その数は十五
すぐに執事が戻ってきて、そのタイミングでメイドがお茶を用意した。
アルディは今日もステラの正面に座り、ステラから視線をはずすことなく笑顔も絶やさない。
ステラにとって貴族とは、ステラの製造元の伯爵と義理の母である伯爵夫人しか知らない。
そしてその二人はステラに対してたいてい不機嫌な態度なので、貴族でもこんなに柔らかく微笑む人がいるのかと、とても不思議な気持ちになる。
自分が特別な人間になったようなそんな気持ち。
そして、そんな気持ちなど知らないアルディは、ずっとステラをにこやかに見つめていた。
「ステラ様のお部屋はご用意いたしました」
執事が食堂に戻るなりステラに伝えた。
そして、家の間取りを書いたと思われる紙をテーブルに広げ、『まず、年代の浅い部屋から探します』と言う。
『年代の浅い部屋』の意味がわからないステラは、執事の言葉に疑問を抱きつつも、話の腰を折ってはいけないと思い質問することなく間取りをじっと見た。
この邸は、図書室や食堂のように何かに特化した部屋以外に大小合わせて二十七もの部屋があるらしい。
そのうち居住者用の部屋として、アルディの執務室、寝室、執事の部屋、メイド長の部屋、男性使用人の部屋は大部屋で三室、女性使用人の部屋も大部屋で三室、そして今回ステラが借りる二部屋。
これらは使用しているが、残りの部屋が公爵の私物の置き場所となっており、そのどこかにあるということだ。
執事は居住者用の部屋を斜線で消し、『探すのはこれらの部屋です』とステラに優しく教えてくれる。
しかし残りと言って良いのか、探す部屋は十五もある。
さてどこから手を付けるかという疑問の答えが先程の『年代の浅い部屋』ということだとも説明に付け加えてくれた。
「二階の北側にある一番西の部屋から東に向けて、どんどん物を置いたので東側の年代が新しくなります。その次はこの南側の西から東に向けて。もちろん途中にあるアルディ様の私室は飛ばしてください。あ、アルディ様の部屋の隣がステラ様の部屋でございます。後ほどご確認ください。さて、次は一階ですが──」
ステラは説明を逃さず聞いていたが、そんなに物がしまい込まれているのか、ということ、アルディの隣に部屋を用意されたということ、そしてさらに先程はうっかり流してしまったが、ステラ用に二部屋も用意されたというトリプルの驚きに思わず、『はあ?』と素っ頓狂な声を出してしまった。
当然皆はステラを見るが、執事が優しくにっこりと微笑むのを見ると、何とも言えない圧を感じ慌てて口を閉じた。
執事はそんなステラの様子を確認すると、『簡単に言えば、この一階の北側の一番西。この部屋がつい最近アルディ様の私物を入れ始めた部屋なので、ここからスタートです。その後は二階の南側の東から西へ。こうやって一部屋一部屋探すのが一番だと思います』と結論を言ってくれた。
どうやら老医師が言っていた『汚屋敷』ということは間違いがなさそうだ、とステラが理解したのはスタートから二部屋目の扉を開けた時。
スタートの部屋は一番大きな箱が三十センチ四方、小さい箱は指輪のリングケース。これらが十二個適当に置かれていて、大きな箱を開けて中を確認してもあまり時間はかからなかった。
しかし二部屋目の扉を開けると、まず窓から光が差し込まない。
カーテンが閉じているのもあるのだろうが、その前にも大小の箱が山積みになっているからだった。
四年前に借りたのだから、その直後くらいの年代の部屋を探したほうが良いのではないか、とステラは執事に提案したが、何かに気を取られて箱を何気なく置いたままだから、とりあえず全ての部屋を探したほうが良いのではないか、と逆に提案され、それもそうかとステラは楽をする事を諦めた。
地道に一箱ずつ手に取り、中身を確認し、確認し終えた箱はとりあえず廊下へ退避させておく。
聖物のネックレスを見たのはアルディと執事とメイド長だけ。
そのためステラは一つ一つ彼らに確認してもらっていたのだが、アルディにネックレスの入った箱を見せると、『ステラ嬢が気に入ったら、プレゼントしますよ』と素晴らしい笑顔で言うだけで、目的のネックレスはいっこうに見つからない。
何度も、『ステラ嬢が気に入ったら······』という発言をすることから、これらはそんなに大切な物ではないのかな、とステラは感じた。
「公爵様、これらは手元に残しておきたい物でしょうか」
「ん?これ?ええと、どっちでも良いかな」
「では、いっそのこと手離しましょう」
「ステラ嬢はいらない?」
「いらないですね」
「じゃあ、オークションに出そうか」
「そうしましょう。いらない物は一部屋にまとめて置いて、後でゆっくりオークションに出品しましょう」
とりあえず一番新しい年代の部屋の荷物を全部出し、それらをいる物いらない物に分け、いらない物を部屋に置くことにした。二部屋目の部屋には、いる物を置く。
そうするとやはりいらない物が多く、オークション出品用の部屋がかなり埋まった。三部屋目も聖物のネックレスを探しながら分別し、それぞれの部屋へと持ち込む。
いる部屋はまだ余裕があったが、いらない物の部屋は三部屋目の途中から入りきらなくなり、三部屋目が空くまでは廊下へ置いておいた。
三部屋目もオークション出品用の部屋にし、出品用の部屋には目印に、扉の取っ手に赤いリボンを縛り付けた。
これらの作業を繰り返していたが、あまりにもいらない物が多かったため、直近のオークションに少し出してしまおうと、執事がオークション開催者に連絡をし取りに来てもらうことにした、
昼食は公爵家の料理人が作ったものをステラも食べさせてもらい、午後の作業を再開した。しかしお茶の時間もしっかりとって休憩している。
ああ、お貴族様だわ、とステラが遅々として進まない作業に少し苛つき始めた頃、オークションの開催者がやって来た。
直近のオークション開催は次の日曜日。
もう既に品物は募集していなかったが、あのシリュウム公爵邸からの出品とあっては断るのは愚か者のすることだ。そう鼻息荒くやって来て品物を見た開催者は、執事が用意した七品を確認して興奮気味に礼を言い、慎重に持ち帰った。
大きめの箱を七品だったので少しスペースができたが、やはり七品だけではあっという間に埋まってしまった。
執事がどうやってスペースを確保するか頭を悩ませている間も、『公爵様、これは残しますか?』『ステラ嬢が欲しいなら残して』『出品しましょうね』との会話が続いていた。
この日聖物のネックレスを探した部屋は四部屋。案外早く見つけられるかもしれない、とステラは淡い期待をしていたが、出品用の品物は全体の八割を占め、また近いうちにオークションの開催者に来てもらおうと考える。
とにかく出品用の物を保管しておく場所が足りないのだ。
最初の話では聖物や魔法関連のものだと聞いていたはずなのに、発掘が進むと美術品も多数出てくる。
どうやら先代の公爵が買った品物も同じようにほったらかしだったようで、買ったら満足というのは遺伝なのか、とステラはすっかり呆れ果ててしまった。
お茶を飲みながら休憩している時執事が、『今まで何度も買いすぎだ、きちんと保管なり展示なりしないと後々困ることになると申し上げておりましたが、右から左に流されてばかりで困っておりました。こんな機会をくださったステラ様の為にも、お探しの聖物は一刻も早く見つけたいと思っております』とステラの状況に申し訳なさそうにしながらも、そう伝えてきたのが全てだと思った。
ちなみに、一日で確認及び分別のできた部屋は四部屋で、このままのペースでならば二〜三日で見つかるだろう、とステラは少しだけ安堵していた。
夕方、暗くなってきたのでその日の作業は終わりとし、ステラはメイド長に今日から居候する部屋まで連れてきてもらった。
ステラの隣にはアルディが並んで歩いていて、ああ、隣の部屋だと言っていたっけ、とステラは思い出して居心地の悪さを感じる。
『部屋数はたくさんあるのになぜ隣』と最初聞いた時は思ったが、あれだけ物が詰まっていたら他に空きはなかったのだろうと想像できた。
しかし、こうして隣を歩くアルディの距離の近さに、名前ばかりが貴族のステラは緊張やよく分からない感情とかで、逃げ出したくなる。
チラリとアルディを見上げると、しっかり目が合いにこりと笑微笑んでくる。
ステラも平民時代に八百屋で働いていたスキルを活かし、にこりと笑みを返すが、そうするとさらに深い笑みが返ってくるので困ってしまう。
あまり見ないようにしよう。
ステラはそう考えて、メイド長の背中だけを見て歩いた。
「こちらです。気に入っていただけたら良いのですが」
アルディがステラ用に用意した部屋に入りそう言うと、ステラの表情を見て目を細めた。
ステラの目がキラキラと輝いて、言葉はなくても喜んでいるのが一目瞭然だったからだ。
その様子を見るとアルディも嬉しくなったが、『汚さないようにお返ししますね』とのステラの言葉に、目的の物が見つかったら出て行くと言われた気がして、慌てて、『この部屋で療養して病を治すと良いよ』と答えた。
「どのくらいで治るのでしょう」
「母はネックレスを肌見離さず着けていて、二週間くらいはかかったと記憶してるが、病の状況によって違うと思うので何とも」
「そうですか。ちなみに余命宣告はされていましたか?」
「確か二〜三年と」
「そうですか。私は一年と言われましたから、完治にはもっと時間がかかるかもしれませんね」
「一年?」
「はい」
アルディもメイド長も、想像よりもずっと近い将来であることに驚く。
眼の前にいる穏やかな美少女は、一見儚げだが作業をしていると手際の良さに病人だということを忘れてしまう。
しかし、今も病は進行しているのだと突然現実を突きつけられたようで、二人共言葉をなくした。
そんな二人を見たステラは、『あ、でも、痛くもなんともなくて、本当に病気なのか自覚もないんですけど』とフォローの言葉を口にした。
この優しくて美しい令嬢を助けなければ。
二人は決意も新たに翌日の作業は気合を入れ直した。
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