〜 フランス・ノルマンディーの休日 ④ 〜
〜 フランス・ノルマンディーの休日 ④ 〜
僕はメリッサの運転する車ではオルレアン方面に向かっている。
パリの約130キロメートル南西にありロワレ県の県庁所在地である。
日本の宇都宮市と姉妹都市でもある。
オルレアンと言えばジャンヌ・ダルクが100年戦争でイギリス軍の包囲から解放した都市として有名でフランス史においても歴史的に重要な都市である。
僕の泊まっているオルヌ県のオーベルジュからロワレ県のオルレアンまで車で約2時間30分程の距離であるのだが当初の予定を変更してオルレアンには行かない。
実際には、途中で数回の休憩と道草を食いながらなので既に3時間以上はかかっている。
僕は、ここに来て一週間程であまり時間を気にしなくなっていた。
時間を気にし過ぎる日本人の生活スタイルが馬鹿らしく見えてきたのである。
良く言えば"勤勉で正確"なのかも知れないが悪く言えば"杓子定規"である。
……とは言え、毎日同じ時間に目が覚める僕の生活スタイルは全く変わらないのである。
まあ、"規則正しい生活"と"時間に縛られる"のは全くの別物なのだが……
因みに、オルレアンにはジャンヌ・ダルクの家というのがあるが本物は空爆で破壊され現在は復元された物である。
サント・クロワ大聖堂やオルレアン美術館など観るものは多いが僕の目的はそれではない。
「ごめんね、一週間も無駄にしちゃって……」
メリッサは車を運転しながら申し訳さそうに言う。
「そんな事ないよ」
「"人間にあって機械に無いもの……"」
「"それは無駄と言う部品だ"よ」
僕は車窓から長閑な風景を観ながら何事もなかったように言う。
因みに、某レジェンド漫画家の作品の中に出てくる言葉である。
「随分と哲学的なことを言うのね」
そう言ってメリッサは少し笑う。
「それより、本当に大聖堂や美術館には行かなくていいの?」
メリッサは僕に不思議そうに尋ねてくる。
「ああ、いいよ」
僕はそう言うと大きな欠伸をする。
「なんだか……カネツグ……少し会わない間に……」
「随分と性格が変わったんじゃないの?」
メリッサは意外そうに言う。
「そうなの?」
「メリッサって僕の事をどんなふうに思ってたの?」
僕は興味津々に尋ねる。
「う〜ん、そうね……」
「真面目で時間に正確でキッチリとした人……かな」
「私達、欧米人の想像する日本人そのものよ」
メリッサは笑いながら答える。
「そうなんだ……」
メリッサの言葉に僕は呟くように答えると海外留学をしようとするまで事を考える。
高校3年の"あの夏"までは僕は適当に人生を送ってきた。
あまり無理せず、波風の無いごく普通の平凡な人生が送れれば良いと思っていた。
"なのに……どうして……"
"こんなになっんだろう?"
今更ながら自分に問いかけるのだが、期待していたもう1人の僕の"あの声"は全く聞こえてはこなかった。
「カネツグ……カネツグ……」
「どうしちゃたよ、急に黙り込んで……」
"あの声"の代わりに聞こえてきたのはメリッサの声だった。
「あっ!ごめん、少し考え事してた」
少し心配そうなメリッサの声に僕は我に返る。
「そう言う、メリッサも……」
「僕が思っていたのとは随分と違ったよ……」
僕がメリッサの方を見て言う。
「えっ……それって"幻滅"したって事なの?」
メリッサは不安そうに尋ねてくる。
メリッサにしてみれば"思い当たる事が多々ある"からである。
"もっ、もしかして……"
"お酒を飲み過ぎてベロベロになって醜態を晒した(既に1度や2度ではない)事っ!"
"それとも朝起きが悪い(◯の子の日でここ一週間は特に酷かった)事なのかしら……"
思い当たる事が多過ぎてメリッサの頭の中でここ一週間の恥ずかしい出来事が次々に甦ってくる。
"はっ!もしかしてっ!"
"淫乱でスケベでだらしない女だって思われているのかしら……"
メリッサの頭の中で一週間分の恥ずかしい記憶がグルグル回る。
「メリッサっ!危ないっ!!」
僕の切迫した声にメリッサは我に返る。
我に返ったメリッサの目の前に巨大なトラックが写る。
「ひぃ!!!」
メリッサは咄嗟にハンドルを切ってなんとか回避する事が出来た。
もう少し遅かったら斎藤とご対面していたかもしれない。
「ごめんなさいっ!大丈夫!」
メリッサは僕に謝る。
「なんともないよ」
「僕の方こそ運転中に気を削ぐような事を言って悪かったよ」
僕がすまなさそうに言うとメリッサはホッとしたような表情になる。
「で……さっきの話の続きなんだけど……」
「私のこと……どんなふうに思ってたの?」
メリッサは不安そうに尋ねてくる。
「始めに言っておくけど……気を悪くしないでね」
最初に断りを入れておく僕であった。
「初めて会った時の印象はと言うと……」
「一言で言えば"残念な人"かな」
僕の言葉にメリッサは沈黙する。
「僕も人の事は言えないんだけど……」
「その僕から見ても特に初めて会った時のファッションセンスが酷かった」
「凄く美人でスタイルも良いのに"なんて残念な人"だなと思ったよ」
僕の確信を突いた言葉にメリッサから"うっ!"と言う小さな呻き声が聞こえる。
「それに地味で引っ込み思案で暗い性格だと思っていたよ」
情け容赦のない僕の言葉にメリッサの表情がヒクヒクと引き攣る。
「でも、今は違うよ」
「本当は凄く活発で明るい人なんだってね」
僕がそう言うとメリッサはホッとしたようなため息を吐く。
「それに意外に酒好きの飲兵衛だと言う事と……」
「……その……凄く積極的なんだってね」
僕が少し言いにくそうに言うとメリッサの顔が真っ赤になっていく。
「……」
メリッサは暫くそのまま黙り込んでしまうのであったのだが……
「それじゃ、私もカネツグと初めて会った時の印象を話すわね」
メリッサはそ言うとニヤリと笑う。
ニヤリとしたメリッサの表情を見て僕は背筋がゾッする。
「初めてカネツグに会った時は……」
「正直、女の子だと本気で思ったわ」
「背は低いし顔は可愛いし何処から見ても女子中学生にしか見えなかったわよ」
メリッサの確信を突いた反撃に僕はぐうの音も出ないのであった。
「それは今でも変わらないわね」
「……でも、カネツグは歴とした男の子よ」
メリッサは、なんかよくわからない事を言うと1人で納得している。
"……a des organes génitaux masculins……"
(ちゃんとナニも付いていたし……)
その後で思わず心の声がフランス語でボソッと口から出てしまう。
少し前の僕なら意味が分からずを首を傾げているところなのだが……
ここ一週間のフランス語の勉強である程度の意味が何となく理解できるようになっていたのである、その事をまだメリッサは知らないのだ。
実はフランス語は英語を勉強した人には比較的とっつき易い言語なのである。
更にフランス語をマスターするとイタリア語も7割程が理解できるようになるのである。
「……」
僕は聞こえなかったフリをする……
「どうしたのカネツグ、顔が真っ赤なんだけど」
どうやらメリッサは心の声が口からダダ漏れだった事にすら気が付いていないようである。
僕も何も聞かなかった事にするのであった。
この時にフランス語がある程度は理解できる事をメリッサに伝えるべきであったと後悔している。
僕がフランス語をある程度は理解できている事を知らないメリッサは、その後も気付かないうちに恥ずかしい心の声を何度も何度もフランス語で呟いてしまうのである。
後にその事を知ったメリッサはどうなったかは想像に易い事である。
そうこうしているとオルレアン近郊に到着する。
「これからシャンボール城に行って……」
「その後で昼食はこの店で食べる予定なんだ」
車を路肩に停めると、僕はメリッサにノート型パソコンに表示されている店に行って欲しいと頼む。
「シャンボール城の近くね……」
「こんな所にお店なんかあったのね」
そう言うとメリッサはノート型パソコンの画面に表示されているMAPの位置情報をナビゲーションにインプットする。
「シャンボール城からだと10分程かかるわね」
ナビゲーションが作動するとメリッサは車を発進させる。
メリッサの体調が回復するまでの一週間の間、僕は何もしていないわけではない。
来季に備えて予習をしたり、フランス語を勉強したり、ネットで穴場を探していたのである。
地元系のネットユーザー情報ではあまり有名ではないが美味い店のようである。
最近のネットにはグルメな情報が溢れている。
しかし、その情報を鵜呑みにしてはならないのである。
なので僕は複雑な利害関係の絡む可能性があるメジャーなyoutuxxxなどは避けて地元系の情報を元にしている。
それに、僕は観光名所ではなく"フランスの庭"と言われるこの地方の風景が見たいのである。
これからオルレアン近郊からロアール川沿いにトゥールまで西に向かい立ち並ぶ古城とその自然豊かな田園風景を楽しんだ後にオーベルジュに帰る予定なのである。
……あくまでも予定である……。
〜 フランス・ノルマンディーの休日 ④ 〜
終わり




