ヤンキー更生す
とその時、扉がけたたましく開いた。
逆行の中には、1人の女がいた。
「聡明なる領主よ!彼の処遇は公平なあなたらしくはありませんよ!!」
と、叫ぶその女は、間違いなくさっきの女だ。
ツカツカと、歩み寄って俺の真横に立ち、俺を取り押さえる兵たちを諌めた。
「あ、あなたは王立研究所の…」
「ごきげんよう、領主どの。この領地に分所ができた時にご挨拶に伺って以来ですね。」
「さ、さようでございますな…。」
領主はバツが悪そうに、目線を逸らした。
「先程1人の兵士に、領主たるあなたへの伝言を頼んだのですが、まだお耳に届いておりませんか?」
女はそういいながら、領主から庇うように俺の前に立った。
「き、聞いておりますとも。ですが、いせかいてんいしゃなど、聞いたこともございませんで……。」
「博識なあなたでも、異世界転移者をご存知ありませんでしたか……。古い文献にほんの少ししか記録が残っておりませんものね。では、良い機会です。今度その文献をお届けいたします。是非、そちらの方への知識も広げてみてはいかがでしょう?」
女は、領主を立てつつも、強気な態度だ。
「ぐっ……。そこまでしなくとも、あなたがそうおっしゃるのであれば、間違いはないのでしょう」
「はい。間違いはありません。」
にっこりと穏やかに微笑みながら、それでいてどこか圧力をかけているような……。その女はなんかスゲェ気配を出てた。周りの兵士もタジタジだ。
「とはいえ、そこのものを野放しにしては、野に野獣を放つのと同じ。被害が拡大するだけですぞ!なら処刑してしまうのが手っ取り早っ…。ひっ!!!」
「領主。私は何故この領地に居るか、ご存知では?」
「も、もちろん」
「野獣の扱いなら、私の専門なことも?」
「しっておりまふとも」
「では、彼の処遇は私に一任してくださいますね?」
「おお、貴女様が引き受けると!」
「はい。」
そこでまた、にっこりと笑った。
「では、そこのものの身をあなたに一任いたします!!早く、引き取ってくだされ!」
「ええ、かしこまりました。では、彼の周りの兵を下がらせてください。縄も解きますよ」
「な、なんと!?」
「なにか?」
「……。」
「なにもなければ構いませんね?」
「構いませぬ」
その返事を聞いて、また女はにっこりと笑って俺の前にしゃがんだ。
そして、俺の後ろ手の縄を解き、またにっこりと微笑んで、俺に優しく言った。
「お腹すいてない?」
と。
それから、案内されるがままに飯屋へと移動した。
何が食べたいか?とか、好きな物、嫌いなものはあるか?とか色々聞かれたが、俺が全然返事をしなかったので、『とりあえず、適度に頼むね』と言っていくつか注文してた。それからアレヨアレヨと料理が出てきて、広く見えてた机があっという間に料理で埋め尽くされた。給食じゃ出たことない、見たこともない料理が並ぶ。だけど、匂いは凄くいい。うまそうだ、と思った瞬間、急激に腹が減ってきた。そいえば俺、朝から飯食ってなかったな……。
大量の皿を目の前にして、困惑しながら、その女をチラッと見た。
「遠慮しないで?」
と、また優しく微笑んでる。
俺の中で、何かが弾けたように感じた。
渡されたスプーンで、スープを1口、口にした。
暖かい。
そんで、うまい。
そこからは、無我夢中で食った。
油断すると、涙が出そうで、出てきやがって、それを見られないよに、バレないように、皿で顔を隠すように、ガンガン食った。
そうすると、なんにも見なくて済んだ。なんにも考えなくて済んだ。
殺されるっていう絶望感と、よくわかんない目の前の女の優しさと、料理の暖かさと、色んなものがグルグルして、でも安心して、なんか幸せな気すらした。
あれだけあった料理は、すっかり俺の腹に収まった。さすがにちょっと食いすぎた。
人間の腹って、満腹になると本当に膨れるんだな。俺は丸くなった腹をさすって、その丸さを実感してた。面白ぇの。
「いやぁ、助かったぜ。あんた…いい奴なんだな」
元いた世界でも、こんなに親切にしてもらったことはなかった。だから、こんなことを言うのも初めてだ。ちょっと恥ずかしい。その恥ずかしさを誤魔化すために、へへって笑いながら鼻をかいた。
腹が膨れると、心にも余裕ができるもんで。
改めて周りを見渡す。
どう見ても日本じゃない。
「しかし…。ここは一体なんなんだ?」
「あなた別の世界から来たんじゃない?異世界転移ってやつ?
「異世界?」
なんだそれ?
「違った?」
「いや…。そうか、そういうことがあるのかもしれないな」
と、腕を組んで考える。
外国に来たのかと思ったが、なるほど、異世界か。いや、わからん。
「土地勘もお金もなくて困ってたんじゃい?」
「……。」
「……。」
痛いとこついてくる。本当に土地勘もねぇし、そもそも金なんて持ち歩いてねぇ。
「……チッ。そうだよ。なんか文句あっかよ」
吐き捨てるように言いながら、睨みつけた。
なんだ、優しそうに見せかけといて、結局あんたもそんな感じか。
「文句なんてないわ。そんなに睨まないでよ、怖いじゃない」
って、女は困ったような笑顔をした。
「そ、そうか…。一宿一飯の恩人を、怖らせるつもりはなかったんだ、すまん」
アワアワとしながらも、賢そうなお姉さんに負けじと、一生懸命知ってる難しそうな言葉を吐く。
なんてことだ……。なんでこんな些細なことで、恩人を怖がらせてんだ!俺!
とシュンと小さく頭を下げる。
「ねぇ、これからどうするの?」
「……」
そう言われても……。もとより行く場所も居場所もなにもない。
「あのさ、もし良かったらだけど……」
と何か言いかけたその時
「居たわ!愛の伝道師様はアソコよ!!!」
「「「キャー!!」」」
さっきの俺が喧嘩売りまくった老若男女達が、ドドドっ!!と食堂のドアを壊さんばかりになだれ込んできた。
おぉ、やっと喧嘩ができる!今度こそ殴り合うぜ!と身構えたのに、手首を掴まれた。そして
「こっちよ!」
と俺は引きづられるように店から逃げだしたのだった。
「はぁ、はぁ」
「ふぅ、結構走ったな。ここでいいのか?」
「そう、ここ、…はぁ、はぁ」
町から離れたここは、遠くに山が見えるちょっとした丘だった。丘を少し上がると、簡単な作りの門があって、その門は、丘の周りを木で出来た塀がぐるっと1周囲っている塀と繋がっていた。
「そうか。しかしあんた、足遅くてビックリした。」
「ごご、ごめんなさい、重かったでしょ」
重い?何が?
飯食ってるの?ってくらい軽かったけど?
てか、びっくりしたよ。
手を引いて逃げ出したのも一瞬。
この女…いや、おねーさんは走ってるつもりだったのかもだけど、俺の早歩きより遅いじゃん。
めっちゃ追いつかれそうになるから、途中からお姫様抱っこに切り替えて俺が走った。
お姫様抱っこなんて、初めてやったんだけど、正直、メッチャ恥ずかしかった。
「途中からしがみついてくれたから、抱きやすかったぜ」
って誤魔化した。
今もしがみついてるおねーさんが、ちょっと可愛くてニヤける。
「そ、そろそろ…下ろして…」
「あぁ…」
そうだよな、下ろさなきゃだよな。名残惜しいけど、仕方ない。落とさないようにそっと足が地面に着くようにおろす。
「で、ここは?」
と、またキョロキョロと辺りを見回した。
門から入ってすぐの所に、小さ目の家が1件。その家を中心として放射状に延びて行く何本かの道。その道に沿って、ポツンポツンと立てられた馬小屋?ドーム???などなどが見えた。
「ここは、私の自宅と研究所」
見えていた背景をバックに、ドーンと立った。
「あ?」
「あなたの処遇は、私に一任されたので。私とここで一緒に暮らしましょう!」
「……!」
『ウェルカム!』と言わんばりに両手を広げて、俺を迎え入れようとしてくれた。お姉さんの後ろに広がる大空は、どこまでも青く澄み渡って見えた。
命救われて、飯奢ってくれて、その上住むところまで……。
いったいどこまで恩を重ねてくるのか。
飯食いながら堪えた涙が、また出そうになる。
俺が返事を出来ないでいると、おねーさんはオロオロしながら、
「力仕事くらいは頼むかもだけど、衣食住ちゃんと用意するわよ?」
なんて言うもんで。嬉しくて返事が出来ねぇよ。
「……」
「嫌だった?」
でもおねーさんは、不安そうに
下からそっと覗き込んでくるその仕草が可愛くて、だけど、やってくれることは女神のようで……。胸が熱い。目頭も熱い。さっきやっとこ耐えた涙は、もう止められなかった。だけど、涙は見られたくない。
「バッ!ちげぇよ!その……。こんなに親切にしてもらったの、生まれて初めてだからよ…」
右手で顔を隠してくるっと後ろを向いた。
「こんな、なんの下心もなしに、ただの暴れん坊の俺なんかに、あんな暖かくて上手い飯奢ってくれて…、優しく微笑んでくれて…」
感情がぐちゃぐちゃだ。
北風と太陽の太陽って、きっとこんな感じなんだろなっ、なんて思ってたら、背中をすっとさすられて、ビクッ!と反応した。
「いいのかよ、世話になって」
と、吐き捨てるように言った。
なんて不器用ないいかたしか出来ないんだ、俺。
「好きなだけ居ていいよ。もちろん、他に行く宛てができたら、好きな時に出ていっていいよ。」
と、背中を優しくさすり続けてくれた。
暖かい。優しい心地良さ。他人に触れられて気持ちいい。こんなの本当に初めてだ。
知ってっか?人間、心地よくなると自然と『幸せだ』って急に思うんだぜ。
俺、今日初めて知ったよ。
俺の踏みしめる大地の土がぽつりぽつりと濡れていく。それを、おねーさんは見ない振りをしてくれていた。
どのくらいたっただろ。やっと落ち着いた俺は、おねーさんの方を振り向き、片手を差し出した。
「じゃあ遠慮なく、しばらくやっかいになるぜ
。俺は豪血寺獅音。レオって呼んでくれ。」
ってニカッ!って笑った。心から、自然と出た笑顔だった。
「私はパティ・グレイス・マクスウェルよ。パティって呼んでね。」
ここで、ようやくおねーさんの名前が判明した。長くて覚えられなそうだったけど、パティってのは覚えた。改めてもう1回名前を聞いて、メモしてちゃんとフルネームで覚えよう。
そう思いながら、固い握手をした。パティの手は、細くて柔らかくて、もう少し力を入れて握ったら、間違いなく骨砕くと思った。
そんでもってこの瞬間に、俺はこの細くて優しいパティを何があっても守ろうと、心に決めた瞬間だった。
それから早くも1週間がたった。
パティとの生活は、なんだか楽しかった。
朝は自然と早く目が覚めた。起きて直ぐに体が動かせるのは嬉しい。水汲みはパティには大変な仕事のようで、井戸から部屋の水貯めの瓶に入れておくだけでメッチャ喜ばれた。クチャって笑う顔が嬉しくて、それが見たくて毎朝毎朝やった。
薪割りも面白い。マサカリが、真っ直ぐ落とせるとスコーンって割れるんだ。薪割りなんてやったこと無かったけど、ちょっと憧れもあったし、なにせパティが喜ぶ。力仕事はパティにはキツかったようで、物凄く喜ばれた。頼られてる。男冥利につきるって、こういうことなのか?じーちゃん。暴力じゃない力の使い方があるんだな、って初めて知った。
パティは、『王立研究なんたらっ』ってやつをしてるようで、野生の動物?怪物?を沢山飼ってた。日本じゃ見たことがないようなデッカイデッカイ鳥?。象くらいでかい馬??、ショベルカーみたいなサイ???。それらがみんなパティによく懐いてる。だから、俺にもすぐ懐いてくれた。パティは『そう簡単には懐かないのよ?』と不思議そうだった。あと、不思議なことに、会話もできた。可愛い!だから、餌やりも、世話や掃除(うんこは臭い)も全部自分らで教えてくれるもんだから、苦労はなかった。アレヤコレヤうるさい時もあったけど、それがまた楽しい。そんな俺をみて、パティは『レオの異世界転生の才能はテイマーなのかも!』なんて言ってた。
ペットなんて飼ったことなかったからな。
てか、こんな生き物飼ってるやつなんて、誰も居ないぜ!絶対!なんて思うとワクワクして仕方ない。それにな、背中乗せて、草原を駆け回ったり、空飛んでくれたりとかするんだぜ!きっとバイクだって、こんな爽快感は味わえないと思う!
洋服も、ジーちゃんの学ランは1度脱いで、パティが用意してくれたこちらの服を着るようになった。おかげで町を歩いてても、あんまり目立たなくなった。
これも、パティが『似合う似合う』って褒めてくれた。
学ランを脱いだと同じく、リーゼントもやめた。おかげであごまでのびた前髪が邪魔だったが、しばったりなんだりと、ヘアアレンジに挑戦もして楽しんだ。なによりパティの反応が楽しい。どーやらパティのお気に入りはオールバックのようだ。だから、オールバックの髪型が自然と増えた。風呂上がりだけは、洗いざらしで垂らしとくのがすきなようだけど。
あーもーなんだか分からないけど、心と体が「楽しいよー!幸せだよー!」ってムズムズするんだ。
いくらでも体が動かせるから、『もっと仕事ないの?』って言ってるのに、パティってば遠慮するんだぜ。俺はもっと役に立ちたいのによ!
そんなパティは、時々遠くから俺を見守ってくれてる。ニコニコと微笑みながら。
時々目が合うと、俺も嬉しくて、ニコニコするんだぜ。
考えられるか?
自然と顔が緩むんだ。
日本にいた時は、喧嘩に勝った時にニヤってしたかもだけど、今思えばあの笑顔は悪い顔だったんだろうな……。
兎にも角にも幸せで、自然と口数も増えた。
思ったことが、自然と口からでるんだぜ。
例えば
「あぁ、腹減った!昼飯食おーぜ!パティの研究が一段落するまで待ってたんだぜ。やっぱパティの顔見ながら飯食わないと、美味さ半減するからな。」
「パティの作るご飯最高だ。店じゃ食えない、心が暖かくなるっつーか、なんか幸せの味なんだよなぁ。」
「あんたさ、あんな軽いのにクルクルよく働くよな。俺の母親とは大違いだ」
「観察中ってさ、何考えてるの?って観察対象の事か。あんた普段ふにゃってしてるくせに、観察中ってキリッとしててカッコイイよな。……ちょっと妬けるんだけど。」
「なぁ、俺、あんたの役に立ってる?もっとなんでも言ってくれよ。俺、あんたの為に動くのメッチャ楽しいんだぜ。こんなの初めてだ。」
「あぁ、俺、毎日幸せだぁ…。パティの世界に来れてよかった。」
とか。それも、なんか全部笑顔になってた。
自分がニコニコしながら言うと、パティもついニコニコしてくれる。これが笑顔の連鎖ってやつなんだな。
「うん、私もレオがこっち来てくれて嬉しい。」
なんて、不意打ちでパティがいうからさ、
「……!そうかよ…」
って顔が真っ赤に、熱くなって、思わず目をそらした。
最近目が合うと、つい目を逸らしてしまうことが増えた。
理由は俺にもわからん。
ただ純粋に恥ずかしい。のか?なんなのか。
『ドキッ!』として、顔が熱くなるんだよ。
それなのにパティがさ、
「ねぇ、最近私の事避けてない?」
なんて言うんだぜ?
「バッ!避けてなんかなっ…ちょ、近い近い!」
「目を逸らすからでしょ!こっち見なさい!」
一生懸命避けてるのに、パティってば俺の顔面を両手で掴んでぐぐぐっとパティの方を向かせる。
「〜〜〜!!!」
「こらっ!なんでそんなにめいっぱい目をつぶってるの!」
「察しろ!」
「察しられません!」
「それでも観察者かよ!!!」
「会話が通じる相手の心理は、語ってもらうほうが手っ取り早いでしょ!!」
「確かに」
「ほら、目を開けなさい!」
「くうぅー!」
と、パッと目を開けたと同時にばっちり目が合い、みるみる顔面が真っ赤っかになる俺。
「え、熱っ!熱あるの!?」
ガクッ。
「バカ!!ちげぇよ!!お前本当に観察得意なのかよ!!」
と、握った拳で口元を隠して目線を逸らした。
「失敬な。私はそれでおまんま食べてるのよ。」
「その研究結果、怪しいすぎる…大丈夫なのかよそれ……。」
とブツブツいいながら、俺はガックリ肩を落としてお皿を片付けることにした。
あー、分かったわ。
俺、パティに惚れてるんだな。