3話
――プレシオン本部
イオリ達3名はプレシオン本部にて相模郁人、重黒木らと今後の方針について話し合いを行っていた。
ヤスオミ「ところでプレシオンにも研究所があるのですか?」
郁人「はい。そもそも私たちプレシオンは新たな研究所を発見したことによって成立しています。それらはクラウンの使っているものとは別です。クラウンほどの能力付与はできないようですがネットワーク機能は不要になってます。クラウンが個々の能力に頼っているとするならば、我々は互いに連携することによる力が付与されている。それぞれの能力は単一だがそれらがうまく組み合わさるようになっている」
イオリ「獣の正体は?」
郁人「答えはおそらくクラウン研究所にあるでしょう。知らないわけはありませんから」
ヤスオミ「そうですね。現状、一般市民を襲ったという話はきいていませんが、今後襲うかもしれない」
イオリ「クラウン研究所へいこう」
郁人「我々もなにが真実であるのか確かめたいのです。できる限り協力します」
イオリ達はクラウン研究所に向けて出発した。
――クラウン研究所
3人は研究員に気づかれないよう、研究所へ侵入した。
トバリ「さぁ、こっちです」
ヤスオミ「誰も気が付いていませんね。トバリさんの隠密能力は素晴らしい」
トバリはまんざらでもない様子で言った。「隠密だけなんだけどね」
ヤスオミ「ステムはこの研究所との接続が切れると、コントロール不能となり能力を正しく発揮できない。その原理は『不明』です。私たちの文明ではまだ解明できない装置。それが偶然生まれてしまったのか、それとも別の理由なのか」
イオリはどこか懐かしい空気を感じていた。ずっとここにいたような気がする。何かを知っているような気がする。
それから我々は研究所最深部にある小さな部屋まで入り込むことができた。そこには様々な機器類が並べられ、通常入り込むことができないように厳重に管理されているようだった。
ヤスオミ「どうやって入れるんでしょうね、これ」
イオリはなにかに導かれるよう、扉に手のひらをかざす。
そうするとゆっくりと扉は開いた。まるで、彼女を向かい入れるように。
イオリ「これは・・」
ヤスオミ「不思議ですね。どういうことでしょう。私が触ったときには何も反応しなかったのに」
部屋の中には、多くの機器類が配置されていた。
トバリ「なになに、『人体において計測できる数値がほぼ99%から成っている。1%は残りかすであり。意味のない物として切り捨てられている。』だって」
ヤスオミ「計測機器は我々のもっているものと同じようだ」
それからいくつかの機器類を調査した。操作できるものはすべて調べた。
ヤスオミ「私たちはみな、適性検査をされてから再度検査をされていた。そしてその検査の際に私たちの体を加工していた、つまり強力な能力を付与していた」
トバリ「しかしながら、そのレベル設定が可能となっているね。つまり、設定を高くすればするほど博打打ちのようになるというわけ?」
ヤスオミは黙ってうなづいた。
イオリ「クラウンに基本的には世襲などありえないというからくりがこれか。一族がクラウンとなるために、子には安全な設定を。そうでないものには強力なクラウンを生むため、設定を高く設定していた?」
ヤスオミ「おそらく」
イオリ「そしてうまくいかなかった者は獣になる」
トバリ「なんということなの。私たちは適正ありとされてクラウンになったけれど、それでも運がよかっただけで、もしそうでなければ獣になり果てていたと…」
――クラウン運営評議会
厳かな雰囲気。中央で評議会をしきっているのはウィリアム理事長。他のものは一人として口を出さない。評議会の議題が終わる頃、ウィリアムは総勢10名の委員たちの顔をみて言った。
ウィリアム「以上になるが、なにかその他議題のあるものはいるか?」
イオリは手を挙げた。そして発言した。
イオリ「よろしいでしょうか」
ウィリアム「どうしましたか?立花イオリさん」
イオリ「私はクラウンというものの姿を見誤っていました。人々のため、陰ながらこの社会を支えるのが使命だと考え日々努力を続けてきました。しかし、クラウン機構には道から外れている者がいる。誰と言わずともよくわかるはずです。私たちはやり方を変えるべきではないでしょうか。このクラウンの世界をあるべき姿に正すべきです」
出席者たちは互いに顔を見合わせ、口をつぐんだ。まるでこの話に触れるわけにはいかないというように物音ひとつ立てなかった。
ウィリアム「イオリさん。何の話をしているのですか?具体的でないと誰もわかりませんよ?」
イオリ「新たに協力な権力を握るため、みなの記憶を消し、それから隠ぺいを図った者がいるということです。あなたのことです。ウィリアム理事長」
ウィリアム「どこでそれを?プレシオンかな?あなたはそこに入り浸っているようですから。しかしそれらは嘘です。なにの証拠もない」
イオリ「証拠はここにあります」
イオリは指先で頭をさして言った。
ウィリアム「それは証拠とは言いません。しかしアンバサダーともなった者が外部組織の言いなりになり、惑わされるなんて愚かなことですよ、イオリさん。私はそのようなことは断じてしていない。付け加えていいますが、まるで協力な権力を得ることが悪いことのように発言されましたが、権力を得ないと守れないこともあります。ここにいるアンバサダーたちはそれをよく理解しているはずですが」
イオリ「しかし…」
ウィリアム「我々が社会を支えるために存在しているというのはあなたの言う通りです。そこにむけて我々が日々努力をして、クラウンを高みに率いていかなければならない。互いに作り上げていきましょう。イオリさん」
イオリ「…。」
――異変
その日、とてもけだるさを感じる朝だった。
イオリは運営評議会のことを思い出していた。あんなことを言うべきではなかったのかもしれない。多くの者が真に人々を想って活動をしているのであれば、かならず聞き入れられると考えた。間違ったことは言っていないと思った。だが、考えが甘かったことをすぐに思い知らされることになる。
イオリは朝からおかしな雰囲気を感じていた。
誰かに狙われている。それは肌で感じられるほどのあきらかな殺意だった。気が付かないわけがなかった。私が一人になったところをヤツらは取り囲んだ。
中にはクラウン・アンバサダーも一人存在していた。攻撃系のアンバサダー、アルノー。ウィリアムの右腕の男だ。彼らは何も声を発さず、武器を構えた。話し合う必要などないということだろう。
イオリはステムを使おうとした。だがオンラインにならなかった。
――どういうこと?
銃弾が頭の傍を通り過ぎた。まずい。能力を使うことができず、イオリは走りだした。すぐに腕に銃弾を受けた。
――っっ!!
コントロールできない状況でステイミングを使ってはならない。それは分かっていることだった。だが仕方なく使った、逃げて生きるために。ステム値は8,000から18,000へと跳ね上がる。イオリの銃から放った弾丸はクラウン一人にヒットした。それはあまりに強力で、彼の腕を吹き飛ばした。
次の瞬間、猛烈な吐き気がやってきた。目が回る。手足がしびれてきた。体中の全てが悲鳴をあげはじめた。逃げながら、地面に倒れこむイオリ。
アルノー「気をつけろ。普通のティーンじゃないぞ。相手はアンバサダー。確実にしとめることに集中しろ」
相手の攻撃がイオリを襲う。
――このままでは死ぬ。相手は本気だ
一撃にかけることにした。これ以上、この状態で能力発揮することはできないだろう。しかし相手はアンバサダー。並みの事ではしのげない可能性が高い。
イオリは残る全ての力を使って、一撃を繰り出した。それはもはや銃の玉ではなかった。空間をえぐっていた。土や木々、岩や建物のすべてを跳ね飛ばし、円柱状の新しい空間を作り出した。追っての3名は姿を消失するか、体の破片が飛び散った。ステム値は59,000を示していた。
静けさが当たりを包んだ。イオリを狙う者はもはやどこにもいなかった。
ゆっくりと地面に倒れこむ。瞳孔はひらき、呼吸が困難な状況だった。
「たす・・けて・・」
体中がしびれ動くことさえできなかった。
そこへヤスオミとトバリがかけつけた。
「一体なんだこれは…」
二人は唖然とする。すさまじい状況にほとんど声がでなかった。
イオリの状況に言葉を失う。ヤスオミは彼女を担ぎ、そこからすぐに立ち去ることにした。
ヤスオミ「トバリ、これからしばらくクラウンの前には姿を出さないこと。君の身にも危険があるかもしれない」
トバリ「一体何があったの?」
ヤスオミ「いろいろ考えられるが。私たちがクラウンを調べて回っていたことはマコトを通して知られているとしたら、クラウン機構にとって私たちは敵とされたかもしれない」
トバリ「まさか……。たしかにステムがオンラインにならない」
ヤスオミ「私たちはもうトラの檻に投げ込まれたネズミみたいなものかもしれない」
――プレシオン本部にて
ヤスオミ「すみません。こんな形で世話になって」
郁人「いいんですよ。ここならクラウンからの追っ手はこないはずですから」
そういって郁人は部屋をでていった。
ヤスオミはそれを確認してからトバリに言った。
「我々のステム値が表示され、オンラインにならなくなったことを悟られてはいけませんよ。彼らにとって利用価値がなくなったと思われたらどうなるか、まだ分かりませんから」
トバリは神妙な顔つきで頷いた。
イオリの体調は一行に改善しなかった。
ヤスオミ「イオリさんの自宅にも私から手紙をいれておきました。いつ帰るか分からない、と‥」
トバリ「それって家出みたいじゃない」
ヤスオミ「仕方がないです。いつこの状況が改善されるか分からないのだから」
3日後、イオリは目を覚ました。だが体調は良くなかった。体をつかさどる機構の上下左右がめちゃくちゃに混ぜられてしまったようだった。睡眠をとってもだめだった。薬局で様々な薬を買って服用した。でもそんなものには効果がなった。
イオリはおかしな夢をみた。
――
なにか巨大な暗闇が自分を飲み込み始めた。
そして気が付くと、両手には血が付いて、からだ中にも血が付いていた。
目の前にはパパとママが倒れていた。
――
そんな状況が続いていたが、時折体調がよくなる時間帯はあった。
ヤスオミに頼み、外にでた。とてもきれいな空だった。
イオリにはもはや生きる気力も失われていた。人々を守る、と正義感を胸に秘めていた頃が遠い昔のように思えた。もしくはそれがただ青臭いきれい事のようにも思えた。そしてそれはまるで死を待つだけの末期患者だった。
「私はもう、クラウン・アンバサダーではない」
「そうですね」
「私をかまう必要なんてない」
ヤスオミは無言だった。
また息切れがしてきた。もうだめだ。生きていたくはない。
それでも本当にダメなのか、少し歩いてみる。草むらに倒れてしまう。
倒れた自分の手から血なまぐさい匂いがした。私の手は血で汚れている。
ヤスオミが駆け寄ってきて抱き起してくれた。
イオリは次第に、自分の中で何かがうごめているのを感じるようになっていた。これに負けるとたぶん私は私でなくなるのだろう、という感覚があった。そのことに確証はなかったが、間違いないだろうという直感があった。
イオリ「お願いがある、ヤスオミ」
ヤスオミ「どうしましたか?」
イオリ「殺してほしい」
ヤスオミはしばらく無言だった。僅かに彼の手が震えているように感じられた。
「すみません。私はその命令だけはきくことができません」
「じゃあ、キスをして」
ヤスオミはイオリの額にキスをした。
緩やかな風が通り過ぎた。
――郊外神社
ヤスオミはイオリ、トバリをつれてサクラの住む神社に向かった。
ヤスオミは彼女ならなにか助けになるかもしれないと思った。
サクラはすぐにイオリの状態を確認した。
「私も確たることは分かりません。ですがやるべきことをやるしかないですね」
サクラの治療にヤスオミもトバリも付き合うことになった。
ヤスオミ「イオリさんだけじゃない。私たちにとってもなにかヒントになるかもしれませんから」
重黒木が訪ねてきた。ヤスオミが呼んでおいたのだ。クラウンに勝つためのヒントがあるかもしれないと説明した。そして、なにか起きたときに彼らに助けてもらうという算段もあった。
重黒木「状況はわかりました。しかし、あのアンバサダー・アルノーが亡くなったときいて驚きました。彼女が原因でしたか。彼女が治るよう我々も全力で協力させていただきます」
ヤスオミ「ありがとう」
重黒木「彼女は人類のためにも回復していただかないといけない。それだけの生まれ持っての使命がおありだと思います」
サクラの治療は特別なものではなかった。
広いお堂にただ座っているだけだった。聞こえるのは鳥のさえずりと波が砂浜に打ち付けるような木々の声、それに自らの体の中心から発せられる鼓動だけだった。
サクラ「いいですか。体や心にも手順が必要。計画が必要です。自分の心と体を常に感じ取ることが大事です。毎日の訓練が必要だということです。それが瞑想というものです。色即是空です!」
トバリ「しきそく、食う?」
サクラ「食事は質素なものだけです。最低限のものを美味しくいただくのです」
トバリ「え?」
サクラ「動物のお肉などとんでもない」
トバリ「(すぐに心を読んでくる。なんて人だ)」
サクラはまた自然というものを教えてくれた。食事の際に食べる山菜の見分け方、採り方も教えてくれた。どこにいつ生えるのか、どれがどのようにすると美味しいのか、サクラはひとつずつを大切にしているようだった。
しばらくして、イオリの体調は少しずつ改善に向かった。
イオリはたしかな手ごたえを感じていた。サクラが教えてくれることはとても神秘的な行動だった。全ての五感を使って、生命の流れを意識する。そのようなことを意識したことはいままでなかった。
そして、自分の体と自分の心を完全に理解し、それをコントロールし、それを十分にいたわること。無茶なステイミングの利用はこれらを壊してしまったということだと理解できたのだ。日が経つにつれ、イオリは気が付き始めた。ステムを付けることもせずにステイミングを行使できるようになっていることを。
イオリ「どういうことだかわかる?」
サクラ「人には本来そのような能力が備わっているのかもしれません。そこに気が付くきっかけが存在しないだけで、実はすぐそばに人を超えた、いえ、人が持つ本来の能力は存在しているのです。そこに気が付くかどうか、ほとんどの人は気が付かないのでしょうね。気が付かなくても通常は問題がない」
イオリはサクラの言うことをひとつずつ、真正面からとらえてきた。全ての体の動き、心の動き実の内に潜むすべての事象を自分のものとしてとらえる必要があるのだと。
サクラ「さすがはイオリちゃんね。生命力が人のそれとは違う」
ヤスオミ「安心しました。しかし、私たちも少しは理解できてきましたよ」
トバリ「なんだか不思議な感覚よね。ステムを付けずに能力が使えるだなんて…」
――とある日
重黒木「イオリさん、あなたの状態がまだ完全ではないことは承知しています。しかし一刻の猶予もならない。クラウンは我々を本格的につぶそうとしている。しかしリーダーの体調が思わしくないのです」
イオリ「郁人さんが?」
重黒木「ええ。極秘事項ではあるのですが、あなたを信じて話をさせていただきます。もともと体が弱かったこともあり、無理をしてきたのですが…」
イオリ「そうですか。クラウン機構に対してはなんとかしなくてはならない。獣のこともあります」
イオリも自身の体調に不安がないわけではなかった。だがこれ以上クラウン機構を好き勝手にさせるわけにはいかなかった。イオリはまだ万全ではないヤスオミとトバリをおいていくことにした。彼らはまだステイミングを自由に扱うことができなかった。
神社から出る時、追っ手が現れた。
どうやらアンバサダー3名でやってきたようだった。おそらくウィリアムの差し金なのだろうということだけは分かった。そして彼らはよく知った顔だった。
「イオリさん、あなたの演説には私感動したのです。でもこれは命令です。仕方がありません」
もう一人が言った。
「ステムもつけていないですね。もう、あなた方の負けは確定ですが。できるだけ苦しまないようにしますよ」
重黒木「こちらもイオリさんだけではありません。あなた方のやることに正義はない。ここでくじけるわけにはいかないのです」
重黒木とその仲間も武器を構えた。
イオリを狙ってきたのは2名だった。おそらく1名では勝てないという戦闘結果からそのようにしたのだろう。だが、彼女のステム値は40,000を超えていた。イオリの放つ一撃で一人の装着している機器が破壊される。もはやそれは弾丸ではなく、巨大な兵器によって放たれる波動砲と呼んでも問題なさそうだった。
「そんな…!?」
もう一人はギリギリのところでよけて、それからこちらに向かってくる。背中に仕込んでいたクラウン用の剣を手に取り、切りかかる。
イオリは手に意識を集中させた。体と心は常に自分の支配下にあった。まるで、自分が自分を操作しているかのような感覚さえあった。
相手の剣先はまるでスローモーションの映像をみているように遅く感じられた。イオリは剣を素手で止めた。そしてそれを叩き割り、ついでに相手の腹に一発こぶしをお見舞いした。
「ヴッッ!!」
おかしな声を出して、地面の上を2バウンドして地面に倒れた。それから身動き一つとれないようだった。遠方で重黒木達が苦戦している様子が見て取れた。アンバサダーがしとめようと銃を構えた瞬間、イオリはそのすぐ隣にテレポーテーションし、銃を掴み、それから腕を抱え、投げ飛ばした。それはほんの一瞬のことであった。
あたりに静寂が戻った。
誰もがその状況に驚き、声が出ない様子だった。
重黒木は無言で首を振り、それからかすれた声で笑った。
重黒木「これは信じられない…。こんなことが」
イオリの元へはヤスオミとトバリが駆け寄った。
ヤスオミ「何も言わずに出ていこうだなんてどういうことですか?と怒ろうかと思いますが、その気力もなくなりましたよ。こんなものを見せつけられちゃね」
トバリは声も出ない様子だった。
重黒木「あなたがいればなんでもできますよ、きっと」
ヤスオミ「アンバサダー3人がかりでも彼女は倒せない。きっともう、誰も倒せない。まるで、アンバサダーだった頃がなにか拘束具でもつけられていたのかと思えるほどです。力が解き放たれている…」
イオリはいつの間にかプレシオン機構においても中心人物となった。
郁人「きみには、プレシオンを率いてほしい。そしてプレシオンリーダーになり、妹の敵をとってほしい」
イオリ「私はなんかでいいの?」
郁人「君しかできない」
そして、彼はまもなく亡くなった。
――
イオリ「あなたがリーダーになるべきでは?」
重黒木「プレシオンを率いてください。一片の不満もありません。それにわたしはサポートするのが性に合っていますので」
イオリはプレシオンの面々が集まる場所で宣言した。
「プレシオンこそが世界において必要な組織であり、クラウン機構はその活動を停止すべきである」と。
つづく