2話
全4話です。
――都内ホテルの大ホール クラウン大集会--
「尊敬する諸君、私たちクラウン機構は国民の安全、国家の繁栄を最優先に考え、あらゆる危機から人々を守っていると自信を持って申し上げます――」
中央の演台で腕を振るいあげながら演説を行っているのはクラウン機構理事長のウィリアム・ウェイロンである。そのとなりにいるのはウェイロンの右腕の男、アルノーだ。
彼らの前には大勢のクラウンがホールにあふれんばかりに集まり、熱心に耳を傾けていた。
「しかしながら、昨今、獣たちによる被害が相次いでおります。そして、もしかしたらそれは私たちの離反者であるプレシオン機構が秘密を握っている可能性があるとのことです。もうそうであれば悲しい。私はとても悲しい。なぜ私たちの善なる行いを否定するのか。悪意をもって私たちに敵意をむき出しにするのか、私たちは断固として彼らにノーを突きつけなければならない!」
大きな拍手がなった。「そうだ!」という声も飛んだ。
その演説はそれから1時間にも及ぶのだった。
――都内某所の地下室
イオリの部隊には新しい部下が配属されていた。クラウン機構より直接派遣された男だった。名前はマコト、腕は確かだ。人型の獣をしとめたことでクラウン委員会は増員を決定したとのことだ。
ヤスオミ「あなたは何のためにクラウンになったのですか?」
マコト「何のためにって、決まっているでしょう。実績を積んで、クラウン委員になるため。委員になり、人々を守るためです。みな同じでしょう?委員になればより重要な職務をもらうことができる」
ヤスオミ「愚問でしたね」
マコト「しかし、そのためだけでもないですがね。なかなか美味しかったですね。あのホテルのビュッフェ。特に肉がよかった。イオリさんは何を召しあがったのですか?」
イオリ「私は肉は嫌いだ」
その発言に、ヤスオミが不思議そうな顔をして尋ねた。
ヤスオミ「え?でも食べてましたよね?」
イオリ「持ってきて食べろといわれたので仕方なく食べただけ」
ヤスオミ「人気のローストビーフ、かなりの長蛇でしたねぇ。少し並んだことを後悔しました」
マコト「ところで…。こんな24時も過ぎた時間に呼び出されてみれば。これはどういう状況ですか?」
マコトは周囲を見渡した。私たちのいつもの集会場、どういう状況といわれても、いつもの光景だった。ラウンドテーブにはヤスオミが用意した紅茶セットにお菓子が並べられ、トバリはもくもくとお菓子をつまんでいた。
トバリ「なに、あなた文句でもあるの?」
マコト「いえ、ありません」
トバリ「そうよね。まだ腹半分くらいだよ。あなた男なんだからいくらでもはいるでしょ?」
マコト「男だからという発言、あなた本当にクラウンですか?」
トバリ「なんだって?」
トバリとマコトの間にわずかな緊張が走る。
イオリ「ところでクラウンから離反した『プレシオン』とは一体どういう人たちだろう?」
イオリは昨日のことを思い出していた。彼らはどうやらクラウンに対して敵意を持っているようであった。
イオリ「それに、人型の獣との関係性。ウィリアムは関係があるようなことを言っていたけれど」
ヤスオミ「それについては調べてみました。どうやらなにかしらの取引をクラウンにもちかけた者がいるようです。女性です。名前は分かりません。もう一つ。関係があるかどうかは分かりませんが、その時以降、彼が警護している対象の政治家とその政党が大勝している」
マコト「偶然なのでは?政治家と我々に繋がりがあるとは思えませんが」
ヤスオミ「もともと確実に負けると言われていた斜陽の政治家でしたから。世間でも確実に負けるんじゃないかという風潮だった」
トバリ「ところで、ウィリアムの息子もクラウンだったよね。なぜ世襲が多いんだろ?2世、3世も多い、クラウン適性検査を抜けることができるのはごく僅か」
ヤスオミ「クラウン達は見込みがあるとなると、研究所で鍛えられる。そのときに、ステイミング能力の強化をしてもらうことになっているまったく見込みがないものはそのまま自由意志を尊重する、なにもしないか、記憶を消して去るか。その確率はおよそ1000人に1人。青洲というのは普通に考えるとありえないことではありますが、まぁそういう血統なんでしょう。遺伝するというのは十分考えられますからね」
――アパートの一室
「イオリちゃん。汁物から手を付けるのが正解。そして、魚は左側から食べるのが正解よ。全部逆だからね」
おばさんが淡々とイオリの食事マナーをダメ出ししている。
「焼きたてが一番おいしいんだから、魚から食べたいよ」
「マナーです。マナー」
「そもそもマナーっていつできたの?必要なの?」
本質的には、そこにいる人々が不快に思わなければいいのでは?
イオリは考えたが口には出さない。おばさんにはそんなことをいっても通用しないし議論にはならない。
「将来困るわよ。そういうところで異性に嫌われるかもよー?」
「そんなことはどうでもいいの」
「ふーん、そうですか」
――喫茶店
イオリの前に現れたのは20代前半の女性だった。
「こんなところに呼び出してしまい申し訳ありません」
イオリ「いろいろと聞きたいことがある。まずはあなたの名前から」
女性は言った。「相模 蘭といいます。プレシオン機構の使者としてお話させていただきます」
イオリ「では蘭。あなた方はクラウン機構に対して不満があるの?」
蘭「もともと、クラウン委員会は完璧主義者であり、自分たちの行いを間違っていないと考えますよね。しかし、単刀直入に言いましょう。あなたがクラウンは私たちとは話し合おうとしない。だからいつも話が平行線になるんです」
イオリ「少し待って」
蘭「待つ?」
不穏な雰囲気を感じ取るイオリ。
そう、気が付かないうちにその獣はそこにいた。人の身なりをして、しかし気配からわずかに人ではない雰囲気を感じさせる。獣はすぐにイオリに対して攻撃を開始した。体を大きく変化させ、獰猛で巨大な蜘蛛を思わせる姿だった。それはすぐにイオリに対して威嚇し、攻撃を始めた。
蘭がとても驚いたようだった。
ヤスオミ「イオリさん、加勢しますよ」
イオリ「来ていたの?」
特に気にもせずに一人でやってきたつもりなのにどうやらイオリの事を案じていたらしい。ヤスオミやトバリ、マコトも加勢する。獣の強打は店全体を破壊し、それからその周辺まで被害が拡大する。大きな構造物、木々は破壊された。しかし獣は気にした様子はない、狙うのはイオリただ一人であるようだった。イオリは銃に威力を込めて放つ。それは何発か獣が避けた。ヤスオミもトバリも後方から援護射撃をした。そのことにより獣たちの動きを封じ込めた。動けなくなったところ、イオリの一撃で倒したのだった。
マコト「やはり、あの蘭という女と人型の獣の関係が怪しいですね。人型は彼女を攻撃もしなかった。やはり何らかの協定、関係があると疑わざるを得ない」
そうだろうか、とイオリは考えた。蘭は獣に対して驚きそして身を隠したようにみえた。獣となんらかの関連性があるのであればそのような態度をとるのは不自然だ。それにあの様子、演技とも思えない。
彼らはクラウン機構のみを集中的につぶそうとしているという意味では一致しているのかもしれない。しかしイオリにはどうしても、蘭が我々クラウンを欺き、ひたすら潰そうとしているようには思えなかった。
――都内某所の地下室
ヤスオミ「文書に不正な点があったんですよ。改ざんされたであろう資料。改ざんされたであろう記憶。知らない名前のクラウン・アンバサダー。どう考えてもおかしい。これは、疑わざるを得ない」
イオリ「記憶消去・・・」
トバリ「え?クラウン全員の記憶消去?いくら不都合事を隠したかったからといって、そんなことアンバサダーだからといって。不可能でしょう?」
ヤスオミ「協力者がいるのかどうかによっても変わってくるでしょう。いづれにしてもなんらかの方法でやったとしか感がられない。しかしなくした記憶がなんなのかが分からないことには手の打ちようがないですね」
イオリ「あの子に頼るしかないか…」
ヤスオミ「あの子?」
――都内某神社
イオリ「久しぶり、サクラ」
サクラ「イオリさん。どうしたのですか。それも大勢のお友達もつれて」
イオリは仲間を一人ずつ紹介した。
サクラ「こんにちは、森井サクラと申します。クラウンについては私も挑戦したのですが、まったく素質がないということになりまして。1000分の1には入れませんでしたね」
イオリ「確認したいことがある…。これらの出来事についてなんでもいいから教えてほしい」
イオリは失われた記憶についての情報をサクラに伝え説明した。
サクラ「調べてみましょうか」
サクラは目を閉じ、息を整えた。手はイオリの額に触れるか触れないかの位置にかかげた。それからしばらく身動き一つしなかった。お堂を通り過ぎる緩やかな風が彼女の袴を軽く揺らしただけだった。
トバリ「なになに?どういうことなの?」
トバリが小声で誰にというわけでもなく尋ねた。
イオリ「彼女は装置を装着しなくてもステイミングを発揮することができる。微弱だけれど」
一斉に驚く面々。
マコト「聞いたことがない」
ヤスオミ「不思議ですね。理屈上はありえないのですが。この装置により力が引き出される、それに、うまく制御するためには研究所とのネットワークもオンラインで繋がっていないといけない。それらを完全に無視してステイミングを行使できるなんて、ちょっと信じられませんね」
しばらくしてサクラがイオリの額にやっていた手を下す。それからゆっくりと目を開け、皆の顔を見ながら頷いた。
サクラ「自分の記憶をたどると、イオリちゃんの記憶とは少し異なっている。あなたたちの記憶は綺麗に削られて、その部分が勝手に空白の記憶で埋められているようね」
イオリ「やはり…」
ヤスオミ「都合の悪いことが起きて、クラウン達の記憶を全て改ざんした。クラウン全集会の時かもしれない。集会所事態になにか細工があったのかもしれない。そうでないと一人消し去るなんてことはちょっと考えられない」
サクラ「解除してあげたいですが、私の力では解除までは難しいですね。その方法も知りませんし」
――某所
マコトはだれかに連絡をしているようだった。
その様子をヤスオミはみつけ、問い詰めることになった。
ヤスオミ「君の行動はとても不可解だ」
マコト「どういうことですか?」
ヤスオミ「君に口を開いてもらおうとは思っていない。強引に見せてもらうだけだ」
マコト「言っていることがわからない。なにか誤解しているのでは?それに、僕の能力をあまくみてもらっても困りますが」
マコトが身構えたところで、後ろから何かがマコトをとらえ、気を失う。
ヤスオミ「いや、トバリさんありがとう。あなたの隠密の能力にはいつも助かる」
トバリ「隠れて、遠くから狙撃するっていうね。私の得意技」
ヤスオミ「さてと・・」
ヤスオミは手をかざし、横たわったマコトの頭の回路を読み取る。
ヤスオミ「そうでしたか。しかし、これはなんらかの対処が必要になりそうですね。それも大急ぎで」
――某喫茶店
蘭「また会っていただけましたね」
私たちは挨拶をすませた。
イオリ「プレシオン機構は異世界生命体と結託しているのか?」
蘭「そんなことは決してありません」
イオリ「あの獣は我々を攻撃はじめた。あなたたちプレシオンは攻撃されていない。どうしてですか?」
蘭「関係のないものを、関係ないと説明することは難しい。それでは、一度プレシオン機構本部にきていただけませんか?一度ひざを突き合わせて話し合えば理解し合えるはずです。互いに警戒した状態では本当になすべきことなどみえてこないはずです。お互いを尊重しましょう」
イオリはしばらく考えた。彼女の言うことももっともだった。話し合ってみなければ解決しないこともある。一人では解決しないこともある。
イオリ「わかりました」
蘭「それでは、一度本部に戻り兄の相模 郁人に話をつけておきます。正式に案内させていただきますので」
イオリ「お兄さん?」
蘭「私の兄はプレシオンのリーダーなのです」
――プレシオン機構本部
「プレシオン機構 リーダーの相模郁人です。よくいらっしゃいました。話は蘭からきいております。彼女ももう少ししたらこちらに着くはずです」
イオリ達は部屋に通され、そこでしばらく待つことになった。
郁人「それよりも、最年少でクラウン・アンバサダーとは、素晴らしい能力をお持ちですね」
イオリ「それほどでもない」
郁人「しかしクラウン機構のやり方は間違っていると思う。我々の研究のほうが安全なんです」
ヤスオミ「安全とは?」
郁人「ええ。こちらの方が体への負担がありません。およそ我々はステム値1000を目指しています。私たちは互いに協力することに重きをおいている。スター型といっていいのだろうか。チームでこそ最大の能力を発揮できる。無理のないよう、能力も細分化されているしね。能力発芽のためのやり方が『おそらくは』旧式だから、人への負担も大きい」
ヤスオミ「おそらく?」
郁人「クラウン機構も我々も理解のできない科学を利用しているからね」
しばらくして部屋を叩く音がした。重黒木です。緊急の事態です。
郁人「どうした?」
男は部屋に張ってきた。それから郁人に耳打ちをした。相模郁人の顔がみるみる青くなった。それから力なく椅子に座り顔を伏せた。
郁人「そんな、蘭が」
ヤスオミ「まさかそんな手に出るとは…」
イオリ「なぜ・・何か知っているの?ヤスオミ」
ヤスオミ「あれから入念にサクラさんに私の脳内を調べてもらいました。クラウンの知識を改ざんした主犯格はウィリアム・ウェイロン本人だ。彼の主たる能力は記憶操作。彼の下には同じ能力をもつ多くの部下がいる。マコトもそのうちの一人でした。親しい政治家の汚職による人気低迷をなんとかしようとウェイロンは全て隠ぺいに動いた。そして裏でやり取りされたのは多額の報奨金。彼らは互いに関係を深め、互いの利益のために動いた。それを指摘したのがプレシオンの相模 蘭だ。執念深く付け狙われていたようだ。」
郁人「なんてことだ…」
――
ヤスオミ「つらいでしょうが。お話しなければいけないことがある」
郁人「ええ。もちろんです。この悲しみに浸っている時間はない。蘭もきっとそれを望んでいないんです。君たちも分かっただろう。彼らの組織はすでに崩壊している。人のために行動するといいながら善なる我々をも攻撃しているのだ。これでわかっていただけただろうか。」
重黒木「ウィリアムもそうだ。それに奴の側近、アルノー。すべてが腐っている。私たちは正義のために立ち上がらなければいけないんだ」
私たちは言い返すことなどできなかった。
私たちが信じていたクラウンへの幻想は崩れていった。
意気消沈した我々は帰路につく。
イオリ「ヤスオミはなぜ私についてくる?やはりアンバサダーになるためか?」
ヤスオミ「え?」
イオリ「いや、なんでもないだ…」
つづく