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03 やはり安息地などない

「ふぅ⋯猫宮さんまで⋯あんなに僕みたいなのに話しかけるタイプじゃなかったろ⋯」


 僕は独り言のようにそう呟き火照った頬を冷ますため、自転車で夜風を切った。とにかく早く家に帰ってこの今日一日でいろいろと刺激を受けすぎた心を癒やしたい、その一心で爆速でペダルを漕いだ。


 だ、第一、二年生の頭からこんなのでは本業である勉強や部活にも支障が出てしまいかねない。切り替えていかねば⋯新学期が始まればすぐに振り返りテストだってあるしな⋯


 そんなことを考えながら自宅に一直線に進んでいると、運の悪いことに、目の前の信号は赤色を指している。


 こればっかりは仕方ないので、自転車を止めた。すると、後ろから聞き覚えのある声が僕を呼ぶ。


「あれ?谷崎くんもこっちなの?」


「えっ!?あっ、ほっ、鳳条先生!?なっ、ななななんで!?」


 声の主は、一日に遭遇すべき回数を優に超えている鳳条先生だった。先程の部活のときに来ていたジャージから朝のときのスーツに着替えている。彼女もまた、僕と同じように自転車に跨っていた。


「何でって⋯家に帰るだけだけど?どうかした?」


「い、いや⋯な、なんでもないです⋯」


 何当たり前のことを聞いているんだ僕は⋯たまたま、たまたま家の方向が近いだけだ。普通に⋯普通に家に帰ればいいだけ⋯


「ねぇねぇ谷崎くん!」


「はっ、ははははいっ!」


「だ、大丈夫!?そんなに緊張しなくて大丈夫だよ!」


 だーっっっ!!!もう!もう!なんで普通に喋れないんだクソ!姉と喋るときと同じでいいのに!と、というかそもそも今日初めて会ったのにそんなにグイグイ来ないでくれ!こっちは姉と母以外の女性となんてまともに話せないんだよ!


 それに⋯焦り散らかしている僕を覗き込む顔が⋯不覚にも凄くいい。そこら辺の女優なんかより綺麗だ。それにめっちゃいい匂いするし⋯な、なんで僕が恥ずかしくなるんだよ!


 まぁ、こんなことを僕が脳内で実況しても現実はどうもならないわけで、どうにかしなければ⋯


 鳳条先生を撒くのは流石に申し訳ないし、途中どこかによるにしても他の人に会ったらもっと気まずいし⋯うん、鳳条先生から離れることは無理だ。


 ま、まぁ、途中まで帰りが同じだけだろう。僕の家まではここから一5分ほどあるしきっとどこかで別れる。きっと大丈夫なはず⋯


「谷崎くん、信号青だよ。行かないの?」


「へっ?あっ、はっ、はいっ、すいませんっ!」


「あはは⋯別にそんな私相手に緊張することないでしょ。っていうか、やっぱり帰り道おんなじだね!」


 またキモい答え方をしてしまった⋯だが今のでようやく分かったぞ!これはサッカーと同じ!準備だ!準備が大事なんだ!


 全体を見て次にボールが来る場所を予測して動くのと同じように、鳳条先生が次何を言うのかを予測して前もって受け答えを用意しておけばきっと大丈夫に違いない。よし。これで完璧なはずだ。会話のキャッチボールとかいう言葉もあるぐらいだしな。


「そういえば谷崎くんさ〜今日趣味読書って言ってたけど、どんな本読むの?」


「え、えっと⋯読む本⋯」


 よし、よし!さっきよりは上手く行っている!やはりクラスでの話を織り交ぜてくるという予想は合っていたな⋯


「えっと⋯み、ミステリーやファンタジーなど⋯色々です⋯」


 実際はラノベと漫画ばっかだけど、これでも嘘ではないはず⋯部分的にはそうだし。


「へぇ〜いいね!私も結構読むよ!名探偵カナンとか!」


「な、なるほど⋯いいですね⋯」


 うん。上出来だろう⋯会話になっている!やっぱり受け答え方を何通りか頭の中で作っておけばいける!こんな僕とは対極の人(鳳条先生)とも喋れる!


 いや待てよ⋯よく考えたらこの人何でナチュラルに僕の趣味が本ってこと知ってるんだ?


 ⋯はっ!そっ、そうか⋯今日の昼の自己紹介(生き地獄)だ!ま、まさかこの女、僕をいじり倒すためにわざわざ話しかけてきているのか⋯?


 や、やっぱりこの女、生まれたときから一生ヒエラルキー上位で僕みたいなのを馬鹿にしている典型的な陽の民なのか!?そんなのに目をつけられたら僕の学校生活一瞬で終わってしまう⋯(既にほぼ詰んでるが⋯)


 そう考えると冷や汗が止まらない。背筋がゾッとする感覚に襲われる。僕の脳内はなんとか今日のことを取り繕う術を模試の時と同じくらい全力で模索している。


「あのさ⋯今日思ったんだけど、谷崎くんってあんまり喋るのとか得意じゃないタイプ?」


「えっ⋯そっ、そそそそんな⋯」


 はい終わりでーす!僕の学校生活終わりでーす!もうこれから一年僕は鳳条先生含めた陽キャに馬鹿にされて終わることが確定しました!


「あっ!違ったらごめんね!別に人には得意なこととか苦手なこととかあるのは普通だから!ほら!私だって英語とか苦手だし・・・」


 鳳条先生がフォローを入れているのは分かるが、必死に包み隠していたつもりだったのにそうも核心に突かれると動揺でそれどころじゃない。


 あぁぁぁぁどうしようどうしようどうにかして鳳条先生の疑惑(事実)を払拭せねば⋯どうしたら⋯


「あっ、あのっ、ぼっ、僕用事があるからこっちで⋯さっ、さささよならっ!」


 僕が行き着いた唯一のこの状況の打開策、それは⋯全力逃走!とにかくこの場から逃げたい、打開策というか生存本能的な願望だった。


「あっ、ちょっと待って!私もそっち!」


 鳳条先生の声なんて全力で自転車を漕ぐ僕には届かない。圧倒的疾走。物凄い速度で家まで辿り着いた。


「あっ!秀ちゃんおかえりぃ〜♡今日はいつもよりちょ〜っと早かったね〜♡お姉ちゃんにただいまのぎゅ〜は?」


「い、いいからとにかく早く家入らせて⋯」


 僕は出迎えていた姉の話をフル無視して玄関の戸を開ける。目の前には見慣れた空間。急に肩の荷が降りた。


 よし、よし、取り敢えず今日はもういい。寝よう。僕はいろいろと疲れすぎている。


 僕が手を洗いに手洗い場へ向かおうとすると、遅れて入ってきた姉に呼び止められた。


「ちょっと秀ちゃん!無視しないでよ!せっかく美人で可愛いお姉ちゃんが出迎えてあげたんだぞ!」


「と、とにかく今日は疲れてたんだ!(主に心が)いいだろそのくらい!」


 姉に文句を言われたが、まあそんなことはどうでもいい。早くすることをして寝よう。


「む〜!あ!それより今日お姉ちゃんのお友だち来るからね。別に気を遣うことはないけど⋯」


 姉の友だち⋯姉のことだ。きっと陽キャで朝まで騒ぐような僕の苦手とする人種。まあ⋯関わらなければいいか⋯


「あっ、ちょうどきたきた!はいは〜い開けるよ〜!」


 姉が玄関の戸を開けると、そこには見慣れた人物がいた。


「お邪魔しま〜す⋯ってえ!?谷崎くん!?」


 僕の眼前には先程まで一緒にいた、今最も会いたくない人物、鳳条先生が立っていた。

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