~ 僕の長いお休み ➄ ~
~ 僕の長いお休み ➄ ~
「君……うちの本の"表紙"にならない……」
僕は頭の中が真っ白になり固まってしまう、長澤さんが何を言っているのかわからなかったのだ。
「"ユキ"っ! ちょっと待って!」
「この子はレイヤーじゃないのよっ!!」
そんな僕を庇うかのように島本さんが割って入る。
僕たちに周囲の目が集まり始める。
「ここだと、話しづらいわね……こっち来て……」
長澤さんそう言って僕の手を掴むとコスプレ専門店に入ろうとする。
「ちょっと……待って……」
僕は少し抵抗し慌てながらも半ば強引に長澤さんにコスプレ専門店に引きづり込まれる。
追いかけるように絵梨香と島本さんが付いてくる。
「とょっと、2階借りるわね」
長澤さんはコスプレ専門店の若い女性店員にそう言うと店員は小さく頷く
僕はコスプレ専門店の二階にある会議室のような部屋に連れ込まれてしまうのであった。
2階の会議室らしき部屋に連れ込まれた僕は不安そうに部屋の中の様子を見まわしていると"ユキ"さんが椅子に座るように勧めてくる。
僕は不安になりながらも椅子に座ると正面に"ユキ"さんが座り僕の両隣に島本さんと絵梨香が座る。
すると、さっきの女性店員さんが冷たいお茶を持って来てくれる、僕が不思議そうにしていると……
「この店、うちの会社が経営してるのよ」
「私はこの店のマネージャーもしてるの」
ユキさんはそう言うと僕にお茶を飲むように勧めてくる
暑さのせいもあり喉が渇いていたので僕はコップを手にするとゴクゴクと飲む。
「……で……さっきの話だけど……」
「あっ! まずは自己紹介ね……」
「さっきの名刺の通りよ、」
「株式会社 〇×・メディアで雑誌・ウェブサイト編集を……」
「している、長澤由紀子と申します」
「ちょと吃驚させちゃったね……」
「強引過ぎたわ、ごめんなさい……」
長澤さんはそう言うとペコリと頭を下げた。
「僕は……その……和泉兼次と申します」
僕も釣られて同じように自己紹介をしてしまう。
「和泉くん……でいいかしら」
そう言うと長澤さんは僕の方を見るので僕は小さく頷いた。
「早速だけど、さっきの話の続きね……」
「是非、和泉くんをうちの雑誌の表紙に使いたいの」
「ちょっとマニアックなジャンルの雑誌だけど……」
「君の隣に座ってる"サキ"の出している……」
「如何わしい○○禁本じゃないから安心して」
僕の隣に座っている島本さんの方をチラッと見ると島本さんはバツの悪そうな顔をするのだが……。
「あのねユキ……和泉君はレイヤーじゃないの」
「ごく普通の一般人なの……分かった……」
島本さんが呆れたように言うのだが、長澤さんは"そんなのどうでもいい"という様子である。
「匿名で素姓は絶対に明かさないし」
「勿論、それなりの報酬は出すわ……」
長澤さんはそう言うと僕の方にグッと身を乗り出す。
「あの……その……」
僕が答えに困っていると
「嫌なら、嫌って断ればいいのよ」
島本さんが僕にアドバイスするように言うと隣の絵梨香もコクコクと頷く。
恥ずかしい事なのだが、いつものように貧乏人の僕には"それなりの報酬"と言う長澤さんの言葉に戸惑っていた。
長澤さんは、横から口を出してくる島本さんに少し不機嫌そうになるが……
「今まで、何人も"男の娘"を見てきたけど……」
「和泉君はダントツのピカイチなのよ」
「来月の特集が"男の娘"だから……」
「お願いっ!!! うちの表紙になってっ!!!」
長澤さんはそう言うと僕に両手を合わせて拝むように頼んでくる。
「あの……残念ですが……お断りします」
「僕は来週には渡米しますので……」
「撮影している時間がありません」
僕がそう言うと長澤さんは"えっ"と言う表情をする、隣の島本さんも同じように唖然としている。
「渡米……って……」
「和泉君……アメリカに行くの」
「旅行でもするの……」
長澤さんは僕に問いかけてくる。
「いえ、違います……」
「向こうの大学へ留学するんです」
僕がそう言うと長澤さんは少し考え込むようにしている
「いつ、渡米するの……」
長澤さんが問いかけてくる。
「来週の水曜日です」
僕が答えると長澤さんが少し顔をしかめる……
本当は再来週の水曜日なのだが、ここは"嘘も方便"である。
"来週の水曜日か……"
長澤さんは小さな声で呟くように言うと携帯電話をポケットから取り出して何処かに電話をかけている。
"来週の予定……スタジオ……"
"アーティスト……空いてる……"
所々、長澤さんの如何わしい会話の内容が僕の耳に入ってくる。
不安になった僕は隣の島本さんの方を見ると島本さんが小さな声で話しかけてくる。
「和泉君、留学するんだ……」
「どこの大学行くの……」
島本さんが僕に興味深そうに問いかけてくる。
「えっ……その……スタンフォード大学です」
僕が小さな声で言い難そうに言うと島本さんの表情が急変する。
「スタンフォード大学って……あの……」
「凄いわね……超・エリートじゃないのよ」
島本さんの僕を見る目が露骨に変わったのが分かった。
「和泉君……"ユキ"に絶対にその事を言っちゃダメだよ」
「知れると更に話がややこしくなるからね……」
「それでなくでも……凄く諦めの悪い子なんだから……」
僕にアドバイスをしてくれた島本さんの目は真剣そのもので、その言葉に嘘偽りのない事がわかる。
僕は大学の事を隠し通す決心をしていると電話を終えた長澤さんが僕に話しかけてくる。
「明日、空いてる……」
「とりあえず、スタジオとスタッフは抑えたわ……」
「後は、和泉君の返答しだい……」
「ギャラも奮発して5万円出すわ……どう……」
「広告用のスチール撮影のモデルのギャラ並みよ」
長澤さんはそう言うとニヤリと笑う。
いつものように僕の脳味噌が瞬時に損得演算を繰り返しリターンとリスクとはじき出す……
「兄さん……兄さんってば……」
全意識を損得演算に振り向けていた僕に絵梨香が話しかけてきている事に気付く。
「やるやらないは、兄さんの自由だけど……」
「お金に目が眩んじゃダメだよ……」
僕の悲しい性を良く熟知している絵梨香が耳元で囁いた、この一言が僕を正気に戻す。
「大変申し訳ございませんが……」
「やっぱり、お断りします」
僕がそう言うと長澤さんがガックリと肩を落とすのが分かる。
「そう……仕方がないわね……」
「……って、簡単に諦めるわけないでしょ!!! 」
島本さんが僕に言った通り長澤さんは諦めが悪かった……
「コレ一回きりだから……お願いっ! 」
「ホントに和泉君のショットが欲しいのよっ!! 」
「でないと……私……私……」
長澤さんはそう言うと涙目になる。
「ちょっと、長澤さんっ! 」
「どうしたんですかっ!! 」
いきなり涙目になった長澤さんの様子を見て僕は焦ってしまう。
「僕に……」
突然の長澤さんの涙に吃驚した僕が撮影を了承しようとすると……
「待って! 和泉君っ! ユキの猿芝居よっ!! 」
「騙されちゃダメだよ」
長澤さんを細い目をして見ながら島本さんが割って入ると長澤さんが"チッ"と言う表情になる。
隣で絵梨香もシラケた目で長澤さんを見ていた。
「えっ……」
表情が急変した長澤さんに状況が掴めない僕は驚いてしまう。
「サキ……アンタね……」
長澤さんはそう言うと大きな溜息をついて首をコキコキと左右に振る。
僕はそんな3人の様子を見て怖くなってくる。
"女って怖い……"
僕は心底から"女の怖さ"を思い知るのであった。
そして、同時にこのままでは埒が明かないと思う僕であった。
「はぁ~仕方がありませんね……」
「これ、1回きりですよ……」
僕が諦めたかのように言うと長澤さんが嬉しそうな表情になる。
その笑顔に嘘はないと僕は思いたかった。
「和泉君……」
「兄さん……」
島本さんと絵梨香は呆れたように言うと2人は満足そうにしている長澤さんの方を見る。
「明日の撮影、私達も同行させてもらいます」
「いいですねっ!!! 」
「和泉君もいいわよねっ!!! 」
絵梨香と島本さんの迫力に僕と長澤さんは黙ったまま何度も頷くのであった。
かくして、僕は"男の娘"テビューをする事になってしまうのであった。
~ 僕の長いお休み ➄ ~
終わり




