〜 カルロス・ロレンソ ④ 〜
〜 カルロス・ロレンソ ④ 〜
カルロスが僕の実家に来て3時間ぐらいが過ぎていた。
ミリタリーマーケットで手に入れた旧・日本軍の軍刀が名刀である事がほぼ確実となりカルロスは上機嫌である。
父は電話で知人の鑑定士の資格を持っている人物と研師をカルロスに紹介する手配をしている。
時計を見ると時間は午後2時過ぎである。
「腹が減ったな……」
カルロスは不意に呟く。
「そうでね」
僕はカルロスに同調するように言う。
ビジネスジェットの中で機内食を食べたきりである。
いかにも燃費の悪そうなカルロスの胃袋は既に空の状態だろう。
暫くすると父は電話し終え僕とカルロスの会話を聞いているのだが……
「なんだ……何を言っているんだ?」
英語の分からない父は僕にカルロスが何を言っているのか聞いてくるので通訳すると……
「ああ……そうか……」
「だったら、木地師の鰻屋はどうだ」
父の提案に僕も頷く。
僕はカルロスに鰻の事を話すとカルロスはニヤリと笑って大きく頷くのであった。
父と僕、そしてカルロスと一緒に田舎道を歩く。
カルロスは何も言わず、ただ黙々と歩いているように見えたのだが……
何故かその顔は何処となく楽しそうであり笑っているように見える僕であった。
鰻屋に来た僕と父、そしてカルロスの3人は鰻を食べている。
平日で飯時から外れた時間帯なのでそんなに混雑してはいない……
「これは、美味いなっ!」
カルロスは鰻が非常に気に入ったらしく既に2人前を平らげている。
「お代わりをくれっ!」
カルロスはそう言うと僕はカルロスの食べっぷりに少し驚いてる女将さんの方に視線をやる。
女将さんは呆れたような表情で頷くと店の奥に入っていく。
結局、カルロスは5人前の鰻を完食するのであった。
流石の父もカルロスの食べっぷりに驚いているようであった。
カルロスが鰻を吸い込んでいる間に僕に目に店内の壁にかけられた品書きが留まる。
"外国語表示されている……"
以前は日本語のみだったお品書きがいつの間にか英語の外国語表記が追加されている。
女将さんに尋ねると、最近になって外国人のお客さんが多く来店するのだそうである。
「こんな、辺鄙な所なのにね……」
女将さんはどうして外国の人がこんな所までわざわざ鰻を食べにくるのか腑に落ちないようであった。
女将さんは何とも思っていないようだが、僕はこの店の鰻は相当なレベルだと思う。
しかも、質と量と価格を考えるとコストパフォーマンスが良いであるから当然である。
この店が外国人向けの旅行ガイドブックに"グルマンの店"として紹介されている事を僕が知るのは後日である。
因みに、"グルマンの店"とは手頃な価格で良い物を提供している良心的な店の事である。
つまり、多少辺鄙な所ではあっても行く価値があると言う事を意味するのである。
鰻を5人前平らげたカルロスは満足そうにするとポケットが財布を取り出す。
「鰻がこんなに美味いものだとはな」
「ここは俺が奢るぜっ!」
カルロスは上機嫌でそう言うとカードを取り出す……すると父の目がギラリと僕に向けられる。
「カルロスさん、ここは僕が出しますよ」
「先日、ご馳走になったお礼です」
僕は適当に理由付けすると急いでポケットから財布を出してクレジットカードを女将さんに渡す。
後日、僕はクレジットカードの請求額を見て顔面蒼白になるのである。
「そうか……」
カルロスは少し不満そうだった。
鰻屋を出て家に帰ると午後4時前であった。
「そろそろ、時間か……」
カルロスは金ピカのロレックスの時計を見ると小さな声で呟く。
「師匠すまないが……」
「俺はこの辺で失礼するよ」
「ちょっとばかしヤボ用が有ってな」
カルロスは父にそう言うと携帯電話をポケットから取り出し何やら話し始める。
電話を終えると数分で黒塗りの高級車が家の前に停まる。
「世話になったな……」
「刀の事はよろしく頼む」
カルロスはそう言うと父に握手の手を差し伸べ父と握手を交わす。
僕は何となくほのぼのとした気分になり2人を見守っていたのだが……
「さぁ、行くぜっ!」
カルロスはそう言うと僕の手を掴んで歩き始める。
「えっ?」
僕は訳も分からずにそのまま、カルロスに引きずられて車に乗せられ実家を後にするのであった。
車はそのまま走り続け東京都内に入る。
そして、車は都心の一等地にある高層ビルの正面玄関で停まる。
何事かと警備員が近づいてくるのだが……
カルロスを姿を見た警備員の表情が急変し慌てて何処かに連絡しているのがわかる。
暫くするとビルの奥からスーツ姿の男性が3人慌てて飛び出てくるのが見える。
その身なりから見るからに役付きの管理職だと言う事がわかる。
「こっこれはカルロス様、当社に何か御用がお有りでしょうか?」
英語で話す男性の様子からカルロスの急な来訪に相当狼狽しているのがわかる。
「ああ、Mr.◯◯に話したい事がある」
「アポ無しですまんが急用だ」
カルロスはそう言うと3人の男性は困った表情でお互いに顔を見合わせる。
「只今、◯◯は外出しております」
「至急、連絡を取りますので……」
「もし、お時間ありましたら……」
「中でお待ち頂けますか?」
男性の1人が緊張した表情でカルロスに英語で話しかける。
「わかった、待たせてもらおう」
カルロスがそう言うと男性の1人がカルロスを案内しようとする。
「お前も一緒に来い」
カルロスが僕にそう言うと案内しようとしている男性は僕の方を見る。
「コイツは俺の通訳だ」
カルロスがそう言うと男性は小さく頷き僕も一緒に案内されるのであった。
ビルのロビーに入ると受け付け後ろの壁に日本を代表する某巨大企業のエンブレムが僕の目に留まる。
"もっ!もしかして……このビルは……"
"◯菱商事の本社ビルなのでは……"
カルロスが車で正面玄関に乗り付けたの日本を代表する商事会社の本社ビルであった。
一般庶民で小心者の僕はこれからどうなるのかと不安で頭がいっぱいになってしまう。
カルロスと僕が通された部屋は代表取締役室、つまり社長室であった。
若い女性社員が強張った表情でお茶を出してくれる。
お茶を口にしたカルロスは渋い顔をする。
「お前の淹れた茶の方がよっぽど美味いな……」
小さな声で呟くカルロスの嫌そうな口調が今でも僕の耳に残っている。
15分ぐらいすると息を切らした社長らしき人物が部屋に入ってくる。
よほど慌てて来たのであろう事が窺える。
「お待たせしました、Mr.カルロス……」
社長らしき人物は流暢な英語でカルロスに話しかけると僕のほぼ正面に座る。
「急に来てすまない……」
「直接伝えたい事がある」
カルロスは急に真面目な口調になると……
「大統領が天然ガスの輸出規制を検討している」
カルロスの言葉を聞いた社長らしき人物の顔色が真っ青になる。
「まだ、議会に提出されてはいないが信頼できるところからの情報だ」
社長らしき人物の手が小刻みに震えているのがわかる。
あまり国際情勢や日本のエネルギー政策などに詳しくない僕ですらこの事が日本の企業や国民に与える影響がとてつもなく大きい事ぐらい見当が付く。
社長らしき人物は暫く茫然としていたが直ぐに数名の部下を呼び付けると何かを話している。
「何を言っているか分かるか?」
僕の隣に座っているカルロスが小さな声で僕に聞いてくる。
僕はジッとして耳を傾ける。
完全には聞き取れなかったが大体の会話の内容はわかる。
「どうやら、日本政府の方に連絡するようです」
僕はカルロスに伝えるとカルロスは何かを考えているようである。
話を終えた社長らしき人物は落ち着かない様子で再び僕のほぼ正面に座る。
「Mr.◯◯、日本政府はどうする事もできんよ」
突然のカルロスの言葉に社長らしき人物は驚いてる。
「規制がかかるかどうかは、まだ分からんが」
「保険はかけておいた方がいい……」
そう言うとカルロスは社長らしき人物にある提案をする。
「俺が確保できるだけのガスを確保する」
「規制が確実になったら……」
「即座に全て規制前に売却する事を約束するよ」
「これで当面は凌げるだろう、その間になんとか代替先を探せばいい……」
「これはアンタらの政治家が得意な"根回し"ってやつだ」
「規制がかからなければこの話しは無し……」
「だから、面倒な書面契約はしない」
「それでどうだ?」
カルロスの提案に社長らしき人物は露骨に安堵した表情を浮かべお礼を言うのであった。
話が終わるとカルロスは直ぐに立ち上がり部屋を出て行く。
社長らしき人物と取り巻きの人が何人も見送りに来る。
車が走り出すと全員が深々と頭を下げているのがわかる。
するとカルロスは僕の方を見てニヤリと笑う。
「これで、アイツらは嫌でもお前の顔は覚えただろう」
カルロスの言葉に背筋が寒くなる僕であった。
その数日後、ニュースで亜米利加が天然ガスの輸出規制を検討している事が報道される。
テレビ番組の会見であの日にカルロスと一緒に会った社長らしき人物が報道陣にコメントしていた……
その内容はと言うと……
"経団連は日本政府に要望書を提出した"……であり。
それと同時に"当面の天然ガスは確保できる見通し"だとコメントしているのであった。
因みに、社長らしき人物の肩書きが日本経団連常務理事となっているのであった。
それにしても、日本のエネルギー政策に関わるような一大事が刀と鰻のついでとは……
このオッサンの底知れぬ器の大きさに恐怖すら覚える僕であった。
〜 カルロス・ロレンソ ④ 〜
終わり




