02 安息地はない
あ⋯あはははは⋯なんか一周回って笑えてきてしまった⋯くそ⋯やはり二週間前から練習しておくべきだった⋯
あのあとの記憶がない。気づけば今日すべきことは終わっていて、教室からはぞろぞろと人が出ていく。
あ、ああ、うん。終わったものは仕方ないし⋯部活行かなきゃ。
僕はイヤホンをして教室を早足で飛び出した。後ろで僕のことを話している声が聞こえた気がするけど⋯きっと気のせいだ。うん。
着替えてグラウンドに出てみると、どうやら僕が最初だったらしい。グラウンドには誰もいない。きっと新クラスが楽しくて仕方ないんだろうな⋯
僕は練習が始まるまで一人でシュート練習をした。陽キャが楽しんでるときに少しでも上手くなってやる⋯というか、僕の方がまともで学校らしいことしているに違いない。何をそんなに思い詰めているんだ僕は。
⋯数十分後、そろそろ練習が始まる時間なので、グラウンドに人も増えてきた。一人でゴールを専有する勇気はないので、隅の方でストレッチをして時間を潰す。
「集合!」
「うす!」
顧問の呼び声により、集められる僕たち。いつも練習前にこんな時間は無かったのに、どうしたのだろうか。
「今日から、我々サッカー部の顧問の先生が一人増える。しっかり敬意を持って接するように。じゃ、鳳条先生、挨拶お願いします。」
⋯ん?鳳条?待て。待て待て待て待て待て!鳳条ってもしかしなくても僕の⋯
「あっ、えっと⋯鳳条零夏って言います!二年八組の担任で、今日からこのサッカー部の副顧問をさせてもらうことになりました!えっと、高校のときは陸上とかやってたんですけど、そっちは足りているということで、主にマネージャー業務をお手伝いさせてもらいます!わかんないことも多いけどこれからよろしくお願いします!」
⋯お、おわ、終わっ⋯た?あの人は僕の担任→僕のさっきの醜態を知っている→部内で晒される⋯と。
⋯僕のサッカー生活、いや、高校生活終わり?しかもあの人二年八組って言っちゃったし、僕の担任ってバレるし・・・時間の問題なのか、僕の学校での居場所が完全消滅するのは。
「⋯と、いうことだから。それじゃあ練習に戻ってくれ。」
顧問はそう言い残して、僕らを散らせた。キャプテンの声にあわせて準備運動をするも、僕は不安でいっぱいだった。
ふと鳳条先生の方に目を向けると、マネージャーと練習の準備をしていた。さっきのスーツからジャージに着替え、帽子をかぶっている。やっぱり、遠くから見ても目鼻立ちがくっきりしており、美人だ。
それに、ジャージ姿になるとよりその豊満な胸の膨らみが顕になっている。思わず視線が釘付けになってしまう⋯って、いかんいかん!集中⋯集中⋯
現に、周りでは鳳条先生の噂が盛んだ。美人なり巨乳なりどこもかしこもその話。ま、まぁ、口に出してないだけで僕も人のこと言えないけど⋯
僕はその日、できるだけ鳳条先生に近づかないように過ごした。少し離れたところに水筒を置き、そこで給水をしたり、話しかけられないことに神経を注いだ。
「⋯ということで、今日の練習は終わります。あざした!」
「あざした!」
練習を終えた僕がやること、それは、誰よりも早い帰宅!一瞬で着替えて誰にも捕まらずに“即”帰宅。これに尽きる。学校を出てはやく緊張感から開放されたい、その一心で一年間この負のルーティンを続けてきたのだ。
さ、早く帰って勉強してアニメ見てモンクエして⋯
「あっ、あのっ、谷崎くん!」
な、何⋯僕が誰かに捕まった!?ただでさえ影が薄く、隠密帰宅を徹底していた僕が!?しかも女子!声が女子!落ち着け⋯落ち着け僕⋯
「なっ、何?ねっ、猫宮さん⋯」
俺に声をかけてきたのは猫宮さんこと、猫宮雪袮サッカー部のマネージャーをやってくれている小柄な女子だ。もう一人のマネージャーと違い、大人しい女子。俺が高校に入って喋った唯一の女子生徒である。
「い、いや、あの、だ、大丈夫⋯?今日、谷崎くん自己紹介の後ぐったりしてて、しんどそうだったから⋯」
⋯ん?何でそのこと知って⋯あ!ま、まさか、猫宮さんも⋯
「い、いや、違うんだよ!わ、私もああいう人前で話すの苦手だし、谷崎くんが苦手なのも全然わかるし、た、単に大丈夫かなって⋯」
「⋯ね、猫宮さん⋯あれ⋯聞いてた?」
「あ、あの⋯わ、私は良かったと思うよ!私だってたまたま今回うまく行っただけだしぜ、全然気にしないで!」
あぁぁぁぁぁ!!!!猫宮さんも同じクラスだぁぁぁぁぁぁ!!!しかも変な心配されてるぅぅぅ!!!
「い、いや、あれは⋯その⋯そ、そういうテクニック(?)で⋯別に失敗した訳じゃ⋯」
「⋯あっ、そっ、そうだよねっ!うんっ!」
僕の頭はおかしくなってしまった。猫宮さんの空気を読んだ愛想笑いがしんどい。猫宮さんは悪くないけど。
とにかく、一刻も早くこの場を去りたい。適当に話に見切りをつけて早く学校を出よう。
「あっ、ねっ、猫宮さん、ごめんっ、ぼ、僕、よ、用事あるからこれで⋯」
「あっ、うん、こ、こっちこそ引き止めちゃってごめんね!」
心配して声かけてくれた猫宮さんに謝らせて何してるんだ僕⋯また今日もベッドで脳内反省会がぁぁぁ⋯
「あっ、あのっ、わっ、私は、谷崎くんのことは、少し変わってるけどい、いい人だと思ってるから!」
去り際、猫宮さんが僕にそう言った。急にそんなことを言われると、なんて返したらいいのかわからない。そもそも、女子とこんなに会話した事自体初めてだ。
「えっ、あっ、うっ、うん⋯あっ、ありがとうっ」
「だ、だから、今日のことは心配⋯しないで。新しいクラスも、き、きっと大丈夫だから!」
結局、猫宮さんに変に励まされて会話は終わった。あんな醜態を晒した僕に心配して声をかけてくれるなんて、猫宮さんは実は僕と喋りたくてこんなことを言ってきたり・・・
いや、冷静に考えたら猫宮さんが優しいマネージャーという立場上なだけで別にそんなことはないか⋯っていうか今の僕キモすぎるぅぅぅぅぅぅ!!!
これだから陰キャオタクは⋯すぐ優しくされた人をそういった事のようにに考えてしまう⋯アニメと違って陰キャのこと好きになる女子なんていないんだよこの世には!
猫宮さんに猛烈に申し訳なくなってきた。きっと猫宮さんだってもっといい男、それこそ黒川とかの方がいいに決まってる。少なくともこんな僕なんかよりはいいはず。
僕はこんな自分自身に苦悩しながら自転車に乗り、学校を出た。