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自己紹介

「あ、あの……今日の主題がそれだったんなら、もう帰らせていただけたりしませぬか……」


 それ、が指し示すものは、当然机の出しっぱなしのファイルのことだ。彼が本当に私の嗜好に当てはまらないかどうかの確認だったんなら、もう用は済んだはず。

 本当はお店に置かれている沢山の本にはかなり心惹かれるけれど、今は一刻も早くこの居心地の悪い空間から逃げ出したい、そして帰って一心不乱に読書に勤しみたい。

 私の切実な願いは、しかし軽い笑い声と共に無惨に切り捨てられた。


「あはは、やだな、これはついでみたいなものだよ? そんな簡単に上手くいくとは思ってなかったしね。今日の主題は、八雲さんに俺のこと知ってもらうこと。言ったでしょ、条件に当てはまらなくても心が動くこともあるかもって」


 ちくしょう、顔がいいからって大層な自信だな! と、とても口には出せない捨て台詞を心の中で吐いて、しかしそれも無理ないか、と密かに嘆息しつつ彼を一瞥する。

 ちゃんと八雲さんの言うこと聞いたよってアピールだったし流石にもういいよね、と帽子とメガネを外す彼は、どの瞬間を切り取っても本当に絵画みたいな美しさだ。今までさぞおモテになり、女性に困ったことなんて生まれてから一度もないんだろう。あ、想像だけでイラッときた。


 私なんかに告白を断られたことで、意固地になっている面もあるのかもしれない。しかし何にせよ、脅されている立場の私ができるのは彼が諦めるまで、この時間を耐え抜くことくらいだ。……ああ、お願いだから早く飽きてください。

 死んだ目でカフェオレを啜る私を他所に、新村先輩は顎に手を遣ると、青みがかった瞳を考えるように宙に向けた。


「じゃあ、そうだな……改めてちゃんと自己紹介でもする?」


「え!? い、今更ですか!?」


「そう? 俺たち、まともに個人的な会話なんてできてないと思うけど」


 そう言われてみれば否定できなかった。告白されて、断って、あとは特殊性癖の話しかしてない。うん、並べてみると本当に字面酷いな。

 まあ延々と私の嗜好について探りを入れられるよりは、健全で精神的な負担も少ない、かも。そう考えてそろりと頷いた私に、じゃあ俺から、と新村先輩が姿勢を正した。


「改めて、新村薫です。六月一日生まれで、名前の由来は初夏の風である薫風から。知ってると思うけど17歳で君の一つ上。趣味は読書、八雲さんとおんなじだね。少し外国の血が入ってて、目が青みがかってるのがチャームポイントかな。君の好みだといいんだけど」


「は、はあ」


 ぱち、とウィンクを決められて、これイケメンじゃなかったら許されてないな、と心の中で呟いたのは殆ど負け惜しみだ。客観的事実としてとても美しい彼の容姿の中で、ビー玉みたいな瞳が一番綺麗だとひっそり思っていたから、何だか見透かされたみたいで悔しい。

 ついと目を逸らすうちに、立板に水を流すように彼の自己紹介が続いていく。


「家族構成としては一人っ子だけど、親は俺を信頼しきっててかなり放任主義だから、そう煩わしいことはないはずだよ。同世代の中では金銭的余裕があるし、勉強も運動も得意なほうだから八雲さんに教えてあげられると思う。進路もほぼ内定してて、あとは両親が家を空けがちだから家事もできるし、何よりも俺は八雲さん一筋でとても献身的──……」


「す、ストップストップ!! ちょっと待ってください」


「ん?」


 あどけない表情で首を傾げられて言葉に詰まりかけたけれど、そんなんじゃ私は誤魔化されない。


「じ、自己紹介じゃないですよねそれ……!?」


「あれ、バレちゃったか。売り込む良い機会だと思ったんだけどな」


「油断も隙もない……!」


 というか本当に、改めて言葉にされるとすごいスペックの人だ。しかし唯一の欠点が女性の趣味となると台無しにも程がある。本当に選り取りみどりだろうに、どうしてよりによって私なのか。

 確かに彼の容姿は綺麗だと思うし、心からすごい人だとも思う。迫られれば人並みには緊張したり羞恥を覚えたり、異性に慣れていないからときめいたりもする。しかしどんなに売り込まれようと、彼と付き合えるかと言われれば答えはノーだ。

 こんなちんちくりんに拘うくらいなら、他所の爆乳美女とかに行った方がずっと建設的なはずなのに。


 しかしそれをうっかり口に出す前に、彼はにっこりと笑みを浮かべて掌でこちらを指し示した。


「まあ止められちゃったし、俺の自己紹介はこの辺にしとこうか。じゃあ、次は八雲さんの番だね。楽しみだな」


「えっ」


 唐突に振られてぶわ、と冷や汗が湧き出した。こちとら名字がや行なせいで、クラスの自己紹介とかはいっつも後ろの方なんだぞ。大抵フォーマットが決まってから回ってくるから、あまり悩んだりすることもないけれど、今回はそうもいかない。何せ彼の自己紹介は全く参考にならない。

 というかどっちにしろ、楽しみにされたって困る。そんな奇抜で面白い自己紹介ができるならもっと友達ができてるはずだ。彼の痛いほどの視線を感じながら、しかしいつまでも押し黙っているわけにもいかず、私はどうにか口を開いた。


「そ、……その、ええと、八雲、小花です。4月10日生まれの16歳で、名前の由来は、生まれた日窓の外にとても可愛い小さい花が咲いてたとかで……。ひ、一人っ子で、趣味は読書で、自慢は物持ちがいいことで……、じ、自分のものはすごく大切にします! あとは、えっと、えっと……な、な、何か質問ありますかっ!?」


 質問を求めるってどんな自己紹介だ、と目を回しながら内心自分にツッコミを入れる。でもでもだって、新村先輩の視線があまりに痛すぎて。

 そんなニッコニコの期待を込めた目で見つめられても、彼と違って私の自己紹介なんて数行で収まってしまう。というか、彼がおかしいだけで普通こんなもんなはずなのに、何で私がプレッシャーを感じないといけないのか。

 じわじわ恥ずかしくなって頬を染める私に、新村先輩はにこりと笑みを浮かべて、教師に質問する生徒みたいに片手を軽く上げた。


「はい、八雲さんの特殊性癖を教えてください」


「それは……、っていやいや教えないですよ! 当たり前のようにノってこないでください」


「ちっ」


 今この人舌打ちした! というか、うっかり口を滑らせそうになった自分が信じられない。もうこの人といる時は一瞬でも気を休められないぞ、と身体を固くしていると、それを悟ったのか新村先輩が苦笑を浮かべた。

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