十。何も変わらぬ世の中
あたりに残るのは、やっと自由を得た者たちの感謝だけだった。私はそう思いたい。彼らは私が起こした戦争で死んだ人たちだから、やっと戦場から離れられる。ヴァルハラにでも、ちゃんと行ってしまってほしい。私が操っていた数万という兵。そして私達が造った数億の屍。それらを操っていた皇帝が、今やっと死んだ。解放されたといっていい。私はそれがどうしようもないほどに嬉しかった。
「アーテレイア、煙の男。君たちの助力に感謝を」
結局。私は自分の『自由に生きたい』という夢に縛られ続けていた。強く願えば夢を叶える事ができる世界だ。自分の生き方を『自由に生きる』だけにしてしまったから。叶うほどに強く願えども私は皇帝のままだったし、それに夢境を作り出す楔になりしがらみは増えるばかり。縛られ続けてもいつかは自由に生きられるようにに寿命が伸び続けたのだろう。自由なりたい。が、しがらみに絡め取られ身動きが取れない。でも生きるだけはできた。
「それに私が殺した者たちよ今まで悪かった」
私にとって死はあまりにも自由なものだった。縛られ続けた私を開放するのは死だけだった。私は全ての夢を叶えて死ねたと思う。これ以上の喜びはない。皇帝の頭を刺し貫いたとき、私は何もかもの力を失ったような感覚がした。本体は死んだし、夢も叶った。本来の寿命など、とうの昔にに使い切っている。私は死ぬのだ。私は2000年は生きた。人の命なんてその20分の1でも十分だ。長く生きすぎても、正直何をすればいいかわからない。
敵を縛るための力は、いつしか自分を縛る玉座になっていた。王冠ほど重い鎖はなかった。私は死んで良かった。
「だが君たちのおかげで、私の夢は叶った。」
これでいいんだ。城が崩れ落ちてゆくのが見える。さほど遠くもない場所だから、燃えて崩れていく私の城が綺麗に見える。私も崩れて倒れていた。
「赤の夢、皇帝。デュルア=ヴィルヘルム・ホーエンツォ・エルナートがここに命ずる。私の夢に由来する武器の使用を禁ずる。」
言いたいことも言えた。これが聞こえたものがそうするはずもないが、それでも言ったもん勝ちである。視界が揺らいでく。音が遠のいてゆく。意識が薄れてゆく。
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兵士たちの動きが止り、崩れ溶けてゆく。決着したのだろうか。あたりを見渡し、城も燃えて崩れてゆくのが見える。背中の方を見た時、一本の剣が地面に突き刺さっていた。エルナートとかいうのは目的を達成できたらしい。
「たァ~~~~!やっと終わったのかよ!」
ありえないほど空が青い。気持ちのいい空模様だ。ボンプも同様に一連の異変が終わったことに安堵する。
「えらく時間かかっちまったなぁ」
だが違和感。ここは赤い夢だ。だから、空が青いなんてことあっていいはずがない。でも異様に安心するし、それ警戒心を持つことができない。強い違和感を受けるが、その違和感に対して何か動きを取ることができない。
「さて、帰るとするかね~!」
迫るは大団円の足音。不気味なほどに明るく、元気で、ステップを踏むような。そんな大団円の足音がする。そんなはずはない。あの城での皇帝とエルナートの戦闘は歴史上、事実としてあったもののはずだ。常と違う状況は、過去の歴史を再現したシチュエーションのものだけのはずだ。だが、ありえない。
「前の仕事の報酬でな良い酒が入ったんだ。お前のところの部下も一緒に酒盛りでもしよう」
「そいつぁ良い!トレナも喜ぶだろ!なんてったってお前の誘いなんだもんな!」
気分が高揚する。笑えて狂う。こんな嫌なことがあるか。行動が、思考が強制されている。笑いが場を支配する。笑いが収まらない。いきができない。意識が今にもなくなりそうだ。爪を顔に突き立てる。張り付いたような笑顔が痛みで引き攣っただけで、笑いは収まる気配がない。涙があふれだしてゆく。涙で視界が虚ろになる。そこかしこから笑いが聞こえる。
俺の顔が燃え上がる。オレはオレの涙が燃えるという異能を持っている。本来なら俺の涙は、俺が意図しない限りは燃えることはない。ボンプは煙を操る異能があるが、おそらく俺と同様に意図しない形で発動しているに違いない。ボンプの能力は煙を操る事と煙の発生。正確に言えば、は煙を操る事は服地効果でメインは皮膚を炎上させ煙を発生させる力だ。多分、発生の方が異常発動していると思う。煙い。狂ってしまいそうだ。
涙は着火剤というだけで燃えているのはオレの体だから、どうにかして急激な酸化を利用して体内へ酸素を取り込む。そういう風に想像する。その想像通りに、私の顔を伝い燃える涙から呼吸できるようになった。非常に気持ちが悪い。だが、猶予ができた。オレの顔の皮膚が全て焼けこげるまでは動ける。
さて、さっさと状況整理しなければ。といっても、何から考えればいいんだ。なぜか笑い続けるとか、どういう感覚なのかも理解できない。クソ、笑えて集中できない。
「あははははははあははっははぁはっはははははははッはッ!ははは!ぅッはは!!」
四方八方から笑いが聞こえる。遠くからも笑う声がする。大勢が笑う声がする。それはまばらで少しずれていたり、息が絶え絶えでほぼ呼吸音にすらならないものまでさまざまだ。ひときわうるさいのは正面だ。腹を抱えたボンプがいる。距離の問題だろうし、そりゃあうるさい。ボンプは煙を文字のように固め、俺と意思疎通をしようとしている。
た ぶん ま きもどる、と読めた。
それもそうだ。このままじゃ復旧なんて不可能だもんな。今みたいに、異常事態が起きた後に別の異常が起きることは珍しくない。どうやら青の技術で時間を巻き戻せるらしい。そうやって時間をループさせて異常事態を復旧するそうだ。一体、どういった奴らなのかわからねえがさっさと解決してほしいものだ。能力で生命維持ができるヤツはともかく、それ以外は永遠に窒息し続けるわけだから、苦しさを和らげてあげてほしい。オレも顔が焦げて戻らなくなりそうだし、ボンプも体中が灰になりそうだ。というか、その灰が目に入ってより涙が出るんだが。
とか言ってたら空が自然な色じゃなく、藍色にも近い青になる。
きっと、長い一瞬の間の後、笑いは消え空は赤くなり、先ほどと比べれば全てが陰鬱になる。でも、こっちの方がここらしい。
(※)
オレ達は、すべて無かったかのように目覚める。毎日、夢に潜る。夢が広がらないように。人が夢を見ないように。こんな夢が、あらゆる人の認知に刻まれるなんてのは阻止しないといけない。優しい夢があるならそれでいい。だがここは、ここは戦いしかない。鉄しか落ちていない赤黒い大地と空が延々と続く場所だ。そんなのは現実ではありえない。夢でしかありえない。だから、こういう場所は夢と呼ばれる。
あり得ないからってなんだ。そういう、現実にありえない場所がどんどん勝手に広がってるのがわかってんだから対処しないわけにはいかない。今、この世界の6割が夢に飲み込まれた。夢に飲まれていない4割の地域は夢という場所があることも知らない。そこでは、今いる場所以外は未曾有の大災害ですでに滅んだ、なんて教育をしているという噂だ。
それがどうした。こんな事、何時しか世界は現実以外に浸食され尽くすだなんて事実は、だれも知らない方が良い。
まぁ、そんなことはどうでもいい。感傷に浸るなんてらしくない。これが当たり前と受け入れるしかない。できることなら夢なんて見れない方が良い。だからオレ達は今日も夢を見る。
あり得ないことなんてないんだって。




