二人だけの
あれから色々なことが変わった。
まず決着をつけなければならないと思ったのは、あの先輩のことだ。
まず、先輩を以前の密会場所へ呼び出した。そう、先輩の勝負スポットである校舎裏のゴミ捨て場奥だ。
そこで、僕と凛は付き合っているのでこれ以上関わらないで欲しい、と二人ではっきり告げた。
先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、一応理解したのか渋々と退却していった。
先輩に伝えたことで、僕と凛が付き合っていることが周囲に広まってしまうのも覚悟していた。しかし、意外にも先輩は周りに話さなかったようで、以前と変わらない生活を送れている。
もちろん、全く誰にも話さないというわけにもいかない。
凛と仲の良い須藤さんには、凛の方から打ち明けてもらった。
凛から話を聞いた後、須藤さんが僕の所にやってきて、この男のどこがいいのか、といった感じで睨まれた。
だが、最終的には納得してくれたようだ。
一条には僕から話すことにした。
最初は彼に冗談だと思われ、笑って流されてしまった。
しかし、こちらが真剣に伝え続けると、急に真顔になり「嘘だろ?」と言って問いつめられる。
その後、謎の奇声を上げて、その場で魂が抜けたように固まってしまった。
何かごめん、一条。そして頑張れ、一条。
食べ放題でヤケ食いくらいだったら、今度付き合うから。
そして、凛にとって新たな一歩を踏み出すきっかけにもなった。
今まで避けてきた母親の再婚相手候補としっかり向き合う決心がついたのだ。
膠着状態だった家族関係が少しずつ動き出す。
結果がどうなるかは分からないが、良い方向へ向かってくれるようにと切に願っている。
***
授業合間の休み時間。次はいよいよOCの時間だ。
はやる気持ちを抑え、筆記用具やテキストを持ってOC専用の教室へ向かう。
そこには、すでに着席している凛の姿。
こちらの存在に気付いて、嬉しそうに笑顔を向けてくれた。
僕が左側の自分の座席に座ると、いつものOCの時より彼女の座席の位置がこちらに寄っている。
僕は少し小さく声をかける。
「ちょっ、近すぎじゃない?」
「いいでしょ、晴人ももっとこっち来て」
言われるがまま、僕の座席も彼女の方へ寄せる。
一番後ろの席とはいえ、先生から見たらめちゃくちゃ目立つ気がするんだけど。
やがてOCの授業が始まり、先生が話し始めた。
先生が言ったことをたまにメモしたい時があるのだが、利き手ではない左手で書くことになってしまっている。
なぜかというと、右手がふさがっているのだ。
僕の右手は、凛の少し小さな左手と、指をからめてつながれている。
机の陰でつないでいるため、周りからは見られないから大丈夫……っていう問題じゃないか。
右手で彼女の手の温もりを感じながら、左手で慣れない筆記作業をするというなんとも特殊な状況すら、なんだか心地よい。
ペアで英会話の練習をする時間になった。
それぞれペア同士で話し始めるので、教室内がガヤガヤしだす。
凛が英会話のテキストを持ちながら、ふと尋ねてくる。
「ねぇ、みんなに付き合ってること言っちゃダメなの?」
「え、それはちょっと……」
「私、これでも我慢してるんだよ。放課後までほとんど一緒にいられないし」
「それは、僕だってもっと一緒にいたいよ」
「でもダメなの?」
「ダメじゃないけど、まだ心の準備ができてないというか……もう少し待ってくれないかな?」
僕の煮え切らない返事に、彼女は見るからに不機嫌そうに。
「……じゃあ、我慢する」
そう言ってぷいっ、と別の方向を向いてしまう凛。
あ、すねる彼女も可愛い……などと思っている場合ではない。
「ごめん。こっち向いてよ」
僕がお願いすると、少しの間ののち、気が進まないながらもこちらを向いてくれた。
「凛はみんなから人気あるから、僕が付き合ってるって知ったら、結構反発あるんじゃないかと思って……そしたら、凛にも迷惑かなと」
「そんなこと……私は気にしないよ……」
でも確かに、いつまでもこのような状態を続けるわけにはいかない。
最近、周りの男子から、凛が前よりなんとなく明るくなった、より可愛くなった、などの声が上がっている。
僕達が付き合っていることを言わないと、彼女に告白する男子が次々と出てくる可能性がある。
それだけは避けなければならない。
「……今度の誕生日までには、絶対言うから」
「ほんとに?」
「凛の居場所になれるのは僕だけだから」
「……うん、信じてるよ」
彼女はほっとしたような笑みを浮かべている。
11月29日。凛の誕生日までに覚悟を決める。そう心の中で誓った。
「私にとって晴人は特別だから。もっと自信持って」
「お、そう言ってくれるのは嬉しい」
「今までで一番、私を泣かせた人だから」
「……なんかその言い方だと、僕が極悪非道のヤバいやつみたいじゃない?」
「そうかな?」
「泣かせたって言うのはちょっと……」
「でも、お母さんにはそう説明したよ?」
「ホントに!?」
あせる僕に対し、彼女は「冗談だよ」と少し笑う。
付き合ってから、こういう冗談をよく言うようになった。彼女の変化を肌で感じる部分だから嬉しくはあるのだけど、たまに本気なのか冗談なのか分かりにくい。
そもそも、僕のことをお母さんに色々話しているんだろうか。その辺がすごい気になってきたぞ。
その時、凛が何かを思いついたのか、ペンで手元の紙に英語を書いた。
「ねぇ、せっかくOCの時間だし、英語教えて。これ何て読むの?」
言いながら、彼女はちょっとワルい顔をしている。
書かれている英文は、“I want you.”
いやいや、アナタ、この一文の本当の意味は前に教えたでしょうが……絶対覚えてるな、これは。
このきわどい言葉を言わせて僕に恥ずかしい思いをさせようということか。
ほほう、そんなに言わせたいなら、むしろ本気のやつを見せてあげよう。
そして僕は深呼吸をして、彼女の手を取り、その綺麗な瞳をしっかり見据えて、真剣な顔でささやいた。
「I want you.」
「!」
すると、僕の本気の言葉が届いたのか、言葉の意味を想像したのか、彼女の顔がみるみる赤くなっていく。
どうやら、言われた彼女も恥ずかしくなったらしい。
手で胸とデリケートゾーンの辺りを隠し、身体をもじもじさせて下を向いてしまった。
「あ、あのー、凛さん?」
僕が少し顔をのぞきこもうとすると、視線が合って、赤面した彼女がポツリと一言。
「……バカじゃないの」
言わせといてそれ!?
そうやって楽しい時間は過ぎていき。
「OCの時間、あと少しだね」
凛が壁にかかっている時計を確認し、名残惜しそうに言った。
「そうだね。でもそのぶん、放課後が楽しみかな」
最初の頃、僕と凛がこんな関係になるなんて、思いも寄らなかった。
OCの授業がつないでくれた縁。僕はこの縁を大事にし、ずっと彼女だけの居場所であり続けたい。
僕は周りに聞こえないよう、小さな声で彼女にこう呼びかける。
「あとで、オーラルコミュニケーションしたい」
放課後のオーラルコミュニケーションの方がむしろ本番だ。
凛は頬を少し赤く染めながら、僕の耳元でささやく。
「うんっ、私も楽しみ」
僕と彼女のオーラルコミュニケーションのことは、二人だけの秘密にしたい。
お読みいただきありがとうございました!