〜 メリッサ・ベルナール ④ 〜
〜 メリッサ・ベルナール ④ 〜
メリッサは部屋に入ると照明を付けてカーテンを開ける。
メリッサの部屋の中は整然としており大きなトランクが壁際に鎮座しているだけであった。
窓の外は降りしきる雪で見通しが全く効かず真っ白である。
「凄い雪だなぁ〜」
僕は外の様子を見て困ったように呟く。
「東京は雪は降らないの?」
メリッサは興味深そうに僕に尋ねてくる。
「雪は降るけどこんなには降らないよ……」
僕は窓の外を眺めながら言うとため息を吐く。
メリッサはベッドの横のリモコンを手に取るとテレビのスイッチを入れチャンネルを幾つか変える。
すると、某国営放送が積雪に関する特別番組を放送していた。
"……日本列島上空に−40℃の観測史上最強の寒気団が到来しています。
そのために関東圏では今日の夕刻から激しい降雪に見舞われており、既に首都圏では交通機関に深刻な影響が出始めています。
この寒気団は当面の間は日本列島上空に居座るものと観られ今後も激しい降雪が予想されています。
それに伴い、交通機関の乱れも続くものと観られています……"
テレビの女性ニュースキャスターのアナウンスを聞いて僕は茫然としていると僕の携帯電話が鳴り始める。
絵梨香からの着信であった。
僕が電話に出ると絵梨香の心配そうな声が聞こえてくる。
「兄さん、電車止まってるけど大丈夫?」
どうやら絵梨香は僕が乗るはずだった電車が運休した事を知っているようである。
「大丈夫だよ、メリッサの泊まっているホテルに避難しているから……」
「今日はここに泊まっていくよ」
僕は絵梨香に心配させないように言ったつもりなのだが……
「ええっ!」
「メリッサさんの泊まっているホテルって!!」
「どう言う事なのっ!」
「まさか同じ部屋じゃないでしょうねっ!!!」
何故か急に慌てた絵梨香はさっきより遥かに心配そうな口調になる。
サウナ風呂でのメリッサの言動からして、絵梨香が心配になるのも無理はないのである。
「同じ部屋だけど……それが……」
僕は何事もないように答える。
「兄さん……それだけは絶対に止めた方がいいわ……」
「ホテルのロビーの方が安全よ……」
深刻そうな絵梨香の声が電話から聞こえてくる。
「ホテルのロビーって……」
僕は絵梨香の言っている事が理解できず困惑している。
僕からしてみれば、既に温泉宿でメリッサと同じ部屋に泊まっているからである。
「まぁ……確かに、年頃の男女が同じ部屋に泊まるのはよくないよな」
「わかった、ホテルのロビーに移るよ」
僕がそう答えると電話口から絵梨香の安堵する溜め息が聞こえてくるのであった。
僕が通話を終えるとメリッサがこちらの様子を伺っているのがわかる。
「今の電話……絵梨香さんからなの」
「心配して連絡してきたのね」
メリッサはそう言うと少し笑顔を見せる。
そんなメリッサに僕はロビーに移動することを説明しすると……
「そう……」
一言だけメリッサは寂しそうに呟くように言うのだった。
僕はメリッサの部屋を出てホテルのロビーへ向かったのだが……
「何なんだ……これ……」
ロビーの様子を見て僕は思わず絶句してしまう。
既にホテルのロビーは帰宅困難者でごった返しているのであった。
「駄目だこりゃ……」
自分の居場所がない事を悟った僕は諦めたように呟くと携帯電話でメリッサに連絡する。
"なんか……格好悪いなぁ……"
"自分から出て行って出戻るなんて"
"メリッサ、怒ってないかなぁ"
僕は不安そうになりながら心の中で呟いていると携帯電話にメリッサが出る。
僕が理由を説明すると……何故かメリッサはとても嬉しそうである。
そして、僕はスゴスゴとメリッサの部屋に逃げ帰るのであった。
僕がメリッサの部屋のドアをノックするとメリッサがドアを開けて顔を出す。
「お帰り、カネツグ……」
メリッサはそう言うとニッコリと笑うのであった。
携帯電話の時計を見ると時間は8時過ぎであった。
メリッサの部屋に入ると僕は窓の外を見る、今だに雪は降り続いているようである。
「雪……まだ、降ってるね」
僕は降り続く雪に不安そう言うとメリッサのベッドの横で携帯電話が振動する。
メリッサは携帯電話を手に取る。
「……明日の帰りの飛行機……」
「飛ばないみたい……」
メリッサは小さな声で呟くのであった。
何となくわかってはいたのでメリッサは慌てることも無く平然としているのだが……
その横で僕は慌てているのであった。
「それって、帰れないって言う事じゃない」
僕は慌てて言うとメリッサは"それがどうしたの?"と言う表情で慌てている僕の方を見る。
明日の宿の事を考えると、僕が慌てふためくのも当然である。
「さっき、電話してホテルのフロントに延泊の手続きしてあるから」
「明日泊まる人がキャンセルしたから、そのままこの部屋に泊まれるわ」
メリッサはそう言うと慌てている僕を見てニヤリと笑う。
「……」
メリッサの手際の良さに僕は慌てふためいていた自分が少し恥ずかしくなり何も言えないのであった。
暫くの間、2人で今までの出来事を話していると……
ふとベッド横の時計を見ると、いつも間にか10時過ぎになっている。
「もう、10時か……」
僕が呟くように言うとメリッサはスッと立ち上がる。
「私、シャワー浴びてくるね」
そう言うとメリッサトランクの中から何やら着替えらしき物を取り出しす。
「後で、カネツグもシャワー浴びれば」
メリッサはそう言うと何処となくぎこちない動きでシャワー室の方へと歩いて行くのであった。
"シャワーか……"
"困ったな……着替えが無い……"
"まぁ、1日くらいならいいや"
僕は心の中で呟くとテレビのスイッチを入れる。
どのテレビ局も大雪の特集番組を放送している。
街中にロケに出ている女性ニュースキャスターが降りしきる雪の中で実況中継をしている。
仕事とは言え、大雪の中こんな時間にご苦労な事だなと気の毒に思いながら見ている。
"……見て下さい、この積雪量……"
"私の膝下まであります"
"40センチはぐらいあります"
"東京都23区内でこれ程の積雪は観測史上初めてです"
"現在、都内の交通機関は完全に麻痺していまっ!"
"きゃっ!"
女性ニュースキャスターが雪に足元を取られて派手にすっ転んで尻餅をつく。
生放送なのでそのまま全国のお茶の間に放送されてしまうのである。
仕事ととは言え不幸な女性リポートをつくづく気の毒に思う僕であった。
暫くするとバスローブ姿のメリッサがシャワー室から出てくる。
「カネツグも……」
メリッサはそう言うと冷蔵庫の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し口にする。
「あ〜着替えが無いからいいよ」
僕がそう言うとメリッサは"あ〜"っと言う表情になる。
「大丈夫よ、洗濯機があるから」
メリッサはそう言うと僕をシャワー室に案内してくれる。
シャワー室には洗濯乾燥機が鎮座している、それもかなりの高性能なやつである。
最近のビジネスホテルは長期滞在するビジネスマンのために洗濯乾燥機を各部屋に備え付けている所もあると聞いた事があるがこのホテルがそうだとは思いもよらなかった。
「下着だけなら直ぐ乾くわよ」
「私の予備のスエットがあるから貸してあげる」
メリッサはそう言うとトランクからグレーのスエットの上下を取り出して僕に渡してくれた。
「あ……ありがとう……」
僕はそう言うとメリッサのスエットを手にシャワー室に入る下着を洗濯乾燥機に放りこみ自動スピード洗濯乾燥を選択しスタートボタンを押し洗濯機が動き始めるのを確認するとシャワーを浴びるのであった。
"洗濯にかかる時間は20分か……"
洗濯機に表示された時間の事を考えながらシャワーを浴びる僕であった。
シャワー浴びて身体を洗い流しタオルで拭いて髪の毛を乾かし終わる頃に洗濯機が"ピーピー"と鳴る。
僕は洗濯機の中から下着を取り出しメリッサのスエットを着るのだが……
身長差20センチはやはり大きい。
"やっぱり……大きい過ぎるよ……"
僕は心の中で呟くとブカブカのメリッサのスエット姿でシャワー室を出る。
「メリッサ……このスエット……」
「僕には大き過ぎるみたい……」
僕はそう言ってメリッサの前に出る。
ブカブカのメリッサのスエットを着た僕の姿にメリッサの脳は凍り付く。
「C'est mimi ! 」
メリッサは思わず感動したように呟く。
メリッサの母性のド真ん中を見事に一撃で撃ち抜いた瞬間であった。
この状況で、これが長澤さんなら鼻血を噴き出すか襲いかかるかのどちらかである。
ブカブカのスエット姿の僕をメリッサは頬を赤らめてジッと見ている。
「あっあの〜メリッサ……」
僕はメリッサの刺すような視線になんだか恥ずかしくなってくる。
因みに、"C'est mimi ! "とはフランス語で"小さくて可愛い"と言う意味である。
メリッサの目には僕のブカブカのスエット姿はまるで彼氏の大きな服を着た可愛い小さな女の子そのものに見えていたからである。
"この、シチュエーションって……"
"……逆じゃないの?"
僕の姿を見て、魂の奥底から湧いてくる不思議な気分を自分自身に問いかけるように心の中で呟くメリッサであった。
念の為に……決して、サウナで絵梨香が言っていたようなメリッサの危ない扉が開いたのでは無い。
〜 メリッサ・ベルナール ④ 〜
終わり




