〜 メリッサ・ベルナール ⑦ 〜
〜 メリッサ・ベルナール ⑦ 〜
"ここは……"
目を覚ました僕の寝ぼけ眼にふくよかなメリッサの胸の谷間が飛び込んでくる。
僕は少し焦りながらもメリッサを起こさないようにゆっくりとメリッサの手を解きベッドから起き上がる。
"6時過ぎか……"
ベッドの横の時計を見て僕は心の中で呟くと部屋の中をぼんやりとしながら見廻す。
僕の高野山の修行僧の如き性格無比の生活リズムはこんな状況でも狂う事はない。
"暖かい……な……"
いつの間にか部屋の暖房が効いている。
窓の外の建物にも明かりが灯っているのが見える。
どうやら、寝ている間に停電が解消したようだ。
しかし昨日、降った雪はそのまま溶けずに残っている。
僕はベッドから出ると風呂場の洗濯乾燥機に入ったままの服の状態を確認すると洗濯機を乾燥モードで動かす。
風呂場から部屋に戻るとメリッサが気持ち良さそうに寝息を立てて寝ている。
暖房が効いているので少し暑いのか布団を足で蹴るようにしている。
"まだ早いし、8時前ぐらいまで寝かせてあげよう……"
僕は心の中で呟くとメリッサの頭を優しく撫で布団を直し椅子に座り携帯電話を見る。
大雪に関する情報を検索すると……
関東地方の各地、都内23区で観測史最大の積雪を観測。
都内の一部では積雪は80センチに達する。
陸と空の交通機関は完全に麻痺、物流もほぼ完全に停滞。
日常生活に深刻な影響を及ぼす事は確実。
殊に救急搬送など医療機関は深刻。
帰宅難民を等等は数百万人に達すると推測される。
凍死者も出ているとの報告あり。
政府は緊急対策本部を設置。
このネットの情報からも、桁外れの大雪と積雪は関東圏、殊に都市部に致命的な混乱をもたらしている事が読み取れる。
"父と絵梨香は大丈夫かなぁ"
僕は停電情報から実家のある地域が停電中である事を知り2人の事が心配になってくる。
心配なので電話をかけたのだが繋がらない、◯INEでメッセージを送っても既読が付かない。
携帯電話会社のHPを確認すると……
どうやら実家周辺の通信網が寸断されているよだ。
都市は自然災害には本当に脆弱だとつくづく思う僕であった。
そうしていると風呂場の方からピーピーと言う音が聞こえてくる。
乾燥機が仕事を終えたようだ。
僕は風呂場に行くと着替えメリッサに貸してもらったスエットを放り込んで洗濯機のスイッチを入れる。
部屋に戻るとメリッサが目を覚ましてベッドから起きてくる。
「おはよう、メリッサ」
「よく寝れたかい?」
僕は起きたばかりメリッサに問いかけるのだが……
寝起きで寝ぼけているようで反応が無い。
「どうやら、停電は解消したみたい」
僕がそう言うとメリッサの表情が段々と真っ青に変わってくるのがわかる。
「どうしたの、メリッサ」
メリッサの表情が急変したので、僕は何処か具合でも悪いのかと思い慌てて問いかける。
「な……何でもないわよ……」
メリッサはそう言うと慌てて風呂屋の方へ逃げ込むように行ってしまう。
"どうしたのかな……"
僕はそんなメリッサの行動を心配するのであった。
その頃、風呂場の洗面台の鏡に写った自分の姿を見てメリッサは凍っていた。
"カネツグに見られた……"
ボサボサの髪の毛、腫れぼったい虚な目、鏡に写った自分の姿は悲惨そのものであった。
メリッサにとっては全裸を見られるよりも恥ずかしいのである。
ましてや、自分の大好きな人に見られてしまったのであるから精神的なショックは大きいのであった。
メリッサは絶望しながらも顔を洗い髪の毛を整えて服を着替える。
洗面台の鏡に向かうと自分の頬を軽く両手でパチンと叩くと気合を入れる。
恐る恐る部屋に戻ると心配そうにしている僕の表情が目に入る。
"やっぱり幻滅したのかしら……"
僕の心配そうな表情はメリッサには幻滅しているように映る。
「メリッサ……何処か具合が悪いの?」
僕の心配そうな一言にメリッサは少し戸惑ってしまう。
毎朝、絵梨香の醜態を見てきた僕にとってはメリッサの朝の姿なんか気にもならないのである。
「……?……??」
メリッサは僕の顔を見て不思議そうな表情をするのだが……
「あはっ!あははっ!」
暫くして、メリッサは何故か急に笑い出す。
"自分がどうしてカネツグの事を好きになったのか?"
それは自分の事を外見だけでみていないからなのだと言う事に今更ながら気付かされたのであった。
そして、そんな当の自分自身が外見の事ばかり気にしていた事に気付いて思わず笑ってしまったのである。
"カネツグはそんな事なんか全く気にもしていない!"
何だか今までの自分が馬鹿らしくなってくる。
「カネツグ、やっぱり貴方は最高のパートナーよっ!」
メリッサはそう言うと僕を抱きしめてキスをする。
「……へっ?……」
メリッサの行動が全く理解できない僕はただ茫然とするのであった。
すると、館内放送が簡単な朝食を用意している事を知らせてくれる。
当初メニューは提供出来ないが電力が回復したので有り合わせの材料で朝食を用意してくれたのである。
エレベーターで1階にあるレストランへと向かう途中にロビーで一夜を過ごした帰宅難民達にホテルスタッフが朝食を配っている姿が見える。
サンドイッチにスープ、おにぎりにお味噌汁、そして付け合わせが数品と言うものであったのだがとても美味しく感じられたのであった。
朝食を食べた後で部屋に戻り窓の外を何気なく眺めてくると数人の作業員さんが道路に降り積もった雪をショベルカーでトラックに積んでいる。
すると、メリッサの携帯電話は不意に鳴る。
メリッサは携帯電話を手に取ると画面をジッと見ている。
「どうやら、飛行機が飛ぶみたい……」
そう言うと少し残念そうに小さなため息を吐く。
「でも……」
「どうやって空港まで行くかよね
……」
メリッサ困っている様子を見てぼくは携帯電話で鉄道の運行状況を確認する。
「徐行運転だけど電車は動くみたいだよ」
「メリッサの乗る飛行機の時間は?」
僕はメリッサに問いかける。
「12時迄に搭乗手続きして欲しいって書いてあるわ」
メリッサはそう言うと僕に自分の携帯電話を見せる。
「時間的には間に合うかも……」
「一度、駅に行ってくるよ」
僕はそう言うと部屋から出て行く。
「ちょっと、カネツグ……」
メリッサの困惑する声を聞きながらも僕は1人で駅に向かうのであった。
"そんな……急がなくてもいいのに……"
部屋に1人残されたメリッサは複雑な気持ちで呟くのであった。
駅の電光掲示板には空港行きの電車が徐行運転される事が表示されている。
"9時過ぎに出るみたいだな……"
"これなら間に合う"
僕は心の中で安心したように呟くとホテルへと戻るのであった。
僕とメリッサは空港へ向かう電車に乗る。
電車は徐行運転なので速度はいつもの半分程度のような気がする。
空港に到着したのは搭乗手続きの30分前であった。
僕はメリッサと別れの抱擁をすると……
「今度は僕がメリッサの所に行くから……」
「エスコートしてくれるかな?」
僕がメリッサに尋ねるとメリッサはニッコリと笑って頷く。
「待ってるわ……」
メリッサはそう言うと僕に軽く別れのキスをすると搭乗口へと姿を消した。
何とも素っ気ない別れであり、当初メリッサが期待していたような事は無かったのだがメリッサの心は満たされているのであった。
数日後には首都圏に降り積もった雪も溶けて無くなり、いつも通りが戻ってくる。
長澤さんは新しい会社で仕事を始め、中野さんは留学のために英語を勉強し始める。
それぞれに目的を持った新しい年が始まるのである。
で……僕はと言うと……渡米するまでいつも通りの修行僧のような生活を送るのであった。
いつも通り、全く変わらない僕であったのだが……
〜 メリッサ・ベルナール ⑦ 〜
終わり




