〜 日本ポップカルチャー同好会 ① 〜
〜 日本ポップカルチャー同好会 ① 〜
スタンフォード大学には約6000人の学生がいるが日本文化を本格的に研究する者は殆どいない。
しかし、日本のアニメや漫画などのポップカルチャーの愛好家は多い。
そんな、日本のポップカルチャーをこよなく愛する愛好家達が数人集まったサークルのようなものが存在する。
僕は、その存在をメリッサから聞き知ったのである。
同好会の中にはかなりのレベルで日本語を理解できるメンバーも何人かいる。
スタンフォード大学には日本人は非常に少なく希少であること、そしてメリッサの勧めもあり、いつの間にか僕は同好会のメンバーとなっているのであった。
「カネツグ……コレ、何、意味でぇすかぁ?」
インターネットからダウンロードした某漫画の最新刊の台詞の意味を僕に少しアクセントが変な日本語で尋ねるのは同好会の1人で日本の漫画大好き2年生の"サミュエル・コールマン"である。
アイルランド系、身長185センチの金髪のショートカットに目鼻の整ったスラリとしたピアノが得意な好青年である。
因みに、ピアノは中・高校生時代にコンクールで上位入賞するぐらいの実力があるそうだ。
スタンフォード大学の学生は何らかの楽器を演奏できる者が多い、かく言う僕もバイオリンが好きなのであるが……
彼は日本語もかなりのレベルで理解出来ているようであり僕には日本語で話しかけてくる事が多い。
当然、彼も漢字には相当に苦しめられているそうである。
本人が絶望感に満ちた口調で言っていたから間違いない。
僕が台詞の意味を説明すると"oh〜"と言って納得している。
「カネツグが、いる、とても助かりますぅ」
サミュエルはそう言うと嬉しそうに笑う。
「カネツグ、年末、日本に帰る」
「メリッサ、年末、日本に行く」
「素敵なデートですね」
サミュエルは、勘繰るような事もなく当たり前のように聞いてくる。
「デートではいないよ」
「メリッサ、1人で来るみたいだから……」
「エスコート(護衛)するだけだよ」
僕がそう答えるとサミュエルは少し首を傾げるが納得したように見えたのであったが……
その時、サミュエルは何も言わなかったが、彼が首を傾げたのにはそれなりの理由があった。
サミュエルはメリッサから年末にカネツグに東京で行われるコミケのエスコート役を頼んで承諾してもらった事を聞いていたからである。
本来ならば、純粋にコミケに「一緒に行く」というだけならば通常は「アカンパニー(accompany)」という単語を使う筈だからである。
なので、サミュエルは僕とメリッサは付き合っていて年末に東京でデートすると思っていたのである。
僕からすればエスコート(護衛)と言う本来の意味で間違ってはいないのであるが、僕が知らず知らずのうちに使ってしまったエスコート(escort)にはこのような場合にはもっと深い意味を持つ事があるのである。
当然、メリッサもそう言う意味で僕にエスコート役を頼んだのである。
僕がエスコートを了承した時に優しくハグ(抱擁)したのも自分の思いが間接的にでも僕に通じたと思ったからである。
つまり、メリッサは今後の僕との関係の進展に"脈あり"と判断した事になる。
しかし、残念な僕はその事に全く気付いてはいなかったのであった……。
別れ際のハグ(抱擁)も欧米ではよくある習慣だと僕は思っていたからでもあった。
サミュエルが違和感を感じながらも僕に何も言わなかったのは……
"あくまでもコレは2人の問題"ここで自分が変に口を挟めば話がややこしくなると判断したためである。
「ありがとう、カネツグ」
サミュエルは僕にお礼を言うとその場から立ち去ろうとしたが……
「oh! 忘れぇていました」
「カネツグ、コレどう言う意味だぁか解りますぅか?」
サミュエルはそう言うとタブレットを僕に見せる。
「えっ!」
僕は思わず小さな驚きの声を上げてしまう。
サミュエルのタブレットには夏コミの時の僕のコスプレ写真が表示されていた。
「カネツグ?」
「どうかしましたか?」
言葉を失い顔面蒼白の僕の様子を見て心配そうにサミュエルが僕に問いかけてくる。
「なっ何でもないよ」
僕は平静を装い何とかその場を取り繕う。
「この写真が何か?」
僕はタブレットに表示された画像を知らないフリしてサミュエルに問いかける。
「この、"オトコノムスメ"どう言う意味でぇすか?」
サミュエルは不思議そうに僕に問いかける。
「ああっ、コレは女装の凄くよく似合う男の子の事だよ」
「それこそ、見分けがつかないぐらいに……」
僕がそう言うとサミュエルは少し戸惑っているが……
「……この……女の子は男の子と言う事でぇすかぁ?」
戸惑うサミュエルの問いかけに僕が頷く
「Oh, My Gad!」
「it's amazing!」
「It's really cute!!」
サミュエルは驚きあまり日本語を忘れてしまう。
サミュエルの反応に僕は嬉しいような悲しいような不思議な気分になるのであった。
「日本のポップカルチャー……」
「とてもとてもdeepでぇす」
サミュエルは感心するように呟くと僕にお礼を言って立ち去るのであった。
そんなサミュエルの後ろ姿を見送る僕は心情は激しく動揺していた。
"まさか、こんな所にまであの写真が……"
"後で英語検索もチェックしてみないといけないな"
インターネットの拡散力の恐ろしさを痛感する僕であった。
〜 日本ポップカルチャー同好会 ① 〜
終わり




