撃している。恐らくだが領域が関係してるんだろう。戦争が終わって境界線が出来たとはいえ、そのせいで元々支配していた一帯が無くなった魔族が不満を募らせてその衝突が起きている。おかげでこの一帯以外から来る者もいるぐらいだ。ここが安全って噂が風になって運んでいるんだろうな」
「なんだと……? また昔のように戻ったのか……」
「でもあいつらは完全な潰しあいまで発展はしてないんだ。いっそどっちも力尽きるぐらいやればいいのに、全くわけがわからんよ。おかげで大人しい魔族たちが一番の被害にあっている。ここからちょっと離れて森のを歩いてみろ。風の音と共に嘆きの声が聞こえてくるぞ」
「一体何が起きているんだ……」
「わからん。そういうこともあってこうして戦える者たちが警備してるから少なくともここは今は安全だ。……ふぅ、やっとついたな。この紋章の先がそこだ。早速入ろう」