このメンバーで宿泊なんて怪しすぎるから私は嫌だけど仕方がないから参加するわ
「絶対に行かないわ」
スター流本部に招集がかけられ、スターの話を聞いたメープルは真っ先に拒絶した。
この男がタダで旅行へ招待するなんてありえない。絶対に裏に何かある。
スターは表向きは陽気で頼りなく胡散臭い男だが、裏では冷徹な策士の面がある。
穏やかな口調でメンバーをその気にさせて自分の思惑通りに運ばせるのが実にうまい。
メープルは円テーブルに腰かけた他のメンバーを一瞥した。
星野天使、ヨハネス=シュークリーム、闇野美琴、ムース=パスティス、李。
自分を合わせて六人で、券の人数とも一致している。だが、と彼女は考えた。
「どうして不動たちはいないのかしら?」
招集されたのは若手メンバーばかりで流派の中核を担うカイザー、不動、ジャドウの三人の姿がない。それを問い詰めるとスターは涼しい顔で言った。
「彼らは前の休暇でたっぷり休んでもらったから、今度は君たちということで今回は呼ばなかったんだ」
その説明で納得できるはずもないが、人を疑うことを知らない美琴は深く頷いて、ムースもそれに同調している。ムースにとって何より大事なのは美琴だ。彼女に追従するのは当然の流れだった。
メープルは小さく嘆息して残りのメンバーに視線を向ける。
ヨハネスと李も前回の流派の旅行で防衛のために地球に残ったメンバーなので招集されても不思議はない。
だが、星野は前回、兄の不動と共に惑星バカンスで休暇を堪能したはずではないか。
あの時はスターの提案で宇宙を出身とするスター、不動、ジャドウ、星野、カイザー、ラグの六人が参加したはずだ。
「星野。あなたはなぜここにいるのかしら」
「兄の代わりです」
美少年はムースの顔を見ることもなく、淡々とした声で答える。
柔らかな茶色の髪。眠そうな目は常に半開きになっている。色白で童顔。
兄とは比較にならぬ可愛らしい外見をしているが、無表情なせいでどこか機械のような印象を受ける。
白いシャツに灰色のズボン。首にはヘッドホンをかけている。
漂々として何事にも無関心な彼は招集に応じることもなく、専ら自由行動をしている。
本人の弁によれば兄の代わりということらしいが、メープルは半信半疑だった。
「メープルお姉さま、わたくしたちと一緒に行きませんか?」
「誘いは嬉しいけれど、お断りするわ。あまり好きな場所でもないし……」
「メープルお姉さま……」
目を潤ませてくるムースにメープルは小さく「うっ」と呻いた。
この表情に弱い。ムースはメープルにとって妹同然の存在である。
妹の頼みを無碍にするのは心が痛む。
「ムースさん。メープルさんを困らせてはいけませんよ。メープルさんがいなくても、わたしがいますから、きっと素敵な旅行になりますよ」
それで助け船を出したつもりなのか。かえって私が悪役みたいな印象を受けるとメープルは思ったが黙っていた。この場はやり過ごし家に帰るのが吉だ。乗せられてはいけない。心を無にしようと目を閉じると、ヨハネスが言った。
「何か困ったことがあれば僕に相談すればいいし、メープルが行きたくないなら川村君を誘えばいいから問題はないよ」
ヨハネスは緑の瞳に弧を描き口端を持ち上げた。
わざとだ。何でもない風を装って煽っている。
ヨハネスはスター流屈指の美貌の持ち主だが、師匠筋がジャドウだけあって見た目に反して性格が悪いところがある。あえて自分の有能さをアピールして格を付け、さらに親友である川村の枠をキープしようという魂胆が透けて見えるところが気に入らない。
そもそも川村猫衛門はなんで欠席したんだ? 連絡がつかなかったのか?
彼も相当な自由人だが。いや、今は川村のことは考えるな。目の前に集中すべきだ。
どうにかして美琴とムースを悲しませることなく断らなければならない。
癪だがヨハネスに便乗しようとメープルが考えた刹那、これまで我関せずとばかりにウーロン茶をおいしそうに飲んでいた李が沈黙を破った。
「ボクはメープルも一緒にいくべきだと思う」
やや強い口調で断言した彼女にメープルは面食らった。李の瞳には真剣な色がある。
どうやら彼女もこの旅行の裏の目的を察したらしい。
このままひとりだけ意地を張っているのも子供っぽいし、何か非常事態が起きた場合は人数が多いほうが有利だろう。
「……仕方ないわね」
「メープルお姉さま! わたくし、嬉しいですわ!」
まるでコアラのようにひしっと抱きついてくるムースの頭を優しく撫でてからスターの方を見てメープルは不敵な笑みを浮かべた。
「言っておくけど、あなたには前科があるんだから私は信用していないわよ」
「君も流派の裏切りという前科があるからねぇ。そういう意味ではわたしたちは仲間だよ」
互いに笑顔のままだが両者の間では静かな火花が散っている。
表面上は凪のように穏やかながら内面で相当に悪感情が募っている。
「あの、ふたりとも喧嘩はしないでくださいね」
「ハハハハハハハ! せっかくの楽しい旅行に水を差すような真似はしないよ」
「安心して。この場では闘うつもりはないから」
矛を収めたことに安堵する美琴にスターは朗らかな調子で続けた。
「それでは、さっそく出発しよう!」
「えっ、今ですか⁉ でもまだ準備ができていませんし……」
「君たちの荷物は現地に直送するから問題ない! 思い立ったら即行動とロディ君も言っているじゃないか。モタモタしていたら旅行の旬を逃してしまうからね」
そしてスターは右手を前に突き出した。それが何を意味するかを本能的に察した李とメープルは顔を見合わせ目を見開いて、同時に席を立って入口へと駆け出そうとした。
だが、スターが指を鳴らすほうが早かった。
部屋に指を鳴らす音が響いたと同時に六名はイーストウッド島へ転送させられ、その場から姿を消した。
「いってらっしゃい。いい休暇をすごしてね」
誰もいない円卓に軽く手を振ってから、スターはジャドウを呼び出して言った。
「作戦第一弾はひとまず完了したよ。さて、次が本題だ! 最高戦力を集めてくれたまえ」
「もう集めておりますぞ」
ジャドウが豊かな口髭を撫でて含み笑いをすると、会長室の扉が開いて不動仁王、川村猫衛門、ロディ、カイザー=ブレッド、ラグの五人が姿を現した。メンバー全員を見回してから、スターは訊ねる。
「エリザベスちゃんはどうしたのかな?」
「医務室で待機しておりますな」
「うん。それがいいね。さて、諸君! 今回君たちに集まってもらったのは他でもない。
新たな勢力が動き出したことについて話そうと思ってね。地下帝国というのだが……」