第10話 四英雄"赫白のラギナ"──①
オッドの町から少し離れた場所に鉱山地帯がありかつて人間がここで暮らしていた時にはそれが町の資金源となって栄えていたが、今じゃすっかり寂れておりその面影も消えかけている。
その入り口近くの外に積み上げられたガラクタの中でギザとその手下たちは暮らしており、中央の焚火を囲って今日の事を話していた。
「グハハハッ! 今日は珍しいモンばっかだったな!」
「そうですねギザの兄貴! あんなのは稀ですから、かなりの金になりますぜ!」
「そうだろうな。もし取引が成功したらそれを使ってオッドを完全に支配してやるぜ。そうしたら仕事ももっとしやすくなる」
「そうなったら俺たちにも手下が出来る日がくるんですかい」
「ああそうだぜ。仲間も増えるしこれからもっと忙しくなるぜ」
「へへへっ……。それにまさか四英雄に会えるなんて、俺初めて見ましたよ」
「けど、意外と……なんていうか威厳がないというか、体がデカいだけで大したこと無さそうだったな」
「あんなんならギザ様なら余裕でぶっ飛ばせそうって感じだぜ」
「おいおい、言い過ぎだぜそれは。まぁでも、お前らの言う通りな感じもあったな。【赫白】っていう異名を持っていたのは知ってたがそんな気配もなかった」
「……っていうか"カク"ってなんだ?」
「聞いた話だと赤って意味らしいぞ。なんでそれが"赫"ってなっているかは知らんけど……」
「それもしかして……自分でカッコつけて言ってるだけじゃねぇのか? だったらアホすぎるだろ」
「グハハハッ! 違ぇねぇなそれ! そういえばよ、あのガキは今どうなってる?」
「見張りをつけて奥にいますぜ。さっきまで暴れてましたが諦めてんのかもう動かなくなって大人しくなってる」
「よし、とりあえず逃がさないようにずっと見張っとけ。後ぜってぇ手ぇ出すなよ。あれをキズモノにしたらタダじゃおかねぇって伝えてこい」
「へいへい。それじゃあ言ってきますわ」
「ククク……オッドを支配したら次は里の奴らだ。俺を追い出したあのクソども、絶対後悔させてやる……!」
ガラクタの山から一人の手下が立ち上がるとそのまま見張りの所へ向かっていく。
焚火の光から夜の暗闇へと消えていく僅かな時間の後、その手下は再びギザの方に戻っていく形になった。
「──ぷげっ!?」
「……邪魔するぞ」
見張りの場所に行こうとした手下は黒い何かにぶつかりながらギザたちの前まで飛ばされて地面を擦りながら倒れる。
その黒い何かは周囲を見張らせていたゴブリンであり、投げ込まれたそこには月の光を浴びながらラギナがこちらに近づいてくる光景であった。
「あぁ……? おお、これはこれは、ラギナじゃねぇか。どうした? こんな時間にこんなとこに来てよ。迷子にでもなったのか?」
「へへへっ……」
ギザとその手下に睨まれながらも臆することなく歩いていき、ガラクタの山の天辺に座っているギザの少し前まで行くと口から低い声が発した。
「俺の連れがここにいるだろう。ミリアって子だ。お前らが攫ったんだろ?」
「ああ? 連れだって? なんの話だよ? ミリア? おめぇら知ってっか?」
「いや……?」
「シラを切っても無駄だ。俺たちが泊まっていた宿からお前たちの匂いの痕跡を感じた。それは酒場に行く前には無かったものだ。ウルキア族の鼻からは誤魔化せん」
「あ~……なるほどな。……ッチ、あのバカ喋りやがったな……。おいてめぇら! 何突っ立ってるんだよ! さっさと行けやっ!!」
「……っ! へ、へい!」
ギザに怒鳴られた手下たちは急いで立ち上がるとラギナの周りを囲んでいく。
体格はラギナよりも低いが手にはこん棒などを持っており、中には人間が使っていたシャベルのような物もあった。
「ラギナぁ、もし俺たちが攫ったっていうんなら多分お前の言っているそれ、本当に勘違いだと思うぞ? だってアレはあの宿のクソから俺たちが買ったんだからよ」
「……なんだと? 買った?」
「ああそうさ。ああいうのを欲しがる物好きな野郎がいてよ。金になるんだ、こういうのは。そういう珍しい奴がいるのを知ったからそうしただけさ」
「そうか。だったら宛てが外れたな。あの子はモノじゃない。悪いが連れ返してもらうぞ」
「おいおいおい。何勝手なこといってんだお前。……なんだよ、もしかしてこういうことか?」
「……?」
「あのガキのよぉ、よっぽどアレの具合がよかったんだなぁ? ここまでお熱とはさぞかし夢中になったんだろうよ! ギャハハハハッ!!」
「そもそもあそこは"そういう場所"だぜ? ラギナさんよぉ~」
「同族からモテないからってああいうのを買って擦ってんのかぁ? 英雄様でも冴えない奴は女囲うことも出来ないのかよ!」
「ギャーッハッハッハッハ!!!」
「…………」
ギザとその手下たちの下品な笑い声が積み上げられたガラクタの中で反響していく。
ラギナは一瞬、握りこぶしを強く作ったが冷静になるために静かに、そして深く呼吸して息を整えていった。
「……お前らみたいなのに絡まれて俺は今、血が狂い滾っている。その怒りを鎮めるために外のモンには手を出してしまったが……まぁ今回はそれでチャラということにしてやる。それで、連れの場所は何処だ?」
「ああ~っ? なんだってぇ~? もう一度言ってくれや~」
「……話にならんな。おいそこのお前、案内しろ」
「……てめぇ、ギザ様の言葉聞いてたのかよ? 無視こいてんじゃねぇぞ。自分の立場が分かってねぇのか!? 調子に乗ってんじゃねぇぞコラァ!!」
ラギナは近くにいたゴブリンに命令した瞬間、面子の為に他のゴブリンが手に持ったシャベルを振りかざすと勢いよく頭部をぶん殴られる。
頭蓋骨に金属がぶつかる鈍い音が鳴り響いたを聞いたギザとその手下たちはその状況をニヤニヤとほくそ笑んで様子を見ていた。
「……っへ。なんだよ、英雄っていっても隙だらけ……」
「──ッ!!!!」
「うぐっ!?」
殴られた次の瞬間、ラギナはぶん殴られた痛みなぞ無視するようにゴブリンの頭部を鷲掴みにすると地面に思い切り叩きつけ、そのあまりの衝撃にゴブリンの顔は前からめり込んだ。
「ぐぎっ!?」
「なっ……!?」
「──……っ」
小さな悲鳴と共に地面にめり込んだゴブリンは僅かに見える体がピクピクと動いているのを見て辛うじて生きていることだけは分かる。
ラギナの豹変は態度だけではない。それに気が付いて囲っていた手下たちはすぐに臨戦態勢に入るとガラクタ山の上でギザも座りながらいつでも動けるように体勢を変えていった。
「どいつもこいつも……魔族はいつだってそうだ。力こそ全てと言ってなんでもしやがる。虫唾が走るんだよそういうのは。そんなに力で解決したかったら望み通りそうさせてやる……!」
ギザたちはこの瞬間、あの異名の意味を知った。
月に照らされているラギナの長く白い毛が逆立っていき、その毛元から赤と白と、黒が少し混じった色の気溢れ出ていた。
それは彼の怒りを表すかのような色は赤という表現では生ぬるい。まさに"赫"という言葉が相応しかった。
囲っているいう間近で見ていたゴブリンたちは数では勝っているのにコイツが直感的にヤバいということだけは理解し、その威圧だけで動くことすらできない。
僅かでも体を動けば地面にめり込んでいるゴブリンのようになるのが脳裏によぎったからだった。
「うっ……!」
「なんだ? あれだけ喋って結局来ないのか? 今更怖気てどうする? 所詮、お前たちは口だけのはぐれ者なのか?」
「ぐっ──!!!!」
「テメェ!!!」
ラギナの口から放たれる今の彼らにとって屈辱的な発言に手下のゴブリンたちはこめかみに青い筋がピシリと走ると怒りが全身を包み込むと手に持った武器で一斉にラギナに襲い掛かった。
囲んでいる状況で一斉攻撃は回避する手段はないはずだった。だがゴブリンたちの目に巨体であるラギナの姿が突然消えたのだ。
「──ッ!?」
この状況でラギナは一体どこに行ったのか。この場にいるゴブリンは消えたラギナに困惑していたがガラクタの山の上で見ていたギザだけはそれを知っていた。
唯一先ほどの挑発を聞いて僅かに体が反応しただけであえて動かなかった彼はその光景。それは体感ではじっくりと舐めるような時間であったが実際の時間は僅か一瞬の出来事であった。
目にも止まらぬ速さで跳躍したラギナを視線で追いついた時にはすでに手下のゴブリンを見下ろしておりその真下には未だにこちらを見失っているゴブリンの姿を見てラギナは空中を蹴ると勢いをつけながらそのまま落下していった。
「ゲギャッ!?」
手刀による攻撃によって頭部をぶん殴られて倒れるゴブリン。それに気を向けた他のゴブリンたちも次の瞬間には猛スピードで蹴散らしていった。
倒すたびに勢いが増すラギナの勢いは囲っているという有利な状況にも関わらずゴブリンたちは止めることはおろかそれに反応すら追いつかず、彼の圧倒的な力に成す術もなくやられていく。
やがてラギナの動きが止まると同時にギザの視覚と思考がようやく追いつく。
そこには手下たちが全員戦闘不能になって倒れている光景、それはラギナは動き出してから僅かな時間での出来事であった。