〜 カルロス・ロレンソ ⑦ 〜
〜 カルロス・ロレンソ ⑦ 〜
高速道路を走る一台の黒いワンボックスカー……
僕は車に詳しくないので良くはわからないのだが、大物芸能人がよく使っているのと同じ車のようである。
僕はこのワンボックスカーでカルロスとリンダ共に実家に向かっている。
朝から一悶着あってカルロスとリンダは険悪な雰囲気である。
車中と言う密閉された狭い空間の中で何とも言えない険悪な雰囲気の中、一刻も早く家に着く事を心から願う僕であった。
それから1時間程してようやく僕の実家に到着する。
"嗚呼っ!外の空気が美味い……"
車から降りた僕は思わず心の中で呟く。
「wow!」
僕の実家を見てリンダが小さな声で呟くのが聞こえる。
今日のリンダはやや短めのデニム地のスカートを履いている。
ジーパン姿しが見たことが無いので何故か新鮮に感じがする僕であった。
「どうだ、凄いだろ!」
カルロスは何故か得意げにリンダに言う。
「本当にパパの言う通りね」
「pureなJapanese old houseね」
リンダは感動したように僕の実家を眺めていると玄関が開いてハゲ頭に手拭いを巻き作務衣姿の父が顔を出す。
「マスター(師匠)」
カルロスは父に挨拶をするとリンダも慌ててペコリと頭を下げる
「Kanetsugu's father?」
リンダが小さな声でカルロスの耳元に問いかけているのが聞こえる。
「Yes」
同じようにカルロスが小さな声でリンダに答えると……
「Nice to meet you.」
「My name is Linda Freud.」
「I go to the same university as Kanetsugu.」
リンダは慌てて自己紹介をするのだが……父に英語が通じることもなく。
「My father doesn't understand English.」
僕がリンダに言うとカルロスがニヤリと笑う。
すると、リンダの顔が真っ赤になるになるのだが流石に父の前でカルロスの顔面にパンチを入れる事はできない。
訳の分からない父は目をパチパチさせながら僕に問いかけてくる。
「何か問題でもあるのか?」
どうやら父は自分が何か失礼があったのかと思ったようである。
何も失礼などない事を父に伝えると父は安心したようである。
無愛想で口数も少ない父だが、多少なりとも武術を嗜む者としては客人に失礼があってはならないと思うのである。
カルロスとリンダを以前と同じように奥の間(客間)に2人を案内する。
飾り棚の前にはカルロスの刀が刀掛けにかけられている。
カルロスは座布団に座るとリンダも同じようにカルロスの隣に座る。
リンダは物珍しそうにしている様子が伺える。
僕と父はカルロスとリンダの正面に並んで座る。
「この人はカルロスさんの娘さんだよ」
先ほどからリンダの事を気にしている父に説明する。
「カルロスさんの娘さんか……」
父はそう言うとリンダに挨拶をするのであった。
「先日、お預かりした御刀ですが……」
「鑑定の結果は"正真"との事です」
父はカルロスから預かった刀の事を説明し始める。
カルロスが帰った後ですぐに知り合いの鑑定士に鑑定してもらったようである。
僕は父の言っている事を英語に訳してカルロスに伝える。
父の話を聞いたカルロスは満足そうであり嬉しそうである。
鑑定機関に審査に出して鑑定書を作成してもらう事、研ぎに出す事、必要な費用と時間などをカルロスに説明する。
「全てマスター(師匠)に任せるよ」
話を聞いたカルロスはニッコリと笑うとそう言うのであった。
この事から、僕にはカルロスが父の事を全面的に信用しているのがわかる。
あまり、言いたくは無いのだが……
どの業界もそうだが、この業界には闇もあるのである。
その典礼がフリマサイトなどでよくある"すり替え"である。
カルロスの言葉を父に伝えると父は微笑んで小さく頭を下げる。
そんなカルロスの様子を見てリンダは少し驚いている様子であった。
暫くすると壁にかけられた時計が昼を伝える。
「もう昼か……」
父がそう言うとカルロスはニヤリと笑う。
どうやら父の言っている事が何となく分かるようである。
「カネツグ、昼は"例の鰻屋"が良い」
カルロスは僕にそう言うのだが……
「残念だけど……今日は定休日なんです」
僕が申し訳なさそうに言うとカルロスはガックリと肩を落とす。
「だったら、あの……」
「町営の……温泉はどうだ……」
「飯もあっただろう」
父は僕とカルロスの会話の内容が何となくわかるようだ。
「一度、問い合わせてみるよ」
「平日だから空きがあるかもしれない」
僕はそう言うと携帯電話で以前に中野さん家族と出会わせた町営の温泉施設に連絡を入れてみる。
「父さん、空いてるって」
「4人で食事付き予約するよ」
「2時から4時30分まで使えるよ」
僕は父にそう言うとカルロスとリンダの方に視線を移す。
「onsen……」
カルロスとリンダは小さな声でそう言うと2人揃ってニッコリと微笑んでいる。
"どうやら、温泉の事はわかるようだな……"
僕はカルロスとリンダの様子を見て2人が温泉の事を知っているのだと分かる。
僕はいつものタクシー会社にタクシーを2台手配する。
30分程で自宅に到着するとの事であった。
タクシーが来るまでの間、父はカルロスに自分の所蔵している何振りかの刀を見せている。
その様子を横目で見ながらリンダは僕の横で障子越しに外の景色を眺めている。
「凄くいいわ……」
不意にリンダが呟くと……
「これが歴史と文化ってやつなのよね」
「私達の国には無いもの……」
「どれだけお金があっても力があっても……」
「これだけは絶対に手に入らないのよね」
リンダはそう言うと大きな伸びをする。
リンダは凄くリラックスしているのが見て取れる。
暫くの間、時より鳥の囀り声が聞こえる中でゆっくりと時間が流れる。
「パァーン」
その静寂の時間を破るように車のクラクションの音が鳴り響く。
どうやらタクシーが到着したよである。
僕たちはタクシーに乗ると温泉に向かうのであった。
1台目のタクシーには僕と父、2台目のカルロスとリンダが乗る。
温泉施設に到着するとカルロスとリンダは何故か不思議(期待外れ)そうな表情である。
おそらく、2人は純和風の温泉旅館を想像してたのだと思う。
「この温泉は町営の公共施設なんです」
「ですが、温泉の泉質は良くて医療泉です」
「そして、地元の食材を使った料理も楽しめます」
僕はその事をガッカリしている2人に説明する。
僕の説明を聞いて2人の表情は少し良くなったようである。
温泉施設に入るとおばさんが部屋に案内してくれる。
ここは家族風呂があるのであるが流石にリンダと一緒に入る訳にはいかない。
2時間30分くらいあるので僕と父とカルロスが入った後でリンダが入る事になった。
リンダに家族風呂の事を説明していると……
「リンダ、なんならカネツグと一緒に入ってもいいんだぞ」
カルロスはニヤリと笑って言うとリンダの顔が真っ赤になる。
「はぁ〜」
リンダは大きく深呼吸をすると……
「ドゴッ!」
鈍い音と共にカルロスは苦しそうな呻き声を上げ股間を押さえて蹲る。
リンダの蹴りがカルロスの股間を直撃したのである。
どうやら、リンダの堪忍袋の緒が切れたようだ。
滅多な事では動じない父だが、流石に面食らったらしく茫然としているのであった。
僕は、この親子の事を昔から知っているような不思議な錯覚に陥るのであった。
〜 カルロス・ロレンソ ⑦ 〜
終わり




