わかりあえないふたり
あるところに、お金持ちのお嬢様が居ました。お嬢様は毎日優雅な生活を送っていました。
ある日、お嬢様が街に出ると、貧しい暮らしをしている平民の少女に出会いました。
お嬢様は少女を見て言いました。
「まあ、なんてみすぼらしい格好をしているのでしょう。」
「喧嘩売ってんのかぶん殴るぞ。」
当然、お嬢様の物言いに少女は大変怒ります。
「そうだ、私のお屋敷に来なさいな。綺麗な洋服を着せてあげるわ。」
しかしお嬢様は他人の話を聞くタイプではありませんでした。そのままズルズルと少女をお屋敷に連行します。
「ぬわー、やめろー!」
お屋敷に着くと、お嬢様はさっそく少女を着替えさせます。
「おお……。」
「どう?とっても綺麗でしょう?これからは毎日その服を着て過ごしなさい。」
「え……やだ……。」
「ナンデ!?」
「だって動きにくいし……。」
「綺麗な服の方が良いでしょう!?」
「えー。」
「わからない……あなたの考えは本当にわからないわ……。」
「私もわからん。絶対に私の服の方が良いから着てみ?」
「……いいでしょう。」
今度は逆に、お嬢様が少女の服を着ます。
「ね?平民の服のが動きやすいでしょ?」
「スースーして落ち着かないわ。」
「ダメだったか……。」
また別の日。少女が食事をとっていると、そこにお嬢様が通りかかりました。
「あら、貧しい食事ね。私がご馳走してあげますわ。」
「いちいち喧嘩売ってるの?」
「ほらほら、早く馬車に乗って。お屋敷に向かいますわよ。」
「ぬわー、やめろー!」
お屋敷に着くと、お嬢様は少女に豪華な食事を振る舞いました。
「おお……美味しい。」
「どう?これからは毎日ご馳走してあげてもいいわよ?」
「え……いらない……。」
「ナンデ!?」
「いや、こんなの毎日食べてたら太るし……。」
「女性はふくよかな方が殿方にモテますのよ!?」
「モテねーよ。何だその貴族理論。」
「わからない……あなたの価値観は本当にわからないわ……。」
「私も。それに私はごはん派なの。こんな甘いパン毎日食べられない。」
「私は甘党かつパン派ですの!」
また別の日。
「まあ、ずいぶんと小さな家に住んでいますのね。私が建て替えてさしあげますわ。」
「え……やめて……。」
「ナンデ!?」
「狭い部屋のほうが住みやすいし、広いと落ち着かない。」
「わからない……あなたの価値観は本当にわからないわ……。」
「価値観一致しないね。」
また別の日。街の酒場にて。
「ワインは!?ワインは無いの!?」
「そんな高級な酒はねーよ。」
また別の日。お屋敷にて。
「これが上流階級の嗜み。チェスというものですわ。」
「ルールわっかんねー!」
また別の日。
「あら貴女。そのオカリナ、なかなか良い音色を響かせますのね。」
「これ、母親の形見なんだ。」
「そう……。私のヴァイオリンと弾き比べしまして?」
「うわ、上手っ。」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
そして、月日は過ぎて。
二人の交流は変わらず。しかし、少女は以前のように外には出られなくなっていました。
「貴女がとても重い病気にかかったと聞いて、お見舞いに来ましたわ。いま国で一番のお医者様を手配します。待っていなさい。」
お嬢様はそう言って少女の手を握ります。でも少女はゆっくりと首を横に振りました。
「いらない……。」
「どうしてよ……。」
「ありがとう。私の体のことは、私が一番わかるもの。……でも、一つお願いがあるの。 私が死んだら、桜の木の近くにお墓を作って……。」
「どうしてそんな悲しい事を言いますの。わからない……本当に分からないわ……。」
「私も、なんで貴女にこんな事を頼むのかわからないけど……でも、お願い。」
また、月日は過ぎて。
お嬢様は『奥様』と呼ばれるようになりました。お金持ちの習慣に倣って、奥様は自分の寿陵を建てるよう、執事に命令しました。
「奥様、奥様の言うとおりこの国一番の寿陵を建てました。奥様の陵墓にふさわしいものかと。」
出来上がった寿陵を前にして執事は言います。
「ええ。よくやったわね。」
寿陵は見上げるような大きさです。それを見て、奥様も満足そうに頷きました。
「しかし奥様。寿陵の足元にある小さなお墓。他の場所に移さなくてよかったのですか?お知り合いのお墓であれば、もっとよい場所に――。」
「いいのよ。……そのままで、いいのよ。」
でも、何も知らない平民達は噂します。
「平民のお墓の横に、これ見よがしに立派なお墓を建てて、嫌味な奥様ね。」
「そこまでして、権威を見せ付けたいのかしら。」
そんな噂を耳にしても、お嬢様は何も言いません。ただ静かに、自分の寿陵の上から景色を眺めます。
「確かに、私の陵墓にふさわしい眺めだわ。あの子も、この景色を見に来れば良いのに――。」
その視線の先には、小さく、汚れた、一つの家が。そして他方を向けば、自分の屋敷が。
「でも、貴女はきっと嫌がるのでしょうね。わからない……あなたの価値観は本当にわからないわ……。」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
そうして何もかもが過去になった後。
季節がいくつもめぐり。そして春になって。
お嬢様の陵墓とその足元にある小さなお墓の周りは、鮮やかな桜の花に彩られるのでした。