言の葉おにぎり召し上がれ
道の駅の小さな売店にて、それは柔らかくて美味しいと評判とおにぎりが売られている。塩味と海苔だけのシンプルな物なのだが、一口食べると、胸につかえていた物が抜け落ちて気持ちが楽になるそうだ。そのおにぎりを握っているのが、店員を務めている握手小粒、皆からは『おにぎりさん』と呼ばれている。「おにぎり、いかがですか?ホカホカの三口サイズのおにぎり、食べやすくて美味しいですよ!おにぎりいかがですか?」
白い暖簾に、紫の色で書かれたおにぎりの絵と『手のひらごはん』の文字が風に舞い踊る。おにぎりさんが声を出すと、稲が風に吹かれている感覚に陥る。「三口で食べられる、ちょうど良いサイズのおにぎりですよ!」おにぎりさんの屋台の側を、若い女性が通りかかった。女性の服装から考えると、ハイキングに訪れたような感じがする。ジャージ姿にリュックサックを背負い、山の在る方角から向かって来た。「おにぎり、一ついただくわ」「ありがとうございます。お持ち帰りですか?」「ここで食べてこうかしら。山から降りて疲れてるから」屋台の近くには食事が出来るように、椅子とテーブルを簡単に並べた席が三組在る。「では、お運びしますので、お好きなお席にどうぞ!」「ありがとう」おにぎりさんは女性を席に案内すると、炊飯器のご飯を掬いとり、手のひらで小さく回転させておにぎりを握り始めた。いつもながら鮮やかな手つきに、道の駅で働く他の従業員たちは見とれている。「上手な握り方」女性もまたその手つきに見とれていた。「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」「ありがとう、いただきます」出来立てのおにぎりをほお張った瞬間、女性は表情を柔らかくさせた。「美味しい……!こんなに美味しくて、優しいおにぎりを食べたの初めてだわ」「喜んでいただき、こちらも嬉しいです。『言の葉おにぎり』というんです」「ことの……不思議なおにぎり……。食べた瞬間、胸にあった物がスルッと落ちた感じがするわ」女性は最近仕事がうまくいかず、落ち込んでいた。気晴らしに登山に出掛けたのだがそれでも気分は沈んだまま……帰りにおにぎりでも食べようと、おにぎりさんの屋台に寄ったというわけだ。「素朴なのに、凄く美味しい!この日の事はきっと忘れないわ」女性は今までで一番だと思わせる笑顔でそこを後にした。おにぎりさんのおにぎりを三口食べれば、どんな悩みも流れていく。「『言の葉おにぎり』いかがですか?」