千年ぶりに光の血筋に生まれた少年が勇者かと思われたが実は母親が托卵していたので彼は勇者ではない
王宮、大広間にて、百人を超える貴族、騎士、文官達が集まっている。
普段であれば、人にとっての魔窟たる宮廷で丁々発止やり合っている彼らだ。
しかし、今だけが様子が違っていた。
「「「勇者様、ばんざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッッ!!!!」」」
諸手挙げ! 諸手挙げ!
バンザーイ! バンザーイ! 勇者様バンザーイ!
熱狂していた。
彼らは熱狂していた。
やれ税収がどうだ、やれ投資がどうだ、やれ利回りがどうだと。
いつもは飛び交う会話の八割九割がゼニゼニしている守銭奴共のすくつなのだが。
だが、今は違う。
何故なら、彼らはついに世界救済の希望を見つけたからだ。
――魔王。
世界そのものを滅ぼさんとする、人には決して抗えぬ邪悪にして巨悪。
千年のときを経て、勇者に滅ぼされたはずの魔王が、ついに復活してしまったのだ。
しかも、魔王は復活後一週間で世界三大強国を全て滅ぼしてのけた。
なお、ここで騒いでいる彼らが属しているこの国は世界三大小国最大の大物だ。
つまり小物界の大物。
世界最小国家ってワケなのである。ヤベェ!
それでは、ここでこの国のステータスをご覧いただこう。
世界最大の強国を全ステ100とした場合、この国の数値は下記の通りとなる。
生産力:ゴブリンのうんこ並
軍事力:スライムの目ヤニ並
技術力:オークのハナクソ並
貿易力:ゾンビのハラワタ並
全て、脅威の数値化不可ッッッッ!!!!
ミソッカスである。実にミソッカス。ちなみに国名はミソカッス王国だ。
魔王が来たら死ぬ。
誰かが死ぬのではなく、誰もが死ぬ。これは確定事項だ。
守銭奴共は焦った。そのうち何割かは焦りすぎて預金残高を確認した。
他の何割かは壁を見た、残りの何割かは星を見た。とにかく緊急事態であった。
しかし、神は彼らを見捨てていなかった。
別に信心深いヤツなど特にいない、カスの見本市みてぇな国だが。
何と、この国には千年前に魔王を打ち滅ぼした勇者の末裔が暮らしていたのだ。
しかも、今年十二歳になるその家の少年が、勇者だというではないか。
勇者に相応しき資格の秘密は、その血筋にこそある。
天なる神の一族と地なる神の一族の血が交わるとき、聖なる勇者は生まれん。
それは、千年前から世界全土に伝わる勇者再来の予言である。
何と、この予言が成就していた。
少年の父は天なる神の一族で、母は地なる神の一族だったのだ。何という奇跡!
守銭奴共は狂喜した。
魔王は勇者に任せ、自分達は明日からも私腹を肥やせる目途が立ったからだ。
「皆さん、魔王はこの僕が必ず倒します!」
国王が座る玉座の前で、多くの貴族達を前にして少年が瞳に炎を灯らせる。
彼は、純粋であった。そして、強い正義感を胸の内に宿していた。
「「「ウオオオオオオオ! 勇者様、ウオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
諸手挙げ! 諸手挙げ!
バンザーイ! バンザーイ! 勇者様バンザーイ!
喝采が上がった。
歓声が沸き起こった。
「そなたこそ予言に語られし勇者に相違あるまい。必ずや魔王を打ち倒すのだ」
「はい! 国王陛下! 僕は、この世界を守るため、戦います!」
熱い決意と闘志を滾らせ、少年は威風堂々と宣言する。
今、世界で最も小さ国を舞台に、新たな伝説が始まろうとしていた。
ただ、伝説を始めるにあたり、一つ、致命的な問題があった。
その問題とは、皆から勇者と称えられた彼が、勇者でも何でもないことだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王宮がハイテンションの渦に包まれている頃、少年の家では空気が死んでいた。
食堂には、少年のお父さんとお母さんが向かい合って座り、互いに沈黙を重ねている。
「…………はぁ」
両肘をテーブルに突いて、頭を抱えているお父さんが、陰鬱なため息を吐いた。
それが、お母さんの癇に障った。彼女は舌打ちをする。
「何よ、そのため息。私への当てつけ?」
「は? 何だよ……?」
お母さんの言葉にカチンと来たお父さんが、顔をあげて険しいまなざしを向ける。
それを、お母さんも睨み返して、場に、一触即発の空気が流れる。
「……クソ」
お父さんが、舌打ちと共に罵って、顔を背けた。
そんな旦那を、お母さんはニヤケ面を浮かべてせせら笑う。
「何、女一人殴る度胸もないの? やっぱりつまんない男よね、あんたって!」
「うるさい、黙れよ……」
「え? 聞こえないんだけど? お願いするならもっとハキハキ喋りなさいよ! 本当にあんたって男は、どこまでも煮え切らないわね! そんなだから、私は――」
「私は……、何だよ?」
鬱々としてお父さんを前に、激発しかけたお母さんは途中と止まった。
そして、今度は彼女の方がお父さんから顔を背ける。
「何でもないわよ」
「クソ、このままじゃらちが明かない。もう一回確認するぞ」
「別にいいわよ、同じ話を繰り返すだけになるけどね」
もう、二人とも相手の顔を見ずに、無感情な声でやり取りをし始める。
「あいつは、俺の子供じゃないんだな?」
「そうよ。あんたの子供じゃないわ。あんたはこの十二年間、別の男の子供を自分の息子だと思って育てて、可愛がってたってワケ。本当、滑稽だったわ」
「そうか……」
お父さんは、声こそ無感情だったが全身に深い憂いの空気を帯びていた。
それが、お母さんをまたしてもイラ立たせる。
「何が『そうか』よ! 何でそこで怒らないのよ! 怒りなさいよ! 泣きなさいよ! 私を殴ればいいじゃないのよ! 本当につまらない男ね、あんたは!」
「おまえを殴ったって……」
お父さんが、疲れ果てた声で言う。
「おまえを殴ったって、この十二年は戻らないんだよ……」
重々しい声で紡がれる、絶望と諦観に満ちたその言葉。
お母さんは、よくご近所さんから『お綺麗ですね』といわれる顔をきつく歪ませる。
「あいつの本当の父親は、誰なんだ?」
「……酒屋のサブちゃんよ」
「やっぱり、あいつか。あいつだったのか……!」
「ぇ――」
初めて、明確な憎しみをにじませるお父さんに、お母さんは驚きの声をあげる。
「し、知ってたの……?」
「もしかしたらとは、思ってたよ」
「もしかしたら、って……」
お母さんは一秒ちょっと唖然となって、それからまたその顔が歪む。
「知ってて、放置してたの? ……最低ね。だからあんたはつまらないのよ!」
「自覚は、してるさ」
凄まじい剣幕で罵倒してくるお母さんに、お父さんは寂しそうに笑った。
王都のほとんどの場所が新たな勇者誕生で沸いている頃、その勇者の住んでいる家だけは、全く真逆の愁嘆場が繰り広げられているのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
国王自ら、重大発表!
「余が作成した勇者殿の魔王討伐達成支援ロードマップをここに公開する!」
「「「ウオオオオオオオ! 国王陛下、ウオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
諸手挙げ! 諸手挙げ!
バンザーイ! バンザーイ! 国王陛下バンザーイ!
興奮のボルテージが俺のドリルは天を衝く! している貴族達だが、万歳しながらも彼らの頭の中にあるのは『うわ、やべ、ばっちぃ!』という共通認識だった。
主君である。この王様、主君である。
だが、貴族から見るとばっちぃ。この国でトップクラスに汚濁で汚物なのである。
「まずは勇者殿が万全の状態で魔王を討伐できるよう我が国の総力を結集して支援体制を構築する! 勇者殿、余はそなたのどんな要望でも答えてみせようぞ!」
「ありがとうございます、陛下! 具体的にはどんな支援をいただけるのですか!」
勇者と呼ばれる少年の問いに、国王は「うむ!」と力強くうなずいた。
「まずは勇者殿に安定したアイテム供給を行なえるよう、国中の道具屋を民営から国営に切り替える! これによって全ての道具屋が国に逆らえなくなるであろう!」
「おお、素晴らしいです!」
少年は瞳を輝かせた。
だが少年は少年なのでミンエイとかコクエイとかよくわからなかった。
エラい人が何かスゴいことを言っているので、スゴいことなのだろうと思ったのだ。
エラい人が言うスゴいことは、きっと素晴らしいことに違いない。
ちなみに貴族達は全員「うっわ」、とか思っていた。
だが、顔に出すと今の空気に水を差しかねないので万歳三唱を繰り返していた。
空気が読めないヤツにこの国の貴族は務まらない。
「続いて、安定した武器支援のために国中の武器屋を民営から国営に移行する! さらに、安定した防具支援のために国中の防具屋も民営から国営に移行する!」
「おおおお、素晴らしいです! ありがとうございます!」
朗々と語る国王に、少年も興奮した様子でお礼を述べる。
万歳三唱し続けている貴族さん達は「うっわ、うっわ」と思っているが空気を読む。
「そして、勇者殿が何の不安もなく魔王討伐のための旅ができるよう、この国に魔王の手先が入り込んでいるかどうかを監視する特別勇者警察を結成する!」
「おおおおおお、特別! 特別なんですね! 特別な僕のための警察なんですね!」
「その通り、魔王の手先がこの国で陰謀を張り巡らせるかもしれぬからな、余が選び抜いた最強の精鋭達に全国民を見張らせるので、安心するがよい!」
「わぁ、ありがとうございます! 国王陛下!」
秘密警察だ――――ッ!
それ、ただの秘密警察だってェ――――ッ!?
貴族達はみんなそれをわかっていた。だが誰も言い出さないので、万歳を続けた。
こういう場合、最初に指摘したヤツが空気読まれないヤツ扱いされて負けだ。
「まだまだ続くぞ! これらの支援を行なうために、莫大な資金が必要となるであろうが、勇者殿は何も案ずる必要はない! この国の民は、皆、勇者殿のために協力を惜しまぬ! よって財源は『勇者支援税』という形で増税によって賄う!」
「おおおおおおおおおおおおおおお! 皆さん、感謝します! 僕は嬉しいです!」
おい、国王様が増税とか言っちゃったぞ。
しかも『勇者支援税』。
完全に勇者に責任を押し付けている形だが、当の勇者がそれに気づいていない。
そろそろ、誰か突っ込んでくれ。ただでさえ、この国の税率は七公三民なんだぞ。
貴族達が万歳三唱しながら、強く、強く願い続ける。
これ以上の増税は、いよいよ民の不満がヤバイ。
だが、国王はその不満を『勇者への協力』という名目で我慢させようとしている。
だからばっちぃって言われるんだよ、あの国王はよ!
ある貴族が思った。他の貴族も思った。全ての貴族が思った。皆、心は一つだった。
しかし、誰もそれを指摘しないのである!
だって空気読まれないヤツとか思われたくないし。万歳三唱してりゃいいや!
「そして最後に、勇者殿が安全に旅をできるよう、街道の整備を行なう! 今よりも街道の幅を広げて軍が通りやすく――、げふんげふん。勇者殿の支援をちゃんとできるようにするぞ! なお、財源は『勇者助力税』という形で増税によって賄う!」
「おおおおおおおおおおおおおおお! さすが国王陛下です!」
この国王、どさくさに紛れて隣国に侵略戦争仕掛ける気だぁ――――ッ!?
しかも、そのための費用も増税! さっきのと合わせて、税率九公一民確定ッッ!
これ以上は本気でマズいぞ、誰か、誰か何か言ってくれェ――――!
貴族達は願った。この王を誰か諫めよと、誰か、この王を止めてくれと、皆が願った。
しかし、結局、誰も指摘しないのである!
この場にいる貴族全員が、こう思っていた。俺は今、万歳三唱で忙しいんだ!
本当は俺が国王をとっちめたいけど、万歳しなきゃだからな~!
っか~! 万歳さえなければ、俺があの国王シメてんだけどなァ~! っか~!
「これらの豊富な支援政策により、我が国は勇者殿に万全の態勢で支援を行なうものである! なお、勇者殿にはその証として余が特別に造らせたコスチュームを着用の上、旅立っていただきたい! それが支援を行なう条件である!」
「もちろん、いいですよ! うわぁ、カッコいい衣装ですね!」
国王が広げたのは『僕はミソカッス王国の国王陛下の下僕の勇者です。国王陛下サイコーにイケメンでマジサイコー!』とデカデカ書かれた白Tだった。
しかし、少年は別に貴族ではない庶民だったので、字が読めなかった。
誰かあの国王、暗殺しねーかな。
貴族達は皆そう思っていたが、彼らは空気を読めるので、誰も何も言わなかった。
諸手挙げ! 諸手挙げ!
バンザーイ! バンザーイ! 勇者様バンザーイ!
諸手挙げ! 諸手挙げ!
バンザーイ! バンザーイ! 国王陛下バンザーイ!
「皆さん、ありがとうございます! 僕、絶対に魔王を倒します!」
早速、下僕白Tに着替えた少年が感激と共に決意を新たにする。
ものすげぇダサかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
重い沈黙。
続く静寂。
二人の間に蟠る、百言千語でもまだ足りない、複雑怪奇な感情のもつれ。
それを確執と呼ぶならば、この確執はいつから生じて、どこに決着を見るのか。
彼女にはわからない。彼にだってわからない。
ただ明確なのは、彼女が意識的に彼に対して裏切りを働いたということ。
家族三人。けれど、本当の家族は二人。
彼女と息子。
確かに血が繋がった親子で、家族で、そのはずで。
彼だけが違う。
三人は家族であるはずなのに、彼だけ、そこに血の繋がりがなかった。
「……私にだってね、言い分はあるのよ」
粘性を持った油が満ちているかのようなこの空間で、彼女がやっと口を開く。
互いに向かい合って、でも、互いに目線は合わせぬままで、彼は耳だけを傾ける。
「私は別に、サブちゃんを愛してなんかいなかったわよ」
「子供まで作っておいて、何を今さら……」
「愛してなかったわよ! 愛してなかったけど、許せなかったのよ!」
投げやりに言う彼に激昂し、彼女はテーブルをバンと激しく叩いて立ち上がった。
「だって、先に私を裏切ってたのは、あんたの方じゃないのよ!」
「……何の話だ?」
彼は、意外そうな顔をして自分を睨む彼女を見上げる。
実に数分ぶりに交差する、二人の視線。
彼女の瞳に浮かぶ涙に、彼は身を竦ませて、次の彼女の言葉を待つ。
だがそれは、あまりにも弱々しい声での一言だった。
「あんたが、先に浮気したんじゃないのよ……」
俯き、握った拳を震わせる彼女に、彼はその瞳を大きく見開いた。
「な、何を言ってるんだ?」
身に覚えがなかった。
彼には、全く身に覚えがなかったのだ。
だが、その反応が震えていた彼女の心の柔らかい部分を、刺激してしまった。
彼女は、今にも噛みつかんばかりの獣めいた表情で、叫んだ。
「しらばっくれるんじゃないわよ! 私、知ってるんだからね。あんたが三丁目の教会のシスターと、二人っきりで会ってたこと、知ってるんだからね!」
「…………な」
その絶叫に、彼の顔が一気に青ざめる。
彼女は「それ見たことか」と、勝ち誇った笑みを浮かべた。目に、涙を貯めて。
「その反応、やっぱりそうだったんじゃない。あんたが先に私を裏切ったのよ。だから、だから私も裏切ってやろうって思って、サブちゃんの誘いに乗って……」
語っているうちに、涙が量を増やして、ついに溢れる。
彼女は、固まっている彼を前にして「どうしてよ……」と疑問を口にする。
「どうして、浮気なんかしたのよ……? 私が気に入らないんだったら、何で言ってくれなかったの? そうしたら私、何でも直したわよ。直したわよ……!」
「…………」
彼女のそれは罵倒ではなく、悲鳴だった。
彼は、きつく目を閉じてそれをただ聞き続ける。遅すぎる後悔と共に。
「……違うんだよ」
そして、彼は真実を告げた。
「俺は、浮気なんてしちゃいない。おまえは信じてくれないかもしれないけど……」
「何よそれ、その言葉の何を信じろっていうのよ! 私に隠れて、あのシスターとコソコソ二人だけで会って、浮気以外の何だっていうのよ! 言ってみなさいよ!」
「治療だよ」
言われた通りに、彼は答えた。
その顔を汗だらけにして、激しい苦痛に耐えるかのようにしながら。
「……治療?」
「結婚してすぐの頃、おまえ、いつも言ってたじゃないか。早く子供が欲しいって」
「な、そ、それが何よ……!」
急に結婚初期の頃の話を持ち出されて、彼女は鼻白んだ。
しかし、結局は子供ができるよりも先に彼がシスターと浮気をしたんじゃないか。
「俺は、おまえの望みを叶えてやりたかった。でも、無理だったんだ」
「む、無理って……」
「本当は早く言わなきゃいけなかった。だけど、どうしても言えなかったよ。こんなこと、情けなさすぎて。だから、あの教会のシスターに頼ることにしたんだ。この街で唯一、不妊治療に関する知識を持ってた、あのシスターに……」
十何年越しに明かされる事実に、今度は彼女が目を見開く番だった。
絶句する妻へ、今度こそ彼ははっきりと告げた。
「俺は、子供を作れない種なしだったんだよ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
国王自ら、重大発表! その弐!
「余が作成した勇者殿の魔王討伐達成後ロードマップをここに公開する!」
「「「ウオオオオオオオ! 国王陛下、ウオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
魔王討伐前から討伐後の話をする。
まさしく『捕らぬ狸の皮算用』にして『来年の話をすると鬼が笑う』。
だがここは剣と魔法の異世界だ。
そんなとある現代日本のことわざがあるワケはないから、どこまでも皮算用!
「まずは、魔王討伐後は魔王に荒らされた世界の復興を急ぐべく、我が国主導で世界全国家参加の国際会議を招集する! 無論、招集する余がこの会議の議長であるぞ!」
世界最弱小国の国王風情が何言ってんだ、と、世界最弱小国の貴族風情は思った。
「なお、招集号令をかけるのは勇者殿にお任せしたい! 魔王を討った勇者殿が命じれば、各国の首脳も断ることはないであろう! 頼みましたぞ、勇者殿!」
「お任せください、国王陛下!」
うわー、この国王、勇者をとことん使い倒す気だ! ばっちぃ!
こういうところで頭回るから、この国王はこの国で王をやっているられるのだ。
「招集後、開催された国際会議では、勇者殿が取り戻してくれた世界三大強国の領土の領有について我が国が管理を申し出ることとする! これは、魔王がその領土内に何か仕掛けているかもしれないので、仕方なく管理するのである! 野心はない!」
野心しかない。の、間違いでは?
何だよ、仕方なく世界三大強国の領地を管理って。一躍世界最大国家成立だよ!
と、ここまで貴族達が考えたところで、彼らはほぼ同時に気づいたのである。
待てよ、この国が世界最大国家になるなら、自分は最大国家の貴族、ってコト!?
その瞬間、ドリーム!
さっきから貴族達が抱えていた国王への危機感が、一気に払拭された!
弱小国家の木っ端貴族から、世界最大強国のエリート貴族へ。
それはまさしく、華々しき輝かんばかりのサクセス。運命確変突入でお金いっぱい!
どり~む!!
ごぉるでんどり~む!
もしかしたら、彼ら貴族こそは国王を抑えられる最後の希望だったのかもしれない。
しかし、今このとき、彼らは国王と同じ穴のムジナと化した。
所詮、彼らも腐っていた。
腐ったミカンは、腐ったミカンでしかなかったのだ。
「世界三大強国の領地を勇者殿のお言葉によって我が国で管理することになった暁には、二度と魔王がこの世に復活できないよう、徹底的に魔族を排除するものとする! 魔族はモンスターであるからな、倒さねばならぬ! 勇者殿、お願いしますぞ!」
「はい、モンスターはやっつけないとですよね!」
「「「ウオオオオオオオ! 勇者様、ウオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
ただの民族浄化である。
「魔族の排除と共に、我が国は他国との交流を推進していく所存である! 他国に対して我が国の文化を知らしめ、そして伝え、広めていくのだ! それによって異文化交流を深めて、世界に存在する様々な垣根をなくし、我が国の文化で染め上げるのだ! ときには抵抗する者もでてくるやもしれぬ、そのときは頼みましたぞ、勇者殿!」
「はい、聞き分けのない人は叱らないとですよね!」
「「「ウオオオオオオオ! 勇者様、ウオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
ただの文化侵略である。
「同時に、魔王討伐後には勇者殿の魔王討伐の功績を世界中に広め、教え伝え、その記憶を永劫に留めねばならぬ! これは勇者殿の支援者たる余にとっては絶対に完遂しなければならぬ、一大使命である! 勇者殿は魔王討伐を達成することによって、この世界で最も優れたものとして、人々に崇められることとなるのだ!」
「え、僕、人気者ですか! やった~!」
「「「ウオオオオオオオ! 勇者様、ウオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
ただの神格化による世界宗教の成立である。
「だが、悲しいことに時として人は人同士で争うこともある。しかし案ずることなかれ! 魔王討伐は人類にとって絶対の正義! それを成し遂げた勇者殿もまた、絶対の正義である! 抗う者は正義の名のもとに打倒あるのみ! 頼みましたぞ、勇者殿!」
「はい! お任せください、国王陛下!」
「「「ウオオオオオオオ! 勇者様、ウオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
ただの大粛清である。
「これぞ、余が策定した魔王討伐後ロードマップである! 頼みましたぞ、勇者殿!」
「はい! 僕が正義ですから!」
「「「ウオオオオオオオ! 勇者様、ウオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
ただの世界征服への道のりであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
潤いは尽き果てて、乾いた空気がむなしくも二人の間を流れゆく。
「……何なの、それ」
妻は、半笑いになっていた。だってこんなの、笑うしかない。
「種なし? あんたが? ……そんな、冗談」
「冗談だったら、どんなによかっただろうな。どんなに」
夫も、一緒になって笑う。だが、そこに浮かぶ笑みはあまりに煤けた、絶望の笑み。
もはや叶わぬ夢を、夫は語る。ずっと胸の奥に秘め続けてきた、それを。
「子供が欲しかったよ。おまえとの間に作った、俺達の子供を」
「あんた……」
「そのために、必死になった。俺はどんなことでもした。シスターさんから学んだ治療法を全て試した。藁にも縋る思いだった。だけど、ダメだった……」
うなだれる夫、言葉を失う妻。
そこに訪れる沈黙は、さっきよりもはるかに重くて、寒々しくて。
「じゃあ、あんたがあのシスターと二人で会ってたのは……」
「俺のことを、おまえに知られたくなかったからだよ」
「何で……」
妻が、呆然となって呟いて、直後に今度は同じ言葉を叫ぶ。
「何で!」
激しく頭を振って、涙を散らして、彼女はさらに大きな声で叫んだ。
「何で、教えてくれなかったのよ!」
「おまえに『子供は諦めろ』なんて、言いたくなかったからだよッ!」
夫の反論は、彼女よりもずっと大きかった。
「ずっと言ってたじゃないか! 子供が欲しいって、ずっと! その夢を、俺の事情で叶えてやれないなんて、そんな残酷なこと言えるワケないだろ!」
「何なのよ、それ……」
夫の叩きつけるような告白に、妻は目を見開いて大きくのけぞる。
そして、一歩、二歩、三歩と後ずさって、その背中が後ろにある壁にぶつかった。
「それじゃあ、最初から知ってたってことじゃない、あの子のこと、最初から……」
「…………」
涙をこぼしながら、声をかすれさせる妻に、夫は何も言わない。言えない。
しかしその沈黙は肯定の気配を帯びて、妻は何かを激しく拒むように首を横に振る。
「ぃやよ……」
告げて、立っていられずに、妻はズルズルと腰を落として壁を背に座り込んだ。
「こんなの、いやよ……。私は、あんたが裏切ったと思って、それで辛くて、苦しくて、仕返ししてやろうと思ってサブちゃんの誘いに乗って、あの子を産んで……」
語る彼女の瞳には、黒々とした闇が蟠っている。
彼女は目線を落として、まばたきもできないまま、床を見つめた。
「ざまぁ見ろと思ってたのに……。他人の子供だと知らないで、あの子の父親を気取ってるあんたを見て、いいザマだって、そう思ってたのに……」
「…………」
「種がない? それを治すためにシスターと合ってた? 全部、私のためだった? あの子のことも最初から知ってて、それでも父親として接してた……?」
「…………ッ」
夫が奥歯を強く噛み締める音がやけに大きく響いた。
妻の瞳から、また大量の涙が溢れる。
「私がしたことって、何だったの? 私は、どれだけあんたを苦しませてたの? ……ぁあ、ああ、ぁ、ぃや、いやァ、こんなのイヤよ、いやよォ! イヤァ!」
「……すまない」
「謝らないでよ、謝らないでよぉ! もうイヤよォォォォ――――ッ!」
妻が、両手で顔を覆って泣き叫ぶ。
その悲痛な慟哭を、夫は止めてやることができない。彼女を泣かしたのは、自分だ。
妻と夫、彼女と自分。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
何を間違って、自分達の心はこんなにも離れてしまったのか。
自分は、彼女を愛していたはずなのに。彼女からも、愛されていたはずなのに。
……だが、過去形?
それを、過去形にしていいのか。全てをここで終わらせて、本当にいいのか。
無言の中にとことん考える。自分がどうしたいのか。彼女とどうなりたいのかを。
ああ、答えなんて明白じゃないか。
最初からわかっていたことを、再確認しただけだ。夫は、言った。
「やり直そう、俺達」
「…………」
妻が泣きやむ。だが、彼女は髪を振り乱してかぶりを振った。
「無理よ」
「どうして」
「だって、私、最悪な女じゃないの。あんたのことを一方的に疑って、恨んで、それで浮気して托卵して、勝手にあんたに復讐した気になって……! そんな私と――」
「愛してる」
妻が叫んでいる最中、夫はド直球に己の気持ちを伝えた。
すると、妻の顔がこれ以上なく悲しげに歪んで、涙に震える声で返す。
「私だって、愛してるわよ! 愛してる! 昔だって今だって、ずっとずっと、あんただけを愛してるわよ! だけど、私のやったことはそれで済まないのよ!」
「構わないよ、俺は全部受け入れることにした」
妻を真っすぐに見据えて、夫はそれを力強く断言した。
それが逆に、妻を辛そうな顔にさせる。
「何で……? 何でそんなこと言えるの? どうして許そうとするのよ? 私がしたことは、あんたをただ苦しませただけで、私なんか……!」
「理由はもう言ったよ。それだけで十分だ。それとも、サブが忘れられないか?」
「そんなワケないでしょ、あんなヤツ! 子供ができたって言ったら、逃げたわよ!」
「それだよ」
「え?」
「それが、俺がやり直そうって言ったもう一つの理由だ」
「もう、一つの……?」
「俺達には、あの子がいるじゃないか。あいつまで泣かせたいのか?」
その言葉は、妻にとってこれ以上ない衝撃だった。
この話の発端は、まさに息子であったはずだ。なのに、彼はどうしてそう言えるのか。
「あいつは俺の息子じゃないのかもしれない。でも、おまえの息子だ。だったら、俺達の息子だよ。種なしの俺に、おまえと神様がくれた最高の贈り物だよ」
「何で、何でそんなこと言えるの……? 何で、そんなに優しいのよ……!」
「その理由も、もう言ったな」
妻が、夫の胸に飛び込んだ。そして大きな声をあげて泣いた。
壊れるかと思われた家族の絆は、大きな愛情によって何とか繋ぎ留められたのだ。
「あの子に、本当のことを話すの?」
「それはやめよう。あいつは俺達の息子だ。それでいいじゃないか」
「……うん」
部屋の中で、二人は抱きしめ合う。
こんな風にするのは、本当に何年ぶりのことだろうか。
「それにしても、何か外が騒がしいな」
「そうね。勇者がどうとか聞こえてるけど、何かしら……」
二人は、自分達の血筋について何も知らないのであった。
だが、そんなことを知らなくても何も問題がない。
彼らは家族という強い絆で結ばれているのだから。
明日からも、変わることなく平和な日常を過ごせるのだから。
なお、これはネタバレとなるが、少年は勇者ではないので世界は滅亡する。