第11話 四英雄"赫白のラギナ"──②
積まれたガラクタの上に座っているギザは目の前で起きていることにただただ目が釘付けだった。
オーガ族として強さを誇示するために目の前に立ちはだかった弱者を蹴散らし続け、やがてオッドの町をも支配するほど勢力が大きくなっていた。
数年掛けて家族として築いてきた手下たちは今、動き回る赤い軌跡によって蹂躙されていっているが気持ちは不思議と高ぶっていた。
『百年戦争にはなギザ、四人の英雄がいたんだ』
『その内の一人はちょっと変わったヤツでな。赫白っつー異名でそれを見た人間共は血肉となってバラバラになったんだぞ』
これはまだギザが子供で大人から言い伝えられた話の記憶。なぜ赤の色をわざわざ"赫"という難しい単語に置き換えてその名が広まったのか子供の頃のギザには理解できなかったし実際に目の当たりにしなければわからなかった。
だがそれを見た今なら分かる。目の前の光景、赤いの軌跡で動き回るラギナの姿を辛うじて捉えていたギザは内心唖然とした。
獣の魔族が得意とする内に秘める魔力を闘気に変えて纏わせた牙と爪を一切使っていない。猛獣のような膂力頼りの手刀で蹴散らしていくがその動きにはしなやさかがあり、そして品があった。
赤という単純な色で表すには失礼なほどの光景。それは恐怖よりもその動きに対して──美しい、と荒くれ者のギザが思わず感じてしまうほどだった。
「フゥー……。フゥー……」
赤い軌跡を描いていたラギナはようやく息を切らして止まる。
それと同時にギザもハっとなって我に返るとその周囲はすでに手下たちが至る所で倒れており起き上がる気配すらない。
だが奴の毛は未だに逆立っており赤い気が根本を押し上げているのを見て彼の怒りは未だに収まりそうになかった。
「──……ッ! すげぇ……これがあの戦争を生き抜いた力っていうのよ……。……~~~だったら俺も負けてらんねぇなぁっ!!」
ガラクタの山の上で立ち上がると高ぶる気持ちが抑えられずギザは己の肉体に力を籠める。
鬼の魔族特有の肥大化した筋肉はどんどん圧縮されていき、やがて全身が若干小さくなると同時に熱を帯びた肌から蒸気が沸いてきた。
「嬉しいぜ! もうこの辺の奴らじゃ俺に歯向かうことすらできなかったからよぉ! あー滾るぜぇ~……お前みたいなのを俺はぶちのめしたかった!!」
「……こんな状況を見てもお前はやるっていうのか?」
「そりゃあそうだろ! 忘れたのか!? 魔族の性をよ!! お前もわかっているはずだ。これには逆らえないってことをよぉ!!」
──力こそ全て、故に強者は絶対。
弱肉強食の環境である魔族の根本にある理念であり、それはどんな魔族でもその考えだけは同じであるものだった。
そんな言葉を聞いたラギナは思わず舌打ちをしたがギザは無視して喋り続けていく。
「見せてみろよ、お前の本当の力を俺によ。俺だってオーガ族の中じゃ特別だったんだぜ!?」
「お前の自慢なぞ聞きたくもない。黙ってさっさとこい」
「──ヒャハッ!!!」
ラギナの挑発に乗るようにギザは締め付けた足の筋肉を開放するとまるで限界まで圧縮したバネのような勢いで突撃する。
猛スピードによるタックルというシンプルな手段ではあるがギザの巨体を生かした質量のある攻撃は凄まじく、突進する道中には倒れている手下たちがいたが問答無用で蹴とばしながら通り過ぎていく。
手下たちはその重量と勢いによる衝撃で吹っ飛ばされるものもいたが、中には頭などを踏みつけられ絶命してしまう者もいた。
「ヒーーーハーーー!!!」
片方の肩を面にしたショルダータックルを見てまともに受けるのは得策ではないと判断したラギナは静かに呼吸を整えながらギリギリのラインで躱そうと試みる。
それはラギナにとって造作もないことであり、こちらに当たる直前に両足でステップして側面に身を躱していった。
(知ってたぜぇ! そういうことをするってよぉ!!!)
「──ッ!?」
ギザのショルダータックルを回避しようとした側面にいるラギナを追尾するように彼の体がグルリと強引に回転して方向が変わる。
己の筋力をフルで動かしたそれはそれに掛かる負担を諸戸もしないそれはまさに鬼の魔族ならではの戦法であった。
そして肩を出していた体勢からいつの間にか握りこぶしを作った剛腕が躱したことによって無防備になったラギナに向けられていた。
(その動きは手下共がやられたときに見てたぜぇ! このタックルはブラフだ。本命をぶち当てるためのな!)
──ギザの奥の手。それは鬼の魔族が持つ強い生命力を利用したエナジーの爆発である。それは鬼の魔族たちが自身の持つ魔力を有効活用することが難しい故の工夫であった。
己の生命力をコントロールしてそれをこの拳に一点に集中。そこから衝撃波を生み出すこの攻撃の名は【バスター・バレッド】。ラギナの目の先にあるギザの腕から生命力によって光り輝くのが見えた。
「終わりだよてめぇはぁ! くたばれっ!!」
ギザは腕に力を込めて生命力を爆発させる。拳から生み出されたこの衝撃波は凄まじく、巻き込まれずに倒れていた手下たちが吹っ飛ばされ、周囲のガラクタの山も鳴り響いていた。
無論、これを間近で受けた相手はタダでは済まない。人間程度なら衝撃波と共に血の煙と化し、魔族なら粉々にならなくてもただでは済まないほどだった。
(手応えアリ、だぜぇ!)
この衝撃によって発生した煙のせいで前が見えないが、拳の先から焦げた痕跡を感じてギザはニヤリと笑う。
これはどんな相手でもぶちのめしてきた自慢の技である故に直撃させたことに違和感はなかった。
「ククク……ギャーッハッハッハ!! おいおいおいっ! あの英雄様をぶっ飛ばすって俺様はマジで最強なんじゃ……」
勝利を確信して笑いながら喋るギザだったがその言葉は途中で止まる。
突き出した腕、その先の拳に違和感を感じたのだ。この技は自分の腕ごと巻き込む言わば自爆技に近いであるがそれは鬼の魔族にある生命力の強さによる再生能力の高さのおかげで痛みはあるがリスクは無いに等しい。
だがこの拳から感じるのは破裂するような痛みではない。拳が何かに突き刺さったような痛みであるのを知ったとき、煙は晴れた。
「な、に……?」
目の前の光景にギザの言葉が漏れる。突き出して爆発させた拳にラギナもまた、そこに腕を突き出している。
ラギナの拳の先には体から絶えず漏れ出している赤い闘気が集中しており、それが刃となってギザの拳を突き刺していた。
しかも今起こした爆発は全身を覆っている闘気のせいなのか、ラギナに与えたダメージはほんの少しだけのようでもある。
自慢の技が真正面から全く通用しなかったことに加え、この突き刺された刃からラギナの殺気が自分の体に向かって伝わった瞬間、ギザの背筋がゾワりと凍った。
「なっ!? バカな……」
「──ッ!」
「ギッ──!!!」
ラギナはそのまま突き刺さった部分に力を込めるとその形状を変えていく。
拳の先から放出されている赤い闘気はそのまま拳に集中するとそれは逆手剣に変化させるとギザの拳と手首の骨をそのまま滑らすように振るうことで横に切断していった。
前腕をも巻き込んでパックリと横に開かれたそれに流石のギザも堪らず苦痛の声を漏らしながら怯んだその隙をラギナは見逃さない。
ギザの顔を片手で掴み上げると先ほどのゴブリンのようにそのまま後頭部から地面に叩きつけた。
「もっとズタズタに出来ると思ったがさすがに堅いな」
「ぐっ、ぐぎぎっ……クソォ……!」
「動くな……! 少しでも抵抗したらこのままお前の首をこの爪で引き裂く。殺しはしないが再生能力の高いお前らでもしばらくは誰かにシモの世話をさせるぐらいにはできるぞ」
「うっ……」
ラギナの脅しにギザは思わず体が硬直する。手で顔を覆われているせいで奴の顔はよく見えないがその言葉に本気を感じさせるには十分だった。
事実、顔から感じるこの力は片手なのに異常であり、指先から伸びている爪はその気になったら首ごと持っていきそうでもあった。
「……あの戦争《時代》を知らねぇガキが。わからねぇ癖に強さを知ったような口で語りやがって。おい、さっさと連れの居場所を吐け」
「な、何だって……?」
「もう喋れるのがお前しかいない。それとも首だけになりたいのか? 嫌なら、早く、言え」
「ぐっ……。この奥だよ……、鉱山の前にある納屋にそいつがいる……!」
「そこか……」
ミリアの居場所を知ったラギナは首に当てた爪を引っ込めるとギザから降りてそこに向かっていく。
腕から走る激痛に悶えながら地面に伏せているギザは静かに歩いていくラギナの背を戦慄しながら見て思った。
(ほ、本当に酒場で会ったアイツなのか……!? まるで根っこから変わっちまったように殺気が駄々洩れじゃねーか……!)
「おっと、それとな。一つお前に言うべきことがある」
「……?」
「もしも酒場のマスターに手を出してみろ。俺がそれを知った瞬間、必ずお前を殺しに行く。どこに隠れても、どれだけ逃げても、必ずな。わかったか?」
「……わかった。あいつには手は出さねぇ……。絶対に……」
──鉱山の入る手前、ギザが言っていた納屋がそこにはあった。
手下の見張りはすでにいなく、そこに近づいていく度に白い毛に纏わりついていた赤い気も消えていき、逆立った部分も落ち着いていた。
納屋の扉を開けるとその中には大き目のずた袋の中に彼女の足だけが見えたのを知るとラギナは急いでずた袋を剥いで解放すると確かにそれはミリアだった。
「うっ……うぅ……。ラ、ラギ……?」
「ああ、待たせたな。怖かっただろう……」
「ラギィ……う、うわああああっ!!!」
「すまん……。本当にすまん……!!」
今まで抑えていた感情が涙と共に溢れ出るようにラギナの胸の中でミリアは顔を埋める。
不安によって小さな体が震え続ける彼女をラギナは抱くしか出来ず、その口からは謝る言葉しか出せなかった。