〜 年の瀬の街と人々 ⑤ 〜
〜 年の瀬の街と人々 ⑤ 〜
12月23日の早朝、僕は空港へ向かう列車の中にいた。
スタンフォード大学から空港のあるサンフランシスコまで約1時間ちょっとの道のりである。
祖国日本へ到着するには、これから乗り継ぎ便で16時間ほどのフライトをしなければならない。
直行便なら11時間ほどなのだが料金が高くなるので敢えて乗り継ぎ便を利用するのである。
因みに、この時期の平日の直行便は往復で40〜50万円であるが乗り継ぎ便だと20〜30万円と格安なのである。
因みに僕の乗る飛行機はハワイで1時間程の乗り継ぎ待ち時間がある。
何にせよ、安くはない出費である。
電車はほぼ時間通りに運行され無事に空港に到着する事ができた。
飛行機が飛ぶまで少し時間があるのでロビーの椅子に座ってぼんやりとしていると誰かが近付いてくる気配がする。
僕は人の気配のする方に顔を向けると1人の若い女性が立っている。
何処となく妹の絵梨香に似た雰囲気の若い女性である。
何か緊張したような表情で僕の方をジッと見ているのがわかる。
"何だろう……"
"僕の記憶には無い女性だ……"
誰なのか必死で思い出そうとするが僕の記憶には無い。
見覚えのない女性の視線に僕は少し不安になってくる。
僕は女性の視線に耐えかねて目を逸らすと女性の後ろに見覚えのある顔が視界に入る。
"確か……あの人は……"
"……そう、マギーさんだっ!間違いない"
"どうしてこんな所にいるんだ?"
僕はマギーさんがどうしてこんな所にいるのかわからない。
自分が置かれている状況がよくわからず困惑している僕に女性がゆっくりと近付いてくる。
僕より遥かに背が高く歳上のように見える。
近付いてくると女性の表情が緊張しているのがわかる。
「あっ!あの……私は……」
「リンダ・ロレンソと言います」
「あなたと同じスタンフォード大学の3年生です」
女性は僕に自己紹介を始める。
戸惑っている僕に女性は大きく息を吸い込むと……
「カネツグ・イズミくん……わっ!……」
「私と友達になってください」
リンダはそう言うと僕の顔をジッと見ている。
"えっ!友達って、なに?"
僕は心の中で戸惑いながらもリンダに返事をしなければいけないと思ってしまう。
「はい、わかりました」
僕は無意識のうちに返事をしてしまうのであった。
僕の返事を聞いたリンダが嬉しそうな表情になるのがわかる。
「それじゃっ!またっ!」
リンダはそう言うと足早に立ち去っていくのであった。
僕は突然の出来事にただ呆然とリンダの後ろ姿を見ている。
暫く呆けていると僕の乗る飛行機の搭乗手続きのアナウンスが流れるのが聞こえてくる。
我に返って僕は急いで搭乗手続きに向かうのであった。
一方、意気揚々と戻ってきたリンダの様子を見てマギーは告白が上手くいったのだと思っていたら……
「えっ!友達って、どう言う事なのよっ!」
リンダの話を聞いたマギーは一瞬だがキレそうになる。
1人だと心細いと言うので帰省を遅らせ朝早くから空港まで付き添ったからである。
"まぁ……仕方ないかな……"
嬉しそうなリンダを見ていると、その性格をよく知るマギーは としては心の中で諦めたようにボヤくしかないのであった。
日本へと向かう飛行機の中で僕は空港で会った女性の事を考えていた。
"リンダ・ロレンソ……何処かで聞いたような……"
僕は、少し前にソヒョンに頼まれて会ったボリスから聞いた名前である事を思い出す事ができないのであった。
客室正面のモニターにもうすぐに日本に到着する事を知らせるガイダンスが表示されている。
夕暮れの飛行機の窓から懐かしい日本の街の灯りが雲の裂け目から垣間見える。
飛行機は徐々に高度を下げつつ旋回を始める、長いフライトもそろそろ終わりである。
予定より30分遅れである。
流石に16時間のフライトは辛いものがある。
しかし、飛行機から降りた僕は疲労困憊のはずなのにも関わらず足取りは軽かった。
久しぶりの祖国の空気が僕の疲労感を吹き飛ばしていたのである。
そこかしこから聞こえてくる日本語と日本語の看板がここが祖国日本である事を僕に実感させる。
"母さんは凄いよな……"
国際便の貨物機パイロットである母のハンナの事を考えると頭が下がると同時にその体力に感心する僕であった。
時間の都合が合わなくて空港には出迎えは誰もいない。
夕暮れの空港から電車に乗り懐かしき我が家へと向かう僕であった。
日本の電車は時間通りに来る。
他の国では考えられない事である。
数分の遅れただけで乗客は文句を言い遅延証明書が発行される。
この病的なまでの正確さは見上げたもので世界に誇れるかもしれないのだが……
行き過ぎた時間厳守や過剰なサービスは人の心の寛容さを失わせるのだと僕は思っている。
日本人も時間やサービスに対してもっと寛容さを持って接して欲しいとつくづく思う。
夕闇が迫る中を電車の車窓から久しぶりの日本の街並みを眺めていると何だか不思議な感覚に囚われる。
電車を乗り換え通学で通い慣れた駅のホームに降り立ち、懐かしき我が家へと足を早める僕であった。
毎日同じように通った道なのだが少しづつ変わっているのが分かる。
畑だった所に新しい家が建っていたり、逆に古い建物が無くなっていたり……
田舎だから変わらないと思っていたのだがそうでもないようだ。
懐かしき家の玄関の前に立ち意気揚々と引き戸を開けると……
そこはゴミ屋敷だった……
恐れていた事が現実となって僕の目の前に現れたのである。
「あっああ〜っ!!!」
"ただいま帰りました"の代わりに僕の口から出た悲哀と絶望に満ちた悲鳴のような断末魔の呻き声がクリスマスイブの夜、寒空に虚しく響くのであった。
思わず玄関先に膝をつき呆然とする。
そんな僕の頭上にヒラヒラと雪が降り初めるのであった。
〜 年の瀬の街と人々 ⑤ 〜
終わり




