01 邂逅する
僕は、ごくごく普通の高校生だ。そこそこ勉強してるし、部活もしているし、友達だって数人いる⋯部内に。
けれど、世の中はとても不思議なもので、こんな僕を“残念な子”とか“可哀想な子”とか憐れみの表情で見てくる奴らは多い。まぁ、僕は別に気にしないけど⋯
けど⋯ムカつくものはムカつく。しかも、そういう奴らだって、別に大したことはしていない。大人数で群れて、騒いで、それで楽しそうにしているだけ。楽しいこと、好きなことが僕と違うだけて、そいつらだって普通の人間だ。
僕は、世間で言う陰キャに該当する人間だ。ただそれだけなのに、そういう奴らは僕のことを惨めかのように見てくる。だから僕はその類の人間⋯陽キャ⋯世間で言う勝組⋯そいつらは嫌いだ。
例に漏れず、“あの人”だって⋯俺は嫌いな類の人間だったのに⋯
「行ってきます⋯」
「秀ちゃん行ってらっしゃ〜い!」
ただ学校に行くだけだというのに、姉は威勢よく送り出してくる。ちなみに、姉も“そのたぐいの人間”である。今はもう社会人だが、大学でも遊びまくって呑みまくって⋯第一大学は勉強しに行くところだろ⋯
僕の高校、東高校は今日が始業式だ。久しぶりの制服を着て自転車を走らせる。周りを見るとイヤホンをしたりスマホを見ながら自転車を漕いでる奴ばっかり。こいつらは死にたいのか⋯?僕みたいにしっかりヘルメットまでしてほしいものだ。ルールを破るのがかっこいいと思っている阿呆め⋯
僕は満員電車というものが大の苦手で、乗ると必ずお腹が痛くなってしまう体質だ。だから、自転車でいける距離の高校で学力が最も高いところ⋯という安直な理由でこの高校に決めたのだが⋯これは大きな間違いだった。
何だこれは!進学校なはずなのに、周りは陽キャ共ばっかり!そういうノリが苦手な人間の身にもなってくれ!高校生にもなるとみんな色恋沙汰に目覚めやがって⋯そういうことは大衆の場ではなくひっそりとやるものだろひっそりと!
しかも、しかも中には子どもの恋愛に収まらず行くところまで行った奴までいるらしいし⋯まるでちょっと学力の高い底辺校みたいな感じだ。世間ではこれが普通なのかもしらんが⋯
とにかく、僕はどうやら高校選びをミスったらしい。あと二年間、勉強と部活のみで終わってしまう未来が容易に見える。いや、本来学校はそういう場所だからいいのか⋯
朝から憂鬱だ⋯部活して家で勉強して自由に暮らしてた春休みに戻って欲しい⋯また学校で陽キャに会わなきゃならんのか⋯
しかし、過ぎた時を嘆いても仕方ない。気持ちを切り替えて二年生も頑張らなければ。勉強と部活を。
まず、荷物を持ったまま体育館に向かった。始業式があるからだ。聞きたくもない校長先生の長い話を聞き、新任の先生を紹介して三十分弱で終わった。
それから、クラス替えの発表である。交友関係が広い陽キャほどクラス替えなんて別にどうだっていいだろうに、やけに賑わうんだよな⋯この瞬間。今も掲示板に張り出された表に人がごったがえしている。結局、陽キャ共が騒ぐせいで僕が表を見たのは張り出されてから十分後ぐらいだった。
僕のクラスは二年八組。各学年一から八組まであるので、一番奥の教室だ。きっと、先生たちのクラス替え会議で最後まで余ったからだろうな⋯
って、いかんいかん!そんなことはどうだっていいんだ。先生からの評価なんて。結局テストの点とかの実力のほうが大事なんだから。
僕は教室の戸をゆっくりと開け、自分の出席番号である二一番の席に座った。一番前か⋯よりにもよって教卓の目の前の一番目立つ位置⋯周りではもうグループができているところもあるな⋯ま、まぁ⋯別にいい。担任が入ってくるまで本でも読もう。
「おっ!秀弥じゃん!クラス一緒か!よろしくな!」
「あっ、ひっ、よっ、よろしく⋯」
ひっそり教室に入り新学期早々陰を演じていたで挨拶してきたのは黒川悠里。同じサッカー部だが⋯僕とは違う人種だ。
イケメンで、陽キャで、優しくて、モテて、男の僕から見てもかっこいい人間だ。絵に描いたような一軍、人生勝ち組、僕の対極に位置する人間だ。
あと、今さらっと僕がサッカー部って言ったけど、笑ったやつ出てこい。僕は単にサッカーがしたくてサッカー部に入っただけだ。サッカー部だからって陽キャって決めつけるなよ!
「あはは、緊張すんなって。今までサッカー以外だと全然関わりなかったけど、お前本とか読むタイプだったんだな。練習終わってもすぐ帰っちゃうから知らなかったよ。」
「あっ、う、うん!い、家だとまぁ⋯うん⋯えっと⋯く、黒川も⋯よ、読む?これ、異世界モノだけど読みやすくて特にこのネムって子が可愛くて⋯最初は冷たかったけど主人公と過ごす時間が増えるとともに態度が変わってくるのがめっちゃ良くて⋯」
「い、いや、いいけど⋯ま、まぁ、よろしくな!」
黒川は決まり悪そうに去っていった。⋯またやってしまった。オタク特有の早口。好きなもののことになるとすぐこうなってしまう。特にサッカー、アニメ、ラノベに関してはいつもこうだ。二年生一発目から死にたい⋯
「見てあの子。めっちゃ早口ww」
「イケメン黒川くんと同じサッカー部の子かな?あのオタクくん。」
「いかにもな陰キャね⋯ラノベとかお兄ちゃん以外に読んでる人初めて見た⋯」
後ろから女子グループの噂話が聞こえる。そういうのは聞こえないようにしろ!全部刺さってるんだよ僕に!まぁ、今のは僕が悪いかもだけど⋯
結局、いたたまれなくなった僕はそこから机に突っ伏して時間を潰した。早く帰りたい⋯
そうやって憂鬱な心持ちのまま、時間がすぎるのを待っていた。先生が来るまで。早く来てくれ⋯僕をこの場から開放して⋯
「ごめんごめん忘れ物しちゃって!はいみんな席座って〜!今日はこれ終わったら帰れるから頑張って!」
元気そうな女の人が入ってきた。紺のスーツに身を包んでおり、おそらく格好的に先生だろう。若くて⋯まだ新任だろうか⋯
いかんいかん!こんな舐めるように女性を見ては。特に僕みたいな陰キャは駄目だ。イケメンはともかく。
「あっ!挨拶してなかった!えっと、みんなおはようございまーす!今日からこのクラスの担任の、鳳条零夏です!担当科目は数学で、専門分野は代数幾何学です!っていってもあんまりよくわかんないか・・・えっと趣味は料理とアウトドアと・・・歌も好き!あ、えっと・・・まだまだ若くて新人だけど頑張るので一年よろしくお願いします!」
彼女は挨拶からいろいろ忙しかった。明るく元気で、たくさん喋る。苦手なタイプ。ひと目見て分かった。そのくせ、容姿はとてもいい。
色素の薄いブロンドのボブカットは光に反射されてキラキラ輝き、美しい。
色白で、整った顔立ちのかなりの美人。日本人らしいあどけなさの残るアイドル的な美人と可愛いのハイブリッド。
また、男女関わらず目を引く抜群のプロポーション。女性にしては少し高めの背丈で座っている僕らを見下ろすせいか、妙に大人の余裕を感じさせられる。特に、タイトなスーツをぐいっと突き上げる立派なダブルメロンは、この前見た洋物のビデオの女優と大差ないのではなかろうか。
それでいてあのコミュ力、性格⋯嫌だな。典型的な陽キャで、モテて学生時代カースト上位だったに違いない。きっと、裏では僕みたいなのをバカにしてるような人なんだろ。きっと。
「では、まず最初だし、自己紹介でもしてみましょう!出席番号一番の人から順番にお願い!名前と、部活と、趣味とか何でも!」
鳳条先生はパンと手を叩いてそう言った。自己紹介。簡単に見えて、かなり高尚な作業。キモくなく、適度に面白く、気まずくならない内容でうまく喋る。準備無しでできる芸当じゃないだろ!
あぁ何言おう何言おうま、まず名前言って⋯それから部活⋯趣味か。えっと⋯サッカー⋯だと部活と同じだし⋯アニメやラノベはキモいし⋯かと言って僕が受けを狙っても冷めるだけだし⋯あぁぁぁ無理だ無理だ無理だぁ
こうして僕が苦悩しガクガク震えているときも、淡々と自己紹介は進んでいく。気づけばもう次が僕の番。どうしようどうしよう何言えば⋯
「じゃあ次の人!お願い!」
僕は震えながら席から立ち、冷や汗をかきながら口を開いた。頼む!持ってくれ僕の命!
「あっ、えっ、たっ、谷崎秀弥っていいますっ⋯あのっ、さっ、サッカー部でぇっ、しゅっ、しゅみはっ、ど、読書⋯?いや、え、えっと、あの⋯」
「あ、あ〜もう大丈夫だよ。えっと⋯谷崎くん。あ、ありがとうね。じゃ、じゃあ次の人〜。」
辺りがシーンとしている。絶対零度とはこのことだろうか。多分、死刑囚の罰が執行される直前ってこんな感じなんだろうな。
⋯終わった。もう死のう。消えて塵になって誰からも忘れられたい⋯
そんな感じで、僕の二年生は最悪のスタートを切った。




