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放っておけない


 目覚めてから十日。ステラは未だにベッドから出られないが、腕は動かせるようになったので自力で食事をとれるようになった。

 今まではアルディが『あーん』をしてくれていたのだ。

 スプーンを口元に持ってきてくれるのは助かったが、アルディの整った顔が近くに来るのが恥ずかしかったステラは、アルディが仕事に出かけている時に腕を動かすリハビリをしていた。

 公爵家お抱えの医師が言うには、あと二〜三日したら歩く練習を始めても良いとのことで、ステラは体力温存に心がけている。

 

 魔法科に勤めているアルディは魔法だけに偏ったわけではなく、剣術もそれなりに長けているようで、気分転換に散歩に行きましょう、と抱き上げられた時に腕の太さや胸板の厚さを知ったステラは、意外性を感じてときめいてしまったのだが、それは誰にも言いたくない秘密だ。

 眼鏡をかけていて知的な美形が剣にも優れているなんて、反則じゃないかとさえ思う。

 ただ、そんなアルディにときめいていても、オークションのカタログを前にしたアルディには残念な気持ちしか持てない。

 なんとか自分が公爵家にいるうちにその悪癖を直さなくては、と思ってあれこれ厳しく言うが、アルディは、『そうか、要らないね』『うーん、これは縁がなかったということで』等と一応考え直しているものの、きっとステラが居なくなれば一歩踏みとどまって考えるなんてしなくなるだろう。

 それが容易に想像できたため、ステラは執事にストッパー役を決めたほうが良いのでは、と提案してみた。


「これからは奥様がその役割をしてくださいますので、我々は安心しております」

「奥様?先代の公爵夫人?」

「いいえ、奥様です。ステラ様のことですよ」

「え?奥様?」

「はい。アルディ様の奥様です。しっかりしたステラ様が伴侶となってくださり、皆感謝しております」

「あの記録は有効なのですか?」

「ばっちり」

「······はあ、そうですか」


 執事の口調は柔らかだったが、雰囲気から断らないで欲しいという気持ちがしっかりと見え、ステラの声は尻すぼみになる。

 ストッパーになれと言われたらその仕事をしても良いが、公爵夫人は別だとステラは思う。

 やはり自分には無理だと。

 それが表情に出たのだろう。執事は柔らかい口調のままステラに諭すように話した。


「アルディ様は見目が良いことや家柄が良いこともあり、学園時代はそれなりに女子生徒からお声がかかったようです。しかしアルディ様は誰一人としてお相手になることはなく、全てお断りしていたんですよ。女子生徒には笑いかけることもなかったと伝え聞いたこともありますし、きっとそっけない態度だったのだろうと先代の公爵様が奥様と話していらっしゃいました。あ、この場合の奥様とはアルディ様のお母上様です。きっと親が一方的に婚約者を決めたら、アルディ様は受け入れはしても冷たい関係の夫婦になるだろうとおっしゃって、婚約者を決めること無くここまで来ました。それがステラ様をひと目見た時からアルディ様の様子が変わってらして、そこに我々使用人はもちろんアルディ様のお母上様も将来に希望を見出したんです」



 ステラは初めてのアルディと対面したときのことを思い返す。

 アルディは初日から優しく微笑んで、そっけないことはなかった。

 初日に老医師宅へ帰る時も公爵家の馬車を出して送ってくれ、優しさしか感じられなかったが、あれはいつものことではなかったらしい。

 しかし、だからといって自分が公爵夫人になれるとはとても思えない。

 そう執事に伝えても、『アルディ様が大丈夫とおっしゃってますから大丈夫です』と跳ね返されておしまいだ。

 ステラが頭を抱えていると、『アルディ様から決定的な言葉が欲しいところですね』と執事が納得したように言い、まだ暫くは動けないので体力回復に専念してくださいねと退室して行った。


 

 その日の午後、老医師がステラに会いに来た。

 ステラの手首を確認し、そこに出ていた症状が綺麗になくなったことを喜んでくれる。

 老医師からは、魔力の流れも良く翌日の診察で快癒宣言しても良さそうだと言ってもらえた。

 老医師はベッドの近くにある立派な執務机を見て、『ステラちゃん、公爵様に愛されてるなぁ』と言い出し、ステラはギョッとしてしまった。

 

「おや?公爵様からは何も言われていないのか?」

「私のことが必要だってことは言われましたよ」

「必要、まあ必要なんだろうけど足りないなぁ」

「何が足りないんですか?」

「それは私が言うことじゃないから。でもステラちゃん結婚するんでしょ?」

「私にはつとまらないと思うんですよ、公爵夫人なんて」

「ステラちゃんは真面目だから、これから勉強すればなんとかなるさ」

「ならないと思うんですよね」

「公爵様がなんとかするさ」

「できないと思いますよ」


 いつでも前向きなステラだったが、流石に公爵夫人という大きな役割の前には逃げ腰で、それはいつまで経っても変わらなかった。

 とはいえ、先代公爵夫人も若いし健在なので、今からでも教育に励めばなんとかなるような気がした老医師は、はっきりと愛を伝えないアルディに問題があると思った。

 

 帰り際に執事と話をした老医師は、誰にでもわかるような愛の言葉をステラに言わないと、ステラは気が付かないとアドバイスをし、公爵様にそのことをお伝えください、と帰って行った。



 老医師から言われたアドバイスは、執事も思っていたことだったため、その日の夜アルディが帰宅するとしっかりと伝えた。

 

「え?ステラは私の気持ちに気がついていなかったのか?」

「アルディ様、ステラ様は最初、アルディ様に必要だと言われてメイドとしての職をもらえたと思ったらしいです」

「そんなはずない。魔法科の同僚で女の子に人気のある奴にアドバイスをお願いしたら、あまりにもストレートに言うより少しぼかした方が良いって言われたぞ」

「それはお相手にもよるのでしょう」

「ステラはストレートが良かったのか?」

「そのようです」

「そうか。そうしたら、うーん、今からでは間に合わないから、明日プロポーズをし直そう」

「そもそもプロポーズなさったのですか?」

「映像記録機に残っているでしょ」

「あれはプロポーズと言うにはお粗末ですよ」

「そうか。それでステラは気が付かなかったのか。反省だな」


 アルディは気持ちを伝える時にプロポーズもすると決め、どうしたらはっきりと伝わるか考えた。

 やはり跪いて指輪を差し出すとかだろうか。

 しかし指輪はまだ作っていない。

 どうしたものかと考えて、花束を渡すことにした。

 花束なら明日用意できるから、と。



 翌朝、いつも一緒に朝食をとるアルディの様子がおかしいことに、ステラはすぐ気がついた。

 いつもはにこやかに微笑みながら見つめてくるのだが、なぜか一度も目が合わない。

 パンを一口口に入れたと思ったら、咀嚼もせず何やら考え込んでいる。

 見かねた執事に、『アルディ様、口に入れたら噛まないと』と幼児にも言わないような注意をされていた。

 もしかすると何かオークションに出ていて、それを落とそうか迷っているのだろうか、とステラは考えた。

 もしオークション関連で悩んでいるのなら、落札してもしなくても考えただけ一歩前進だと思うべきだろう。ステラはすぐにそう結論付け、メイドに車椅子を押され一足先に食堂から下がった。



 いつもはアルディのほうが早く食べ終えるのに、プロポーズについて考えていたらステラが先に食べ終えてしまい、食堂から出るステラを見送りながら、アルディは未だにプロポーズの言葉を探していた。

 はっきり言わないと分からない、とアドバイスされたが、もしもそれではっきり断られたら立ち直れないと思う。

 今まで家柄から、誰かに拒絶された記憶がない。だからその初めてがステラになるとしたら、きっと部屋に引き籠もるだろうとの想像も容易にできる。


 仕事の帰りに花を買う店は決めてある。

 王都の中でも扱う花の種類が豊富で、しかも鮮度も良く買った花が長持ちすると噂の店だ。

 買う花もプロポーズならば赤いバラが良いかと思っている。

 後は肝心の言葉だ。

 

 初めてステラを見た時、メイド服を着ている伯爵令嬢に驚いた。

 ステラの置かれている境遇を知り、コンドレイ伯爵夫妻に怒りを覚えたが、今思えばステラを大切にしないことに対しての怒りだったと思う。

 コンドレイ伯爵家が没落貴族と言われているのは知っているが、せめて娘としての接し方はあって然るべきと、そういう怒りだ。

 しかしそれだけでは無いようにアルディは感じる。

 なんというか、自分の大切な宝物を邪険に扱われたような、そんな怒り。

 よく考えると、その感情のほうがしっくりくる。

 ステラのそばに居て毎日愛でていたい。そう思う。

 これは、愛なのだろう。

 誰にも取られたくないと強く思うし、ステラが外に出て自分以外に見られることすら嫌だと思う。

 

「独占欲、か」


 プロポーズでは独占欲なんて重いものを見せたくないが、ストレートに言えと言われているアルディは、本当にストレートに言って良いものか悩む。

 

 この日、魔法科に出勤しても一日呆けたままで仕事にならず、いつもより早めに帰れと言われたアルディは、目的の花屋でバラの花束を買い、プロポーズの言葉がまだ見つからないまま帰宅するのだった。




 

「今日はお早いんですね」


 ステラは部屋にやって来たアルディを見て、目線のやり場に困りながらそう声をかけた。

 アルディが体の後ろに隠しているつもりで隠しきれていない花束を、ステラは見えてないというふりをして、極力自然にそう言ったつもりだ。

 ステラは若干声がうわずったのがわかったが、アルディは気が付かなかったようで、足早にステラのそばにやって来ると頭を下げながら花束をバサッとステラの前に差し出した。

 バサッと。何本のバラの花束なのかわからないがとても大きな花束で、アルディの背中からステラの前に移動した花束は、本当にそんな音を立てた。

 目の前に現れた花束に気を取られ、アルディが頭を下げたことは気にならなかったが、直後アルディから言われた言葉には非常に驚いた。








次話は、明日の21時に投稿予定です。

最終話になります。

ザマァはありませんが、できればお読みくださると嬉しいです。






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