ヤンキーの血
1ヶ月が経った。
パティの話を聞いてから、散歩時には隣国の情勢には気をつけていたが、軍事演習どころかなんの動きもなく静かなものだった。
パティと言えば、忙しく毎日のように馬車であちへこちへと出掛けていき、帰宅時間も夕方から深夜、明け方とバラバラたったし、グッタリと疲れ切っていた。
(パティ、体力ねぇから……。)
と、馬車から寝室まで抱き抱えて運ぶのが俺の新たな日課となった。
『ありがとう』
と、か細い声で、だけど嬉しそうに呟くと、すぅすぅと安心して眠りについたが、顔色は日に日に青くなっていった。
何が起こっているのか、パティは何も教えてくれない。ただ、困ったようににっこりと微笑んで、『私が絶対あなたを守るから、心配しないで』と言うだけだ。
俺はパティに守られたいんじゃない、俺がパティを守りたいのに。だから悔しかった。
今日もパティは朝飯も食わずに、キリッとした顔で朝から出掛けていった。
俺は俺の毎日の日課をこなし、気分転換にと、久しぶりにいつもの食堂のおっちゃんの店で昼飯を食うことにした。
グリちゃんにつれてって貰えば、5分もかからない。
「おっちゃーん、席空いてる?」
「おぉ、レオ久しぶりだな。今この席片付けるからちょっと待ってろ」
「ありがとう、腹ペコペコだよ。今日のオススメ頼む〜」
「あいよ!トビキリ美味いの作ってやるよ!」
「おっちゃんにパティより美味い飯作れるのかよ」
「お。こいつ言うねぇ。もっともパティちゃんの料理を美味いって言うのもお前だけだけどね」
「みんな味覚オカシイよな」
「……。ほれ、いいから食え。」
「いただきまーす!」
出てきたのは、この店で最初に食ったスープ、しょうが焼きみたいなやつ、煮込みっぽいやつがそれぞれ2人前だった。
「あれ?今日はパティちゃんは?」
「……。今日も出掛けたよ。」
「そうか……。今大変なことになってるもんなぁ。」
「おっちゃん!なんか知ってるのかよ!?」
慌てて立ち上がり、おっちゃんの胸倉を掴んだ。
「落ち着けレオ!胸倉を掴むな苦しいわ!!」
「ご、ごめん!」
と、パッと手を離して両手のひらを見せて、『敵意無し』の意思表示をした。
「おっちゃん、頼む、なにか知ってることがあるなら教えてくれよ!」
「そんな必死な顔で頼まれても、食堂のオヤジには噂話程度しか知らないけどな、隣国がイチャモンつけてきて、どうやら戦争になりそうだとか。」
「それとパティが、どんな関係があるんだよ」
「なんだ、レオ知らないのか?」
「何をだよ」
「この町での暗黙の了解と言うか、みんな知ってることだからてっきり……。俺の口から言って良いとは思えないしな……。そうだ、領主さまに聞くといい」
「領主か!なるほど分かった!!」
それだけ聞くと、グリちゃんの背中に飛び乗って、俺は領主のとこまで飛んだ。
領主のとこの門から謁見の間までは、一本道でわかりやすかった。途中、何人も見張りっぽい兵とかがいて、足止めしようとしてきたが、『ぶっ殺す』、もしくは普通に殴って真っ直ぐ進めた。
というか、こっちに来た初日の俺の扱いを思い出して、イライラしてきていた。その上、領主が謁見の間とやらには居なかったので、「出て来やがれ、領主さんよ!話させろや!」と叫んだ。多分この時にはもう、怒りと焦りでいっぱいになってた。俺の気持ちに共鳴するかのように、領主に飼われてるはずの番犬やら、野良猫やら、馬車を引くはずの馬やら、果てはネズミやその辺の野鳥までが俺の後ろに『暴れる準備万端』と言わんばかりに控えていた。
「ひいぃ、なんなんだ一体!?」
と、情けない声とともに、番犬に唸られながら謁見の間に入ってきた領主は、部屋の中の動物達をみて、軽く悲鳴を上げた。
「だから嫌だったんじゃ!!わしが何をしたというのだー!!」
半分パニックになっている領主のそばまで近づき、耳元で囁く
「てめぇが知ってること全部ゲロれや。さもなきゃ、ぶっ殺す。」
「ひいいぃ♡♡♡♡♡♡」
目をハートにして、背後にバラの花びらを散らし、ヨダレも飛び散らかして倒れゆく領主。
相変わらず訳わかんねぇこの土地の人間だが、領主だけは倒れておしまいには出来ない。
領主の襟を締めながら、無理やり持ち上げた。
「知ってること全部吐け。パティに何が起こってる?隣国の戦争ってなんだ?」
「言う!教える!!だからあんまり乱暴しないでくれダーリン♡♡♡」
キモっ!!
思わず襟を掴んでいた手を離すと、領主はどしんと尻もちをついた。
「ダーリンが居る王立研究所のことで、隣国が不安要素だから取り潰せって要望を出してきたのよ。こちらが自ら潰さないなら、押し入って潰すってね。だけど、あれはパティ姫個人の所有物だから」
「姫?」
「あらダーリン知らなかったの?パティは国王の前王妃の忘れ形見なのよ。現王妃と腹違いの弟妹に迷惑かけたくないって、表舞台から姿を消して、この領地にひっそりと隠居してるって、この町じゃ知らない人間は居ないわよ」
なんで急におっさんがオネェ化したのか分からんが、ゾゾゾっと寒気が走ったが、次の瞬間には全てが怒りに変わった。
「ここはアタシが先祖代々受け継いできた領地なのよ!!たかが王女ごときに好き勝手されて腹立たしいから、隣国にリークしてやったのよ!!『ここに第1王女王女が居ますー!あなた方の不安要素は王女のせいです〜!』ってね。いい案でしょ?あんな女でも第1王女、いくらでも利用価値はあるからね!!」
「あ”?」
「王位継承権第2位の持ち主よ!結婚すれば、国王になる資格が与えられるのよ!!姫と結婚して、王と王子をころせば、簡単に国が乗っ取れるのよ!そんな重要人物なのに、たかがあんな研究所なんて名前ばかりの動物園と引替えに隣国に嫁ぎにいくなんて、あの女もバカよね、大バカよ!!」
と、オネェ化が止まらない領主は高笑いをした。
「パティが、隣国に嫁ぐ……?」
「そうよ!隣国のおじいちゃんみたいな国王にね!自分から人質になりに行くのよ!自分の身を呈してあんな、動物園守ったところで、ダーリンはあたしに愛を囁いてるのにさ!だったら、あの動物園は、あの女がいなくなったら速、潰してやるわ!!全部無駄になるわね!バッッカな女!!ギャハハ!」
「なんだって?」
「『ぶっ殺す』ってね、この国では最上級の愛の言葉なのよ。これを言われちゃうとね、全身痺れて相手に夢中になっちゃう禁断の言葉なのよ!ね、ダーリン♡」
と、気持ち悪くしなりながら、俺に擦り寄ってきた。
「最上級の愛の言葉が……『ぶっ殺す』?」
「そうよ♡ねぇ、もう1回言ってぇ♡♡」
「相手は、隣国の国王なんだな?」
「そうよ」
「分かった。色々教えてくれてありがとう。お礼だぜ!」
と顔面真正面から思いパンチを1発食らわせた。
(『ぶっ殺す』が最上級の愛の言葉……。いや、それよりも、パティが他の男のモノになるだと?嫌だ、パティが他の……)
頭の中でグルグルと考えながら、真っ白になった。血の気がひいて吐き気に襲われた。グリちゃんに縋り付くと、グリちゃんはそっと背中に俺を乗せ、家まで連れ帰ってくれた。
集まってくれた動物たちが、後からつい来ている事には、全く気が付かなかった。
門をくぐると、パティの馬車がもう帰って来ていた。