〜 カルロス・ロレンソ ③ 〜
〜 カルロス・ロレンソ ③ 〜
僕は再びビジネス・ジェットに乗って空を飛んでいる。
目的地は我が祖国の日本である……
"どうしてこんな事に……"
僕は数時間前と同じ言葉を心の中で呟くのであった。
少し時間を遡り3時間ほど前……
段ボール箱の中の古ぼけた軍刀が名刀である可能性を知ったカルロスは当然だが僕に確認する方法を尋ねてくる。
僕は、初めに専門家に鑑定してもらい正真であれば研ぎをかけてもらい白鞘を新調すれば良いと、ごく当たり前の事を言ったのだが……
その時、僕は迂闊にも口を滑らせて父が"刀匠・和泉守兼正"であると言ってしまったのである。
僕の言葉を聞いた時にカルロスのニヤリとした表情に凄く嫌な予感がしたがそれは予感では無く予知であり直ぐに現実となった。
「だったら、話は早いっ!」
「これから、日本に行くぜっ!」
「日本の連中にヤボ用もあるしな……」
カルロスはそう言うと携帯電話をポケットから取り出すと……
「これから、日本へ行く……」
「手配を頼む」
荒唐無稽なカルロスの行動に呆然としている僕の耳元でボリスか呟くように言う。
「思い立ったら直ぐの人なんだ……」
「諦めてくれ……」
ボリスは諦めたように言うのだが……
"……カネツグ君……どうやら……君は……"
"親父に気に入られたようだな……"
ボリスは呆然としてしている僕の様子を見て心の中で気の毒そうに呟くのであった。
かくして僕は再びビジネスジェットに載せられて日本へ行く事になってしまったのである。
東京からヒューストンまでの距離は10700km程あるがカルロスの所有するビジネスジェットの航続力は13500kmである。
日本までノンストップで約11時間である。
カルロスの所有するビジネスジェットは大型機で亜米利加と日本の往復費用はおよそ5,000〜6,000万円である。
僕達のような庶民からは考えられないがカルロスのような大富豪からすれば隣町にタクシーでラーメンを食いに行く程度の感覚なのである。
とりあえず、僕は家に電話をして事の成り行きを説明する……
カルロスさんの軍刀の話をすると父は凄く乗る気で知り合いの研ぎ師と鑑定の専門家を紹介するとまで言う始末である。
なんだか、家の父とカルロスさんを会わせるべきではないような気がする僕であった。
因みに、ボリスさんは諸事情により今回は同行していない。
ビジネスジェットに乗っているのはパイロットなどの乗員の他は僕とカルロスさんだけの2人である。
それにしても、同盟国同士とは言えたいした手続きもせずにここまで簡単に国外に出れるとは思いもよらない僕であった。
なんやかんやで11時間後に無事に日本に到着すると僕は致命的な事に気付いた。
"げっ!パスポートを持っていないっ!"
そう、僕のパスポートは大学の寮に置きっぱなしなのである。
当然だがパスポートが無いと入国できないのである。
「何をしているんだ……」
「顔色が悪いな、酔ったのか?」
カルロスはパスポートが無いことに気付いて顔面蒼白になっている僕に問いかけてくる。
「……無いんです……」
「あの……その……パスポートが……」
「入国できないんです……」
顔面蒼白のぼくを見てカルロスはニヤリと笑う。
「パスポート……ああ……」
「そんなもん要らねえよ」
そう言うとカルロスはガバガバと笑っている。
"このオッサン……何言ってんだよ!"
あまりに非常識なカルロスの言葉に僕は少し腹が立つのだが……
あっさりと空港を出る事ができた。
"なんで?なんでなの??"
僕にはどうしてパスポート無しで入国できたのか全く分からない。
「あの……どうしてパスポート無しで入国できたのでしょうか?」
僕は恐る恐るカルロスに尋ねると……
「査証免除だ心配するな」
「お前は俺の同行者(通訳)として申請している」
「アイツらは何も言わねぇよ」
「石油と天然ガスは喉から手が出るほど欲しいだろうからな」
カルロスは何事もないように答える。
"このオッサン……"
"とんでもなく偉い人なんじゃないのか……"
僕は凄く悪い事(密入国)をしているような気分になるのであった。
空港を出ると迎えの高価そうな車が既に到着している。
運転手に住所を伝えて僕の実家へと向かう。
空港から高速道路を使って1時間ほどで実家に到着する。
車から降りたカルロスは僕の実家を見て小さな歓喜の声を上げる。
「ワォ!」
ソフィやメリッサと同じリアクションであった。
父とカルロスは初対面にも関わらず初めから2人に余所余所しさは全くなかった。
やはり、僕の思った通りこの2人には何処か共通するものがある。
同じ趣味趣向は国籍、人種、性別は関係無いのであろう。
簡単な自己紹介を済ませると父はカルロスを奥の間に案内する。
因みに、母のハンナは仕事、妹の絵梨香は試合で県外に遠征していて留守である。
「素晴らしい……」
我が家の奥の間に入ったカルロスは感動したように呟く。
築150年以上の元商家は長い年月を経た物だけが持つ独特の雰囲気を漂わせている。
そこに父が趣味で集めた数点の骨董品が床の間に飾られているだけの何も無い部屋である。
カルロスの大豪邸のような煌びやかな装飾品は一切無い畳8畳の狭い部屋である。
きっとカルロスのヒューストンの大豪邸のウォークインクローゼットより狭いだろう。
しかし、それがカルロスの心を惹きつけたようであった。
僕はお茶を出すように父に頼まれる。
キッチンのテーブルには父の所蔵の茶器が屋久島杉の盆に用意されていた。
お茶は抹茶ではなく玉露が用意されている。
僕は盆を両手でしっかりと持って奥の間に入ると父はカルロスの軍刀を鑑賞している。
カルロスは真剣な表情でその様子を伺っている。
「……んん……間違いないな……」
父は小さな声で呟くと何度も頷く。
"どうやら正真のようだな……"
父は鑑定士ではないが刀を見る目は確かである。
僕は心の中でホッとしたように呟く。
もしも、贋作偽名だったらどうしようかと、ずっと不安で仕方なかったのある。
「とても良い物です……」
「知人の鑑定士を紹介します」
「正真と鑑定されれば研ぎ師も紹介します」
父はカルロスに言うのだが日本語の分からないカルロスは首を傾げている。
僕がカルロスに通訳するとカルロスは握り拳でガッツポーズをとる。
その時のカルロスの嬉しそうな表情は今も記憶に残っている。
500億ドルもの資産を持つカルロスにとっては刀の金額の事など全く問題なのではないのである。
自分自身で買った刀が正真正銘の名刀であった事が何もよりも嬉しいのである。
そんなカルロスの様子を見て父も嬉しそうに笑っていた。
その後、僕の淹れたお茶を3人で飲んだ。
そして、僕はカルロスが申請した通りに通訳の仕事をする事になるのであった。
〜 カルロス・ロレンソ ③ 〜
終わり




