七。もう一度開く
私はデュルア=ヴィルヘルム・ホーエンツォ・エルナート。この世界の罪人だ。だから、私は私に罰を与えなければならない。そうされて然るべきだ。
「きっと今度はより良い出来損ないを夢を見るんだな。」
きっと。きっと、次の出来損ないにも死をくれてやる。私の夢を、私が壊してやる。私の夢見た出来損ないの世界を消してやる。それが私が私に贈る最高罰だ。この手で切り取った命の数、民衆を操り消費した命の数、命じて兵士共が奪った命の数。彼らに報いなければ。贖罪をしなければ。私の気が済まない。
「―――さあ、次だ。どうせ見に来てるんだろ?これだけ騒がしくすれば、嫌でも眠りから醒める。それで、お前は器か?破片か?」
より霧が濃くなった。最早何も見えないほどに。だが、これは絶好のチャンスだ。こんなことができるのは、私の破片だけだ。破片をより砕けば、元々何だったかすらわからなくなる。それは死ぬこととなんら変わりない。
「ちょっとまってよ!剣を取るか、痴れ者が。私を殺すと?私たちは同じじゃないの?」
「元々そのつもりだ。理性が蒸発したお前なんぞ恐るるに足らない。」
歪な剣を持ち、歪な人形をした者が近寄ってくる。私の、デュルア=ヴィルヘルム・ホーエンツォ・エルナートと呼ばれる者の破片だ。私もその破片の一部である。私は私の罪から一番離れた存在であり、一番近しい存在でもある。つまりは私は私の一側面である。
あの歪な人形は、私に近い側面である。デュルア=ヴィルヘルム・ホーエンツォ・エルナートの私から近い部分をとって、一旦、ホーエンツォと名をつける。
「呼び名が無いと不便だな。ホーエンツォ、お前をそう呼ぶ。拒否権は無いぞ?」
「それは良い呼び名だわ!余り物の私にいい名前だな、異存はない。ええ、ええ、流石私ですわ!エルナート。ですけどね?貴女を褒めに来た訳でも、喧嘩をしに来た訳では無いの。お話をしにきたのよ。」
なんとおしゃべりことか。先程まで痴れ者などと私を罵った者と同じとは考えられないほどの二面性。情緒不安定にもほどがあろう。分離した元は同じなのだから、これが私の別側面と考えると頭が痛い。
「して、貴様は何故に我が器の一つを割ったのか。それがわからないのよ。自由を得たいと思うのは当たり前じゃないかしら?それが私の悲願でもあったろうに。」
「そら決まってんだろ。私が私を嫌ってて、私の邪魔をしたいからだ。」
私の罪については簡単だ。戦争を続けた罪以外に無い。私は多くの命を踏みにじった。私にも良心がなかったわけではない。だからこそ、私は私を赦せない。あれだけの命を奪う原因を作っておきながら、責任を全うせず、ただの人間として過ごしたいだなんて。
「あらまあ。イヤね、邪魔だなんて。私はただ自由を欲しているだけなのよ?デュルアは世界の維持で動けないのだから、少し位は欲をかいてもいいじゃないの。分離した私達は彼女の分身も当然じゃない?だから、自分のために動いているのよ。私達からすれば、自分の欲のために動かないエルナート、貴女の方が異常なのよ?故に、貴様が何を所以にして我らを嫌うかが理解できぬ。ねえ、教えて頂戴?あ、ええ。確かに私が不安定なのは本当に申し訳ないと思っているわ。それに、彼女の頭が硬いのもね。でも、それも私なのよ?つまり貴女でもあるの。そうよ、自分を嫌う気持ちを理解できないわけじゃないわ。それでもね、私のために私が生きていないって言うのは、反吐が出る。」
「私がなんのために離反したかわかってないのか?」
「理解できないとも。わからないわ。責任なら、もう果たしているも当然じゃない。私が眠り続けることで楔となり、夢を作って、人々が私の夢から多くのものを叶えているわ。」
私達は人を殺す道具を作ることを贖罪と考えているらしい。確かに、道具を作ることは悪いことではない。使うものが悪い。だが武器や兵器は違う。何者かを傷つける事を目的にして作られる道具だからだ。
「どう言っても貴女の逆鱗に触れるだけね。感情に振り回されるなんて理解できないわ!だって貴女も私なのに!どうしてわかってくれないの?説得なんてやっぱり無理だったんだわ!」
「何を今更。分離した時点でその線は無いよ。」
私は不定形の人形を、煙を払うように押しのけた。彼女は霧散するように去って行った。決別といえば聞こえは良いが、アレも私だ。つまり、私の願いは全ては私の自己満足に過ぎ無い。だから、全てとても身勝手、自分勝手なものだ。
(※)
しばらく夢をさまよい、城にたどり着く。過去の栄光を語る城。赤く血に塗れ、見るもおぞましい虚栄の城。人の内側で作られた装飾の数々が、持ち主の人間性を物語る。私はその全てに火を放った。腐肉と油の焦げる匂いがする。吐き気を催すが、戦場では慣れっこだ。煙も混じり、人が生存できる環境ではない。私は記憶をたどり、その城を進む。ありとあらゆる場所に火を点けながら進む。蝋燭が溶けてゆく。
一際大きい扉の前、玉座のある部屋へたどり着く。あるのは錆にだらけえの醜い扉だ。私はその扉を開く。錆が一部剥がれ落ち私にかかる。目に入らなかったのは幸運だった。
私は何故私なのか。それはこれが夢だからだ。ここが私の夢で、私の見た理想の世界。だけど、それも身勝手だ。力と暴力のみが存在する世界。争いの絶えない世界。そんなのものを夢見るのは勝手だ。だがそれが現実にそんな夢が溢れた時、人はどうなったと思う?感情は関係なく、ただ合理のみによって世界が運営され初めた。
この夢が、未だ私の内に有った時。私は王だった。まごうことなき、暴君だった。罪を認めよう。裁きも受けよう。今になれば、私のしたことは歴史の教科書に乗るくらいの過去の出来事だけれど。私はいまだ裁かれていない。それどころか、世界を滅ぼしかけた暴君の力を夢境から取り出し、その力でまた人が人を殺している。
私は私に怒っている。私は私を嫌って、嫌悪している。至って普通のことだ。誰が永劫を望むものか。誰が戦を望むことか。事実、私はそれを望んでいるが。私は私とは違う。ちゃんと贖罪の意思がある。償わないといけない責任を背負っている。あの私にはそれがない。眼の前に居る私達にはそれがない。受け入れることをしない私、認めない私、縛られる事を嫌う私。どれもありふれた感情だ。罪を受け入れられない、認めたくない。人としては下の下だが、罪人としては上々の屑だ。叱られたくない、罰を受けたくないというのは誰もが思うことだから。
小難しい事を言っているが、結局は自分の中で食い違った意見が争っているってだけだ。
「やあ。やっと来たんだね。私は私に会うこの時を楽しみにしていたんだ」
玉座に座る私が気さくに言った。自由な笑みを浮かて、輪廓ははっきりしないが、確実に私だということは判る。この世でありとあらゆる憎らしく悍ましい事をやっておいて、たった今笑った唾棄すべき私が眼の前に居ることを恨みたい。そして、妬ましい。私が背負っている全ての罪悪感を持ち合わせていない私が妬ましい。
「私を遠ざけたのはお前だろ?そんなお前が私が来ることを歓迎だと?笑わせるなよ。」
邪魔な感情を自分の中から追い出した、それが私。罪の意識や、良心。合理から程遠い感情を私として切り取った。私は非合理な存在で、合理とは程遠く、私の理想に全く必要ないものだった。だから切り離して、遠ざけて、動けないように縛り付けた。それでやっと出られたと思えば、私が嫌悪する私の造物の中だと来る。なんでわざわざそんなことを?理解できないが、悪趣味だ。
「いや、私達はともかく。私は待っていた。その歓待が君の創造する形とは違うだけで、私は君を待っていた。」
「じゃあなんで私達は分離したんだよ。」
「必要だったんだよ。私が世を繋ぎ止めるためにはね?ただ、今はもう君と私だけ。他の私は私と一つになったよ。必要がなくなったからね。私の四側面の内、王としての私、騎士としての私で、今この夢を見続ける者は一つになった。だから、あとは君を取り込んで、元の私になる。時が来たんだ。」
眼の前のそれは、自分の世界に浸っている。別れている間に何を感じて、何を見て、何を考えたらあんな意味がわからない存在になるんだ。人としてを捨てたなら、あるいは。
「私は、お前の思い通りにはなりたくない。お前が我儘を貫くなら、私も私の我儘でやってやる。」
私達は剣を取り。名を名乗る。
「赤帝君、デュルア=ヴィルヘルム・ホーエンツォ。」
「同。赤帝君、エルナート。」
今や廃れた決闘の流儀で、私達の無駄な戦いが始まる。
(〜〜〜〜〜〜)
今や廃れた灰の城。オレ達はその前に居る。
「なんでアレが燃えてやがるんだよ!?鉱石で出来てるって調査結果でてたろ!?」
「俺が知るかよそんな事!」
「テメ〜んタバコでボヤでも起こしたんじゃないだろうな?!」
「ンなわけねぇだろ!お前の眼の方がよっぽど燃えるわ!」
「アンタらそんくらいにしな!」
「姉御も、旦那もそんな事してる場合じゃねえっすよ!」
「いやまぁ、そうなんだが。冗談でも言わねぇとやってられるか。」
「喧嘩でも何でもしないと、流石に歴史的遺物がアホみたいに燃えてるってのから現実逃避できないんだよ〜」
「よォし!例の依頼は一旦破棄って事で!先にこれ調べねえとマズイ!」
「賛成!賛成っす!」
「クソ旦那も結構話が早くなったじゃないか」
「それしか無いよなぁ〜」
という訳で、いまからオレ達は夢の最奥へ向かわねばならなくなったわけだ。隣のゴタゴタよりかは、自分たちのゴタゴタ優先だ。ま、当たり前だわな。あの城はこの夢の爆心地。アレが消えればここの夢は消えるだろうって、どっかのお偉方が言ってた。そうなれば、どれだけの金が動く?全世界の兵器生産はここが担ってるんだぞ?恐慌でも起きるだろうな、ウェポンショックとか言って歴史の教科書に乗るのだけは勘弁してほしい。願わくば平穏な時代に生き何も歴史に残らないことを。体質上、そういうのはできないけれど。
「正門溶けてますよ姉御!」
「トレナ!やっちまえ〜!」
「あいよ!」
トレナが手持ちサイズの青い棒を溶けた門へと投げる。煙と冷気がその場に溢れ、門は固まった。次に、同じサイズの赤い棒を固まった門へ投げる。門が吹き飛ぶ。爆破と同時に歓声が上がる。
「先行くぞお前ら!壁とかは全部無視だ!正面突破一択ゥ!」
「「イエッサー!」」
タバコの煙を体に纏い、吹き飛んだ門へボンプの一団が流れ込む。いつ見ても煙いしむさ苦しい連中だ。絡めてをメインとする集団とは思えない。バカの集まりだな。
「俺たちも行くぞ!早く追い越さねぇとアイツら焼け死んじまうぞ!?」
「ハイ!姉御!」
ま、俺らも同じようなもんか。こっちは脳筋しかいないからな。
(※)
怒りに任せ壊されたように、あらゆる物が散乱している。鉄製の装飾、木の机、有機質のなにか。これは、人の内蔵か。ボンプが戻って来る。
「アーテレイア、見取り図が作れた。お前も確認しておけ」
「仕事が早くて助かるよ。埋まってないここは?」
「ああ、そこはアタイも行ったんだが、一人やられた。下がらせたけど火傷がひどい。復帰は来月初めくらいか。クソ旦那も気をつけておけよ」
「不燃薬があるとは言え、熱に耐性のないヤツは下がらせたほうが良い。先行させた部隊もヒートシンクだけじゃ足りない。そろそろ限界だろうから、外へ退避させる。」
「異論な〜し。こっちで通信する。」
「そこは検知済みです。戦闘中であると思われるッス。」
「急いだ方が良さそうだな。ボンプと戦闘員は来い!限界の者は冷却薬を飲んで外へ脱出!」
「「了解!」」
俺達は城を駆け上る。城は溶けて崩れ初めていた。
(〜〜〜〜〜〜)
どれだけ早く切り込んでも、どれだけ重く踏み込んでも、私の刃は届かない。弾丸に、腕に、剣に、全ての攻撃が弾かれる。そして、私は相手の攻撃を弾けない。私が傷つくばかりで、私の剣は切っ先すら掠りはしない。
「もう限界だろう。そろそろ諦めたら?その方がお前の為になる。君は動けるようになるべきじゃなかった。貴女もわかっているでしょう?4分の1の力しか無いんだから。」
「でも、やれるだけやりたいんだ!私の我儘に付き合わせて悪かったな!」
あしらわれるようにされ、私の剣は届かない。届かないとわかっていても、私は譲れない。自己中心的だと言われればそれだけだ。でも、私がやりたいことをすれば、きっと後悔するって思ったから。
「私が擦り切れるまでは!」
「やっぱり、私は私だよ。我儘なだけの暴君だ。」
不規則な足音が迫ってくる。城に守り一つすらなかったんだ。多分、これは罠だったのだろう。私がいなければ、私の計画は成功しない。やっぱり逃げるべきだったのかもしれない。私は感情のままここへ来て、今どうやっても勝ち目が無い事を悟った。やはり、人は欲をかくと破滅するのだ。
壁を破り、扉を破壊し、どんどんと寄って来る。ああ、私は愚かだったのだ。と、そう思った。でも、私の増援ではなかったらしい。
「ズドンと一発!」
サングラスにタバコ、その巨躯ににあうロングコートをまとった男が来た。壁を壊して。
「先行しすぎ!死にてぇのかクソ旦那!」
「うるっせえ!耳元で叫ぶなバカ!」
「姉御もッスよ!」
続いてぞろぞろと入ってくる。不敬にも程があろう。ここは廃城みたいなものとは言え、城主が居る王城だぞ。
「おや、予想外の来客だね。歓迎するわ!伏して控えよ、不敬であろう。」
「急に何なんだよ!!誰だお前ら!」
驚き、感情に任せ言う。対峙していた私は支離滅裂だ。落ち着く間ができたことは喜ぼうか。
「あ〜何だ?混成部隊なのは確かだが」
「そりゃ肩書くらい有るッスよね?」
「故郷を守り隊ってとこか?はッはァ!!ッハッゴッヴォエ」
「むせてんじゃないよ!みっともないね!」
騒がしく、緊張感が無い。全く、邪魔をしてくれる。私は私の我儘で破滅するところだったのに。私が失敗して、私が完全な私になったら。きっとまた、私は失敗して、破滅しただろうから。私が負けることで、目的は達成される予定だったのに。横槍が入ったら、面倒なことになる。
「それで。俺達はどれを殺せばいいんだ?いっそ喧嘩両成敗ってのでもいいが」
推定リーダーの赤く赤く赤い女がそう言った。第三勢力の介入。一番面倒なことになった。




