〜 異国の友 ① 〜
〜 異国の友 ① 〜
初期のホームシックになってしまった僕はカウンセリングを受けるために指定された場所へと重い足を運んでいた。
指定された部屋に時間通りに到着しインターホンで名前と学籍番号を言うとドアのロックが外れ50代半ばの女性が顔を出した。
彼女はメアリー・シンプソンと言う精神医学の専門家でこの大学の医学部の教授でもある。
軽く挨拶を交わし部屋の中へ案内された。
椅子に座るよう勧められて僕が座るとその正面の席にシンプソン教授も座ると僕にこれからの事を説明してくれる。
僕の問題が解決されるまでの期間は彼女がサポートしてくれるとのことであった。
幾つかの質問に答えた後で彼女は僕に優しく話しかけてくる。
「今のあなたの症状はとても軽いものですから心配はないですよ」
「こちらからも定期的に連絡を取りますが……」
「朝起きるのが嫌になったり……」
「授業に出るのが嫌になってくるような事があれば直ぐに連絡して下さい」
彼女はそう言ってアカデミーの主催するキャンプへの参加を勧めてくる。
キャンプと言っても日本人が想像するテント貼って肉を焼いて皆んなで食べる物ではない。
新入生で同じ問題で新しい生活に馴染めずにいる生徒達が参加するイベントのようなものだそうである。
僕は悩んだ末に2週間後に行われるキャンプに参加する事を決意するのであった。
ある晴れた休日の朝、僕はキャンプに参加するために指定された校内の施設に急いでいた。
"しまった、寝坊して時間に遅れてしまう"
僕は心の中で焦っように呟きながら施設に入ると……
まだ、誰も来ていなかった。
"あれっ、場所を間違えたかな"
集合時間の5分前だと言うのに施設に誰もいないので場所を間違えたのかと慌てていると誰が入ってくる。
ショート・ヘアの僕と同じ東洋人の女性で背丈も同じくらいだった。
銀縁の眼鏡をかけて、失礼だがいかにも"ガリ勉さん"という風貌の女性だった。
彼女も誰もいないので慌てているのがその仕草と表情から分かる。
僕と視線が合い僕の存在に気が付くとゆっくりこちらの方へ歩いてくる。
「こちらはキャンプ会場ですか?」
僕に、妙に丁寧な英語で問いかけてくる。
「そのはずなんですが……」
「貴女もキャンプの参加者ですか?」
私が問いかけると彼女は小さく頷く
お互いに顔を見合わせて困っていると誰が入ってくる。
「おはようっ!」
大きくて元気で野太い男の声が部屋の中に響き渡る。
あまりの声の大きさに僕と彼女がビックリしていると
「君たち、キャンプの参加者だね」
驚いて固まっている僕たちに体の大きな顎髭をモジャモジャ生やした熊のような40歳半ばぐらいの白人男性が問いかけてくる。
「は、はい……そうですが……」
僕が少し怯えながら答えると白人男性はニヤリと笑う
「俺はマイク・ウッドマンだ」
「このキャンプの指導者で責任者だ」
「よろしくな」
ウッドマンは陽気に笑いながらそう言うと僕と彼女に握手を求めてくる。
僕と彼女は呆気に取られながらも握手を交わしていると他の参加者達が徐々に集まり始める。
結局、参加者の20人程が全員が集まるのに予定時刻を30分近く過ぎてからであった。
"まぁ、こんなものなのかな"
僕は少し呆れたように心の中で呟いていると隣の彼女も呆れたような表情をしているのが分かる。
お互いに考えている事が同じなのに何となく気付き顔を見合わせて苦笑いをするのであった。
ウッドマンさんが手を叩きながら大きな声で今回のキャンプの内容とその目的を話し始めるのだが……
その話がじつに大雑把でいい加減である。
「要は、同じ悩みを抱えたもの同士が仲良くやろうって言う事だ」
このキャンプに関係のない彼の長い笑うか笑えないか微妙な雑談を除けば、結局はその一言で終わってしまうのである。
僕と彼女は再び顔を見合わせると共に苦笑いする。
僕は彼女の考えている事が手に取るようにわかるような気がする。
どうやら彼女も僕と同じように思っているだろう。
そうしていると彼女から僕の方に近付いていると話しかけてくる。
「貴方もホームシックなのですね」
彼女の問いかけに僕は軽く頷くと
「何故かわかりませんが……」
「私は貴方の考えている事が不思議と分かるような気がしています」
「暫く、お話しいたしませんか?」
さっきもそうだったが妙に丁寧な英語で話しかけてくる。
「そうですか、じつは僕も貴女と同じような気がしていたんです」
僕が笑って答えると彼女も少し笑っているような表情をするのだが何処となくぎこちなさを感じる。
まず初めにお互いに自己紹介をする。
彼女は、キム・ソヒョンと言い韓国のソウル特別市の出身だそうである。
僕が日本人だと言うと少し驚いているようだった。
初対面だと言うのに彼女は自分の事を包み隠す事なく話してくれる姿を見て僕は心底本当に驚いたと言うのが正直なところである。
しかし、それと同時に信用されているような気がして悪い気はしなかった。
彼女は韓国と言う国が嫌いで国を出るために必死で勉強してこのスタンフォード大学に自力で合格したそうである。
因みに、彼女曰くこれは多くの若い韓国人が少なからず思っている事だそうである。
通っていた塾の講師にスタンフォード大学を受験したいと相談した時には"不可能だ"と言って全く相手にもされず何の協力もしなかったのに彼女が自力で合格するとあたかも自分が彼女をスタンフォード大学に合格させたような内容の横断幕を塾の正面に張ったそうである。
韓国の塾では宣伝も兼ねて難関の有名校に合格した生徒の事を横断幕にして塾の正面に張り出すそうである。
日本の学校でもよく見かける"祝・甲子園出場"とかの横断幕と同じである。
その事が、決定的となり韓国と言う国を出る決心を彼女にさせたとの事である。
しかし、彼女が大学に合格した時には陰ながら支えてくれていた両親や兄弟、あまり付き合いの無かった親戚一同が盛大に祝ってくれ送り出してくれる姿に国と一緒に家族や親族をも捨てようとしていた自分に気付き心苦しさと罪悪感を覚えていたそうだ。
そして、あれ程までに憧れていたスタンフォード大学での生活が始まると韓国での生活が忘れられず皮肉な事に自分は実は死ぬ程嫌いだったあの国での生活が本当は好きだったと言う事に気付いてしまった。
そして、懐かしくて家族の元に帰りたくなってしまったそうである。
当然、僕も斎藤の死から始まりスタンフォード大学を受ける気になったのかも彼女と同じように包み隠す事なく自分の事を話した。
その後で僕は何となくスッキリとして救われたような気がするのだった。
それは彼女も同じようであった。
この日から僕と彼女は友達となった。
このキャンプで知り合ってから時折り彼女と一緒に食事をしながら話しをしたり聞いたりするようになった。
異国のに地で初めて出来た異国の友達であった。
この後に僕の心の中で変化があったようで徐々に睡眠障害は解消されやがてホームシックも解消されるのである。
それは彼女も同じであったようである。
互いの問題が解決した後も彼女とは良い友達として付き合いは続いて行くのだが……
互いに恋愛感情などは無く、いわゆる恋人同士となる事はなかった。
因みに、あの時の変なキャンプの責任者のマイク・ウッドマンと言う人物が世界的にも非常に著名な心理学博士だと知るのは、それから随分と後の事である。
僕と彼女が呆れた、あのキャンプでのウッドマン博士の行動と言動は僕達のために全て計算されての事だったのである。
その事を知った僕と彼女は今度は驚きと尊敬の目でウッドマン博士の事を見るようになるのであった。
僕と彼女があのキャンプに参加せずウッドマン博士と出会っていなければ2人とも今頃はどうなっていた事だろう……
彼には感謝してしきれないほどである。
因みに、ソヒョンは背の高い人が好みらしい……と、後に風の噂に聞くのであった。
意外と男の好みは普通だと思う僕であった。
終わり




