〜 メリッサ来たる ② 〜
〜 メリッサ来たる ② 〜
12月28日、午前6時過ぎに僕は目を覚ました。
24日に日本に帰国して2日ほどで僕の生活リズムは日本にいた時と同じに戻っているのである。
この高野山の修行僧のような生活リズムを僕は生涯続ける事になるのである。
絵梨香は今年の部活動もプロテニスプレイヤーとしての仕事も終わり家にいる。
ただ、今日はコミケに参加する為に6時過ぎに起こしてほしいと頼まれている。
いつものように部屋の前で絵梨香の名前を呼ぶか全く反応が無い。
久しぶりに絵梨香の部屋に入ると以前よりも汚部屋化が進んでいるのが一目で分かる。
"相変わらず酷いなぁ……"
僕は心の中で諦めたように呟くとニットの長袖シャツに長ズボン履いて爆睡している絵梨香の背中をポンポンも軽く叩いて起こそうとする……
真冬なので流石の絵梨香も真夏のようにパンツ一丁の乳丸出しと言うわけではない。
当然だがこの程度で起きるはずがないので、いつもの一発をお見舞いする。
僕の指が絵梨香の大きなお尻の割れ目にめり込む……
"うっ!"
絵梨香は小さな悲鳴を上げるとフラフラと起き上がる。
何故か凄く懐かしい気分になる僕であった。
父と絵梨香それに島本さんにはフランスからメリッサが来る事を話してある。
そして、絵梨香と島本さんにはメリッサと一緒に今日のコミケに参加する事も伝えてある。
ただ、コミケに参加する事に関しては絵梨香から忠告を受けているのである。
「兄さん、レイヤーの間では……」
「超有名人だから気付かれないように注意してね」
同じ事を島本さんからも言われ、幾つかの注意点も受けている。
普通の格好なら怪しまれる事はないと思うのだが絵梨香と島本さんはそうでもなさそうであった。
置き手紙の通り7時前にメリッサに電話をかける。
お気に入りのサークルの新刊同人誌を買うためにあの地獄にやってくる日本のオタクとは違い、メリッサは同人誌を買ったりするのが目的ではなくコミケの雰囲気を楽しむために来ているので日時を気にする必要はない。
もっとも、メリッサがあの地獄を楽しめるかどうかは僕にはなんとも言えない。
雰囲気を楽しむ、コレはフランス人の国民性である。
ご存知の通りフランスにはバカンスと呼ばれる長期休暇があります。
そして、休暇中は稼いでいないので極力出費を抑えるのが当たり前だと考えます。
休みの日ぐらいはパッと派手に使っちゃおうと考える日本人とは対照的です。
日本にもフランスにもデズニ⚪︎ーランドがありますが高価なグッズが飛ぶように売れる日本とは違いフランス人はそんな物には見向きもしません。
当然、お金が落ちないのでフランス人はケチだと悪口を言われる事になります。
コレが世界的に"フランス人はケチだ"と言われる要因のひとつとなっていると言われています。
メリッサの泊まっているビジネスホテルは都心部へは少し遠いが駅のすぐ横にあるので公共交通機関へのアクセスはよい。
8時過ぎにメリッサをホテルまで迎えに行く。
ホテルから出て来たメリッサはジーパンに茶色の革ジャン姿に大きめのウエストポーチをしている。
因みに僕は青いダウンジャケットにグレーのアウトドア用のズボンに小さなリュックを背負っている。
リュックの中にはスポーツドリンクが4本とパウチのエナジーゼリーが4個、エコバッグなどが入っている。
朝食に近くの某牛丼屋さんで腹ごしらえする。
メリッサは回転寿司をご所望であったのだが開店時間が午前11時からなので諦めてもらった。
不満そうなメリッサにはコミケ帰りに回転寿司を食べる事を約束して納得してもらった。
「これ、美味しいです」
なんのかんの言いながらもメリッサは初めて口にする牛丼を堪能しているようだ。
それよりもメリッサが驚いたのは牛丼の価格の安さである。
並盛りで税込み552円、この時のレートで3.5ユーロと言う価格にメリッサは相当に驚いたようである。
「何かの間違いではないですか?」
そう言って請求書をマジマジと見ている。
「同じような物、フランスのパリで食べるとこの2倍はします」
「マクド◯ルドのセットメニュー、15ユーロします」
その時のメリッサの表情に、今更ながら日本の失われた30年を感じる僕であった。
電車を乗り継ぎコミケ会場へと向かう。
10時開場なで時間的にはかなりの余裕がある。
会場へ近付くにつれて同じ目的地を目指していると思われる人が増えていく。
「この人達……皆んなコミケ会場に行く人ですか?」
会場に近づくにつれ急激に増えて行く人の数にメリッサは少し恐怖感を覚えているようである。
コミケ会場の最寄りの駅には信じられないほどの長蛇の列が出来ている。
「WORLD・CUPでもこんなに人いないです」
あまりの人の多さにメリッサは呆れたように呟く。
寒空の下で並ぶ事、約1時間30分ぐらい……
始めは興奮気味で携帯電話で会場の様子を撮影したりしていたのだが……
流石のメリッサも口数が減って辛そうである。
因みに、昼過ぎからだと行列に並ばなくてもよいのだが"ネットで見た行列に並ぶ"……
コレもコミケの雰囲気を感じたいとメリッサ本人がご所望した事であるが……今は、後悔しているに違いないと思う僕であった。
かの有名な階段から下を見下ろす。
「凄いです……」
遥かに遠くまで続く行列にメリッサは呆然として呟くと携帯電話のカメラで撮影する。
流石に"見ろ!人がゴミのようだ!"なども言う事はなかった。
会場内は熱気に包まれ独特の雰囲気を醸し出している。
「これが、コミケなのね」
メリッサはそう言うと周りを見廻している。
「私が想像していたよりも……」
「遥かに凄いパワーを感じます」
感動しているメリッサには悪いが僕には欲望のオーラしか感じないのである。
メリッサは何を買うわけでもなく出展しているサークルを見て廻る。
コスプレヤーと一緒に写真を撮ったり、同じフランスから来たグループと出会ったりとメリッサなりにコミケを満喫しているようだ。
僕はと言うと……何もする事が無いのでメリッサの後ろに付いて廻っている。
糸の切れた凧のようなメリッサが迷子にならないようにである。
その後、メリッサは2時間近く休み事なく会場を廻りようやく落ち着いたようである。
会場の外に出て外の冷たい空気を吸うと何故かホッとする。
「思った以上ね……」
メリッサは小さな声で呟くように言うと両手を大きく上げて伸びをする。
「ありがとう、カネツグ……」
「1つ夢が叶ったわ……」
そう言うとメリッサは僕の方を見て微笑んだ。
僕は背負っているリュックを下ろすと中からスポーツドリンクとエナジーゼリーのパウチをら取り出してメリッサにら手渡す。
「ありがとう、カネツグ……」
「喉が渇いているから、助かるわ」
メリッサはそう言うとはスポーツドリンクを飲んでエナジーゼリーを口にする。
その後もメリッサはコミケ会場を探索するかのように隅々まで歩いて廻るのであった。
そうこうしているうちにコミケの終了間近の時刻になる。
帰り際にメリッサはふと目に付いたサークルのブースへと吸い寄せられるようにフラフラと近付いて行く。
"まさかっ!"
メリッサの向かう先には見覚えのある人の姿が見える。
"間違いない島本さんのサークルだっ!"
"コレはマズいっ!"
コスプレした島本さんの姿……
そして、同じくコスプレした絵梨香と中野さんの姿も見える。
僕は慌てふためくがメリッサはそのまま島本さんのサークルのブースの前に行ってしまう。
既に同人誌は完売したようでテーブルの上には"完売"の立て札が置かれているのが見える。
島本さんがメリッサに何か話しているようである。
すると、僕に気付にビックリしているのが分かる。
島本さんは辺りを気にしながら僕の方へ慌てて走ってくる。
「何しているのよ、和泉くんっ!」
「サークルブースに来ちゃダメって言ったじゃないの!」
島本さんが少し怒るように僕に小声でいう。
島本さんが怒るのも無理もない事なのである。
事前に"サークルブースに来ちゃ絶対にダメだよ"と言われていたからである。
絵梨香や中野さんも僕に気付いたようだが近付いては来ず心配そうにこちらを見ている様子が分かる。
僕と島本さんが何か話をしているのが気になったのかメリッサもこちらの方へ近付いくる。
「カネツグ……知り合いですか?」
メリッサはそう言うと島本さんの方を見る。
島本さんは、メリッサの言葉を聞いて僕が言っていたフランス人だと気付いたようである。
「そうだよ、知ってる人……」
僕がそう言うとメリッサは複雑そうな表情になる。
ふと、周りに目をやると何人かのコスプレヤーがこちらの様子を伺っている。
それに気付いた島本さんは急に周囲を見廻しすと……
「マズいわね、気付いた人もいそうね」
島本さんはそう言うと僕の手を引いてサークルブースの中に入る。
メリッサも僕の後を追ってサークルブースの中へ入る。
ブースの中にはコスプレした中西さんと西崎さん、それに知らない女性が1人いた。
僕は軽く頭を下げて挨拶するとメリッサも同じように頭を下げて挨拶する。
「和泉くん、どうして来たのよ」
「バレると大変だよ」
中西さんが困ったようにそう言うと西崎さんも頷いている。
「この人が、あの……」
僕の知らない女性が僕の方を見て西崎さんに問いかけている。
「そうよ……」
西崎さんがそう言うと女性は納得したようだった。
暫くすると気のせいかブースの周りに人が集まって来た様な気がする。
僕たちの様子を伺っていたコスプレヤーの人達同士が何か話をしている様子が分かる。
その内の何人かは携帯電話で連絡をとっているようなのも分かる。
「本格的にマズいわね……」
周りの様子を見ていた島本さんは深刻そうな表情でそう言うと僕とメリッサの方に視線を移す。
「とにかく騒ぎになる前に、この2人を上手く逃さないと……」
島本さんはそう言うと隣りのサークルブースの人に声をかけて何かを話している。
「和泉くんっ!こっち来てっ!」
「とりあえず、黙って言う事聞いて」
「事情は後で……」
島本さんはそう言うと僕とメリッサをの隣のサークルブースに放り込む。
呆気に取られている僕とメリッサに隣りのサークルブースの女の子が僕とメリッサを案内してくれる。
島本さんに言われた通りについて行くとトラックヤードに案内された。
「ここから出て……」
気が付けば、僕とメリッサはコミケ会場の外に出ているのであった。
すると僕の携帯電話が鳴る、島本さんからであった。
「とりあえず、このまま直ぐに帰って」
島本さんの口調から素直に従った方がいいと言うのが直感で分かる。
僕もメリッサもそのまま会場を後にしたのであった。
〜 メリッサ来たる ② 〜
終わり




