〜 休日の終わり 〜
東京、秋葉原……
一昔前、昭和の終わりの時代はオーディオ機器を始めとする家電の聖地であり、電子立国日本を代表するような場所であった。
しかし、時代は流れ令和となった今は……
アニメ・漫画を代表とする日本のポップカルチャーの発信源でありオタクの世界的な聖地である。
"秋葉原は飯屋が少ない"と言われ飲食店が少ない時代もあったが今は飯屋と言うか特殊な喫茶店は増殖したようである。
そんな、秋葉原の裏通りの一角にある相当に年季の入った昭和時代の雰囲気を漂わせる3階建てのビルの前で僕たちの乗った車が停まる。
「ここよ、このスタジオは……」
「ここからが大変なのよね」
長澤さんはそう言うとゆっくりとバックで車をビルの1階の駐車場へ入れようとする。
現代の大きなワンボックスカーにとっては明らかに軽自動車の規格が550ccだった頃の狭い昭和仕様の駐車場に何とか車を入れ終わりエンジンを切り長澤さんがホッとして一息つくと困ったように呟く。
「後はスライド・ドアだからいいんだけど……」
「運転席はそうじゃないから……」
長澤さんはビルのコンクリートの壁の隙間(約30cm)にドアが当たらないように少しだけ開けて出ようとするのだが……
「うっ!ううんっ!」
体の一部分がつかえて上手く出れずに困っている。
狭い駐車場でよくあるあるである。
「おかしいわね、どうしたのかしら」
「前までこんな事なかったのに」
長澤さんは身体をモゾモゾさせながら何とか出ようとするのだが出れずにいる
「ユキ……アンタ太ったんじゃない」
島本さんがポツリと言った瞬間に長澤さんの動きがピタリと止まる。
「サキ、アンタねえ……」
核心をつく島本さんの一言に長澤さんの声が引き攣る。
「こっちに来て後ろから出れば」
島本さんの勧めを無視し抗うように何とか出ようとするのだが……
「あっ!ヤバいっ!」
「ドアが擦るっ!!」
諦めの悪さをこんな所でも遺憾なく発揮する長澤さんなのであったのだが
「擦ると修理費は自腹なのよね……」
「和泉くん、ちょっとお邪魔するわね」
長澤さんは悔しそうに呟くと諦めて運転席と助手席の間から後ろの席に身を乗り出そうとする。
「きゃ!」
突然の悲鳴と共に長澤さんが後ろの席に前のめりになって倒れ込みスカートが派手に捲れ上がって僕の目の前に長澤さんの黒のレース編みのセクシー・パンツを履いた大きなお尻が迫ってくる。
「ひぇっ!」
僕は思わずびっくりして声を上げてしまう。
長澤さんは何とか体勢を立て直し起き上がる。
「み、見えた……」
長澤さんは顔を真っ赤にして僕に言う。
「……」
僕はなんと言ってもよいのか困っていると……
「ごめんね、和泉くん」
「凄く汚い物、見せちゃって」
島本さんがポツリと言うと長澤さんの顔が引き攣る。
「サキ、アンタねえ……」
長澤さんはそう言うとニヤリと笑う。
「悪かったわね、汚くて」
「アンタみたいに寸胴じゃ無いもんでね」
嫌味ったらしく島本さんの方を見て言う。
僕にとっては、島本さんはそれなりの体型だと思っていたので"そうかな?"と言う表情をしていると……僕の表情を見て長澤さんは意地悪そうにニヤリとする
「和泉くん、騙されちゃダメよ」
「アイツの胸……偽物よ」
「相当に盛ってるのよ」
「本当はね、お気の毒のAAカップ……」
「正真正銘のマナ板女なのよ」
長澤さんが島本さんの重要機密を公然と暴露する。
僕は絵梨香のオタ友達のアッちゃんが衣装合わせの時に言っていた事を思い出す。
"皆んな、バレずに盛るのに苦労してるのよ"
あれって"本当なんだな……"と僕が何となく思っていると……
「ユキぃ〜」
人には絶対に知られたくない乙女の秘密をバラされて島本さん番町皿屋敷のお菊さんのような形相になる。
それから暫く、絵梨香が止めるまでの間は見苦しい女同士の恥ずかしい過去の黒歴史の暴露合戦が繰り返されるのであった。
そんなこんなで、スタジオに入るとそこは昭和時代の外見とは全く違う現代の機器が整然とセッテングされた近代的な設備のスタジオであった。
「おおっ!」
思わず僕も絵梨香も島本さんも驚きの声を上げる。
「外見は古いけど、中身は最新機器を……」
「揃えたウチの会社自慢の最新のスタジオなのよ」
少し自慢げに長澤さんが言うとスタジオのスタッフに僕の事を紹介する。
「あっ、この子が和泉くん」
「後はスケジュール通りにお願い」
長澤さんがそう言うと20代の女性スタッフが僕にスタジオ撮影の事を説明してくれる。
楽屋に案内されるとメイク担当の女性スタッフが3人いるのが見える。
"なんか……凄く本格的なんだな"
僕は今更ながら感心しているとメイク担当の責任者がメイクの事を説明をしてくれる。
3人とも20代の若い女性スタッフだった。
メイク用の大きな鏡のある椅子に座るように言われ素直に指示に従う。
3人のスタッフさんは手際良く僕の顔にメイクをしていく。
「いいわねぇ……」
責任者のスタッフが小さな声で呟くように言うと他のスタッフも頷いている。
「和泉くん……だったよね」
「あなた、本当に映えるわ」
「長澤さんも良い人材掘り当てたわね」
責任者のスタッフさんが感心したよ言うと別の女性のスタッフさんが何着もの衣装の吊るされたキャニスターが運ばれてくる。
その内の一着の衣装を取り上げると僕と衣装を見比べる。
「これが良いかな」
そう言うと僕に更衣室で着替えるように案内してくれる。
更衣室に入って今着ている服を脱ぎ渡された衣装を着る。
"この服装、見覚えのある"
"確か、絵梨香の好きな時代モノ"
更衣室の前の大きな鏡に映った自分の姿は何だか自分じゃ無いような気がしてくる。
着替え終わった事を伝えると衣装担当のスタッフさんが手直しをしてくれる。
「モデルさん、準備出来ましたぁ〜」
衣装担当のスタッフさんが声をかけると撮影スタジオに案内される。
スタジオの青いバックスクリーンの前には色々な機器が並べられているのが見える。
あまりの仰々しさに僕は呆然としていると40歳程の男性カメラマンが若い女性の助手を1人連れて僕の方に近付いてくる。
「本日の撮影を担当させて頂く酒井と申します」
「今日、1日よろしくお願いします」
僕も慌てて自己紹介をして挨拶をする。
一通りの撮影の順序を説明してもらった後で撮影に入る。
スタジオの隅には長澤さん、島本さん、そして絵梨香の3人が並んで立って心配そうにこちらを見ているのがわかる。
僕は小さく頭を下げるとスタッフさんに案内され撮影が始まった。
照明のライトとフラシュの光が僕を照らす。
カメラマンに言われた通りにぎこちないポーズをとる。
鋭いカメラマンの視線が剣のように僕に突き刺さるような感覚が今でも残っている。
一通り撮影を終えると休憩してメイクを直し衣装を変えて再び撮影を開始する、このサイクルを3回繰り返して撮影終わった。
「本日はお疲れ様でしたっ!」
カメラマンが撮影の終了した事を伝える。
撮影が終わった後でスタッフ全員と挨拶を交わし終わるとスタッフは直ぐに後片付けに入る。
僕は楽屋でメイクを落としてもらい服を着てスタッフさんに挨拶して楽屋を出ると長澤さん、島本さん、絵梨香の3人が待っていてくれた。
「お疲れ様……兄さん」
楽屋から出てきた僕に絵梨香が少し笑って労いの言葉をかけてくれる。
「ありがとう、和泉くん」
「良いのが撮れたって酒井さんが言ってたわ」
「それじゃ、駅まで送るわね」
「今日のギャラよ」
長澤さんはそう言うとポケットから封筒を取り出して僕に手渡すと……
「気が向いたらいつでも連絡してちょうだい」
僕の耳元で囁くように小さな声で言う。
秋葉原から東京駅まで車で約10分程の距離、誰も話す事なく不思議な雰囲気だった。
車を降りる前に長澤さんと島本さんに挨拶をする。
絵梨香と2人で帰りの新幹線の車内でボォ〜っとしているのであった。
僕にとっては何もかもが新鮮で初めての体験であり現実とは思えない1日であった。
かくして、これが僕の長かった休日最後の思い出となるのであった。
因みに、家に帰り長澤さんがくれた封筒を見ると中には約束通りに5万円が入ってた……
そして、一枚の便箋も同封されていた。
その便箋には、プライベートの電話番号と自宅住所が記載されていた。
"まだ、諦めてなかったのか……"
僕は便箋に書かれた電話番号と自宅住所を見ながら心の中で呟いていると便箋に気付いた絵梨香が僕から便箋を取り上げる。
「兄さん、ダメだよ」
そう言うと便箋を破り捨てる。
「ちょっと絵梨香、いくら何でも」
僕は便箋を破り捨てた絵梨香に少し怒ったように言うと……
絵梨香は少し考えてから小さな溜め息を吐く。
「兄さんには気を付けてもらわないとね」
そう言うと絵梨香は長澤さんの事を話し始める。
「島本さんから聞いたんだけど……」
「長澤さん、筋金入りの歳下趣味なのよ」
「だから注意してって島本さんから言われてたの」
僕には絵梨香が何を言っているのかのかわからない。
「それ……どう言う事……」
僕が絵梨香にといかける。
「そっ、それは……その……」
「兄さんが……美味しく……」
「食べられる……かも知れないって」
絵梨香は顔を真っ赤にして口籠もってしまう。
「美味しく……食べられる……って」
何となく鈍い僕にも絵梨香の言っている意味がわかってくる。
「そう言う事なのか……」
絵梨香の言っている事の意味がようやく分かった僕が震える声で言う。
「そう……」
「それに、兄さん高学歴になるから」
「更に、長澤さんの好みになるの……」
「こんなこと言いたくはないけど」
「もしも、2人きりだと確実に……」
「だから、私と島本さんが同行したのよ」
絵梨香は顔を真っ赤にしたまま恥ずかしそうにしている。
"大学の事は言っちゃダメだよ"
"話がややこしくなるから……"
僕は島本さんが言ってた言葉を思い出す。
「そう言う事なのか……」
僕はようやく今回の撮影が自分の貞操の危機であった事を悟るのであった。
最後に絵梨香の言っていた言葉が今も僕の心に残っている。
「もしも、そう言う事になちゃったら……」
「兄さん、ド◯えもんの◯び太みたいに真冬でも半ズボンよ」
この絵梨香の言葉に心底恐怖を覚える僕であった。
そして、自分がショタに好まれる幼い人間であるのだと言う事に深く傷つくのであった。
その後、カルシウム入りの牛乳の他にカルシウムサプリメントも併用し始める僕であった。
因みに、その効果は全く無かった。
終わり




