〜 和泉家の日常 ② 〜
〜 和泉家の日常 ② 〜
12月27日、朝から我が和泉家は家族3人で大掃除である。
昔の日本では年末に家族総出で大掃除をするのが当たり前だった。
中には箪笥などの家財道具を全て家の外へ出して家中クマなく掃除をする家も珍しくはなかった。
障子紙を貼り替えた障子が庭先に立てかけられ並んでいる光景もよく見られたものである。
しかし、時代の流れと共に住宅は洋風化され和室の部屋数が減りそれに応じて障子や襖などの建て具も少なくなった。
今では和室の無い住宅も珍しくは無い……が、我が和泉家は約150年前に建てられた元・商家をリホームした純然たる日本建築である。
当然だが洋室はリビングルーム一部屋だけであり、あとは全て畳と障子と襖の和室である。
それも、それなりに坪数のある家なので結構な数の部屋数である。
この家を僕は、ほぼ1人で今まで掃除して来たのである。
日頃から少しずつ小まめに掃除していたからであり、こんなゴミ屋敷にされてしまうと僕1人ではどうしようもないのである。
と言うわけで今年はこの家をゴミ屋敷に錬成した張本人の2人に手伝ってもらっているのである。
父には廊下、絵梨香には和室の畳の拭き掃除をお願いしたのだ……
元々几帳面な父はともかく、大雑把でいい加減な絵梨香はすぐに手抜きをする。
俗に言う"四角い部屋を丸く掃く"女なのである。
そんな絵梨香を監視しながら僕は水回りを掃除している。
1番、厄介でしぶとい風呂にこびり着いた水垢と目地のカビ取りである。
あの2人、風呂に入った後に風呂桶の掃除すらしていないのである。
買い置きしておいた風呂用洗剤が全く減っていないからである。
更に厄介な事に我が和泉家の風呂は現代風のユニット・バスでは無く、壁はタイル張りで風呂桶は檜なであり、更に普通の2倍の広さがあるのである。
その理由は母のハンナが大柄である事と父も風呂好きだからである。
当然だが、僕もこの檜の風呂が大変気に入っていたのである。
タイルの目地のとは違い、檜の浴槽はゴシゴシ擦る事が出来ない中性洗剤をや漂白剤を塗り付けて一晩放置して後で気長に洗い流がしかないのである。
半日かけてなんとか風呂の掃除を終える事ができたのであった。
父は廊下を拭き掃除を終えてワックスかけも終わったようだ……
問題は絵梨香である、すぐにサボって手抜きをするのである。
父と2人手伝ってなんとか昼前に掃除を終える事ができた。
「父さん、絵梨香、お疲れ様」
「温泉に行く予定なんだけど」
僕がそう言うと疲れ気味の2人の目が輝く。
きっと疲れるだろうと思って地元の町営温泉に昼1時から食事と貸し切り風呂付きの部屋を日帰り予約していたのである。
失礼だけど余り有名で無いのと宿泊が出来ない事、それに平日という事もあり予約は簡単に取れたのである。
自宅から車で約30分ぐらいの距離で公共の交通機関が無いのでタクシーをも予約してある。
帰りも電話すれば迎えに来てくれるように手配してある。
この手並みの良さは僕が長年、和泉家の家族旅行などの行事を全ての手配をして来た結果である。
12時過ぎ玄関先にタクシーが到着しクラクションを鳴らす。
父が普段からタクシーをよく利用する事、職業が刀匠と言う珍しい事、更に受勲者でもあり地元ではそれなりの有名人であるのでタクシーの運転手もこの家の場所を知っている人が多い。
電話予約の際も"刀匠の和泉です"の一言で相手に通じるので楽である。
昨日の夜に用意しておいた、3人分の着替えの入ったボストンバックを担ぐとタクシーに乗り温泉へと向かう。
温泉に到着すると小ぢんまりとした温泉宿の駐車場に止まって車は1台だけでである。
どうやら、利用客は僕たちを入れて2組だけのようである、正月休み前の平日なので空いてるようだ。
タクシーを降りて温泉宿に入ると50代のおばさんが出迎えてくれる。
「和泉様でいらっしゃいますね」
おばさんはそう言うと部屋に案内してくれる。
町営の温泉施設なので建物は温泉宿と言うよりは公民館のような造りで風情は無いが料理は地元の物を使っており源泉掛け流し温泉の泉質は療養泉の認定を受けている。
しかも、公共施設なので料金が安いのである。
僕にとっての穴場でお気に入りの温泉宿である。
貸し切り風呂は1時間単位で利用でき、食事込みだと割引きまで効くのである。
ただ、公共施設らしく利用時間は午前9時から午後5時までである。
利用客が少な目なのは、この公務員的な営業時間設定のためだと僕は思うのだが、それはそれで僕にとって好都合なのである。
僕は、昼食と1時から5時までの4時間を予約をしてある。
昼食は僕の期待した通り地元産の山菜の天麩羅を始め川魚の塩焼きなどであった。
ずっと亜米利加の食事をしていた僕にとっては嬉しい限りである。
ここを予約したのは半分以上は僕の欲望のためであるが父や絵梨香には言わないでおく事にする。
家族風呂と言うだけの事はあり家族5人が余裕で入る事が出来るだけの広さがある。
3人でゆっくりと温泉に浸かる。
普通なら華も恥じらう女子高生の絵梨香が父や兄と一緒に風呂に入る事など無いのだろうが……
素っ裸で平気で大股広げて髪の毛を洗う後ろ姿を見てなんとなく絵梨香の将来に不安を覚える僕であった。
山奥なので人工的な音は全く聞こえては来ない、この環境も僕は好きなのである。
ゆったりとした時間が流れる。
この環境は僕にとっては最高のリラクゼーションである。
暫くすると絵梨香はさっさと上がて行った、元々から"烏の行水"なのである。
一方で風呂好きの父は長風呂である、温泉ともなれば1時間くらいは平気で入っている。
流石に付き合ってはいられないので僕も温泉から上がり部屋に戻ると……
絵梨香はタオルを首に掛け"パンツ一丁、乳丸出し"のいつもの姿でペットボトルのミネラルウォーターを飲んいる。
そんな絵梨香のいつも通りの姿に何故か心が休まる僕であった。
少し、休憩をすると僕はゆっくりと立ち上がり落ちていたコンビニのレジ袋を拾うと新しいタオルを2枚入れる。
「ちょっと外に出てくる」
僕がそう言うと絵梨香は小さく頷く。
僕は温泉宿を出ると山へと続く細い道を歩いて行く。
少し遠いが温泉宿から徒歩で20分ほどの山間に天然の露天風呂がある。
近くの登山ルートがらかなり外れているので地元民がたまに入っている事があるが平日だとまず誰もいない。
やや険しい道を歩いてようやく辿り着く。
"やっぱり、山道はしんどいなぁ"
僕は心の中で呟くと木陰にある更衣室とは言っても壁も無く雨を凌ぐ粗末なトタン屋根があるだけで外からは丸見えである。
服を脱いでレジ袋に詰め込みタオルを一枚手にすると露天風呂へと向かう。
"やっぱり、誰もいないや"
僕は安心したように呟く、何故ならこの露天風呂は"混浴"だからであるからで……
可能性は極めて低いとは言え万外一にでも若い女性が入っているかも知れないからである。
“まぁ、こんな険しい山道登って"
"混浴温泉に入りに来る若い女性なんて……"
"そうそう、いるもんじゃない……"
僕は心の中で呟く、やや熱めのお湯と山間を流れる冷たい風が上せそうな頭を冷やして心地良い。
どのくらい時間が経ったのだろうか、不意に物音がしたので振り向くと……
そこにはタオル1枚の中野さんが呆然と立っているのであった。
「えっ!」
僕は驚きのあまり声にならない声を出す。
「いっ!和泉くんなの……」
中野さんも同じような声にならない声で言う。
"やっぱり、中野さんだ……"
"中野さんなら……来るかな……"
何となく納得したように心の中で呟く僕であった。
〜 和泉家の日常 ② 〜
終わり




