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序 最高神官の転生の顛末 その1

 その礼拝所には、立錐(りっすい)の余地も無いほどに人がひしめき合っていた。

 

 真っ白な貫頭衣を着た神官が一番多く、次いで粗末な礼服を着て日に焼けた農夫とおぼしき人々、数は少ないが高価な礼装を着た貴人も。

 

 皆、一様に悲しみをこらえる表情で正面にある地母神の祭壇を注視している。

 常ならば女神への供物として、花や収穫物が置かれるべき祭壇には、今、一人の老女が横たわっている。

 長い白髪を一まとめに編んで胸元に流し、目を閉じて、静かに祈りながら最後の時を待っていた。


 彼女の名はマイア。


 地母神に仕える最高神官にして、女神の(いと)し子と呼ばれる聖女。そして、50年前に大戦を終結させた英雄の一人でもある。


 清廉にして慈愛に満ち、聖魔法の使い手として人の身を超える領域に踏み込みながらも(おご)ることなく、ひとりの神官として祈り、癒し、畑を耕し、時には剣を手に取り戦った。

 そんな偉大な聖女が今、生涯最後の大魔法を行おうとしている。


 聖魔法を極めた神官だけが、自分の命と引き換えに使える、最後にして至高の魔法。


 神格召喚(サモンゴッド)


 死期を悟った高位神官が死の直前に、仕える神に降臨を願い、奇跡を行使してもらう。その時が近づいていた。


「みんな、わざわざ集まってくれて、ありがとうね。」


 マイアはわずかに顔を横に向けて微笑み、茶色の瞳を集まった人々に向けて、優しく声をかけた。

 その声は齢七十を超えているとは思えないほど(りん)として室内に響いたが、答える声は無く、押し殺した嗚咽だけがいくつか、微かに空気を震わせている。


「ライム、あとのことは頼みましたよ。」


 そう声をかけると、祭壇前の最前列に居た二十代ほどとみえる、神官衣を着た男が進み出てひざまずいた。

 しかし、この神官の耳が尖っているところを見ると、エルフの血を引いているのは明らかで、見た目と年齢が一致するとは限らない。


「はい、お任せくださいマイア様。

いえ、これが最後なのですから、母様と呼ばせてください。」


 涙がにじんだ目を瞬かせ、声を震わせながらも、こちらも微笑み答えた。


「母様、今までご指導くださり、それ以上に私たちを引き取り育ててくださり、ありがとうございました。」


 すると、横から小さな人影が十数人進み出た。


「マイア母さん!今までありがとう!」

「お母様、お教えを胸に精一杯生きていきます。」

「…お母ちゃん行かないでよう。さびしいよう…」


 上は十五、六から、下は四、五歳の少年少女まで、皆、涙を流し鼻をすすりながら、かわるがわるマイアの手を取り声をかける。


 マイアは生涯独身を貫いた。


 この子供達は神殿で引き取った孤児達だ。マイアは、大戦後に荒れた国内に溢れた孤児達を、引き取って育てたのだ。


 英雄とはいえ、質素を旨とする地母神の神殿では贅沢はさせなかったが、親を失い傷ついた子供達を分け隔てなく愛し、教え育てた。今では多くの子らが巣立ち、立派に身を立てている。


 神託を受けて神官となるもの、農家に嫁いだ者、商人として成功した者、中には戦功を挙げて騎士に取り立てられた者もいる。

 今では地母神の孤児院は、優秀で誠実な人材を輩出する、ある種のブランドとなっているほどである。


「みんな、ごめんなさいね。

でも年寄りから老いて死んでいくのが自然の定めなのよ。

わたしが居なくなっても、女神様がいつでも、あなた達を見守ってくださるから。

もちろんわたしもね。

女神様の御許でいつまでもあなた達を見守っているわ」


 答えるマイアに、泣き声を一際おおきくする子供達。


「さあ、みんなお別れは先に済ませたはずだろう。みんなで母様をお見送りしよう」


 ライムが言いながら、子供達を下がらせる。


「それじゃあ、みんな元気でね」


 にっこりと笑って、マイアは再び目を閉じた。


 精神を集中して体内の魔力を高めてゆく。

 

 願う奇跡は大地の豊穣。


 実りが豊かなら争いはなくなる、とは言わないが確率は低くなる。少なくともわずかな食を争って殺し合うなんて事態は生まれない。

 神が降臨して行なう奇跡とはいえ、人の身をとおして願うのだから永遠に続くわけでは無く、範囲も一国程度が限度。

 それでも向こう十数年ほどは豊作が約束されるのだから、国としてもありがたい話である。

 最後の願いを何にするかは、高位の神官達と話し合い決めたが、王国にも働きかけて、色々と神殿に便宜を図ってもらうこととなっている。


(やるべきことはすべてやり切った)


 マイアは祝詞(のりと)を呟きながら考える。


(大戦を終わらせて、子供達を育て、信仰を広めた。思い残すことは何もない。幸せな人生だった)


 だが、ふと思う。


(しいて言えば、わたしは恋をしなかった。それだけが少し残念かな)


 好意を抱いた異性がいなかったわけではない。共に戦った英雄たちの中にも、憎からず思った者もいることはいた。

 だが、ある者は婚約者がいたし、別の者は種族が違うためにそういう関係にはなり得なかった。


(女神様の身許で修行を終えて、再び生を得ることができたなら、次は普通の恋がしたい)


 礼拝所の中に白い光が満ちていく。


(恋をして、結婚して、子を産み、育て、普通に幸せに暮らしたい)


 光が弾けた。

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