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 私はカメリア・ファリエ。今年、十八才になった。

 

 豊かな領地を治める侯爵家の長女として生まれ、両親に愛されて何不自由なく育った、生粋のお嬢様である。少なくとも王都ではそう思われている。

 

 曽祖父の代から当家で治めてきた領地は、王都から遠く離れた辺境だ。

 王国の南端に位置し気候は温暖。しかし、山から吹き下ろす乾いた季節風のため、元々は乾燥した不毛の土地だった。

 しかし、私の曽祖父が始め、三代をかけた治水政策のおかげで、ファリエ領は今や王国でも指折りの穀倉地帯である。

 その功績が認められ、現王が即位した十年前、私の父は宰相となった。


 領地経営は父の弟……私の叔父に任されている。

 ファリエ家の家訓は「民無くして領主なし」。現在の繁栄は、貧しい土地に暮らしながら、治水工事のための労役や徴税に耐えてくれた、過去の領民に支えられたものだ。

 彼らの苦労に報いるため、統治者の責任として民を守るという家訓は固く守られている。


 事実、ファリエ領は他領と比べて税も軽く、今では王国一暮らしやすいと言われていた。移住を希望する者も後を絶たない。



 父が宰相となり王都に住むことになったとき、私は八才だった。

 小麦畑がどこまでも広がる長閑な土地で育った私には、王都の石畳の舗道は硬すぎたし、貴族とのお行儀良いお茶会は退屈そのものだった。

 王都で尊ばれる色とりどりの菓子だって、領地の屋敷のばあやが作ってくれた素朴な焼き菓子に遠く及ばない。


 王都には、地方で職にあぶれた者が吹き溜まっていた。豊かな土地で暮らしてきた私は、王都に来てはじめて貧困というものを目の当たりにしたのだった。


 故郷では、救民院という施設がどの村にも整備されており、親を亡くした子どもや、老いや病のため働くことができず困窮した領民に広く門戸を開いていた。子どもを育て学校に通わせ、働けない者の生活の世話をし、生活費の援助を行う。

 ファリエ領には金のために子どもを売る親も、食い扶持を減らすために老いた親を殺す子もなかった。


 父は優しい人だが、決して子どもを甘やかすことはしなかった。領地を継ぐのは私の弟のマリンだが、長子である私に対しても、現実から目を逸らすことを許さなかった。




 ファリエ領に移住したがる人は多い。けれど土地に限りがあり、際限なく受け入れることはできない。

「カメリアは、このエルウッド王国に足りないものは何だと思う?」

 初めてそう聞かれたのは、十にもならない頃だ。父と共に王都の視察に出かけ、最後に見晴らしの良い高台に立ち寄った。王都と王城が一望できる場所だった。

 私は長い時間をかけて考えた。父は辛抱強く待ってくれた。


「他国との交流だと思います」

「それは何故だい」

「この国は古くは小国だったと本で読みました。周囲の国を侵略し、その民を追い出して、今の広い領土を得たと」

「そうだな。二百年も前の話だ」

「けれど、住み慣れた土地を追われた記憶は簡単には消えないと思うのです。私だって、ファリエ領にもう帰れないと言われたら悲しいですもの。あそこがどんなに素晴らしい土地か、子どもや孫に話して聞かせると思います。……だからエルウッド王国は今に至っても周辺諸国と良い関係を築けていないのだと……」


 そこまで話して、これでは父が宰相を務めるこの国を貶めているように聞こえると気付いて、私は父の顔を伺った。父は優しく微笑んでいた。


「私も、リアと同じ考えだよ」

 久しぶりに呼ばれた愛称に、緊張が少しだけ解けた。

「この国には、森林も、海も、鉱山もあります。国内で消費しきれないほどの資源がある。けれども農地に適した土地は少ない。美しい宝石が採れても、それを食べることはできません」

「我が領地は、苦労はあったが、その点恵まれているね」

「でも、ファリエ領だけが富むことは、長期的に領民のためにならない」

「それは何故かな」

「貧困は内乱を呼びます。そして内乱が起きれば、必ず我が家も巻き込まれるでしょう。お祖父様、お父様、アッシュ伯父様よりも民を大切にする統治者がこの国にいるとは思えない。あの土地は搾取され、民も虐げられます。そうして小麦の収量は減り、さらなる貧困が広がる」

「お前は、本当に聡い子だ」


 ぽんぽんと大きな手で頭を撫でられて、なぜだか泣きたくなった。


「……お父様、私、ほんとはね、お父様と一緒にファリエ領にずっといたかったです」

「お前にはつらい思いをさせる」

「でも、この国の民にとっては、お父様が宰相になったことは幸運です。それに、未来のファリエ領の民たちを助けることにもなる。だから、我慢します」


 お父様にぎゅっと抱きしめられて、私はほんの少しだけ泣いた。

 その日から、私はこの国のためにできることを考え続けてきたのだ。




 二年後、私はお父様と国王陛下の勧めに従い、第二王子であるベイジル様と婚約を結んだ。

 ファリエ領で草原を走り回って育った自分が王族になるなんて、なんだか信じられない。

 それに、ベイジル様には一度か二度、パーティでご挨拶しただけで、お人柄は知らない。

 けれど私は嬉しかった。この婚約は、私の夢を叶える第一歩だから。

 王太子殿下が王位を継げば、私は王弟妃として多少なりとも政治に参加できる。


 諸外国との友好関係を結ぶ一助になりたい。民を幸せにしたい。


 そのためには努力が必要だ。

 私は侯爵家に生まれはしたが、平凡な人間だ。容姿が優れているわけでも、飛び抜けて賢いわけでもない。

 王族として恥ずかしくない淑女となるための教養はもちろん、異国の歴史、文化、語学。それから経済学と経営学。学ぶことは山のようにある。


 私はどうしようもなくワクワクしていた。

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