最終話
――クラウン機構本部付近
その獣は現れた。
完全に人の姿をしていた。まるで、独自に獣が深化して人間になったかのようだった。それはクラウンの場所を特定し攻撃を始めた。そして、次々にクラウンを取り込みはじめた。
クラウン機構はウィリアムを筆頭に戦うことになった。それはほぼ総力戦といってもよかった。
ウィリアム「こいつが、獣を食い、クラウンを食い、融合された検体だというのか。だがそのようなものであっても、クラウンは負けない。この世界を真に支える我々が負けていいわけがない」
となりに立つアンバサダー・アルバートはその獣の数値を確認した。
アルバート「ウィリアム様、獣のステム値は148,000です。危険です」
ウィリアム「なにかのまちがいではないか?正しく計測できていないのでは?」
それは瞬時にウィリアムの右隣に現れた。そして構えるまもなくウィリアムの首をはねた。
アルバート「っ!!?」
あまりのことに言葉がでなかった。
クラウンは結成後、初めて獣に対して敗走することになった。クラウンたちは各地に逃げた。獣はクラウン達を狙い続けた。
――プレシオン機構本部
重黒木やイオリの下に新たな情報が届いた。
重黒木「しかし、どういうことだ。いままで獣はクラウンばかりを狙ってきたようだが、ついにプレシオンをも狙い始めた」
ヤスオミ「どうやら能力者ばかりを狙っているようです。ステムもしくはステイミングが放っているなにかしらの匂いのようなものを嗅ぎつけて、攻撃を加えているとしか考えられない」
イオリ「プレシオンの能力もクラウンの能力も本質的にはステムであり同じだから?」
ヤスオミ「おそらく」
重黒木「いま部下から連絡がはいった。獣はあらかたラクウン機構本部を破壊、こちらに向かっているそうだ」
クラウンに対してどのように対抗すべきか、という作戦は変更を余儀なくされていた。解決すべきはその特殊な獣だった。
トバリ「クラウン達はアンバサダー主席のウィリアム理事長を失い、組織としての機能が停止しているようですよ。各地に散ったクラウン達は行き場を失っているとか…」
イオリ「彼らを迎え入れましょう。協力してあの獣をなんとかしなくてはいけないと思う」
重黒木「そんな!クラウンと?」
イオリ「プレシオンのみなさんにわだかまりがあるのは分かる。しかし、ほとんどクラウンはあなたたちとの関係を知らなかったわけだし、そうするといがみ合う理由もないでしょう?」
重黒木はしばらく眉間にしわを寄せ、口を堅く結んでいた。しかしようやく小さく頷いて話した。
重黒木「そうですね‥。本位ではないがそうしなくては我々の被害も増える一方だ。とかくあの獣は未知数だ。やるしかないでしょう」
――クラウン研究室にて
いまだ解決の糸口が見つからなかった。
いまさらながらに増幅装置を発見した。研究員はその説明をしたがらなかった。ウィリアムがこれを使ったのだろう。こんなものはもう不要だというのに。
私ははっきりと記憶を取り戻しつつあった。
―――回想
とても優しかった父と母。いつもわたしのことを考えてくれていた
「えらいね」
「これできたね」
「いい、これができたらあのおもちゃで一緒に遊ぼうね?」
私はそんな父と母を殺してしまった。私がいると人は不幸になるのだということがわかった。他の研究員の声がした。
「数値が大きすぎる。58,000?どういうこと。ああ、なんていうこと!?」
「設定ミスか・・・。扱いにくいシステムだ」
「しかしなんとか、獣化は逃れることができたようだ」
「記憶から消去しておこう、これではさすがにこの子が可哀そうだ」
私の心はほとんど獣に支配されていたけれど、きっと父と母の思いによって私は獣にならずにすんだのだ。
―――
研究所所長「分かったことは、獣の戦力と現在把握しているクラウンの能力とを比べても、どうしても勝てないということくらいです。特に、アンバサダー・立花イオリさん、あなたの能力は今や異常値です。ですが、そうであったとしてもあの獣には勝てない」
ヤスオミ「全てを教えてほしい。そうでなければ、相手を知らなければ勝つことさえできないだろう」
所長「分かっていることは、ステイミングがプラス、獣の力をマイナスとするならば、本来ちょうどそれらは足して0になる、と考えてもらえればかまわないです。自然と全く同じ、何かが繁栄をすれば、それを元に戻そうと相反する力が発生する。この世界に流れ込む力の源泉はそうして互いに打ち消し合っているというわけです」
悠長にしている時間はない。
所長「これ以上詳細を確認したい場合は、ネットワーク機能停止してこの先に向かうしかありません」
イオリ「ネットワーク機能の停止?」
所長「ええ、ここから先はメンテナンスモードにしないと進めないようになっているのです。しかし、もちろんわたしもそのような操作をした経験はありません」
イオリ「いいよね?みなさん」
重黒木やヤスオミ、トバリはみな頷いた。
所長「分かりました」
それはとても巨大な装置だった。そしてそれは現代の仕組みとは到底理解できないものであるようだった。
機能停止にはしばらくの時間があった。だがなにかしらパソコンの用に駆動音が停止するというわけではなかった。ただ点灯していたランプがいくつか消えたにすぎなかった。
それから我々は先に進むことにした。
一つの小さな一室だった。周囲には何も置かれておらず、変わりに声がした。
「こんにちは。子供たちよ」
どこからともなく声がした。システムが声を発しているようだった。どうやら対話型のインタフェースを持った仕組みのようだった。
イオリ「真実を教えてほしい。過去に何があったのか、この仕組みは何なのか。獣とは?」
システム「我々は別の星からやってきました」
ヤスオミ「別の惑星??」
3人は顔を見合った。
システム「子供たちには、この地球という惑星の気候は合っていなかった。そのため、生まれた子供に能力を付与して、原始能力を付与する改造をほどこしてきました。その原始能力は体の組成を変更することさえできる能力になります。一部、組成に失敗したものは人ならざる者に生まれ変わりました。最初に作った装置にはこのような不具合がありましたが、やがて装置は改善され、理想的な人間へと生まれ変わる技術が整いました。つまり、原始能力そのものが不具合であり、獣もその不具合の一部という認識していただければかまいません」
重黒木「教えてくれ、獣たちを止めるにはどうすればよいのか?」
システム「方法は1つあります。この中央演算装置の全機能停止です。このことにより原始能力はどのような生物も発揮できなくなるでしょう。また、獣自身も利用していた原始能力を発揮できなくなります。ただし慎重に判断してください。一度停止させる起動させるのには年単位でかなりの時間を要します。多くの状況を踏まえた上で決定するよう心がけてください」
やるしかないだろう。そうすれば全てが終わるのだから。
私たちはこの中央演算装置の停止を行った。
――
人型の獣を取り囲んでいたクラウンやプレシオン達はその様子をじっと見守っていた。
「これでもう安心だな」
「ようやく動かなくなった。我々も能力こそ失ったが、これで――」
男が言った瞬間、人型の獣が再びゆっくりと立ち上がった。
重黒木「どういうわけだ。獣も止まるという話だったのに」
ヤスオミ「機能は弱まったようですが完全停止には至らなかった。イオリさんの能力がいまだ使えるのと同じように、獣も同じなのかもしれない」
我々は互いに協力した。クラウンもプレシオンも、みなが獣を倒すという一つの目標のために戦うしかなかった。重黒木は自ら、彼らの統率に奔走した。
アンバサダー・アルバート「すまない。私たちの部下をかくまってくれてありがとう」
重黒木「勘違いしないでくれ。許したわけじゃない。ただ今は手を取り合う時だ」
多くの者は武器を手にした。
獣は図体をより大きく膨らませていた。いままで食べてきた獣や人達の分だけ大きくなったようだった。
獣はイオリに語りかけた。
――コロシテ オワラセテ…
サクラ「イオリさん。落ち着いてください。きっとできますよ」
イオリ「…私があいつを倒す」
ステムがなくても、オフラインでも、ステイミングを担保する演算装置が停止していたとしても、イオリは理解していた。その力の使い方を見つけてしまったのだ。体と心を通してそれをコントロールする術を身につけたのだ。
イオリは銃に一発の弾を込めた。それから身構えた。
「さぁ、終わりにしよう」
次の瞬間、獣は言葉にならない声を発した。イオリによる一撃で獣は一瞬動きを止め、それからゆっくりと崩れていった。それは街全体を飲み込むように倒れながら、あたりに溶け込むように消えていった。
――プレシオン機構本部
重黒木「私に提案があるのですが立花イオリさん、二人だけでお話できませんか?」
イオリ「話?」
重黒木「私たちだけでクラウン能力を管理しましょう、あなたの能力は人類のために必要だ。それに研究所さえ押さえれば再度数年後には起動させることもできる。そうして本当にただしい行いができるのではないですか?」
イオリは悩んだ。答えを保留にさせてほしいといった。
重黒木「もちろんです。これはあくまでお願いですから」
――
どうするべきなのか。
イオリは悩んだ。サクラに相談しようかとも思った。しかしそれも違う。私はおそらく、ひとりでこれを決めなくてはいけないのだ。
――ねえ、パパママ。どう思う?
イオリは心を決めた。
――戦の後
クラウンやプレシオンの一同関係者は一つの場所に集められた。破壊されたアンクラ本部には入りきらず、それは青空の元で急遽行われたのだ。空は澄み渡り、鮮やかな青色がどこまでも続いていた。
イオリ「すべての獣はもういません。過去に人はこの地球に移り住んできました。そして、気候変動に合わすためにこの能力を使って組成変更したのだそうです。体や物質の組成を変更させることができることこそ、このクラウン能力の神髄だった、本来の目的だったということです。ですが、もうこの能力は必要ないのです。人にはもう必要がなくなった。人はこんな力に頼らなくても十分に生きている、どうですかみなさん。」
次々に人の目がうつろになっていく。
すべての人の目がうつろになりやがてすべてを忘れ去った。
――研究所
イオリは研究所に一人座っていた。
記憶消去の能力から漏れた人がくるかもしれないから。
研究所には彼女を除いて誰一人いなかった。音の無い一室でイオリは考えていた。もしかしたら私はここでずっと暮らしていたのかもしれない。すべての記憶はほぼ失われているけれど、ここには思い出が詰まっているのではないか、パパやママとの思い出が埋まっているのではないか、そのような気がしたのだ。
扉を開ける音がした。
イオリ「やっぱりきたんだね」
ヤスオミ「ああ、あなたこそここにいたのですね。想像していた通りでした」
イオリ「記憶消失からどうやって逃れたの?」
ヤスオミ「あの増幅装置をみたときに気が付いたよ。あなたがしたのではないか、とね」
イオリ「なんでもお見通しなんだね」
いろんなことがあった。
イオリとヤスオミはここに至るまでの思い出を振り返った。
語りつくした時、二人はしばらく黙った。
ヤスオミ「俺は、君と一緒にこの研究所を管理することを望んでいる」
イオリは顔を上げヤスオミをみた。
イオリ「どうして?」
ヤスオミ「イオリと一緒にいたいからだ」
ヤスオミは真剣だった。イオリにはその意味するところがはっきりと理解できた。
イオリ「ありがとう」
イオリとヤスオミはキスをした。それはとても長い時間のように感じられた。
ヤスオミはそれからゆっくりと目を閉じた。
おわり