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この親にしてこの子あり

 

「それでね、次の休みにステラのお父上が見舞いに来るって」

「私の父って、結局最終的には誰になったんです?」

「あれ?言わなかったっけ。シズケイト侯爵だよ」


 ステラが一度目覚めた時に結婚の約束が成されたとつい先程言われて、ステラは騙されているのではと疑った。

 そんなことを約束した覚えはまるで無かったからだった。

 しかし映像記録機の映像を見せられると、確かに説明されたあとで『はい』と返事をしているステラが映っている。

 この時は意識がまだハッキリしていなかった、と伝えても、その前に行った確認作業に問題はなかったと押し切られ、結局老医師の養女となったステラは、その後アルディの部下の伯爵家に再度養女に出され、最終的にシズケイト侯爵家で落ち着いたらしい。

 そして三ヶ月後にはこのシズケイト侯爵の娘としてデビュタントだと説明された。

 ちなみに目が覚めてから三日ほどしか経っておらず、ステラは未だにベッドの中で療養している。

 ゆっくりと体力の回復を待っている状態で、これはもう暫く続くらしい。

 

「ステラが病み上がりだということは王家には理解してもらうけど、でもやはりダンスは踊りたいね」


 アルディが言うところの『婚姻の承諾』の後から、ステラに対する言葉遣いは砕けたものになり、それに関してだけはステラとしては気が楽になっている。

 そして今も、シズケイト侯爵家の娘としてのデビュタントだが、エスコートは自分がするから、とアルディは嬉しそうに告げた。

 そのあたりのことはまるで知識がないステラは、それが当たり前なのか何なのかも分からない。


「貴族としての常識もマナーも何もかも無いんですけど」

「ステラはそのままが良いよ。でもダンスとほんの少し、そうだなぁ、カーテシーは覚えてもらおうかな」

「それだけで良いんですか?」

「病み上がりで療養中ということにして、デビュタントだけ済ませてしまえば良いよ。後は私がなんとでもするから」

「なんともならないとしか思えないんですけど」

「大丈夫。ステラは私の隣でニッコリ笑うだけで良いよ。ああ、でも私以外の男には微笑んでほしくないなぁ」

「社交界に出たら無理ですよね」

「大丈夫」


 キッパリ大丈夫と言われ、後は笑顔で押し切ろうとするアルディに不安を感じ、アルディの後ろに控えている執事を見ると、こちらも笑顔で大きく頷くだけだった。

 ステラがコンドレイ伯爵家に居たのは少しの間だが、社交界は足の引っ張り合いだと伯爵夫人がグチグチ言っていたのを聞いている。

 挨拶とダンスでどうにかなる世界とはとても思えないし、なぜアルディが自分と結婚しようと思ったのかも不思議だ、とステラは疑問だらけだ。

 しかしアルディは社交に関しては全て大丈夫の一言で済ませようとするし、結婚に関しては、『ステラが必要だから』と言われておしまいだ。

 ステラは思う。自分が必要とされることといえばなんだろうか。

 ベッドから出られない今、ずっと考えていたがそれはやはり片付けをしたことだと結論が出た。

 あんなに必用ない物が多かったが、公爵家の使用人達は言えずにいたようで、それをバッサリ切って捨てたステラに対して使用人達が感謝していたのは気づいていた。

 あれが喜ばれて、アルディ自身が気づかぬうちに周りが周到に準備でもしたのだろうか。

 アルディは人が良さそうだから、伯爵令嬢は使用人にはできないとか言われたのかもしれない。

 ステラはそう結論付け、そんな結婚ではアルディがかわいそうだと考える。

 しかしステラは失念していた。物が溢れていると言えない使用人達が、主の結婚に口出しなどできないということに。

 


 アルディは仕事から帰ると、毎日必ずステラと一緒に食事をしていた。

 そして毎日結婚について話をする。

 ステラはその度に考え直すように伝えるが、アルディは全く聞き入れてくれない。

 

「一体なぜ私との結婚に拘るのですか」

「私にはステラが必要だから」

「もう邸は片付けが終了したと聞きましたけど」

「片付けは終わったよ。ああやって冷静に考えると要らないものが多くて驚いた。オークションにも出すけど、シズケイト侯爵にもいくつか渡す予定になっている」

「もう安易に買い求めるのはやめてください」

「そうだね。ああ、それとオークションは少しずつ出すのは面倒なので、数日間はシリュウム家のみの出品の日とさせてもらった。ステラが外出できる頃を見計らって行う予定にしているから、一度見に行こう」


 ステラとしても、あの沢山の物がどうやって落札されるのか見てみたかったので、それに関しては即座に了承する。

 

 夕食後はこうやって二人で話をしている。

 そしてこの日も、結婚しないという言葉がもらえなかったことにステラはまるで気が付かず、アルディが立ち去ったあとで『今日も失敗した』と肩を落としていた。



 

 シズケイト侯爵がやって来るというステラなりに緊張したその日、仕事が休みのアルディは朝からステラの部屋に居た。

 簡易ベッドは片付けられたが、ステラのベッドのすぐ横にはとても立派な執務机が置かれ、アルディはそこで公爵家の仕事をしている。

 パラリパラリと紙を捲る音は、案外心地良いものだと気がついたステラは、静かにベッドに横になっていた。


 シズケイト侯爵が来るのは午後の予定。

 まだ暫くは静かに過ごせそうだとのんびりしていたところに、アルディの母である先代公爵夫人がやって来たとの連絡が入った。

 事前に来るのを知っていたアルディは慌てること無く、『こちらへ通して』と使用人に伝える。

 驚いたのはステラだけだったが、そもそもステラはベッドから起き上がれないので、仕方がないか、とすぐに諦め大人しくしていた。




「あらあらまあまあ、美しいお嬢さんね」


 ステラとの初対面の場で、先代公爵夫人は破顔してそう言った。

 

「あなたのことは全部聞きましたよ。伯爵も酷いわね。娘を娘として育てないなんて。ああ、でも他の男に見つかる前にアルディとの縁が結ばれて本当に良かったわ。それだけは感謝ね。それに除籍の後の養子縁組は我が家とのつながりを考えても良い家門ばかりだし、アルディがあなたを大切に思っているのがよく分かるわ。色々不安もあるでしょうけど、安心してお嫁に来て頂戴。私も全面的にフォローするわ。あ、私の親しい友人とのお茶会には連れて行っても良いわよね」


 ステラのベッドの脇に用意された椅子に座るなり、わーっと話し始めた先代公爵夫人は、やはりアルディと親子だなと感じられた。

 造形の美しさもそうだが、ステラが結婚を承諾したという映像記録機に映るアルディと同じように、わーっと言葉を並べて、ステラが理解しきる前に返事を待つその様子はとてもよく似ていた。

 しかし今のステラはあの時とは違う。

 頭がきちんと機能していたため、すぐに良い返事はしない。


「ご存知のように、私、そういったマナーとか常識とかまるで無知なので、ご迷惑をおかけするわけには──」

「大丈夫よ。ちゃんと教えますから。こんなに綺麗な娘を連れて歩くためなら頑張るわ」

「え、でも」

「大丈夫」


 ステラの不安を『大丈夫』の一言でバッサリ切って捨てるのも親子揃って一緒かと、もうそれ以上ステラは考えるのをやめた。

 自分が頑張れば良いのか。

 うふふ、と嬉しそうに微笑む先代公爵夫人を見て、ステラはほんの少しだけ覚悟を決めた。



 午後、シズケイト侯爵が夫人とともにやって来た。

 ステラは、書類上の両親になるのだからそれなりの年齢だろうと思っていたが、候爵は二十七歳、夫人は二十五歳という若さで、十六歳のステラとは兄妹と言ったほうがいい感じだった。ちなみに、五歳の嫡男が既にいる。

 なぜこの人選だったのか。

 それはステラとの面会終了間際にわかった。


「夫人はステラとも話が合うようなので、このままこちらに居ていただいてかまいませんよ。シズケイト侯爵はちょっとお借りしますね」


 アルディがシズケイト侯爵夫人に伝えると、シズケイト侯爵は明らかに嬉々とした様子でアルディと退室した。


「あの二人、魔法科の同僚なんですけどね、二人共同じ趣味なのよ。聖物とか魔法関係の物が大好きっていう。今回はシリュウム家のコレクションを見せてもらうって喜んでいたの。ああ、でも養女の話はまた別なのよ。あなたの話は聞かせてもらって、ちゃんと納得したうえで決めたことだから。それにね、私もあなたと一緒に社交の場に出られるのが嬉しいのよ。私がちゃんと守るから、楽しみましょうね」


 ステラは、アルディの狭い世界で自分の養女の話がまとめられたなと理解し、生粋の貴族がこれならばあまり深く考えるのはよそう、と思った。

 とりあえずお茶会のマナーについては、先代公爵夫人に教えてもらうことになっている。

 先代公爵夫人が領地へ帰ってしまっても、シズケイト侯爵夫人がいてくれたら安心できそうだ。

 そう思ったステラは、『お勉強頑張ります』と自信なさげに伝えると、『お手伝いするから何でも伝えてね』と言ってもらえて少しだけ気持ちが軽くなった。

 気が合った二人は、男性二人が戻ってくるまでたっぷり話しをし、穏やかな時間を過ごした。



 オークションの常連だったアルディの元には、次のオークションのカタログが送られてきた。

 魔法に関連する物が多い中、最後の数ページはシリュウム家からの出品が載っていて、落札スタートの価格も記載されていた。

 アルディはこういったカタログを見て、事前に予想落札価格を考えると言って見せてくれる。


「ああ、これ良いね。北の遺跡から発掘されたんだって。ええとスタートの価格は──」

「これ欲しいんですか?」

「んー、そう言われると、そうでもないかな。ああ、ステラこれ見て、綺麗だよね。ええと、スタートの──」

「どうしても欲しいのなら止めませんけど」

「あー、うん。どうしてもではないかな。じゃあ、今回は落札は無しということで」


 アルディは目につく物をとりあえず落札する習慣がついているようだ。これは誰かが止めないとまたあの状態になる。

 そう考えたステラは、とりあえずここでお世話になっているうちは自分がストッパーになろうと考え、アルディの何でも落札する悪癖を修正できないかと密かに頭を悩ませた。





 

あと2話で完結です。

山も谷もない話ですが、最後までおつきあいいただけると嬉しいです。


次話は、明日の21時に投稿予定です。



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