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 夜、王宮の中庭に面した廊下を、私はほとんど走るように歩いていた。

 公爵家の長子で第二王子の婚約者たる私、カメリア・ファリエが、こんなマナーも何もない歩き方をしているのを教育係に見つかったら、頭に本を乗せて歩くところから指導し直されてしまうだろう。


 迂闊だった。王宮内の図書館で見つけた歴史書が思いのほか興味深く、ついつい読み耽ってしまったのだ。

 いつもだったらとっくに夕食を終え、湯浴みも済ませている時間だ。きっと侍女のメアリはカンカンに怒っている。私の世話が終わらなければ彼女は夕食を摂れないのだ。お腹を空かせているだろう。本当に申し訳ない。


 それに、明日は午前中から仕立て屋が来ることになっている。ドレスのデザインを詰めるためだ。一生に一度しか着られない女性にとっては大切なウェディングドレス。

 私としては、ウェディングドレスなんて、白くて、王族としてそぐわないほど見窄らしくなければ、デザインに拘りはない。でも、周りはそうではない。


 この国の宰相で、いつも多忙なお父様が、先日、わざわざ私の部屋を訪ねてきた。

 すわ国の一大事かと慌てれば、なにやら照れくさそうに、数枚のデッサンを渡してよこしたのだった。

「お前には、どんなドレスが似合うかと思って、デザイナーに描いてもらったんだ。このデザイン、私たちの結婚式で君の母君が着ていたものに似ていてね。裾が長いだろう。赤絨毯に映えて、それはそれは美しくてね」

 こんなに楽しそうなお父様を見るのは久しぶりだった。これはもう、お父様のためにも最高のドレスにしなくては。寝坊なんて絶対できない。



 できる限りのスピードで廊下を曲がろうとしたときだった。足が止まった。

 よく知った声が聞こえたのだ。

 急に止まったのもだから、身体がぐらついて、思わず壁に寄りかかった。

 

 声の主は私の婚約者、第二王子ベイジル様のものだ。


「カメリアとの結婚は延期するつもりだ」


 これは、何やら聞き捨てならない話のようだ。メアリには申し訳ないが、もう少し、待っていてもらうことになりそうだ。


「あら。大神官様もお忙しいのに、結婚式の日付をずらすなんて」

 返事をしたのは、鈴を転がすような美しい声。

「リジェ、何か勘違いしているね。数日延期するわけじゃない。二年か、出来れば三年くらい。僕は自由な時間が欲しいんだ」


 リジェ様。お会いしたことはないけれど、確か王妃様のお話し相手として王宮に滞在されている、遠い異国の姫君と聞いた。


「三年も。王子はその間、何をなさるのです?」

「何って……それは、君と親しくしたいに決まっているだろう」

「今だって、親しくお話ししておりますわ」


 ここからはお二人の姿を見ることはできないが、どうやら中庭に据えられた四阿にいるらしかった。四阿の周囲には背の高い薔薇の植栽が美しく整えられており、中が見えにくい。逢引きにはぴったりの場所なのだろう。


「君は本当に、僕の気持ちを弄ぶのが好きだな。……カメリアと結婚したら、僕に自由はない。僕はあんな落ち着きのない女より、君みたいな物静かな人が好きなんだ。だいたい、女が学を積んでどうなるっていうんだ? 王弟妃の役割など、僕の後ろでニコニコしてるくらいのものなのに。会えば歴史や政策の話ばかり。あんな小賢しくてつまらない女と、僕は一生を共にするんだよ? 少しくらい他の女性に愛されたいと思ったって、仕方ないじゃないか」

「まぁ。ベイジル様。他の女性って、もしや私のことですの?」


 私はその場にしゃがみ込みそうになった。所詮政略結婚。ベイジル様に好かれていないことは分かっていた。でも、ここまで嫌われているとは。


 だが何よりショックだったのは、王弟妃の役割が、笑顔を振り撒くことだけだと思われていることだ。

 ベイジル様がそう考えているのなら、結婚しても、きっと私が望むような仕事はできない。


 子どもの頃からの夢が、ガラガラと音を立てて崩れてゆく。


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