六。眼を閉じ
目を閉じる。前が見えなくなる。眠りに落ちる。そして夢を見る。思い出せるのは、何もない。だが、拍手がうるさい。誰もが私を称賛している。そして僕は理解する。ここは夢と現の間であると。
「ここは?」
(私の記憶の中。いや、私の夢の中といった方が良いか)
私はそう感じている事が伝わってくる。それは、とても強い感情で、僕は否定することはできない。私の途方もない懐かしさに押しつぶされそうだ。僕は認めたくない。こんな、こんな激情ともいえる感情が僕の物でもあるということが、とても忌まわしかった。考えたくない。少なくとも、空っぽの僕が感じて良い感情ではない。
「少しだけで良いから、感情を抑えてくれないか。」
(無理だ、できない。そんな惨い事言わないでくれ。僕の言い分も最もだ。他人の感情なんて、味わいたくないものだろ)
「だったら、やめてくれよ。こんなの、僕が味わう権利なんてない!だって、私の経験の懐かしさなんて、僕は知らない。僕は私の何も知らないんだ!」
(私もだよ。私は僕の何も知らない。僕の頭の中には、私が読める記憶が何もないんだから。)
「ああ、そうさ。僕も僕の事を知らない。だから、僕にはその懐かしさを知る権利なんて、全くないんだよ。」
ただただ感情的な言い争い。そこに意味はない。僕たちは分っている。私は私で、僕は僕だ。やはり、相容れない。相容れてはならない。相容れたくない。僕の感情が、私の感情に塗りつぶされる。これが、なんとも許しがたい。
(荒げるな。今は一緒なんだよ。辞めれるなら私だって辞めたいさ。)
「なら出ていってくれよ!僕の記憶なんてもう知ったことか!僕の頭の中にお前がいるだけで鬱陶しい!」
(そんな不貞腐れるなよ。)
「お前も名前位名乗ったらどうなんだ?私は僕の名前を知っているくせに、僕は何一つ私の事を知らないじゃないか」
私は少し迷っているように感じる。今の僕はどうかしている。たった今、僕が死ねば私も道連れだ、と自刃すら考えている。僕と私が分けられるまでは協力するという約束のハズなのに。感情がざわめくのを抑えることができない。
(わかった、言うよ。名前も知らない相手とずっと居るなんて、私も嫌だからな。)
「だったら早く、僕の頭の中に入ったときに言ってくれればよかったのに。」
(それは私も思ってるよ。言い出すタイミング、なかなか分からなかったから。)
「聞かせてもらうよ。私の名前は?」
私は、ここレッドラントの初代皇帝皇帝。デュルア=ヴィルヘルム・ホーエンツォ・エルナート。反逆戦争の頭目にして、現歴史における最大の汚点だ。
(〜〜〜〜〜〜〜〜)
俺達が受けた大規模殲滅依頼。それ完遂し、夢から醒めるために鈴を鳴らした。だが、これは何だ。なにもない。ただただ、暗い地面が続いているばかりの場所にいる。
「まさか、閉じ込められた?」
俺以外には誰もいない。通信機にも反応がないし、圏外だ。何が一番異質だったかは、言うまでもなく、夜と言えるほどの暗がりであるにもかかわらず、月も星も、何一つとして空に無いことだった。だから、俺は直感した。何者かが、俺を害する目的、あるいは捕らえる目的で干渉してきたのだと。
「にしても、なにもないな〜ここは。」
俺は、確かに恨みを多く買った。そりゃそうである。俺は全ての人間を切り捨てて、逃げてきたのだから。きっと、魔術師共が俺を連れ戻すために仕組んだことだろう。逃げ初めて、ここ6年は監視すらも送ってこなかったクセに。それで油断しすぎたのが敗因か。おそらくは、魔術的な干渉で俺を閉じ込めたんだろう。
「なら、解ける―――だろ?」
手を空に掲げ、体の中を駆け巡る魔力を手に集中させる。世界への干渉。これこそが、王である俺の、俺だけの権利だ。空間を砕き、暗闇を全て払う。そして
「ええ。そうでしょうとも。」
(※)
「はぁ・・・解くこと自体が罠かよ。」
「ええ、そういうことです。我が王よ。不躾ながら、貴方を縛る不敬をお許しください」
目の前に、いかにも魔法使いというような、ひげを生やした老人がいる。物理的な、手錠のようなもので拘束されている。また、手錠には魔術や呪いがかけられており、強化されている。魔力を封じるようなもので、この手錠に魔法干渉ができない。やられた。
「私はエノプロウラ・レトレリー。ええ、本派の者ですとも。はい。」
「それで、俺に帰れって言うんだろ?知ってるよ。でも、もちろん嫌だね。ありえない」
「いえ、そうではありません。貴方の護衛に参りました。」
「護衛だって?必要ない。俺を誰だと思ってるんだ?」
「ええ、ですから。今そのようになられている事に関係があります。今から説明しましょう」
エノプロウラは説明をはじめる。今、俺の命は狙われている。新王派と王派で争っていた魔術師たちは未だ戦争を続けているらしく。新王派にとって、俺は邪魔でしかない。俺が生きている限り、次の王は生まれない。よって、俺は殺されなければならない。だが、このエノプロウラは王派。俺を守ろうとしているらしい。王が存在する限りは【青】は安泰だ。
「なら、俺はどうすれば良いんだ?」
「ええ、ええ。貴方ももちろん、素晴らしき力を御持ちでございますが故に。」
「俺にも戦えと。新王派を潰すって事だな?」
「ええ、はい。それが王の役目。貴方様自らの権威を守ること。そして、魔法を守ることになります」
コイツは、典型的な権威主義の魔法使いだ。王を敬愛し、王を信仰し、王を妄信する。俺が一番嫌うタイプだ。だが、俺も死にたくはない。
「まずその枷を解きましょう。」
エノプロウラは腰に付けた本を取り出し、其の頁を破り魔力により燃やす。そうすれば、頁は刃へと創り替わり、エノプロウラは俺の拘束具を切り裂いた。
「では参りましょう、王よ。貴君の土地へ」
「はぁ、しょうがないか。最後に、ここでの部下たちに伝言でもさせてくれないか?」
「ええ、あの寄せ集めでしょう。勿論、構いませんが・・・あの程度の者たちに王が動く事など・・・」
「黙れ。」
「はい。」
寄せ集めだろうが、俺を信頼してくれるヤツ等だ。常に妄信してくるエノプロウラのようなヤツは嫌いだが、ちゃんと時間からくる信頼であれば良い。だが、こいつらは王であるだけで信じてくれる。だから、信頼はできても、全く信用できない。
「手紙でも良いか。あとで書いて送ればいいしな。」
「ええ、それが良うございます。」
「黙れと言った。」
エノプロウラは頭を伏せ、礼をした。道を指し示すよう、彼は歩き出した。
(〜〜〜〜〜〜〜〜)
「お前が、ねぇ。皇帝?」
(ああ、そうだ。私が皇帝だよ。それがどうかしたの?今更だろ、私がそうだっていうのは。見ろよ、俺が起こした火種が、いまだこうやって広がり続け、人を食らっているんだ。全て私がやったことだ。)
周りから声がする。声が大きくなる。叫び声が大きくなる。絶叫が響き渡った。僕と私のではない。それは、僕たちを囲む火を広げている者たちの声だ。僕たちの周りは戦場だ。
「それで。何がしたかったんだ?伝える必要だってなかったはず。でしょ?」
(ああ。そうだな。私がこれをお前に伝えるなんてのは、普通じゃ考えられない。タイミングもそうだからな。ただ、お前の記憶が無いってのが都合がよかったんだ。)
「説明しろよ」
霧が現れ、人の形へと固まっていく。戦場が炎と黒い霧に包まれ、兵士たちは苦しそうだ。すれば、霧があらゆる背景を真黒に染めていく。
(ここは。ここは、お前の記憶を剝ぎ取った場所であり。ここが私の記憶が一番濃い場所であり。そしてここが、お前が完全に消える場所だ。)
まぎれもなく、僕に対する宣戦布告だ。なんの脈絡もないが、それは敵意であると判断できる。なんなんだこいつは。身勝手だ。
「消える気はない。これは僕の体だ。」
「違う。辞めておいた方が得策だぞ?私には勝てない。お前は消えてなくなるよ。私がそうする」
霧の人形の像がはっきりと色づき始める。それがデュルア=ヴィルヘルム・ホーエンツォ・エルナートの姿であることに、疑いの余地はない。霧が溢れ出した。あの霧だ。
「やっぱり、これがないと戦いは始まらない。」
エルナートはどこからか、剣を取り出した。瞬間、エルナートが目の前から消えた。いや、消えていない。眼で追える。僕は身を全力で翻し、彼女と斬撃を交わす。僕も、気づけば剣を握っていた。死にたくないと思っったからか。でなければ、明晰夢といったところか。などと考えている場合ではない。とりあえず、生き残らなければ。
「当たり前か。お前の精神世界でもあるんだから。」
「僕が初めて霧に入った時に殺してればよかったじゃんか。何でやらなかった?」
「できなかったからだよ!」
僕は防御で精いっぱいだが、エルナートは言葉をかけてくる。攻撃はできないが、口は動く。エルナートは僕を殺すことができなかったはずはない。いくらでも、チャンスはあったはずだ。僕が意識を失っている瞬間にでも、エルナートが体の主導権を奪い、胸に剣を突き立てれば僕は消えていただろうに。むしろ、確実に殺したいなら、そうする以外に無いだろう。僕なら、きっとそうした。
「お前が予想以上に強いのが悪いんだろ?」
「僕が強い、ッハズは!ないだろ!」
「ハッ!じゃあ何で私の攻撃をずっと防ぎ続けられるんだ?」
心地よいほどの金属音が黒い霧の中で響く。エルナートの攻撃を防ぎきれず、肩や腕などに切り傷ができる。そこから飛び散った血が、霧を赤く染めていく。
「なんだってんだ!勝手に僕の記憶を奪っておいて!」
「そんなの簡単さ。お前は、私から生まれたんだよ。」
こと当たり前のように。目の前のそれは言った。互いの攻防が一瞬止まり、僕は腕を切り落とされた。痛みはない。予想外の一言。存在の否定。脳が理解を拒む。
「は?」
「元から、その身体にお前の記憶なんてのは存在しない。勿論、自由意思も。私が想い描いた通りに動いた結果、お前がそう思考し行動したように見えるだけで、全ては私の手のひらの上だったんだ」
認められるはずかない。僕は、僕だ。僕はこのただ一点のみにおいて確信があった。だから、僕が僕の記憶を失ったとしても、僕は自分を保っていられた。私が入ってこようと、頭のなかに別の誰かがいようと、それを異なる存在と認識し、自らを守った。
「ああ。何もお前全てを私が産んだ訳じゃないさ。」その容姿も、力も、思考でさえ。お前のオリジナルから模倣したものだ。
「意味がわからない。なにを、荷を言ってるんだよ!」
「判らなくて当然だ。被造物が造物主の考えなんて判るはずないだろ?」
理解した。僕は、はじめからなかったんだ。僕は私が夢見た存在。私のただの気まぐれで。或いは気が触れて。何の責任も負わず、何のしがらみもなく、何も知らないまま、ただ自由に生きたいと夢見た結果できた出来損ないの器。曰く、見た目のモデルになった人間に酷似した僕は出来損ないの欠陥品。意味もなく処分されるだけの駄作にすぎない。
「そんなの、身勝手じゃないか。」
「はそうだな。もっと賢く造るべきだった。」
僕の聞いた最後の言葉だ。『願わくば、次の器も出来損ないであることを願う』。
僕の意識は文字通り霧散して消えた。
世界説明1
【夢】
大昔の王やら権力者やら、英雄やらなんやらが夢見た理想が現実に溢れ出したもの。夢見ている本人はその中央で眠り続けている。
夢は見ている人を中心に、大まかに国と呼べる規模を覆い尽くしている。世界が夢を見ていない場所は少ない。
夢ではその内容、例えば「病気がない世界を望む誰かの夢」なら、未知の病や不治の病への特効薬になる物質や見たこともないような医療器具が見つかる。といったように、その夢ごとの特色によって技術が発展してきた。




