〜 年の瀬の街と人々 ⑥ 〜
〜 年の瀬の街と人々 ⑥ 〜
12月25日の朝、僕はゴミの中で目を覚ました。
昨日、4ヶ月ぶりに家に帰って来たら懐かしき我が家はご近所様から苦情が来ても不思議ではないレベルの一歩手前のゴミ屋敷と化していたのである。
"ホームレスってこんな感じなのかな……"
ゴミの中で目覚めた僕は自宅に居ながらにしてホームレスの擬似体験をしている気分になるのであった。
本当は今すぐにでも父と絵梨香も動員して大掃除をしたい所なのだが、昼前に長澤さんと会う約束をしてあるので今日は無理である。
メリッサが日本に来るのが28日の午後4時なので1日半でこのゴミ屋敷を何とかしなければならないと考えると頭が痛くなってくる。
それにしても、たった4ヶ月でよくもまあこれだけのゴミを溜め込んだものである。
昨日は、呆れて文句を言う気力すらない僕であった。
足元にら転がっている大量の缶ビールの空き缶は明らかに母のハンナ、リビングのテーブルに積み上げられた新聞と書籍は父……
そして、脱ぎ捨てられた服、お菓子やコンビニ弁当の残骸は絵梨香だ。
コレが1番タチが悪いのである。
そう……"G"が繁殖する最大の原因となるからである。
既に真冬でもあるにも関わらず昨日の夜には数匹の"G"と遭遇しているのである。
世間では"G"を1匹見かけたら100匹はいるとさえ言われている。
数匹のだと数100匹はいる事になるのである。
そんな環境で平気で生活していられる我が父と母そして妹の絵梨香の神経を疑いたくなる。
変わり果てた我が家のリビングに入り冷蔵庫を開け唖然としまう。
漬け物とパック納豆に梅干し、そして缶ビールしか入っていないのである。
野菜室を開けると萎びた人参が数本と芽の出かけたジャガイモが数個転がっているだけである。
漬け物とパック納豆と梅干しは間違いなく父、缶ビールは母の物、キッチンの角に積み上げられているカップ麺やレトルトは絵梨香の物である事は容易に見当が付く。
米櫃の中の米は新しい物なのでご飯は炊いているようである。
台所の調味料なども殆ど使われておらず使用された形跡のあるのは醤油と塩と砂糖ぐらいである。
まともな食材を買い足さないと僕が飢え死にしてしまう、後で買い物に行がなければならない。
台所の隅に積まれたカップ麺を1つ手にするとお湯を沸かす僕であった。
家を出るまで少し時間があるので僕はゴミ袋数枚取り出すと家中に散らかったゴミを片っ端からから詰めて玄関口に置く。
ゴミの中から"G"が飛び出してくると空かさず手に持った殺虫剤を振りかけるのである。
そうして数十匹の"G"を成敗し終えた頃には12のゴミ袋が玄関口に並んでいた。
"今年最後のゴミ回収日は29日か……"
"少しは片付いたな……"
"もう、そろそろ、出ないと……"
僕は心の中で呟くといつものリュックを背負って家を出るのであった。
僕の向かった先は渋谷である。
長澤さんが渋谷で待ち合わせるとメールしてきたからである。
渋谷の待ち合わせと言えば、あの有名な犬の像のある所である。
12時30分頃と言う約束なので少し早めに来たつもりなのだが、既に長澤さんがハチ公前ににいるのが見てる。
僕は慌てて長澤さんの方へと走っていくのであった。
「すいません、待ちましたか?」
僕は長澤さんに問いかけると長澤さんは首を横に振る。
「そんなに待ってないわよ」
長澤さんはそう言うとニッコリと笑うのだった。
しかし、その笑顔の裏では……
"なんか、デート見たいじゃないのよっ!"
絵に描いたようなシチュエーションに少しときめくかのように心の中で呟く長澤さんであった。
「さあ、行きましょうか」
長澤さんはそう言うと歩き始める。
僕は長澤さんの後に付いて行くのであった。
スーツ姿の長澤さんはいかにもキャリアウーマンと言った様子である。
その後に付いて行く僕はまるで新入社員のようである。
おそらく、周りの人達には新人の得意先周り……そのように見えている事だと僕は思う。
「ここよ」
長澤さんは立ち止まると一軒のイタリア料理店に視線をやる。
「13時に予約してあるから」
そう言うと長澤さんは店の中へと入って行く、僕は戸惑いながらも慌てて長澤さんの後に付いて店の中へと入って行くのであった。
店に入ると店員さんがテーブルに案内してくれる。
ランチのメニュー表を差し出し本日のランチの品目を一通り説明し終えた頃に別の店員さんが料理を運んでくる。
前菜のカルパッチョのサラダがテーブルの上に載せられる。
「遠慮なく食べて」
「私の奢りだから気にしないで」
長澤さんはそう言うと料理を食べ始める。
僕は戸惑いながらもお礼を言うと料理を食べ始めるのであった。
少ししてから僕は例の事件の事を話し長澤さんに多大なるご迷惑をお掛けした事を謝罪する。
「何言ってんのよ」
「和泉くんが謝罪する必要なんて全くないわ」
「アレはアレで良かったのよ」
長澤さんは何事も無かったように言うと料理を食べている。
僕の目にはそんな長澤さんが凄く大人でカッコいい女性に映るのであった。
料理を食べ終えると長澤さんと渋谷の通りを歩く、自慢ではないが僕は渋谷のような所には全く縁が無い。
何せ高校生の頃には神社仏閣巡りをしていたのであるから……
そんな事を考えていると斎藤の事を不意に思い出す。
"向こうの世界でも神社仏閣巡りをしているのかな"
今は亡き友との過ぎ去りし日の事を思い出す僕であった。
暫く歩くと長澤さんはある建物の中へと入って行く。
入り口には"コスモプラネタリウム渋谷"と看板が出ているのが目に留まる。
"プラネタリウム?"
プラネタリウムなんて何年ぶりだろうなどの思いながらも長澤さんに付いて行く僕であった。
「長澤さんって、星とかお好きなんですか?」
僕は何気なく長澤さんに尋ねる。
「そうね……中学時代の頃はそうだったかな」
長澤さんはそう言うと何故か嫌そうな顔をする。
「高校でアレに出逢わなければね……」
長澤さんの言う"アレ"と言うのが島本さんだという事はいつぞやの2人の黒歴史の暴露合戦で何となく僕には分かるのでそれ以上は何も言わないでおくのだった。
2人で隣同士の席に座る。
何気なく周囲を見回すと辺りはカップルだらけであった。
僕と長澤さんが座っていた席がクリスマス限定のカップル・シートなのだが僕には知る由もない。
……とは言っても長澤さんにあからさまな下心があるのではなくカップルでないと席が取れないからである。
因みに、さっき入ったイタリア料理店のランチもカップル限定のクリスマス・サービスランチである。
暫くするとアナウンスが流れ照明が落とされる。
暗くなった場内に冬の星座が映し出される。
プラネタリウムは僕が小学生の頃に行って以来である。
場内に流れるロマンチックな星座の云われれより最新の技術は凄いなと感心する僕であった。
そんな僕とは違い長澤さんはプラネタリウムを楽しんでいるように見えるのだが……
本当は暗闇の中、イチャイチャしているカップルの様子が気になって仕方がないのである。
"手を握るぐらいなら……"
"いいわよね……"
長澤さん邪な心が囁く。
"そんな事をしてはダメよ"
長澤さんの良心がそれを制止しようする。
長澤さんの心の中で天使と悪魔が鬩ぎ合っていると……
"えっ!?"
"どう言う事なの!"
突然、長澤さんは混乱してしまう。
長澤さんはゆっくりと自分の右手の方に恐る恐る視線をやる。
"やっ、やっぱり和泉くんがっ!"
"わっ、私の手を握ってるぅ!"
"しっ、しかも和泉くんの方から!!"
長澤さんパニック状態になりながらも隣の席に座っている僕の方に視線を移す。
僕が何食わぬ顔をしてプラネタリウム見ているのが分かる。
"和泉くんって意外と……"
あれこれと邪な思案を巡らせている長澤とは違い、僕はプラネタリウムの技術的な事を考えているのであった。
コレも、理系脳の悲しい性である。
"ひっ!"
長澤さんは小さな声を出す。
僕が無意識のうちに長澤さんの手をグニュグニュし始めたのである。
これは、考え事をしている時の僕の癖である。
テストの時に難しい問題があったりすると消しゴムをグニュグニュしながら考える癖である。
プラネタリウムの技術的な事を考えているうちに手近にあった長澤さんのを手を消しゴム代わりにしていただけなのであるが……
長澤さんにとってはそうではないのである。
"やっヤバいっ!"
"手汗が……出てきた"
"このままだと和泉くんに気持ち悪がられる"
焦る長澤さんを他所に僕は手をグニュグニュし続ける。
"落ち着け私っ!"
必死で自分に言い聞かせる長澤さんであった。
暫くすると場内にアナウンスが流れ明るくなる。
僕は長澤さんの手をグニュグニュしている事に気付き焦る。
「あっ、すいませんっ!」
僕は慌てて長澤さんの手を離す。
長澤さんは何故かグッタリとしている。
「あの〜大丈夫ですか?」
心配した僕が尋ねると長澤さんは力無く笑う。
「じゃあ……行きましょうか」
僕がそう言うと長澤さんは小さく頷き席からふらりと立ち上がる。
そのに出ると2人で街の中を歩く、クリスマスの街は寒さにも関わらず人出は多い、特に若いカップルの姿が目立つ。
ただ、僕は何の当てもなく歩いているのではない、ここから歩いて約10分程の所に"明治神宮"があるのである。
別にコレと言った話をする訳でもないが賑やかな街と多くの店を観ながらの散策は退屈する事は無かった。
長澤さんも元気になったようで僕は安心するのであった。
明治神宮は、東京都内有数の強力なパワースポットとしても有名である。
しかし、今は亡き某友人からすれば何の魅力もないただの新興神社だそうだ。
まぁ……確かにその通りであるのだが……
歴史的なものはともかく、境内には複数のパワースポットが存在し、それぞれ「縁結び」「精神のリセット」「生命力の強化」など、様々な効果が得られるとされている。
「ここ?」
明治神宮に着いた時の長澤さんの表情が今も僕の記憶に鮮明に残っている。
神宮の境内に入り2人並んで願い事をする。
何を願ったのかはお互いに口にはしなかった。
そして、おみくじを引く……
僕のおみくじは……吉であった。
そして、長澤さんのおみくじは大吉である。
お互いに引いたおみくじを気にしながらも書かれている神託に目を通す。
僕のおみくじにはひとつだけ気がかりな事が書かれてあった。
"色恋事……波乱の兆し有り心せよ"
そして、長澤さんのおみくじには……
"待ち人……遠方より来る"
"色恋事……望み有り"
"仕事運……焦らず寝て待て"
良いおみくじは持って帰るのか、それとも願いが叶う為に結び付けるのかで2人の意見が見事に分かれる。
結局、僕は結び付け、長澤さんは持って帰るのであった。
何事も無く僕と長澤さんは駅で別れ家路に就くのであった。
家に帰った長澤さんに母親が伝言を伝える。
「由紀子、さっきアンタに電話があったよ」
「相手の電話番号は控えてあるから」
母の伝言を聞いた長澤さんは電話台の上のメモ帳に書かれた電話番号と相手の名前をみてから電話をかける。
数分の会話の後……
「お母さん……私、就職先……」
「決まったから……」
長澤さんの再就職先はおみくじの神託通りに向こうからやってきたのであった。
"最後の1つも叶うのかな……"
長澤さんは心の中で呟くと笑顔になる。
"和泉くんって……"
"私のサンタなのかも……"
囁くように呟く長澤さん……
しかし、心の中ではサンタのコスプレをした男の娘の僕がニッコリと微笑んでいる姿を妄想しだらしなくニヤける長澤さんであった。
"就職先が決まって嬉しいのかねぇ"
だらしない顔でニヤけている長澤さんの顔を見て心配そうに呟く母であった。
〜 年の瀬の街と人々 ⑥ 〜
終わり




