ヤンキーはもう卒業だ
門をくぐると、パティの馬車がもう帰って来ていた。
必死にパティを探す俺。
パティは、研究室の一室の机に小さな鳥かごを置いて、机に突っ伏しながらそれを見ていた。
パティに気が付かれないよう、そっと見守る俺。
(パティが、知らない男のところに嫁ごうとしている。それも、この場所を守るために……。)
怒りなのか、嫉妬なのか、色々な感情が俺を駆け抜ける。俺は、こんなにパティが好きなのに、パティは俺の事なんてなんとも思ってないのかよ!?パティは、平気で他人の嫁になっちまうのかよ!!と、悔しくて、切なくて、泣きそうになる。行かないで欲しい。俺が、大人になるまで待っていて欲しい。そんな思いで、パティを見守っていた。すると不思議なんだ。嫉妬とか、そういう気持ちは薄れて、ほっとして、『還りたい』とでも言うのか、そういう気持ちになった。パティがおれの帰る場所。パティがいるからこその……と思ったその時
「レオン…」
と、パティが俺の名前を呟いた。
静かにパティの真後ろまで移動して、耳元でそっと返事をする。
「呼んだ?」
「! 呼んでない!」
「嘘つけ。」
笑いながらパティの横に腰掛けた。
「ねぇ、もっかい俺の名前、呼んで。」
パティの肩に手をかけて、耳元で囁くようにいった。
「ちょっと、くすぐったい!」
パティの顔は顔を真っ赤にしながら、誤魔化そうと鳥かごを移動させようと持ち上げた。
「手伝うよ」
と、パティの手に俺は手を重ねた。
パティの、細くて柔らかいくて、でもヒンヤリとした手。その感触をもっと感じたくて、優しく撫でた。パティはピクンと反応して、逃げようとするから
「カゴ、落とすよ?」
と、逆にガッシリ掴んだ。
「あの、レオン……」
「うん?」
「その、近いんだけど」
「そうだね。」
「暑くない?」
「パティは冷たくて気持ちいいよ」
さっきまで頭をグルグルと回っていた思考が一切消え、パティだけを感じるかのように、感覚だけは冴えていった。
俺の長い前髪が、パティの首筋をそっと撫でる。息を吐けば当たる距離。パティの甘くくすぶるような匂いが感じれるこの距離。
手こそカゴを支えてるものの、後ろから抱きしめている気分だ。
「その、私汗かいて汗臭いし」
「どれ」
「やば、パティいい匂い」
「んなわけあるか!」
「マジだよ。俺、パティ食いたい」
全身を、熱い血が駆け巡るようで、口から自然と出た言葉。パティが欲しい。パティを食いたい。
この気持ちを知ってか知らずか、パティは全身を強ばらせていた。
「そそそそそ、ソレッテドウイウイミデスカ」
「ぶっ!なんだよその反応」
あんまりにもパティの反応が可愛くて、ぶはっと吹き出した。ダメだ、もー我慢の限界。とうとうパティを包み込むようにしっかり抱きしめた。
「俺、今どんな顔してるかな。あんたに見られなくてよかった。」
「……?」
抱きしめられる腕に、より力が入る。パティの細い体を、締め付けすぎないように、傷つけないように、でも、ぎゅうっと抱きしめた。
「パティ、俺、あなたが好きだ。愛してる。あなたが欲しい。一生傍に居させろよ、パティ…」
とうとう言ってやった!とうとう告白したぜ!とワーワー言う心の中の声を必死に抑える。
腕の力をそっと緩め、パティをこちらに向かせて見つめ合う。パティはとろけるような目をしていた。その目に、俺も引き込まれた。
「好きだよ。あんたは…?」
何も答えないパティに、俺は目を閉じてキスしようとしたその時だった。
けたたましくドアが開き、知らない男が飛び込み叫んだ。
「パティさまおられますか!!!国境沿いの町が侵略、占拠されました!」
ちょっと整理して考えよう。
パティと領主の土地問題。
多分パティの事だから、正当な理由であの場所に居るはず。だから、パティは悪くない。領主の言いがかりだろう。
俺が領主のとこに殴り込みに行って、殴って帰ってきた。
まぁ、俺が悪いかもだけど、結果的に領主がパティのことをリークして戦争になったわけだから、領主が悪い。途中経過はともかく、結果的に領主が悪い。むしろ、俺お手柄。
隣国。多分、パティの国は何もしてないのに、侵略された。
喧嘩なら両成敗。
けど、これは喧嘩じゃねぇ。
戦争ですらねぇ。
ただの言いがかりの上の侵略だ。
なら、反撃しても、正当防衛ってやつだよな?
侵略を受けた上での防衛なんだから、許されるよな?
うん、許される許される。俺は何一つ悪くねぇ。
というわけで俺は今、隣国の国王の頭を踏みつけていた。
グリちゃんと、その仲間と、なんならこの国の動物たちの全部が、俺に協力してくれてここに居る。若干の怪我人は(隣国側だから許されるっしょ!)出たかもしれないが、無血開城ってやつだろ!
「王様よぉ」
足下のジーさんを、見下しながら、ニヤァってガラ悪く笑う俺。
「ひいいぃ、生命だけは……」
「生命、欲しいんだ?」
「それはもう……!何でも欲しいものは差し上げますので…!!!」
「なら、隣国に二度と手を出すんじゃねぇ!」
などなどの話し合い(?)の末、血判状まで書かせて侵略を無事終わらせたのだった。
国境沿いの村が侵略された話を聞いてから、わずか1時間の出来事だった。
あのクソジジイにパティが好き勝手されると思うと虫唾が走った。どうせなら1発2発、なんならタコ殴りにでもしとけば良かった。チッ。
血判状を土産に、パティの所に帰宅すると、パティは青ざめた顔で、泣きながら駆け寄ってきて
「バカバカバカ!!」
とパカスカと俺の胸を叩いた。
もちろん痛くない。あと、可愛い。
「馬鹿はどっちだよ、ここを守るために身代わりになるだなんて。」
パティは一瞬ぴくっとして
「どうしてそれを!」
と顔を上げた。それから困ったような上目遣いになって
「あなたに、ここを残してあげたかったの…」
なんて言うもんだから
「あのな……」
(ここだけ残されても、パティが居なきゃ何にもならないんだよ)
って言葉で伝えても、多分パティは鈍感だから伝わらねぇ。
「じゃあ、パティはここを守るためだったら、どんな男にでも嫁ぐんだな!?」
「それは…」
困らせたいわけじゃないのに、困った顔をするパティ。
ならもういい。俺は決めた。
パティをぐっと抱きしめて、
「グリちゃん!連れてってくれ!」
と叫び、俺はこの国の王の所まで飛んだ。
パティはグリちゃんと飛ぶのが初めてって訳ではなかったけど、飛んでいる間、俺にしがみつきながら、ずっと顔を隠していた。
「たのもー!」
流石に自分の住んでる国の王城へは不法侵入する訳には行かないから、ちゃーんと門から入ろうとした。
門兵に、怪訝な顔をされたが、一緒にいるのがパティと分かると、あっという間に謁見の間に通された。
領主の場所とは作りや豪華さが全く違う、ちゃんとした場所だった。なんせ、中央に引かれた絨毯が赤い。厚い。フカフカだ。ちなみに、隣国よりも遥かに豪華だ。こりゃ乗っ取りたいワケだ。
豪華さが目新しくてキョロキョロする俺と対比するかのように静かで大人しく、凛と立つパティ。あぁ、絵になるなぁと見とれた。
そんなパティは俺と目が合うと、複雑そうな表情をして目を逸らした。
やがて、ガヤガヤと偉そうな人間が集まってきた。
格好からして貴族とかってやつなのか?
そして玉座には、パティと同じ髪色をしたいかにも王様っぽい男が腰掛けた。
「話は聞いておる、そなたが異世界転生者の『サイオンジレオン』だな?」
「あぁ。国王さんよ、あんたパティの父親なんだろ?話があってきた。」
「…!」
国王とパティは一瞬目を合わせた。そして、国王はふっと一瞬笑った。
「ふむ、なんなりと申してみよ。」
「隣国と戦争になると聞いた。戦争どころか、一方的に侵略をされた。だから、俺が単身乗り込んで、降参させてきた。これが、証拠の証文。」
といって、隣国の国王に書かせた手紙を投げた。
ガヤガヤと騒ぎ始める貴族のやつら。
慌てて受け取って中身を確認する頭良さそうなおっさん。
「陛下、間違いございません。隣国の国王のサインと印が押されております。」
「ほう…。あの食えない隣国の国王を…」
「そもそもの戦争になる現況を作ったのも、うちの領主のせいだって、言質もとった。」
「なんと…!」
さらにガヤガヤが大きくなった。
「王様よ、戦争を回避させるために、パティが人質になりに行くって聞いたぜ」
「…そうだ。そうなるであったろうな」
「だったら…。今回の戦争を終わらせた褒美に…」
くるっと振り向き、パティの顔をじっと見つめた。
「褒美に、この俺にパティをくれよ」
「「「なんと! 」」」
ザワザワがMAXになった。
パティは、きょとんとしていた。
王様は、くくくっと楽しそうに笑った。
「パティよ、今回の最大の功労者への褒美になるつもりはあるか?」
「えっと…」
何がなんだか分からないと言わんばかりに、パティの頭の上には『?』マークが沢山浮かんでいた。さっきの凛としたパティはどこに行ったんだと思うけど、どっちのパティも大好きだ。
だから、フッと笑って、パティを引き寄せて、ザワザワが止まらない貴族のやつらにむかった。
「俺はパティが好きだ。そんで、パティの国を支えてきたここにいる貴族さん達よあんたらは(パティを犠牲にするような政策しか出来ないなら)ブッコロス!!」
「「「ぎゃー!!!!」」」
メロメロに崩れ落ちる貴族を、国王は楽しそうにみて大笑いした。
「この国の貴族ごと私たちを愛すると言うのか!」
「あぁ!なんだったらこの先、俺がいる限りは戦争では負け無しを約束するぜ!俺が守ってやる!だからお父さん、娘さんを俺にください!!」
ピシッと背をのばし、頭をがっと下げた。
「ふむ。パティよ、こう望まれておるが、どうする?」
それは、優しい父親の笑顔だった。
パティはワタワタしてた。
俺は、頭を下げたまま
(頼む、断らないでくれ!!頼む!!)
と祈った。
祈るしか出来なかった。
……祈ることしか出来ないにしても、もう間が持たないと思った時だった。
「そういえば我が娘は、想い人に、自分だけ愛の言葉を貰ってないとボヤいておったなぁ。」
と王様が言った。
ビクッと固まる俺とパティ。
いや、だって『ブッコロス』って殺すぞって意味だぜ!?
その時、ふと思い出した。パティが他の男のものになるところだったと。考えただけでゾッとした。ハラワタか煮えくり返る。嫉妬で、おかしくなりそうだった。
他の男に取られるくらいだったら……
盗られるくらいだったら……。いっそコロシてしまおうか……。
パティの正面に立ち、両肩に手を乗せて、耳元に口をちかづけて、内緒話をするような姿勢をとった。
「パティ、愛してる。他の男のものになるなんて言うなら、『ブッコロス』」
最愛の女に言うセリフじゃねぇ。
でも、本心からそう思ってしまった。
パティは……。カチンコチンに固まっていた。
それから少しして、我を取り戻したようで、真っ赤な顔をしながら耳に手を当てて、ギギギっと俺に顔を向けた。
「レレレレ、レオ……!」
「ん?」
「よく聞こえなかった……、今なんて!?」
「いいぜ、何度でも言ってやるよ。」
「『ブッコロス、ぶっころす、ぶっ殺す』俺のものになれよパティ!」
「は、はい!!」
「皆の者聞いたな!!我が娘第1王女の婿殿は、異世界転生してこられた随一のテイマーだー!意義のあるものは申し出よ!」
「「「異議なし〜♡♡♡♡♡♡」」」
それからしばらくして、俺達はちゃんと婚姻できた。
(俺が若すぎた為に延期になってた。)
パティの父親とも、継母(実母の妹さんで、大の仲良しだった)とも、俺たちの3人の子供たちとも仲良く平和に暮らしてる。
だから、ばーちゃんも安心して幸せに暮らしてくれよな!お互いあの世に行ったらまた会おうぜ、ばーちゃん!
お読み頂き、ありがとうございました。