〜 2人目の異国の友 ② 〜
〜 2人目の異国の友 ② 〜
よく晴れた土曜日の朝……
僕は早朝から部屋の掃除に余念がない。
理由は簡単で、今日の昼前にメリッサがカレーを食べにここへ来るからである。
日本の常識からすれば意外かもしれないが、ここスタンフォード大学の寮は男女を区別しない。
信じられないかもしれませんが、4人部屋に男子3人と女子1人なんて場合もありますし、その逆もあります。
これは性不一致症などに対処する為で入寮時に説明会があり本人の意思が確認されます。
いわゆる"性の中立"であり、男女共用のバス・トイレもあります。
このようにトランスジェンダーなどに対する理解も充分にあるので同性愛者も安心して寮に入れます。
また、学生同士で結婚している場合もあるので、そんな場合に対応した夫婦寮も存在します。
我々、日本人が想像する学生寮とは雲泥の充実した設備の豪勢なもので寮と言うより高品質アパートと言った方がいいぐらいです。
当然、宗教やその国の風俗に合わせた配慮も十分になされます。
出身地や宗教、家庭の方針などにより"若い男女が同じ部屋などまかりならんっ!"と言う場合もあるからです。
実際に、問題になった事もあります。
僕がどうして1人部屋を与えられたのかと言う経緯もここら辺にあります。
この時点では、まだ僕はその詳しい経緯を知らなかったのですが……。
僕は、トランクの中からレトルトカレーとパックご飯を取り出す。
食器も予備も含めて2人分を持ち込んでいるのである。
両方とも電子レンジ温められるので簡単に作れる。
冷蔵庫の中には福神漬けもあるしミネラルウォーターも入っている。
「コレで準備は完了っと!」
僕は小さな声で言うと机の上に置いてある目覚まし時計を見る。
「まだ、8時過ぎか……」
「少し早過ぎたかな……」
1人で張り切っている自分が何だか虚しくなる僕であった。
よくよく考えると、自室に若い女性が1人で来るなんて産まれて初めての事なのであるから仕方がないと言えば仕方がないのである。
"後、3時間近く時間があるな"
"久しぶりに向こう(日本)SNSでも見るかな"
僕は心の中で諦めたように呟くと椅子に腰掛けて携帯電話でSNSを閲覧する。
"そう言えば2ヶ月以上はSNSを開いていないな"
"……と言うか、そんな余裕なんて全く無かった"
"あの頃からすれば今は、本当に余裕あるな……"
ほんの1ヶ月程前までホームシックで悩んでいた自分が嘘のように思えてくる。
"ウッドマンさんに感謝しなくちゃ"
僕の心の中で改めてウッドマンに感謝するのであった。
因みに、この頃はまだウッドマンが世界的に著名な心理学者で精神分析学の権威である事を僕は全く知らない。
まず、初めに見たのが我が残念な妹の絵梨香のSNSであった。
絵梨香はプロテニスプレイヤーとしてのアカウトは持っておらず、趣味の某歴史物ゲームのファンとしてのアカウントを持っている。
いわゆる、閉鎖的なオタ友同志の交流会的なものであるためにエコーチェンバー現象を起こし易く危険であるのだが……
内容が内容なので危ない事は危ないのだが、恥ずかしいだけで極端な危険思想に走ったりはしないだろう。
当然だが僕は中へ入れない(書き込み出来ない)のだが相変わらずのようである。
それから、知っている何人かのSNSを閲覧したがコレと言って何と言うことは無いようだ。
皆んな、元気でやっているようである。
そして、最後に偶然に目したSNSを何気なく覗いた時に僕は衝撃に襲われる。
"一体なんだっ!コレはっ!"
僕は心の中で驚きの声を上げる。
そこには僕がコミケで女装して売り子をした時の写真が何枚も掲示され何千件という書き込みが連なっているのである。
驚いた僕は、写真の出所を辿っていくとあるコスプレ雑誌のファンサイトのものだった。
そして、更に辿っていくと長澤さんの出版社が出したコスプレ雑誌の表紙が映し出される。
"これが……僕なのか……"
本人であるにも関わらず初めて見る、あの日に秋葉原のスタジオ撮影した自分のコスプレ写真に驚愕する僕であった。
明らかにデジタル補正されたような不自然な箇所は全く無く、正真正銘の小細工無し無修正である事が雑誌の片隅に書かれている。
自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。
"コレはどういう事なんだ?"
事情が全く分からない僕は混乱してしまう。
"とりあえず……長澤さん……"
僕は携帯電話に残されていた長澤さんの携帯電話番号に電話をしようとするが……ふと島本さんと絵梨香の顔が脳裏に浮かぶ。
"長澤さんは……止めた方がいい……かな……"
"ここは島本さんが無難かな……"
僕は心の中でそう呟き島本さんに電話しうとすると誰かがドアをノックする。
"あっ!"
携帯電話の時計は11時20分を表示していた。
"メリッサが来たんだ"
"それに今、日本は早朝だ"
ドアをノックする音が僕を正気に戻してくれるのであった。
"メリッサに感謝だな……"
僕は携帯電話をポケットに入れるとドアを開けると、そこにはメリッサが小さな紙袋を持って立っていた。
「か・ね・つ・ぐ・こんちには」
「お・ま・ね・き・ありがとう」
メリッサはそう言うとペコリと頭を下げる、日本流の挨拶だった。
この瞬間、僕の頭の中からコスプレ写真の事は消え去っていた。
何故かメリッサは僕の心配事を掻き消し忘れさせてしまう力があるようだ。
「こんにちは、メリッサ」
「どうぞ、お入り下さい」
僕も日本語で対応するのであった。
土曜日のお昼の出来事であった。
〜 2人目の異国の友 ② 〜
終わり




