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 王宮の回廊で壁にもたれ、私は考え込んでいた。ベイジル様にひどく嫌われていたことに驚きはしたけれど、無理からぬことかもしれない。


 だって私は彼を、政治に携わるための道具としてしか見ていなかった。お互い様ではないか。


 今までの努力は、全部無駄になってしまうのだろうか。お父様は、きっとがっかりなさるわね。


「お離しください」

 凛とした声が響いて、私はハッとした。

 声の主はリジェ様に間違いない。

(まさか、ベイジル様が乱暴を?)

 そんなこと、王族とて許せない。私は慌てて四阿に駆け寄った。

「怒った顔も美しいな。カメリアとは大ちが、い……!?」

 ベイジル様の声は最後まで言葉になることはなかった。四阿を覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは、宙に浮いたベイジル様の身体だった。そしてその一瞬後、彼は地面に叩きつけられていた。

 

 今見たものが信じられなかった。小柄な女性が、大の男の腕を掴み、投げ飛ばしたのだ。彼女は凛として立ち、息ひとつ乱れていない。


 簡単に纏められた髪と、襟の高いワンピース。けっして華やかな装いではないのに、彼女は月の化身のように輝いて見えた。


(なんて綺麗なの)


 夜色の髪に、透き通るような白い肌。芸術家が大理石から掘り出したのだと言われれば、信じる。

 そこにいるのは完璧に整った、美しい人だった。

 いまその横顔には、冷たい無表情が張り付いているが、それすら彼女の美しさを損なうことはない。


 彼女は私に気付いていないから、つい不躾に見つめてしまった。いけない。視線を外せば、そこには地面にうつ伏せに倒れたベイジル様がいた。ああ、忘れていたわ。

 それにしても、ベイジル様は微動だにしていない。まさか打ちどころが悪かった……?

 駆け寄ろうとしたが、

「自らは女に現を抜かし、国政のため努力している婚約者を愚弄するとは! 王族の風上にも置けませんわ!」

 リジェ様の大きな声に驚いて、私の足はぴたりと止まった。

「うう……リジェ」

 あ、よかった。ベイジル様は生きているようだ。よろよろと立ちあがろうとしている。

 リジェ様は、氷より冷たい目でそんな彼を睥睨している。

「私の名を呼ぶな。汚らわしい」

「なっ……!」

「そなたのような暗愚、カメリア様にはふさわしくない」


 なんて言葉遣い! 

 いけない。誰かに聞かれたらリジェ様が不敬罪で捕まってしまう! 

 

 私は深呼吸をし、それから咳払いをした。そして、さも今通りかかりました、何も聞いてません、という演技で四阿に踏み込んだ。


「これは、ベイジル様、リジェ様。ご機嫌麗しゅう……。月を見にいらっしゃいましたの?」


 今夜は満月だ。ちょっと曇ってはいるけれども、月を見に外に出てきたとしても、そう不自然ではないはずだ。たぶん。

 私の乱入に、リジェ様は少し驚いた様子。ベイジル様は顔面蒼白だ。


「ベイジル様、なにか探し物ですか? お手伝いいたしますわ」

 まだ地べたに膝をついているベイジル様の横で

私も身を屈める。

 私はベイジル様が投げ飛ばされた現場なんて見ていない、見ていないと言い聞かせる。

「カ、カメリア。そうなんだ。カフスを落としてしまってね。……明日、人に探させることにするよ」

「それがようございますね」

 ああどうしよう。気まずい。婚約者が夜に女性とふたりでいたことについて、触れないのは不自然だろうか。

 でも、とりあえずリジェ様の不敬罪は回避できたと思う。ベイジル様は自尊心を高くお持ちだから、女性に投げ飛ばされたなどと人に告げたりはしないでしょうし……。

「それでは、私はこれにて」

 ドレスを広げて礼をとる。ベイジル様が軽く頷いたのを見届けて踵をかえそうとしたとき。


「カメリア様、お部屋までお送りいたしますわ」


 リジェ様が口をひらいた。


 先ほどまでのつめたさは微塵も残っていない、春風のような微笑を浮かべている。

 先ほどのベイジル様への仕打ちをまのあたりにしていなければ、このうえなく可憐で美しいお姫様にしか見えないのだが……。

 私は背中に冷や汗が伝うのを感じながら、首を横に振る。

「すぐ近くですから」

 リジェ様は小首を傾げる。ああ、なんて可愛らしいのでしょう!

「カメリア様にこうしてお会いできて、私とても嬉しいのです。お部屋までで構いません。どうかご一緒させてください」


 リジェ様、もしかして私が見ていたことに気付いている……?


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