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公爵は舞い上がる


 前日の作業が思いの外早く進んだ、と思っているアルディは、一週間の休みを貰ってきたがそこまで必要なかったか、とこれから作業に取り掛かる部屋の前に立って考えていた。


 あんなにオークションで買い求めた物も、時間が経って再確認すると『これは手放したくない』と思うものはほんの僅かで、なせあんなに集めたのか今となってはよく分からない。

 病を患っているステラには申し訳ないが、ステラのお陰で目が覚めた気がしていた。

 オークションに出品する品物はかなりある。

 ああそうだ。これらの利益はステラに使おうか。

 ドレスや宝飾品を買おう。何が好みか調べなくてはならないな。

 アルディはステラがやって来るまで、そんなことを考えて少々浮かれていた。


「お待たせしました。今日はこの部屋からですね。今日も頑張りましょう」


 メイド服を着たステラがやって来て、アルディの目を見て大きく頷く。

 そのやる気に満ちた顔を見ると、アルディはステラと一緒に仕事をするというのが楽しくなって気持ちがぐんと上昇するのが分かる。

 実際には探しものをしながら片付けをしているだけなのだが。

 

 この日、ステラは聖物のネックレスの絵を書いてもらっていたので、それを見て一人で判断していた。

 そしてステラの近くで作業をしているアルディは、ステラ、執事、メイド長の三人から『残すものと出品する物で分けてほしい』と次々と目の前に品物を置かれ、その流れ作業的な状況に面白くないものを感じる。

 確かに効率は上がっている。一部屋にかかる時間は、昨日よりずっと早い。

 しかし、昨日のペースでも数日で終わるのだから、もう少しステラと楽しみながら作業をしたい、と思ってしまう。

 昨日は、『これは違いますか?』『これは手元に残しますか?』といちいち聞いてきたステラだが、今日は執事により精巧に書かれたネックレスの絵がある。そのため尋ねなくても一人で判断してしまい、それらの品物は何も言われずにアルディの前に置かれていく。

 ステラと会話をしたい。

 ずっとそう思っていたアルディはこの日の二部屋目に入った時、随分と仰々しいリングケースを見つけた。

 ああ、これは話題になるぞ、とウキウキしながら手に取り、『ステラ嬢、これを見て』と目の前に差し出した。


「なんか凄い派手な箱ですね」

「中見て」

「うわぁ、綺麗な宝石」


 中には四カラットはあろうかと思われるイエローダイヤの指輪が収まっていた。

 誘われるようにステラがそれに手を伸ばし、指にはめようとすると、『大きいでしょう?それ、呪の指輪』と、アルディがとんでもない言葉をサラリと言って笑った。

 

「うえっ!」


 恐怖のために指輪をペッと足元に落としたステラは、三歩遠ざかる。

 床には絨毯が敷き詰められていたので指輪に傷はついてないが、呪いの指輪を放り投げたことでステラはさらに『まずい』と怖くなった。

 しかしそんなステラをニコニコと笑いながら見ていたアルディは、指輪を拾い上げなんでも無いように自分の小指にはめた。


「ええ?だ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。これはね、持ち主が死んでしまうという呪いがかけられていたんだ。でもよく考えて?人は誰でも死ぬんだよ?それなのに指輪のせいにされてかわいそうに」


 アルディは指輪の石を擦りながらそう言って微笑んだ。

 それからゆっくりと指輪を引き抜き、ステラに渡す。

 怖怖受け取ったステラは、チラリとアルディを見て自分の指にはめてみた。


「実際、呪いはかけられていたんだけどね」

「ひっ!」


 ステラは慌てて指輪を引き抜いて、また床に放り投げた。

 それを見たアルディは、笑いを堪えながら震える声で、『大丈夫だよ。解呪してあるから』と教えてくれる。


「こ、これは出品!絶対に出品!」


 指輪を指さしながらステラが真っ赤になって断言し、さらに後ずさった。

 アルディはその姿を可愛いなぁと見ていたが、執事の一言で我に返った。


「アルディ様、コンドレイ伯爵令嬢は病気の治療のためにいらしているんですよ。悪い冗談はお止めになったほうがよろしいかと」

「ああ、そうだった。すまない、ステラ嬢」

「いえ、良いんですけどね。あと、執事さん、私のことはステラで良いですよ。伯爵令嬢なんて肩書だけですから」

「そんな、滅相もございません」

「いえ、本当にお願いします。伯爵令嬢なんて言われると、なんだかゾワゾワしちゃって」


 ゾワゾワがどんな感情なのかアルディには分からなかったが、ステラが可愛いのだけはよく分かった。

 アルディはニコニコと笑いながら指輪を拾い上げリングケースにしまうと、近くにいた使用人に、『出品の部屋に置いて』と渡す。

 渡された使用人は若干引きつりながら、『し、承知いたしました』と出品の部屋に急いだ。


 

 この日の作業はこの二部屋目で終わった。

 まだ日は高いが、目的の物が見つかったからだった。

 大きな水晶がヘッドに使われているそのネックレスは、執事が書いた絵よりもシンプルに見える。

 

「ああ、思い出した。あの日、貸していただいたお礼に何かお持ちしようとこの部屋に入ったんだ。そうしたら直前に落札した品物が届いたって知らせが来て、それを見に行ったんだっけ」


 ポンッと手を叩いたアルディは、そう言うとスッキリした、とステラを見て微笑んだ。

 『ステラを見る、微笑む』は、もう習慣づいたとしか思えないほどで、ステラもたった二日だが慣れてしまった。

 

「結局、落札した品物が今回の原因ですね。終始」

「いや、申し訳なかった」

「まあ、あって良かったです。これ、貸していただけますか?」

「もちろん。暫くベッドから出られないから、あなたの部屋で治療をしましょう。でもその前にお茶でもいかがです?今日は料理人が張り切ってケーキを焼いたと聞いてます」

「ケーキ?食べたいです」


 執事が聖物のネックレスの入った箱を受け取り、アルディとステラの後ろからついて行く。

 あなたの部屋、と言われたのにそのまま聞き流すステラを、執事はこのまま全てに流されてもらいたいものだ、と思いながら笑顔を崩さず歩いていた。


 

 午後の早い時間にネックレスが見つかったため、お茶の時間はゆっくりだった。

 食堂でのお茶会だったが、これはきっと他の部屋が埋まっているのだ、とステラはわかっていたし、自分ごときに立派な部屋は無駄だと思い、目の前に並んだケーキや焼き菓子を存分に堪能した。

 アルディの傍には執事が立ち、お茶の用意はメイド長がしてくれる。


 アルディはこれからの治療の経緯について、大まかに教えてくれた。


「余命二〜三年と言われた母は、ネックレスをつけてから昏睡状態が二日ほど続いた。ステラ嬢はもう少しかかるもしれないね。あと、目が覚めてもすぐに動くことはできないらしい。だからネックレスを着ける前に、栄養価の高いものを食べて体力をつけたほうが良いかもしれない」

「なるほど」

「料理は我が家の料理人に任せて。美味しくて栄養価の高いものを作ってくれるよ」

「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」

「いいえ」


 よろしくお願いします、と頭を下げるステラにはなんの迷いもなかった。

 昏睡状態など経験はないが、ネックレスを着けなければ死んでしまうのだ。

 老医師は、『余命は、もって一年』と言っていた。もしかすると明日死んでしまうかもという恐怖がステラの中にはある。ならばフカフカのお布団に包まれて美味しいものを食べて療養できるなら、それ以上に良い環境はない。

 アルディの話は有り難いことこの上ない。

 お礼は元気になったら考えよう。なんならここでメイドとして働いても良いな。

 そんなことを考えながら、お茶の時間を楽しんだステラだった。




 夕食は本当に豪華で、どっぷり平民なステラにはどうやって食べたら良いのかわからない料理ばかりだった。

 しかしそのことに気がついたアルディが、ステラが食べやすいように切ってお皿に取り分けてくれる。

 『召し上がれ』と優しく言ってもらえると、なんだか特別な人になったようでステラはドキドキしてしまい、気持ちを落ち着けようと視線をなるべく合わせないようにしながら食事をした。

 もっとも、どれもこれも初めての食べ物で、そちらに気が向いてしまっただけということもあるのだが。

 

 アルディは、目を輝かせながら自分が取り分けた物を食すステラが可愛くて、たとえ視線が合わなくても全く気にせず眺めていた。

 これまでアルディは、周りにいた令嬢達との交流といえば、作ったような笑顔で当たり障りのない会話をした経験しかない。

 相手も同じ態度だから、自分をさらけ出すことはしなかったのだが、ステラは表情が豊かで、自分をよく見せようとか格下の者を蔑むということはなく、アルディの目には誰よりも美しく見えた。

 実際、ステラの外見は美しい。執事もメイド長も同じように言っていたから間違いはないと思っている。

 しかしステラの心が綺麗で、それを目にしたアルディは既に手放したくはないと思っている。

 貴族としての教養がないようだが、それは最低限を覚えれば良いのだ。

 どうしても出席しなくてはいけない社交に必要なことだけ。

 あとはずっと邸内に居てくれれば良い。ステラには自分の帰りを待って、今と同じように一緒に食事をして欲しい。

 ステラをメイドとして働かせていたコンドレイ伯爵夫妻は許せないが、伯爵夫妻が社交界にデビューさせなかったことで他の貴族の目に留まらなかったと思えば怒りはおさまる。だからたとえステラに酷い対応をしていた者達であっても、縁続きになるのだから最低限の援助はしようか、とアルディは考えた。

 

「さて、やっぱり手放さないためには結婚かな」


 給仕に料理名を聞いていたステラには、アルディの小さな独り言など聞こえていなかった。




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